【スウィート・メモリーズ】
≪マスター・エルフのおいしいドリンクに、甘いスウィーツはいかがですか?シェフが筆談にて注文を受け付けます≫
パッチールの地下カフェに新しくでた看板には、そんなことが書き込まれていた。モンブランやゼリーらしきスウィーツのイラストがペタペタと貼られており、カフェに来ている常連たちは思わず興味を惹きつけられ、いつもよりも期待を込めて地下への階段を下りて行った。
「カフェの中で新しく働き始めた雌ポケモン、すごいきれいらしいぞ」
「あ。でも、事件に巻き込まれたとかで所々火傷してた。まぁ俺が見る限りだと時間が経てば治りそうだし、まぁきれいなのに変わりなかったしな。オボンのジュレは俺のお勧めだぜ」
そんな会話に花咲かせながら、トレジャータウンに住む若者たちは店への階段を下りていく。忙しそうに店の中で働くニンフィアことレイチェルは、店がすこぶる繁盛している様子を見て、営業スマイルとは違った意味での笑顔を零す。しかし最近、たしかに店に客はよく入るが、やたら男性比率が多い。食事などの他に、レイチェルや新しく店で働き始めたポケモン目当てで来る者が多いからだ。
「あ、レイチェルさん。今日も繁盛してますね〜」
背後から声を掛けられ、レイチェルはいつも通り『いらっしゃいませ!』と元気な声であいさつをした。声をかけてきた相手は、雌のロコン、シャロットだった。
「ふふ、ありがとうございます。シャロットさんがノギクさんを紹介してくださったおかげで、こちらも大繁盛です。エルフの方針的に、今まで収益はあまりなかったんですけれど、ノギクさんのおかげでグッと伸びそうです。木の実などを持ち込んだらレシピを考えて即興で作ってくれたりして、すごく助かってますよ」
「そうですか、それはよかったです。ノギクさんも楽しそうだし!……えっと……それで、ですね……」
シャロットはそう言って、目を少し伏せて申し訳なさそうに瞳を泳がせる。レイチェルは微かに首を傾げると、カフェの中の状況を見渡した。そして、シャロットの言い出したいことに気付く。客が多すぎて殆どテーブルが埋まってしまっているのだ。世間話がてら話しかけてくれたのかと思ったが、どうやらテーブルに空きが無くて困っていたようだった。
「あ、申し訳ありません。私気づかなくって……カウンターの前に席を出させていただくので、そちらでもよろしいですか?」
「は、はい!そこまでしていただけるならもう、全然!」
シャロットは少し焦ったようにそう言って、にっこりと笑った。いつもシャロットは前足を机に乗せ、首を乗り出した状態でドリンクをストローのようなもので飲んだりしているため、この状況で立ち飲みするというのは少し無理がある。レイチェルはにっこりと笑顔を振りまくと、カフェスペースの隅にある扉の方へと向かい、触手で押し開ける。その中は倉庫になっていた。中に椅子のような物が積み上げられており、レイチェルはそれを二つほど触手で持ち上げると、倉庫を出てカウンター席の方へと持っていく。どうせならと思い、ノギクが接客をしている方のカウンターにシャロットの椅子を置いた。シャロットを誘導して座らせると『ごゆっくり』と告げて、にっこりと微笑みかける。
レイチェルが去ると、シャロットはカウンターで食べ終えた後の皿を回収しているシャロットに声を掛けた。
「こんにちは、ノギクさん!
すごいお客さんで、大変そうだけど……どんな感じですかね?」
「………………」
ノギクはその言葉に少し頷いて反応すると、ペンとメモ帳を手に取って文字を書き始める。シャロットは、そんな彼女の姿を見て無意識に目を細めた。体の至るところについた火傷の痕が痛々しい。
ノギクは数か月前、事件に巻き込まれて長い間眠りに落ちていた。しかし、『二度目の時の雨』が降ったとほぼ同時に目を覚ましたというのである。時の雨なるものがいったい何なのかはこの場では割愛させていただくが、無事に目を覚ました彼女はその後順調に回復し、コジョンドならではの特性のおかげもあるのか、現在はほぼ完全に復活した状態である。数か所に火傷の痕が残り、所々戦いの傷跡もうっすら見えているが、これも時間が経つに連れ消える可能性があるような物らしい。
そもそも、ノギクがそうなってしまった起因はシャロットにあった。そのため、ノギクがほぼ復活した状態の今でも、彼女は心の底で彼女に申し訳なさなどを感じ続けているのだ。
そうこう言っているうちに、ノギクはメモ帳に字を書き終えたようだった。少し丁寧に書いたのか、短い分の割に時間がかかっていたようだ。パッと見そんな印象を受けつつ、シャロットはメモ帳を覗き込んだ。
『とても、楽しいです。一生のうちの生きがいをまた一つを見つけたような気がします』
「…………よかったです」
正直、少し心配もしていた。言葉を話すことが出来ないノギクが、こんなに沢山の意思が入り混じった所でうまくやっていくことが出来るのか、と。しかし、そんな見た目や雰囲気のはかなさ以上に彼女は強いことを知っている。以前、『言葉を話すことが出来ないことで様々な状況に陥った』、とだけノギクに聞いたことがあり、『そんなことは慣れっこだ』という言葉も文字の上で聞いた。それでもやはり、心配だったのだ。
しかし、そんな心配は皆無だったようだ。ノギクの顔には、自然に出てくるような和らかな笑みがこぼれていた。シャロットはエルフの方で受け取ったオレンジュースを啜ると、幸せそうな顔つきでほう、とため息をつく。
「あ、えっと、注文です!えーっと……モモンを二つ持ってるので、これでモモンゼリーをおねがいします」
ノギクは目を柔らかく細めて小さく頷くと、さらさらと慣れた手つきでメモに何かを書いていく。そして、手早く書いた文字をシャロットに差し出した。
『モーモークリームのトッピングはされますか?』
『します』と言うと、ノギクは頷いてカウンターの奥へと引っ込んでしまった。一見大変そうではあるが、なんとかスピードは追いついているようだった。安心した面持ちで、シャロットは席に腰かけてスウィーツを待った。オレンジュースはスウィーツと一緒に楽しみたかったこともあり、残りの量に注意しつつもチュー、と吸ってはまた幸せそうな笑みを漏らす。
このまま、平和な世界が続きますように。
『あの事件』から数か月、シャロットはそう思い、またジュースを啜った。