ポケモン不思議のダンジョン〜時の降る雨空-闇夜の蜃気楼〜 - -番外編-
【獅子と狐物語】≪前編≫
 何者かの遠吠えが、雷鳴のような力強さで複数回にわたり響き渡った。
 
 一匹のポケモンは、溢れる様な感情をそのまま遠吠えとして空へと解き放ち、周りのポケモンがおびえているのだという事に気付いたのち恥ずかしそうに口をつぐんだ。彼の足はせわしなく動いており、その行く先は真っすぐトレジャータウンを向いている。そんな彼の足取りと顔つきはどこか浮かれていた。トレジャータウンへと直通している道に入ると、その足取りはさらに軽やかに、そしてどこか急ぎ気味に大地を駆け抜ける。
 トレジャータウンへと入り、更に彼が駆け抜けた先では、待ち合わせをしていた相手が呑気な顔で椅子に腰かけて待っていた。トレジャータウンの中でも頭一つ突き出てお洒落な雰囲気が漂う地下カフェ。≪マスター・エルフのおいしいドリンクに、甘いスウィーツはいかがですか?シェフが筆談にて注文を受け付けます≫……前には存在しなかった、このような看板を見た客たちが押し掛けているのだろうか。テーブルも席もほとんど埋まっており、今までになかったカウンター席まで用意されている。そんな中で誰に席を譲ろうという気もなさそうにしている待ち合わせ相手は、相変わらずのふてぶてしさだった。
 息を切らせながら近づくと、その相手もこちらに気が付いたようだ。こっちこっち、と前足で軽く手招きをしている。
「よ、セオ。久しぶりだな……また少し背が高くなったか?」
「やめてよ。僕とりあえず子供の年じゃないんだからさぁ…………それより、また兄さんが来たんだ?」
 待っていたのは、セオという一匹のコリンクだった。小生意気そうな顔つきと喋り方のセオは、少し飽き飽きしたような顔つきで頬を膨らませた。『たまには姉さんが良い』などと子供じみたことを言っている。先程子供ではないと言ったばかりなのに、やはりどこに居ても成長しない。そうやって大きくため息をついたのは、セオに『兄』と呼ばれた一匹のルクシオだった。
「ほれ、今月の小遣い。手紙も預かってるから、あとで読め」
「はいはい、分かりましたよ。受け取ったから、もう兄さん帰ってもいいよ。お疲れお疲れ」
 感謝の言葉を延べるセオの顔つきにも声色にも、特に感謝の気持ちは含まれていないようだった。セオの兄であるルクシオの名は『チェスター・スカイウォーカー』という。同じ父と母から生まれた正真正銘の兄弟である。元々、セオもチェスターもこの時期は『エレキ平原』という場所に身を置いているのだが、探検隊マニアのセオがトレジャータウンの方で一時解散した筈の探検隊をもう一度結成するのだと粘りはじめ、探検隊解散後エレキ平原に住んでいたというのにまたトレジャータウンに戻ってしまった。なので、必要な時はエレキ平原の方から兄弟や知り合いが手紙や道具などをセオに届けるのである。
 他にも兄弟は多数いるが、エレキ平原からやってくる弟の中でも、チェスターはここのところ特にこのトレジャータウンに訪れていた。わざわざチェスターでなくても……というか、むしろ兄より姉が良いというのに。何故ここまで頻繁に来るのだろうか……と。セオは以前から些か疑問に思っていた。
「……あ、嗚呼。そうか、そうだな。俺の役割終わりだな。うん……」
「……気になってたんだけどさぁ、最近兄さんよく来るよね。僕に渡すものがあるとか以前になんか目的でもあるの?」
「え?……べ、別に!?ねぇよ!そんなもんねぇよ!何言ってんだ!あは、あははは!!!」
「……嘘自体そこまで好きじゃないんだけど、ここまで分かりやすい嘘は嫌いだよ僕……」
 セオは疑い眼差しをチェスターに向けて、じっとりと彼を睨みつける。明らかに顔が紅潮し、このカフェの中で何かを探しているような様子がうかがえた。セオも試しに周りを見渡してみるが、特に気になる物は見当たらない。新しい従業員のポケモンがこのカフェに来た、というくらいだった。
