ポケモン不思議のダンジョン〜時の降る雨空-闇夜の蜃気楼〜 - 五章 悪意と罠
ディナーは悪臭と共に‐65
「…………ウゥッ」
 食堂に一歩踏み込んだあたりから、というよりかは食堂への道を半分ほど通過したあたりからカイトは一気に機嫌が悪くなった。特に今のところは何も口に出してはいないが、明らかに口角が下がり目が細くなっている。しかも眉間には皺も寄っている。
 そしておそらく、私もそんな表情になっているのではないだろうか。基本的に口角は常に下がっているというのは実は以前にも色々と指摘されたが、今の自分の表情はカイトとそう変わらないものだろうと思う。
 何せ、既に食堂に集まった全員が同じ表情をしていたからだ。否、ニタニタしている三匹と親方パトラスとペリーを除いては。あの三匹はともかく、パトラスとペリー。彼らには分からないのだろうか。

 この食欲も気力も消失させる程の悪臭が。

 悪臭の原因は朝の騒動の通りだった。ドクローズのグロムとクモロ。巨大な体からは常に悪臭が放たれている、が。近寄らなければ耐えられないことも無かった。しかし食事時に一緒になることすっかり忘れていたのだ。おそらくパトラスとペリー、食事係を省いたメンバー全員が。
 いつもならそんな所にならば頭が回りそうなのだが、私もカイトもとにかく頭が煮えていたり一気に疲れていたりしたので、そこまで気が回らなかった。
 腹が悲鳴を上げている筈なのに、欲求が皆無になってしまった。
 しかも、なんだかクモロ……あの紫色の球体もとぎれとぎれに体からガスを出している。種族的に完全にコントロールするのは難しいのであろうが、少し息苦しい気がしてきた。きっと可燃性ガスだろうから出来るものなら燃やしたい。
「よし、全員そろったな。今日はチームドクローズの歓迎ということで、ベルに少し豪華にしてもらった」
 困り顔をしている鮮やかな色をしたチリーン。彼女の名前はベルと言い、ギルドで主に食事の準備や調理などをしている。いつも穏やかなため話かけやすく気さくで良い女性なのだが、そんな彼女を見た瞬間、ぽつりとカイトがこう呟いた。
「……僕たちの時こんなに豪華じゃなかったよね」
「……うっさい」
 自分達の歓迎は普段の食卓となんら代わり映えしなかったのを覚えている。このギルドの予算はそこそこ厳しい筈だし、本来ならほんの少し豪華にすると言っても割に会わないような気がするのだ。
 それが彼女、ベルが苦々しく笑っている最大の理由だろうか。恐らく調子に乗ったペリーが「今日はパァッとやってくれィ!」とでも言ったのだろう。予算が無かろうと食べ物の在庫が尽きそうであろうと、頼まれたのであれば仕方が無いとばかりに作ったのではないか、と予想する。
「いやぁ、美味しそうですね。俺達だけじゃ、三日稼いでもこんなに良いモンは食べれませんよ。はは、このギルドは太っ腹ですね。ククッ」
「いやいや、今日はベルが手によりをかけて作りましたので!遠慮せずにどうぞ!」
 そう言われてもこの悪臭の中、どうしろというのだろうか。
「……では、皆そろっているな。よし!!!せーの、」

 その日の「いただきます」は、クシャミでもしたらかき消されてしまいそうなほどに、弱弱しいものだった。


ミシャル ( 2015/10/30(金) 01:19 )