胃袋‐66
「……正直、ここまでギルドの飯が不味いと思ったことは今までなかったよ」
ベッドの上にあおむけになった僕は、そう言ってハァー……、と深いため息をついた。ドクローズの歓迎会のため、食卓に並べられていた食事の量はいつものその倍。普段、働きまくって帰ってきたときには大喜びだろうが、グロムが発生させた異臭によりほぼメンバー全員が食欲を喪失させられた。
食欲はないのに倍の量。とにかく自分の分を詰め込んで食べた。何よりグロムが良く食べる。自分が食べる筈の分までグロムに食われたくはない。そう思い、とにかく食べ物を自分の腹の中に隠した。
ちゃんと食べておかないと翌日後悔するのは目に見えている。とにかく無食欲の中食いまくった結果、動くとなんだか喉の奥に違和感が生じるような状態になってしまったというわけだ。
「……あんた、そんなに腹出てた……?」
「食べたから出たんだよ……」
「いやそれにしても……出過ぎ」
アカネは食べ物でパンパンに膨らんだ僕の腹にドン引きしていた。彼女は食欲は無いながらも、翌日の事を考えて小さめのリンゴとオレンの実を食べるだけで食事を終えていた。部屋の隅に集められた藁の上には、食事の最中ついでにと目を盗んでくすねてきたらしい木の実やリンゴがゴロゴロ転がっていた。それを若干苦々しい感覚に襲われながらもガン見していると、アカネが眉間にしわを寄せ、目を鋭く細めた。
「本来私が食べる分だし。別に文句ないでしょ」
腹に丁度いい程度に食べていたため、アカネの体は非常に楽そうである。ベッドの上でウーウーと唸っている僕とは正反対だ。さすがに意地を張りすぎたかもしれない、と、反省した。
「これから遠征までずっと夕飯時あいつらが一緒なんてさぁ……うう……」
「私もそれは願い下げね……」
「……あ、そうだー……」
ちょっとしたひらめきがあり、僕はゆっくりと体を起こした。明日の朝までに腹が軽くなっていればいいな、と願いながら、僕はおもむろに傍らにある自分のバッグを漁った。
手に当たった布らしきものを掴み引っ張り出す。それをアカネに見せた。
「これなに」
「はらぺこスカーフって言うんだけど……少し前に依頼人に貰ったんだよ。アカネが要らないって言ってたから僕あずかってたけど……。これで異常な空腹状態になれば三大欲求の食欲には勝てないのでは?とおもったんだけど……」
「空腹の気持ち悪さと悪臭の気持ち悪さで結局何も入らないと思うけど」
「……だぁよなぁ……」
しれっとした顔でアカネは僕に反論するが、アカネだって立場的には僕と何ら関係ない筈なのに、どうしてこうも落ち着いているのだろう。いや、昼間は落ち着いていなかったけれど。
「…………どれもこれも皆あのアホ鳥のせいよ……」
アカネの目があらぬ方向を向いている。正直怒りの矛先は間違っていないと思うが、アカネの至近距離に居る僕が恐怖を感じてしまう。理不尽な。
「でも、まぁ……これくらい耐えないとなぁ。下手なこと言ったりしたらもしかしたら遠征メンバーに選ばれないかもしれないし」
「……ったく」
僕がそう言ったらアカネに悪態をつかれたが。その後、何となく僕の腹の具合が良くなる所まで、先に寝ずに待っていてくれたのだろうか。
僕が大きな欠伸をすると、アカネは何も言わずに明かりを消した。
***
ギルドメンバーが寝静まり、世間が少し静かになった頃、三匹のポケモンが音を立てぬよう、ギルドの中を徘徊していた。
「……夕飯食ったばっかだけどさ。腹減ったな」
「ケッ。味は良かったが、あんな量じゃ腹の足しにもなんねぇよ」
蝙蝠の姿をしたポケモン、エターと、毒々しい色の球体のような姿のポケモン、クモロが口々に小声で文句を言い合っていた。
それを聞いたリーダー格のグロムは、暗闇のなかでにんまりと笑い、二匹にこう提案する。
「……ギルドの連中も寝静まったようだし、外にもポケモンの姿はねぇな……。今からちょっと探しに行くか」
「へ?さがすってなにを?」
エターがグロムに疑問を吹っかけると、グロムは吊りあがった口角を更に上へと上げ、そしてこう言った。
「ギルド内の食糧だ。ありったけ盗み食ってやりゃぁ、そのうちおもしれえ事がおこるかもな」
ククッ、と、不気味な笑い声がギルドの静寂にゆっくりと消えて行った。