「もしかしてさ、噂聞いたりした?このカフェの美人シェフ。一層華やかになったって話題なんだけど」
「は?え、あ、そうなの?」
 セオの話にきょとんとした顔で、チェスターはその言葉に応えた。もしやその美人シェフを目的に来ているのではないかと一瞬睨んだが、反応を見る限りどうやら本当に知らないようだ。考えてみても、トレジャータウンと兄・チェスターの接点はセオのみ。考えても分かりっこない。どうにかして直接引き出してみようと思い、セオは少しいじってみることにした。
「前の手紙、姉さん確か彼氏できたって書いてあったけど、もしかして兄さんもそのタイプ?」
「ち、ちちちち、違うしぃーー!!何言ってんだよガキの癖にあーやだやだ」
「へー。僕協力してあげれるのになぁ。母さんが愚痴るように手紙に孫孫書いてるんだもん」
「…………いや、でも、お前に相談できるような相手じゃないっていうか……」
 女性関係で来ているという事は認めたものの、なかなか口を割ろうとはしない。セオは仕方なく自分からチェスターの口元に大きな耳を傾けると、『ほら言って』と、半ば脅す様に促した。まだもじもじと赤くなってはいるものの、チェスターは意を決したようにセオの耳元でその名前を口から零した。
「…………あ、の……






 …………ロコンの子、元気?」
「……はぁ!?」
 その存在を明らかにした途端に、チェスターは女々しく悲鳴を上げて顔を片手で塞いだ。子供のように真っ赤な顔…思わずセオは呆れたようにため息をつく。『はぁ』『そうなの』『へぇ』と、何かコメントをしようとしてもそうとしか言葉が出てこなかった。『随分マニアックなんだねぇ』と、最終的にセオ特有の無神経なお呼びではないようなコメントがころりと口から零れ出る。その瞬間チェスターの顔に集まった熱が一瞬で引いていき、鋭い目でセオを睨みつけた。
「うわ、こっわ……で、シャロットが何?付き合いたいの?」
「おいこらおいお前こんなとこでそんな恥ずかしいこと言うんじゃねぇよこれだからガキは!」
「……で?」
「付き合いたいです」
 あっさり白状した。セオは見下すかのような視線で兄の事を見つめるが、チェスターはいたって真剣な様である。
 セオにはよくわからないことがあった。シャロットとチェスターは、殆ど関わりが無かったはずだ。その筈なのに、どうしてここまで惚れ込んでいるのか。しかし、その様子を見るにシャロットと親密な関係という訳ではなさそうである。もしそうなら、今ここでこんなにウジウジしているという訳ではないだろう。そこでセオは尋ねた。殆ど交流の無いはずのシャロットに対して、どうしてそんなに真剣になっているのかと。
 これには経緯があるのだという。それは、つい一か月ほど前に遡る。丁度、チェスターが頻繁にトレジャータウンに通い始めた頃の事だった。

 一か月程前、エレキ平原奥地にてとあるポケモンが地面に横たわり、身もだえるようにして体を地面にこすりつけながら何か喚いていた。そのポケモンこそ、ルクシオのチェスター・スカイウォーカーである。彼には姉と兄、そして妹が何匹かいる。要するに大家族の中の一匹だった。
 普段は戦闘に対して勇敢で、少しドジなところもあるが何事にも真面目な兄が身もだえながら地面に体をこすりつけて何か喚いている。気持ち悪い。普段からのチェスターを知っている彼の姉達は、まるで不気味なものを見るかのような目でチェスターを見ながら罵っていた。
 女兄弟達の中で一番年上かつ、『大人の余裕』というものがある長女は、チェスターのそんな行動に何かを嗅ぎつけて彼の方へ近寄って行った。『危ないわよ、姉さん!』などと、散々な言われようであったが、長女は既にチェスターがなぜこうなったのかを理解しているような様子で彼に問いかける。
「どうしたの?何か悩み事?」
「……べ、別に!!」
「あらあら、恋のお悩みかしら?」
「な、何故それを!?」
「見ればわかるわよ〜」
