アカネとサラ-56
二匹が部屋から出て行った後、私はサラと二人になった。なんだか、二人になったらなったで、少し気まずくて、私は思わず俯く。何、しおらしくなってんのよ。不意にそう思ったが、顔を上げるのには少し勇気が要るような気がして、顔を上げようにも、決心がつかなかった。
……そんな時だった。誰かに優しく撫でられているような、そんな感覚に襲われて、思わず勢いで顔を上げる。それは、サラの「ツルの鞭」だった。背中から延びているツルが、私の頭を撫でている。……また鼻にツーン、と嫌なものが走る。私は、人間の時、泣いたことはあったのだろうか。
生まれた時から、泣いていなかったような感覚だった。涙が出るのが、可笑しいと思った。
「落ち着いた?」
「……私、元々落ちついてます」
「あら、そうだったの?なら、いいんだけれど」
サラは柔らかくにっこりと笑う。このポケモンは……この人は、きっと、人間からポケモンになってしまって、居場所が無いと感じたときだって、上手くやってこれたのだろう。何で、私、こんな性格なんだろう。ただ、自分が楽だから、この性格で生きてきた。ポケモンになってから、ずっと、ずっと。
私、昔からこんな性格だったのかしら。
「……私は、自分がポケモンになってしまった意味を、ちゃんと見つけることが出来た」
「……そう、なんですか」
「でも、昔の自分を思い出すことが、できないの」
「……どうして?」
「真実を知った時、私は、思い出せなくていいと思った。むしろ、思い出したくないと思ったから」
「……何で、失ってしまった記憶をとりもどそうと思わなかったんですか。そんなの、変よ」
思ったことをそのまま告げると、クスクスと、サラは笑った。その笑った顔、なんだかカイトにそっくり。憎たらしくて、同時に少し緊張が和らぐ。
「貴方は、記憶を取り戻したいと思う?」
「……私は思う。回りくどく人間の頃の自分を探すより、自分の記憶を頼りに探す方が、ずっと効率が良いと思うから。もっとも、私にはポケモンになった意味なんて無いかもしれない。だけれど、過去の自分が分からないまま、時々後ろを振り返るより、過去を思い出して、しっかり線を引きたい」
「頭が良いのね、アカネちゃんは。私、初めてガリュウに出会ったときから、きっと、人間の時から、ちょっとおばかだったから。まぁ、気ままにやればいいや〜、って感じだったの。真剣になったのは、キュウコン伝説を聞いた時からね」
「……それは、人それぞれだと、思うけれど、感情を持つ者の本能として、それは当然だと思ってたわ」
「ふふ。貴女って、頭が固いのか柔らかいのか、分からないわね」
「……知ってる」
「……ねえ、アカネちゃんは、どうやってカイトと出会ったの?カイト、絶対に教えてくれなくて」
私が人間だと言う事を、隠す為だろう。どうして倒れていたのかもはっきりしないポケモン、きっとサラとガリュウの頭の中に、更に引っかかってしまう。
「……私は、砂浜に倒れていた。それを見つけたのが、カイト。出会いは散々だったの。カイト、私を背負ってひっくり返って、カイトが私の上に倒れてくるし。変なポケモン達に絡まれて、それに巻き添えにされて。ついてこないでって言ったのに、ついてきて、警察に渡したりもした。最初の印象は、ほんと、ただのストーカーだった」
「しつこくしたのね。本当に、ごめんなさい」
「……いいのよ。その後、私の話をカイトは、何でも聞くと言った。尋ねられれば、自分も何でも話すと言った。そう簡単に出来る事じゃないと思った。でも、カイトにしてみれば、それはきっと簡単なことだったんだと、今は思うの。恥ずかしげも無く、何でも言うから」
「……そうかしら?」
私の話を聞いて、サラは顔をしかめた。まるで心当たりのない人物の話を聞いているような、そんな顔をして。暫く首を傾げながら考えていたが、ふとサラは、こんなことを私に言った。
「カイト、顔は私に良く似てるって言われるのよ。ガリュウの要素は、ほんのちょっぴり。でも、性格は、私とガリュウのミックスって感じね。でも、その性格を、カイトは私たちの大陸で暮らしている時、見せたことは無かった」
「……どういう意味?」
「カイトは、この大陸に来るまで。もうしかしたら、アカネちゃんと出会うまで、お世辞にも、優しいとか、天然とか、そういう性格じゃなかったの」