一斉の声-63
依頼をいつも通り、多めにこなした翌日。ギルド内が何だかおかしかった。どこもかしこも微かに異臭がするのだ。いったい何の臭いだ、と騒いでいたが、全く動じていないのがペリーとパトラスだった。彼らには臭わないのだろうか。それとも、この異臭の正体を知っているのだろうか。そういえばなんだか嗅いだ事のある臭いのような気がした。
全員が戸惑いながらも、朝礼でいつもどおりに並んだ。ペリーはこんな異臭の中、とても機嫌のよさげな顔をし、朝の言葉を述べ始める。
「皆、仕事にかかる前に、新しい仲間を紹介しよう」
心なしか、だんだん臭いが強くなっていた。いったいなんだったかな、この臭いは。またしても、アカネは何かに気付いているように、目付きを鋭くしていた。敵意がじんわりと滲みでている。
「アカネ……新しい仲間ってさぁ……」
その名前を言おうとした時、強烈な悪臭が部屋の中に立ちこめた。先ほどとは比べ物にならない。思わず鼻を押さえる。そして煙のようになんとなく目に染みる。
何はともあれ、確信した。この臭いの主を僕たちは知っている。
「おっ、来た来た」
染みる目をゆっくり開くと、そこには見知った姿があった。大きなスカタンクに、後ろから付いてきているドガースとズバットである。立ちこめる強烈なにおい、目に来る刺激の所為で目に膜がはり、目眩までした。一体、どういう状況なのだ。
ギルドにいるほぼ全員が、この臭いの元に気付いたらしい。臭い臭いと言うのをやめ、その場で静まり返る。
「チンピラの癖によくもまぁホイホイと」
「アカネ、今は我慢しよう……」
「……フン」
三匹が前に立つと、ペリーは機嫌良さげに彼らの紹介を始めた。ペリーもパトラスも、一体あいつらのどこがいいのだ。僕は何となく悪態付く。あいつらには微塵も良い感情を持っちゃいない。これから生活を共にするとなると嫌だ嫌だと駄々をこねたくなるが、僕ももう幼くはないのでそこは配慮する。
「……ということで、このチーム『ドクローズ』は、新しい仲間としてギルドに滞在することになった」
ペリーは満面の笑みを浮かべ、羽先で僕たちの目の前に並ぶ人相の悪い三匹のポケモンを示した。ドガースのクモロ、ズバットのエターは気持ち悪くニヤニヤとしているが、ただ一匹、一番体の大きいリーダー格のスカタンク、グロムだけがじっと僕たちの方を見据えていた。
「ケッ!ドガースのクモロだ」
「へへへ……ズバットのエター。宜しくなぁ……」
「……俺様はドクローズのリーダー、グロムだ。覚えておいてもらおう。……特にお前たちにはな。ククク……」
一々口癖だか独り言が気味の悪い三匹だが、グロムは巨大な体に生えている毛をやんわりと逆立て、僕たちを見ながら口角を上げた。隣に佇むアカネを見ると、なんとかポーカーフェイスを保っているようだが、表情に合わず額には青筋が浮かんでいそうな威圧感を発していた。相当イライラとしているようで、許可が出れば直に電気技を飛ばしそうである。
「……まぁ……この先の苦労は目に見えてるよね……」
「……何でペリーはクビにならないのかしら。情報屋の癖に不用心よ」
「……詳しく調べられたらあまりよくないのはアカネも同じだよ?」
「フン」
小声で周りに聞こえないように会話したら、アカネがさらにやさぐれ始めた。
「なんだ、知り合いなのかい?それなら話がはやいね」
つい最近ギルド内で僕達とドクローズがいざこざを起こしたばかりなのだが、ペリーはまるでそんなことはなかったかのように喋った。というよりかは、本当に把握していないのかもしれない。それはどうなんだ。ギルドで二番目に偉いポケモンとして。一瞬『クビを切る』のジェスチャーが頭の中を過ったが、気の所為だと思いたい。
「実は、この三匹は弟子としてギルドに滞在する訳ではない。
今回の『遠征』に、助っ人として参加していただくことになったのだ」