 まるで漫画のような会話である。『正直か』と心の中で思いつつ、長女はチェスターの話に耳を傾けた。いつも勇敢に敵に立ち向かっていく弟が、顔を赤くしながら話をしているのはなんだかとても可愛らしくて、ついついクスクスと笑いながら話を聞いてしまう。チェスターは、至極真剣だ。
 彼から話を聞く限りだと、どうやら本当に好きな女の子ができたらしい。しかも、一番末っ子であるコリンクのセオの知り合いだという事だ。そんな会話を長女とチェスターがしていると、周りの兄弟達もそれに興味を惹きつけられたのか集まって来た。身内に話すことに恥らいはあったものの、チェスターはその『好きな相手』について話し始める。その話の内容から分かったのは、随分前にここに侵入してきた探検隊一行を撃退しようとした際、その中のメンバーの一匹に対する一目惚れらしき感情から始まったものらしい。聞いてみると、『あぁ〜』と皆納得した様子でチェスターの話に口を出し始めた。
「あれでしょう!?あの大騒動のほら、キースっていう悪い奴が実際にここに来た時の」
「確か三匹くらい来てたよね。ヒトカゲの男の子強かったから覚えてる。他はどっちも女の子だったよ。ロコンとピカチュウ。やっぱり、ピカチュウの方?綺麗な子だったし、一目惚れも仕方ないよね」
 候補の中に二匹のポケモンが上がった。あの探検隊の中に居た二匹のメスポケモン、ピカチュウとロコンである。『ヒトカゲが好きなんじゃないの!?』と妙な期待する特殊な一匹を省いてほとんどの兄弟達がピカチュウなのではないかという想像をした。同じ電気タイプのポケモンでかなり戦闘能力が高く、その姿は美しい。
「あ、でも。ピカチュウの子って確か元人間って噂だし、そもそも雰囲気的にあれはヒトカゲと出来てるね絶対。アニキドンマイ」
 空気的に、ほぼピカチュウの方で確定になってしまっているが、そこにとある一言で矢を射ったのは紛れもないチェスター本人だった。
「あの……ロコンの方なんだけど……」
「…………え?」
 皆きょとん、としていた。てっきりピカチュウの方だと思い込んでいたので、急なカミングアウトに戸惑いが見られる。ヒトカゲの方が好きなのではないかという妙な妄想をしていた特殊な一匹もまた、がっかりしたような顔をして目を細めた。正直に吐いたのにも関わらず、何故そんな顔をされなければならないのだとチェスター自身は少し不満であった。
「……え!?なに、なんで!?可愛いかったじゃん!!てか俺カミングアウトしたのに何その反応!!」
「……うん。確かに可愛い子だったけど、まさか炎タイプを好きになるとはっていうか…………うーん、結構普通の子だったから、一目惚れとはちょっとびっくりしたっていうか」
「いや、アニキ。俺は確かにって思うぜ。男的に見て可愛いよな。もっと成長したら化けるよあの子は。てかさ、それより父さんの方が問題じゃね?種族繁栄が絶対重視だから、子供作ったりするなら同じ種族じゃないと……」
「や、やめろよもうーー!!恥ずかしいこと言うなよバカ〜〜〜!!」
「え、ちょ。えぇー……」
 何はともあれ、要するにチェスターは今余計なことは一切考える気はないという事だ。完全にポンコツに成り下がってしまっている兄をどうにかするべく兄弟達は立ち上がった。彼女が住んでいる場所や、その名前は既にわかっている。名前はシャロット。そして、セオの元探検隊パートナーである。住んでいるところはトレジャータウンという、探検隊でかなり栄えている場所のようだ。そこまで分かっているのならば話は早いと、弟はチェスターに提案した。
「姉貴たちさ、よくトレジャータウンに下りてセオに手紙とか届けてるじゃんか。それをアニキにさせればいいんじゃないか?そうすればトレジャータウンに行く口実もできるし、何より偶然を装ってシャロットちゃんに近づける!セオはシャロットちゃんの元パートナーだし、あいつを利用しない手はない!」
「それだーーーーーーーー!!」

 ……という経緯があったわけだ。
