記憶を無くした少女-2
「な、何するのさ!」
突然腹に向かってどついてきたピカチュウに対し怒りを露わにした。そういった瞬間に加えて僕に殴りかかるピカチュウを素手で押さえつける。「落ち着いて!!」と叫びながらピカチュウの顔を覗き込んだ。気のせいかもしれないが、その時に見たピカチュウの目は、ほんのりと赤く光っているように見えた。
どうしてこんな暴挙に出たのか、きっと理由があるはずだ。そう、もし理由があってこの海岸にいたのだとしたら、もし、このピカチュウが、例えば、犯罪者だったとしたら。
発想が突飛過ぎるが、いまどきのポケモンはみんなそんな考え方をしていた。襲ってきたら応戦しろ、危なくなったらすぐに逃げろ。父親の言葉を思い出しながら、拳を握った。どこの誰だか知らないし、もし何かあるなら話を聞いてあげたいと思う。何となく、気にはなるのだ。だから、まずは。
握った拳を力を抜いてピカチュウに叩きつけた。「ぐぁっ」と声を漏らし、海岸にドサッと倒れてしまう。
「なんで僕を襲ったの?どこから来たの?」
寂った体に与えられた打撃は想像以上のダメージだったようで、ピカチュウは立ち上がることさえできず、砂浜に倒れたまま黙ってこっちを見ていた。口を開こうとしないのは、僕の事を信用していないからか、反撃してきたからか。それとも、自分自身に後ろめたいことがあるからか、それはわからない。
「………特に、理由は無いけど」
「じゃあなんで襲おうと思ったの?」
「……さぁ。体が勝手に動いたのよ。それにどこから来たのかもわからない」
「記憶がないってこと?でも自分の事くらいはわかるよね?」
よっこいしょ、と手をついてどうにかこうにか起き上ったピカチュウは、困ったような表情をして首を傾げた。上から見ていると種族的にもとても可愛らしく見えるが、先ほどとてつもない力で体当たりしてきた人物だということを忘れてはならない。
「自分の事も分かんない。名前とちょっとした人間に関しての知識ね。それ以外はほとんどわからない」
「名前はなんていうの?人間ってどういうこと?」
「あんたには関係ないでしょ。起こしてくれたことと落ち着かせてくれたことには感謝するけど、赤の他人よ。名前もルーツも教えない」
僕にそう言い放つと、背を向けて海岸の岩場のある方に歩きだした。その先は、と言いかけたところで彼女は僕の方を振り返る。「なによ」とぶっきらぼうに言うと、僕に何か意見を求めるような顔をした。「えーと……」と口ごもった後、小さい声でその先を話す。
「……あの…その先はダンジョンで、多分行き止まりだと思うよ」
「は?ダンジョンってなにそれ。じゃああんたの方行けばいい訳?てかあんた後ろから何か来てるわよ」
「へ?」
刹那、後ろからの打撃に顔を歪めた。そんな僕を見ながら、平然と目を細めるピカチュウを、揺れる視界の中で見ていた。
次の瞬間に「ケケッ……」という下衆な笑い声が、耳を掠めた。