「はぁ!!?」
「?……なんだ。何か不満でもあるのか?というか、失礼ではないか。話を遮るんじゃないよ」
「ペリーさん、あいつはいちいち大げさなんですよ。あんな赤っぽいトカゲは放っておいても大丈夫です。気にしていませんから。クククッ」
僕達に向けていた執念の籠った表情をひっくり返すと、ペリーに笑顔を浮かべた。演技が上手いのは分かるが、今の今までの行動言動から演技だと気付きそうなものだが、ペリーがアホの子だからか、その笑顔にコロッと騙されていた。
「申し訳ないです……せっかくご協力してくださると言うのに、うちの弟子が……。ほら、カイト。謝れ」
「ペリー、さっきグロムさんは気にしてないって言ったんだし。グロムさんがそう言ってれてるのに、わざわざ無理に頭下げさせるのもどうかと思うよ?ね、グロムさん」
ステファニーが僕に助け船を出した。にっこりとグロムの方に笑顔を向けるステファニーは、いつも通りのスマイルキラーっぷりを発揮していた。
グロムは「え、あー……はい」と、声を曇らせつつも、ここは肯定した方が良いと判断したのが、頭を縦に振った。
「そうですか、いやはや、懐の深い方です」
ペリーが恐縮したように頭を羽先で撫でる。僕はそっとステファニーに「ありがとう」と小声でお礼を言った。ステファニーは返事の代わりにウィンク。ウィンクキラーの力も持ち合わせていそうである。
「署名集めればペリーのクビ切れるかしら……」
アカネはアカネで物騒な事をブツブツとつぶやいていた。アカネの前に並んでいる先輩方が冷や汗を垂らしている。アカネが怖すぎる。普段なら絶対にこんなことを言わないとは思っていたが、流石に調子に乗りまくるドクローズに腸が煮えくりかえっているようだ。その矛先はドクローズではなく何故かペリーに向いていた。気持ちはものすごくわかる。
「……まぁ、とにかくだ。今回親方様は、この三匹が居てくれた方が戦力になると判断なさったのだ。ただ、いきなり一緒に行動してもチームワークを取るのは難しいだろう。
なので、遠征までの数日間、共に生活してもらうことになったわけだ。短い間だが、分け隔てなく接してくれ」
ペリーがニコニコと三匹の事を説明している間にも、ギルドの中には鼻を突くような悪臭が漂っていた。後ろからでも分かるほどに皆苦々しい表情をしている。グーテなんて目に涙を浮かべていた。普段無意識に自分が屁をこいていることに気付いていないのか……?
「それでは、皆!今日も仕事にかかるよ!」
いつもの掛け声の合図だったのだが、皆元気なく「おー……」と、小さな声を上げた。ステファニーだけが「おぉー」、と、いつも通りの声を出していたのだが、アカネは対照的に掛け声ではなく舌打ちをしていた。おそらく皆同じ気持ちだろう。
「あれ、何か皆今日元気が無いね?どうしたんだい」
ぺラップが不思議そうに首を傾げる。
「……いや、元気出せる臭いじゃないだろ……」
「リオンの言うとおりだ!大体、こんなに臭うのに元気だせってほうがさぁ……ん?あれ……」
リオンが鼻を手で押さえながらブツブツと文句を言い、ゴルディも種族独特の大きな声だったものの、いつもよりかは弱弱しく感じられた。
ゴルディが文句を言っている途中、微かに地面が揺れた。アカネが今まで俯いていた顔をバッと上げる。他のメンバー達も目を見開き、まっすぐと見つめていたのは俯いて体を震わせる親方、パトラスの姿だった。
「い、いかん……!親方様落ちついてください……あああ……親方様を怒らせるな!!とんでもないことになるぞ!皆、無理にでも元気を出せ!
さぁ!!!仕事にかかるよォーーーーーー!!!!」
「お、おおーーーー!!!!!!」
全員顔を真っ青にしながら笑顔を浮かべ、声を張り上げるその様は異様だったが、その瞬間パトラスの震えとギルドの振動は収まり、いつも通り口角を上げたパトラスがその場に佇んでいた。