 セオは兄の事を冷めた目で見つめていた。それはなぜかと言えば、言わなくても大体の者が分かるかと思われる。兄は初めての『恋』というものに心底浮かれていた。彼はシャロットの人格を何一つ知りはしないのであろう。知っているのはその姿と名前、そしてトレジャータウンに住み着いているという事である。
 しばらくの間、チェスターはそうなった経緯を細々と一匹だけでひたすらに話し続けていたが、ふと口を止めて表情に影を落とした。またくだらないことで何か悩み事でもできたのだろうかと思いつつ、セオは呆れたような顔をしながらその表情の訳を尋ねた。実際に呆れてはいたが。
「……セオ。正直に言ってくれ。もしかしてお前もシャロットさんのことが好きなら、俺はお前に協力は頼まない」
「ないわー。ないわー。ナイナイナイナイ。大丈夫、僕はそんなことは無い。どっちかって言ったら友達向きだよね。だからさ、シャロット今彼氏いないんだよ」
「本当に!?」
 セオが『無い』を七回連発した後、兄の顔がパァっと輝いた。いつもはこんな表情はしないというのに、まるで初めて外を歩いた赤子のようだった。そんな兄の事を心底気持ちが悪いなと思いながらも、セオはチェスターに知っている限りの情報を与えることにした。チェスターもたまに涙をボロボロとこぼしながら話を聞いている。どんだけだよ。
「ただ、シャロットの傍に一匹……いや、二匹面倒なのが居る」
「は!?だ、誰だよ」
「オッケー。じゃあちょっとついてきて」
 そう言うと、セオは飲んでいたドリンクを机の上に放置したまま、チェスターを連れてカフェの外へと出て行った。『ありがとうございました!』と、可憐な従業員の元気な声が響き渡る。セオはチェスターの様子をのぞき込んで見て見るが、男なら絶対に引き付けられそうな彼女の声にも特に反応しなかった。そんな兄がなぜシャロットなのか……ポケモンとはそれぞれわからないものである。実際、セオにはシャロットの良さがあまり分からなかった。
 移動の間、少し間が空くのでセオの家族について掘り下げてみよう。あくまでセオやチェスターの記憶の中の話ではあるが、セオには兄や姉が計八匹ほどいる。全員が同じ父と母から生まれたというのだから大層な大家族である。セオの父であるレントラーは、その名をロト・スカイウォーカーと言った。今でこそ頑固で怒りだすと手が付けられず、家族以外に対しては非常にあたり強いが、本来は雄らしい気が溢れる勇ましいレントラーである。今でこそセオに母にロト、そして兄弟の八匹と共に計十一匹の家族で一族として名乗って入る物の、ロトは元々巨大なレントラーやルクシオ、コリンクたちの群れの中心核に近い存在だった。本来ならその状態で殆どの生きる時間を過ごしている筈なのだが、ロトはある時を境に群れからはみ出てしまう。セオはおろか、八匹のうちの一番最初に生まれた個体もいない頃の話だ。現在からすれば随分昔の話になる。ロトというレントラーがまだ若い頃だ。
 レントラーやその系統の一族はそれぞれ群れを成して生活していたが、その群れの持つ縄張りから少し離れたところに、小さい範囲で縄張りを作っているもう一匹のレントラーが居た。雌の個体で、彼女はいつも一匹だった。一匹狼気質があるという訳ではなく、どの群れにも迎え入れてもらうことが出来ない特殊なポケモンだったのだ。理由は簡単で、普通のレントラーとは明らかに体色というものが異なり、とても奇異な姿をしていたからだ。
 レントラーというポケモンは基本的に黒と青の色彩で構成されているが、その孤独なレントラーは体が黒と黄色で構成されていた。青がちゃんと混じっており、濁ったような黄色などではなく、明らかに黄色と黒の体毛がきれいに分かれているような容姿をしていた。これを俗に世の中では『色違い個体』と言うが、このような色の異なる個体は数は少なくとも稀に存在する。野生以外の社会で教養をしっかり受けていれば大体のポケモンは知っているようなことではあったが、そもそも野生で生きて群れを成し、そして教養の面もすべて群れの中で行ってきたポケモンたちにとってそんな概念は存在しない。色違い個体のレントラーは病気なのか、はたまたポケモンに扮したポケモンならざる者なのではないだろうか。そんな憶測が飛び交い、誰も彼女を傍に近づけなかった。
