優しい幕閉じ-31
ザドクの声が響くも、一筋縄ではいかない。少しだけ傷を負ったザドクは一度倒れ、立ち上がるとアカネに向かって催眠術を掛けた。もろにそれを受けたアカネは、瞼がおりそうになるもそれをこらえ、一生懸命に腕で目をこすっていた。
しかし、催眠術が効いているようでパタリとその場に横になる。
「驚いた。レベルと攻撃力が桁違いだな。こいつは眠ったが、お前に何ができるんだ?」
ザドクは嫌な笑みを浮かべ、僕にそう言った。ザドクはアカネにゆっくり近づいていくと、サイコキネシスで持ち上げ、その体を壁に向かって投げた。不味い、そう思いあわてて壁とアカネの間に入り込むと、アカネの体は僕の体にのしかかり、後ろにはごつごつとした壁。痛みが体中を襲ったが、まだ我慢できる程度ではあったので、ゆっくり立ち上がるとアカネを起こそうと体をゆすった。少し苦しそうな顔で眠っている。
「アカネ!!アカネ起きて!!アカネ!!」
「…………」
起きなかった。催眠術の効果がまだ続いているのか、全く起きる気配がしない。仕方ないと思い、アカネを横にすると、ザドクのもとへ走りそのまま火の粉を吹きつける。当たり前のようによけられ、彼は僕の後ろでニヤニヤと笑っていた。
後ろから攻撃しようと腕を振り上げたザドクの腕をつかみ上げ、腹に「ひっかく」を食らわせる。立てた爪がザドクの腹に食い込み、ザドクは苦しそうな声を上げた。しかし、負けじとそのまま頭を振り上げ、僕に向かって「頭突き」を繰り出してくる。どうにかこうにか体をよじらせると、尻尾を振って思い切り体に叩きつけた。
「ガハッ……」
続けて「引っ掻く」をザドクの顔面へ。瞼を切ったらしく、目がうまく開けられない彼はあてずっぽうに技を繰り出す。迷いだらけの動きは僕にも読めた。何度か交わすと、超至近距離から「火の粉」を吹きつける!!
その時、後ろから「アカネさん!!」という声がし、思わず振り返った。アカネが目を開け、起き上っている。安心したような顔をしているマリ。それが隙を作り、嗤ったザドクに僕は思い切り殴り飛ばされた。
「あがっ!!!」
「なっ…………」
僕が戦っているのに気付いたのか、貴音は僕が飛ばされた場所へ走って駆け付ける。僕のバッグを漁り、オレンの実を僕に手渡すと、入れ替わりにザドクの方へ駆け出す。
目がちゃんと見えないザドクは、どうやらエスパータイプ特有の能力でアカネの場所を掴んでいるようで、アカネが繰り出す電光石火も一度はよける、が、二度はよけられなかった。そのまま直撃し、体が放り出されるも、体の大きさではザドクの方がうえなため、アカネも少し反動があったようだ。
オレンの実を口に放り込むと、体の痛みや抵抗がスッと消える。行かなくては、とアカネとザドクの方へ走ると、火の粉を繰り出した。アカネもそれに気がついたようにザドクから離れ、そのままザドクの方へ突っ込む。ザドクが「余裕」の表情を見せ、僕の技をよけたと同時に、アカネの電気ショックがザドクを貫いた。
流石に体力の限界も近かったのか、ザドクはその場に少しのやけどを負って倒れた。アカネはアカネで、バッグから途中で拾ったオレンの実を取り出すと齧り始める。どうにかこうにか、というところだが、倒すことができたのだ。前はブレイヴに助けられてしまったが、今回は自分達でお尋ね者を捕獲することができたのだ。
「アカネやったよ……!倒した……!」
「……何か悪かったわね。寝ちゃって」
少しだけ申し訳ないような顔をして、アカネは目を逸らした。なんだかそれが嬉しくて、「ううん、大丈夫」とアカネの頭をぽんぽんと叩くと、そこから電流を流され体中がしびれる。なんだかそれも少し嬉しかった。
後ろの方にいるマリの方へ向かうと、安心しきった顔をして僕たちを見ていた。
「マリ!怪我ない!?」
「は、はい!大丈夫です!」
「アカネ。じゃあ、僕がザドクを連れていくから、アカネはマリをお願い」
「大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫」
にっこりと笑いかけると、アカネは納得したようにマリの背中を押した。ザドクはあきらめたのか、暴れることなく僕に担がれていた。
その時のザドクの顔は、悲しいような、申し訳ないような、そんな顔だったように思えた。
*
「オタズネモノノタイホ二ゴキョウリョクアリガトウゴザイマシタ。ホウシュウハギルドヘオクッテオキマス。イクゾ」
ジバコイルのジゴイル保安官が部下のコイル達とともにザドクをひっぱ抵抗としたその時、ザドクがストップをかけた。何か言いたい事があるようで、マリをじっと見つめていた。
「……悪かったな。今なら、お前のような小さなポケモンにまで付け込んだのは本当に最低だと思える。すまんかった」
真顔のままそう言うと、保安官達に引っ張られていく。そんなザドクを見て、僕は一言ぽつりとつぶやいた。
「根は悪いポケモンに、見えないな、あ」
アカネは僕のそんな言葉に、コクリと頷いてていた。
その後、マリをルリマが迎えに来て、誘拐騒動は幕を閉じたのだった。