誰が変わった?-57
サラは、ため息をついて、昔を懐かしむような顔をした。カイトが、優しいとは言えない性格って、何だ。ふと、そう思う。だって、私の中のカイトは、ただお人好しで、優しくて、恥ずかしい事を当たり前のように、ばかみたいな顔をして言う天然、そんなイメージだ。
だが、サラの言葉をきいたあと、思い出す。あの時、海斗が私のベッドの藁を、思い切り蹴り飛ばした場面を。カイトは、感情的に何かに手を出すようなタイプには、見えなかった。だけれど、よく考えれば私は、カイトが感情的になった所を、そこまで見たことはない。もうしかしたら、少しも知らないかもしれない。
…………本当のカイトが、あれだとしたら?
「……昔は、それはそれは気が強くて、生まれてすぐの頃はよく甘えてきたりしてたけど、だんだん「言葉」を分かってくると、それも無くなってきた。怒ると怒鳴り散らして、火の粉ぶつけてきたりして。手のかかる子だった」
瞼を閉じて、サラはそう語り始める。私が知っていたカイトとは、全く別人の話を聞かされているような感覚だった。だけれど、その話はサラの息子、カイトの話なのだ。
「友達もいたけど、よく喧嘩して帰ってきた。相手は、昔のガリュウみたいなタイプの子で、正義感強くて陽気だったけど、カイトはただただ我儘で、プライド高くて気が強い子だったから、しょっちゅう言葉がぶつかり合ってて、技もぶつけ合ったりして。喧嘩して帰ってきた日には、その子の悪口ばっか言って」
「…………」
「でも、それにもちゃんと理由があったの。カイト、やっぱり救助隊の子供だったから、街を歩けば私たちの話ばかりだった。そのうち、『両親の事ばかりで、自分はどうして何も認めてもらえないのか。存在意義は何なのか』って、考えるようになった」
「……どうして、それを?」
「私だって、親だから。何となくわかるのよ、そのくらい。カイトが何も話さなくても、周りや私たちは、カイトの事をちゃんと見てた。だけれど、カイトはずっと、一人ぼっちの気持ちだったの。どんどん捻くれて、ある日たった一匹の友達にこう言った。『お前だって、母さん達が有名だから、僕に近づいてきているだけなんだろ』。相手の子が、母親に相談したみたいで、そこから聞いた話よ。完全に信用しているわけではないけど、それ以来、めっきりその子とは合わなくなった。そして暫くして、大陸から出て行ったの」
……本当に、誰なの、そのポケモンは。そう思ったけれど、サラが話すのだから、完全にカイトだろう。私は、少し複雑な気分になった。カイトも、居場所が無いポケモンだったのかもしれない。
なら、居場所を見つけたのは、いつだったのか?
サラが言いたいことは、何となくわかっていた。
カイトは、私に出会ったあの時から、居場所を見つけた、きっと、そんな感情を抱いていたのだ。
「……ほんと、どこまでも自分勝手」
「……大陸を離れて、カイトの事を、私たちの息子だと知るポケモン達と離れて、海斗は心に余裕を持ったのかもしれない。だけど、その余裕というのは、ぽっかり心に空いた穴だった」
「……居場所も無くて、この大陸にも、友達何ていない。そこに、正体不明の少女、私が登場ってわけ?」
「……アカネちゃんは、カイトと出会った時と、今。何か、違うと思う所はある?自分の心に、変化はあった?」
「無い」……と、言おうとしたが、そうは言えなかった。なぜなら、分からなかったから。一番、最低な答え。
「……分からないわ」
「カイトは、もしかしたらアカネちゃんの変化に気付いているかもしれないわよ?」
「そんな、まさか」
「カイトは、ああ見えて、感性が鋭い。だから、きっとわかってる」
そう言って、サラは柔らかに笑う。私が、変わった?自分の知らない所で、変わってる?
「カイトを、受け入れてほしいとは言わないわ。でも、カイトは誰かを信じることで、今の自分を手に入れた。貴女が嘘をついても、カイトを軽蔑したとしても、カイトにとって、アカネちゃんはアカネちゃんなの。どれだけ時間がかかっても、きっとしつこく、傍にいようとする」
「…………」
「カイトは自分を偽って、アカネちゃんに嫌われないように、今の性格を演じてるわけじゃない。アカネちゃんと出会って、カイトが自分で作り上げていった姿なの」
「…………」
「ある意味、貴女とカイトは似ている、そう思ったりしない?」
私は、少しの間、ただただ、頭の中を巡るカイトの声を聞いていた。表面上のカイト、心の中に何を秘めているかなんて、考えたことも無い。
「……私は、感情を持ってる生き物を信じるのが、苦手」
「そうなの」
「群れるのも、好きじゃないし、感情を持ってる生き物は、すぐ裏切るし、嘘をつくし、何かを隠したりする。だから、信用できない」
「……ええ」
「だけど、過去の記憶が無い私に、それをいきなり変えることはできない」
「……それで、貴女はカイトに、何を求めるの?」
「……私を信じさせてみなさいよ。今は、そう思うわ」
「……我儘なのね、アカネちゃんは」
「今更よ」