 たった一匹を除いては。
 その一匹こそが、彼女の現在の夫であるロト・スカイウォーカーなのだが、この頃のロトはやはり若かった。彼女を初めて見た時、自分でも無意識のままにふらりと黄色いレントラーの方へと近寄って行こうとして、何匹もの仲間に止められた後すさまじく説教を受けた。彼女が群れから遠ざけられている理由はなんとなく察してはいたものの、ロトは抵抗して彼女を群れに引き入れたがった。しかし仲間からの許可は当然下りない。ロトに最初から恋心というものがあったわけではなく、ただ黄色い体毛が物珍しくて、大地を駆け巡って土に汚れた青色ばかりを見ていたロトにとっては、なんだかその汚れの無い黄色い体毛がとても神秘的な物に見えたのである。
 美しい彫刻でも眺める様な心境だったのだろう。ロトはそれから、群れの皆が寝静まると少しずつ黄色いレントラーの元へ近づいていくようになった。現在の息子たちは、母からこの話を聞いて『今の父からは想像が出来ない』というが、これはどうやら真実らしい。彼らの母の名はオリビア・スカイウォーカーと言う。ロトは最初、オリビアに近づいては覗き込むような日々を送っていたが、ある日ふと気づいたことがあった。オリビアは女性で、女性としてはとても美しい姿をしているのだ。美しい彫刻を眺めているような感覚を持っていたロトは、この日から意識を改めた。美しい彫刻ではなく、彼女は美しい女性だったのだ、と。一々皆が寝静まる時間帯になっては現れて縄張りをのぞき込まれるのだから、当然オリビア自身も気持ちが良い訳でなかった。しかし、どこかでそれを喜んでいるところもあったという。軽蔑と奇怪なものを見る様な目でしか見られていなかった自分に対して、初めてどういう意味かは知らないが、興味を寄せているように見えるポケモンが現れたのだから、気持ちがいいとは思わなくても不快だとも感じなかった。要するに満更でもなかったのである。
 徐々に距離は近づいていき、初めて話しかけたのはオリビアの方だった。生まれてからの境遇により自尊感情というものが殆ど欠落していた彼女であったが、勇気をもって『いつも何をしているのか』と話しかけてみた。
 話しかけられたロトが心底嬉しそうな顔をしたのが不思議で、会話に全く慣れてはいなかったが、少しずつロトと会話をするようになった。皆の活動時間は、流石にお互い話しかけたりはしない。ロトにも立場というものがあるし、オリビアも群れに近づきすぎると攻撃対象になってしまう。皆が寝静まった頃、ロトはいつもいそいそとオリビアの元に出かけていくのである。
 オリビアもロトも、会話の中でオリビア自身の容姿の事については触れなかったが、ロトはある日唐突にオリビアの容姿を褒めちぎり始めた。黄色い体毛に一目惚れしたという事や、オリビア自身が美しいという事、自分はほかのポケモンのような差別的感情は持っていないという事。 
 外見など褒められたことが無かったため、最初は戸惑っていたものの、戸惑いは喜びへと変わっていった。あの時の事をオリビアの言葉で言えば、コンプレックスを認められて『一発で落ちた』らしい。
 それからしばらくもそんな関係が続いていたが、日常は長くは続かない。ロトがこっそりオリビアと接近しているという事があっさりと群れにばれてしまったのである。一度はみ出してしまうと戻ることは困難。一度追放を言い渡されたロトは抗おうとはせず、群れから抜けた。そして、何者にも縛られることなくオリビアの元へ向かったのである。最初からこうしておけばよかった、とさえ思ったらしい。
 そんなこんながあって今、何故か子供九匹に恵まれ、大家族に囲まれて生活をしているのだが、子供たちがある程度自分で何かをできるようになると、オリビアは引きこもりがちになった。というのも、石と石の間の空間にカーテンのようなものを付けて外部からの接触を断ち、その中で本を読んだりゴロゴロしたりしながら生活するようになったという。一日中という訳ではないが、一日の大半をそこで過ごす。おまけにその場所はロトとオリビアの寝室となっており、子供は好きな場所で勝手に寝ているが、ロトは就寝時になると必ずそこで眠りにつくのである。これには子供たちも苦笑いだ。
 大分長い話となったが、要するにセオの父であるロトは、普段は冷静で強き父。そして意外にも愛妻家なのである。おまけに、自分の妻より美しいものはないと本気で考えている妙なタイプのポケモンなのだ。これがレントラー夫婦の馴れ初めである。
 
 こんな話の外側では、セオとチェスターはあるポケモンを探していた。チェスターにとって『恋敵』的存在の元へ向かおうとしていたのだが、その相手というのは不規則な場所に出現するらしく、よく考えてみればセオにもどこに居るのか分からないらしい。会おうと思って会えたことはあまりないそうだ。
「いらない時だけしょっちゅう出てくるのに……」
「一体どんな奴なんだ?」
「片方はマザコン、片方はプレイボーイ」
「最悪じゃん」
「会えるのはプレイボーイの方だけだけどね」
 チェスターは身構えるようにフン、と鼻から強く息を吐いた。そんな兄を見ていて段々と面白くなってきたセオは、更に足を速める。暫くトレジャータウン内を歩き続けると、チェスターは様々なポケモンからの視線が少々気になり始めた。トレジャータウンではあまり見ないポケモンだからか興味を抱かれているのだろう。セオはそんな視線に気づくことも無くチェスターの前に立ってお目当てのポケモンを探していた。そして、ふと建物の影に目をやる。見覚えのある明るいブラウンの尻尾がちょろりと出ていた。セオは訝し気に建物の影のその奥へと近づいていくと、まさにドンピシャである。目当てのポケモン、レイセニウスの姿がそこにはあった。呑気に目を瞑って日陰で涼んでいる。彼のいつも持ち歩いているバッグからはノートやペンがこぼれている。セオはそれを教えるのも兼ねてレイセニウスに近づき、軽く声を掛けた。
「ちょっと」
「……ん。嗚呼、えーと……誰だっけ」
「誰ってセオだよ忘れたの!?鳥ポケモンみたいな頭してるね。ああ、鳥ポケモンに失礼かな」
「ちょっと黙ろうか」
 チェスターはそんな会話の隙間から、レイセニウスの方を覗き込んだ。嗚呼、認めたくはないが格好いい。そしてセオがプレイボーイの雰囲気だと言ったのも納得がいく。涼し気で上品な目元は透き通っていて、心の中の何かを見透かしているようだった。しかし、見る限り年齢は自分より少し下のようである。まだ大人になりたてのような幼さが微かに顔に残っていた。チェスター自身が言えた事でもないが。
「ところでお前、誰だそいつは。お前のアニキか?ほら、あのおっかない一族の」
「まぁね。ちょっと話聞いてほしくてさ、僕の兄さんのチェスター。兄さん、このポケモンはレイセニウスさん。プレイボーイの方の」
 いきなりプレイボーイなどと言われて、レイセニウスは一瞬眉間に皺を寄せるが、バッグから零れ落ちた道具をかき集めて元の場所へ納めると、ゆっくりと立ち上がる。『それで話とは?』と、話を聞く体制になってくれた。セオが話を始めようと口を開きかける頃、チェスターは少々落ち着きのなさそうな様子でそれを眺めていた。
「実は兄さんがさぁ」
「あああああちょ、ちょちょちょちょっと待って!やっぱいい!!やっぱいいから、俺とお前だけで何とかしよう!お騒がせしました!すいませんっした!」
「僕の兄さんシャロットの事が好きらしいんだけど、レイセニウスさんシャロットとどうにかなっちゃったりとかしてないよね?」
「シャロットちゃん?別に普通の友達だけど」
「うわぁぁあ恥ずかしい!!え、ちょ、はずい!!
 ……あ、普通の友達か。よかった……」
「え、何っすかお兄さん、面白そうな話をお持ちみたいで」
 セオは兄を馬鹿にするような言動を言葉の隅々に入れながら、軽く今までの経緯を説明した。話を聞けば聞く程に吊り上がっていくレイセニウスの口元が気味がわるい。なんだか退屈しのぎに使われているようで軽く気分が悪かったが、ここでいくつかシャロットの情報を取り入れることに成功した。
 『甘いものが好き』『パッチールのカフェに良く出現する』『コミュ力高め』『アウトドア派』『探検大好き』『とある探険隊の助っ人として活動中』『母親はとある巨大な大会のチャンプ』『多分母親は怒ると相当怖いから気を付けろ』『セオはシャロットに割と嫌われているのであてにするのはよくない』とのことだった。事細かに教えてくれたレイセニウスに対して、チェスターはこちらを味方につけた方が良いのではないかという気がしてきた。しかし口が軽そうなのとチャラそうなのが欠点だ。
「…………要するに、お兄さんはシャロットちゃんとどうなりたいんすか?」
「え、えー!?え、そりゃ、その、まぁ……ねぇ?」
 『察せよ』という顔で答えを濁した。ちゃんと察してくれたのか、レイセニウスは『あ、はい』と小さくつぶやくと、自分から提案を持ち掛ける。
「よし、お兄さん。俺が女の子落っことす技を見せてやりましょうか」
「いや、遠慮しときます」
 プレイボーイと言われているような彼が何かやったところで、今までとにかく真面目に生きてきたチェスターがそれをできるわけがない。好きな女の子の前で話すだけでもテンパってしまいそうだというのは本人が一番よくわかっていた。それとなーく、それとなーく近づいて、それとなーく仲良くなって、最終的に付き合いたいというのが理想である。勿論そこには遥か空にそびえる鉄の壁がある訳なのだが。
「……そうっすね。うーん……それだともう、あれっすね。一緒に探検に行くのが手っ取り早いんじゃないっすか?」
「と、言うと?」
「お兄さん戦えるんすよね?あのおっかない一族の一員なわけだから」
「あ、まぁ……」
 一々家族の事をおっかない一族と例えるのは止めていただけないだろうか……と、げっそりした顔をするも、レイセニウスの提案に興味があった。引き続き話を聞こうと耳を傾けると、レイセニウスは少し得意げに鼻を膨らませながら話し始める。
「シャロットちゃんは基本的に探検に飢えてるから、あえてシャロットちゃん宛ての依頼を出すと効果的じゃないかと思うんすよ。もしシャロットちゃんにバレルのが嫌だったら、炎タイプ指定した依頼を書くとか」
「へー、成程ね。兄さん個人の依頼なら探検隊連盟を通さなくてもいいし、僕の兄さんだっていえばある程度警戒なくうまくいくかもね。僕が直接渡せば周囲に知られることもないし」
「な、なるほど……!!」
「シャロットちゃんが炎タイプだってのが肝なんで、指定のダンジョンは草タイプの出現率が多い所が良いっすね。炎タイプを指定する口実づくり的な感じで。
 上手くいけば二匹だけでデートできるっていう」
「で…………デート!!!」
 それからの展開は早かった。チェスターは光の速さでセオとレイセニウスを引っ張り、セオの家に戻ると依頼作成を始めた。中途半端な知識であったが、とにかく依頼の種類、指定タイプ、報酬、行先のダンジョンのレベルに目的を書けば大体依頼書としては成立する。探検隊連盟を通していないという前書きは一応警戒されないために記入し、そしていい感じのコメントを書き加える。
 相手は知り合いなのに、どうしてこうも手の込んだことをするのか。何とも言えない馬鹿馬鹿しさには気づいていたものの、レイセニウスはとにかく必死なチェスターを見るのが面白くて、あえてそれを言わないでおいていた。
「……うん。じゃ、僕はこれをシャロットに渡せばいいわけだね」
「お、おう。今日は泊めて貰っても構わないか?」
「えぇー……兄さん床で寝て」
「面白いことあったら教えろよ、お前」
「ハイハイ、分かったからもう帰っていいよ。お疲れ」
 その日は解散となったが、その後セオはシャロットに渡してくると言って家を出た。くれぐれも、くれぐれもよろしくと縋る様に頼み込むチェスターを馬鹿にするように横目に見ると、ぶつくさと言いながらもシャロットの家まで向かってゆっくりと歩いていく。家の窓からそれをのぞき込みながら、チェスターはふと頭に浮かんだことを小さな声で口に出した。
「なんか変わったな、あいつ」
 以前のセオならおそらく、馬鹿にするだけ馬鹿にした後『自分で行けば?』と言って、ただチェスターの事を見ているだけだっただろう。今回、よく考えてみれば自分から協力してくれたのだ。 
 弟は昔から嘘をつくのがあまりうまく無くて、口に出したことは無いが頭もそんなにいい方ではない。一番末っ子だからと、父と母、更には姉たちが他の兄弟達と比べて甘やかしたのが良くなかったのか、知ったかぶりの頭でっかちで、口も相当悪い。他者の話は素直に聞けないし、自己中心的だった。
 何が弟を変えたのか、それはよくわからない。ただ、姉たちに聞いた話では、セオはかなり最近に起きた大事件、『時の歯車事件』に不覚ではないが関わっていたようだった。エレキ平原の最奥部は、あまり外の情報に通じているわけではない。時の歯車事件についてはあまり知らないが、エレキ平原のポケモン達に関しても何やら『避難警告』のような物が出ていたので少し騒いだのは耳に入っている。
 しっかりと考えて見なければ気が付かないような弟の変化。ポケモン達との外でのつながりやたくさんの経験が、彼を少し変えたのか。

 ……まぁ、別に性格が良くなったという訳ではないので、深くは考えないでおこう。
 そんなことより、と。チェスターは、窓から見える青い空を眺めながら、この先の未来に胸を躍らせた。


■筆者メッセージ
気まぐれ豆雑談

作者「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
レイセニウス「おうおうどしたどした」
作者「続編どうしよう」
カイト「アカネと結婚する下りまで書いてくれるんじゃないの?」
作者「何言ってんだこいつ」
サラ「新しいシリーズ始める気ないの?」
作者「うーーーん」
サラ「例えば、そう、救助隊、とか……」
作者「あんた主人公になりたいだけだろ……
   その前に作者はさ、このつるっつるの脳みそをどうにかしたい。11月からマジで勉強するって友達に声高々に宣言した割に進まない」
ガリュウ「進まないとかいうレベルじゃないだろ。勉強した痕跡がないんだが」
作者「よし、勉強の話はやめよう」
サラ「なら救助隊……」
作者「考えとく(やるとは言っていない)」
サラ「ウェーイ!!」
ミシャル ( 2016/11/13(日) 15:45 )