未来への切望‐190
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美しい女の仮面には、ぽっかりと二つ、穴が開いていた。目玉が二つ存在するはずのその二つの黒い穴の中から、聞こえる筈もない悲鳴が聞こえる。喋っているのは整った鼻の下にある形の良い口の筈なのに、穴の空いた瞳からはボロボロと涙がこぼれそうだ、となんとなく思った。
グラグラと地面が揺れる。リオンとへケートは、不安定な体の足元を見つめ、強く強く力を込めた。しかし、また大きな地震が響き渡る。空には赤い雲が広がっている。『星の停止』が近づいている……と、悟った。リオンはグラグラと揺れる地面が煩わしくなり、地面へとゆっくり腰かけた。リオンとへケートの視線がぶつかり合う。へケートは地面に伏せた状態で過去の話をリオンに聞かせ、リオンは地面に腰を下ろしてそれを聞いていた。妙な光景だった。先ほどまで殺し合いをしていた者達が、何か大切な話をするかのように真剣な表情で向き合っているのだから。
リオンがへケートの昔話を聞いていて、思った事がいくつかある。
別に、へケートはサイコパスなどではないのではないか、ということだ。ただ、何かスイッチが切れてしまったかのようにへケートの内面は壊れてしまったのではないか、と思った。自分の存在を感じられる行動こそが、きっとポケモンを殺すという行為だったのかもしれない。
美しかった幼い頃の彼女、そして美しかった母。母の娘への執着……そして、その執着が途切れ、憎悪に変わった時、彼女は一体どんな気持ちだったのだろう。そして新たに、シリアルキラーとしてのスイッチが入ったのは、見ず知らずの子供を無意識に殺害してしまった時だという。母を手にかけて初めて受けた心地の良い感覚が征服感だという事は間違いないのだろう。彼女はきっと、母親が愛しかったはずだった。しかし、どこかでは絶対にやりきれない気持ちを溜め込んでいたのだろう。それを吐き出した末を見て、何か錯覚してしまったのではないだろうか。
へケートに何か一言言ってやりたいと思った。しかし、話を遮ったらすぐにでも殺すと言われている。一瞬で、とかそんな風に殺されてしまう気はリオンには全く無かったが、リオン自身がその話にとても興味があった。
嫌な過去だな、と。聞いていて思うこともある。
可愛そうなんだな、と。同情もしてしまう。
異常者に見えていた彼女が、どんどんとはっきりとした感情を持つ生き物に見えてきた。それはなぜなのか。見ず知らずの子供を理不尽な理由で殺し、自らの母親をも勢いで手に掛けた女なのだ。その癖罪悪感など感じたことは無いという。そして、話によるとそこから沢山のポケモンを手にかけている。話にでたのは、母親の恋人に近い存在のポケモンだ。そして、手ごろそうな相手をいたぶって殺して来たともいう。異常者だ。異常で……おそらく、リオンの近くにいたルーファスやシャロットとは真逆の世界に居る存在だ。
しかし、どこかで同情し、悲しみ、安心している自分がいることに気付いた。
傍から見ればとても気持ちの悪い話で、苦々しい過去。そんな物語を微笑を浮かべながら謳うへケートは、異常者なのだろうか。その笑顔の根底に、何があるのだろう。
「…………どうだ?」
「…………」
「前に話した奴は、ただビクビクと怯えるばかりだった。お前はつまらない存在だが、対で話すと顔つきの変化が大きい。それが見たかった」
『話すな』と言われていたことを、リオンは忠実に守り、へケートが何を言っても口を挟まなかった。確かに、リオンはへケートに対してあまり恐怖を抱いていなかったように感じた。それは最初は違ったが、徐々に『慣れ』というものが現れる。だから、こんな話も比較的冷静にとらえられたし、ある程度覚悟していたというのもあった。
恐怖などよりも悲しみや同情の方が大きい。だから、その『前に話した奴』とは、違う反応になったのだろう。
ヤミラミに対して、へケートは割と一方的に話をした。ヤミラミは、へケートに嫌悪感や恐怖を抱いていた。だから、そんな反応になるのだ。
へケートの中に、そんな概念があるのかは不明だが。
「……………………」
「その先のことは、おそらくルーファスからも聞いているだろう?私が星の調査団にもぐりこみ、こうなるまでの経緯。しかし、今の話は覚えている限りだと……あの腰巾着なヤミラミと、お前にしか話していない。ルーファスも知らないことだ」
「…………」
「……黙り込んでいるな。私が口を挟むなと言ったからか?馬鹿のように誠実だな。もう構わん、話せ」
「…………いや、別に」
リオンはへケートから目を逸らすと、なんとも言い難い顔つきで地面を見つめていた。リオンの顔つきをずっと見ていたへケートは、思わず首を傾げそうになる。何故そんな顔をするのだろう、と。リオンが自分の境遇に同情し、悲しみ、安堵しているということなどへケートには想像できていなかったのだろう。
軽蔑されると思っていたし、恐怖を抱かれるとも思っていた。異常者扱いもされると思っていたが、リオンは複雑な表情で地面を見つめるばかりだった。小刻みに揺れる地面や、意味の分からないリオンの様子がへケートの感情をどんどんと昂らせていく。
「おい、何を考えている?」
「…………いや、なんか…………かわいそうだなと思ってさ…………」
「…………かわいそう?
…………かわいそう、だと?」
へケートの表情がぴたりと硬くなった。彼女の肩ががくがくと震えだしていることに気付き、リオンはふと顔を上げた。大きくてギラギラとした瞳がつりあがり、鼻と目の間、口の周りには亀裂のような皺が寄った。美しい顔が崩壊していくその様を見て、リオンは思わず腰を上げる。そして、一歩二歩と下がった。
恐怖のような物がここでやっとじわじわと腹の底から昇って来た。へケートの目は飛び出さんばかりに見開かれ、吊り上がり、目玉はグルグルとリオンを捕えながら回っている。透き通った瞳に映ったリオン自身の姿さえおぞましく見えた。
リオンはこの時察した。『地雷』を踏んでしまったのだ、と。
「お、おい…………!」
「かわいそうだぁ!!!?」
へケートはリオンの顔をめがけて飛びついた。爪がリオンの顔に刺さり、何本かの細く深い筋を残す。飛び散った血液がへケートの鬼のような形相へ飛び散った。リオンはぼんやりとその光景をスローモーションで眺めながら、まるで悪魔のような姿だと思う。へケートはリオンを完全に押し倒すと、片方の手でリオンの首を押さえつけてもう片方の手の爪を鋭く光らせながら、リオンの耳の近くを強く引っ掻いた。切り裂いた、という表現の方が適当に思える程の痛みだ。リオンは思わず呻き声を上げる。そこそこちゃんと話を聞かせてくれさえすれば、抵抗はしないという約束だった。
しかし、こんなのは納得がいかない。へケートは激情のあまり『サイコキネシス』をリオンに掛けるのを忘れていた。リオンは足先に力を籠めると、足に炎を纏わせ横に思い切り振り上げた。リオンの攻撃はへケートの足を直撃し、彼女の細い脚はリオンの攻撃に崩れ落ちる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ!!!!!」
まるで怪物の雄叫びのようだった。首の拘束が緩まったので、リオンは首に力を入れて顔だけを起こした。へケートは目に涙をためてリオンを睨みつける。その口元から漏れる息は、低く獣のような声だった。鼻と鼻がくっつきそうなくらいにへケートの顔が近づいてくる。リオンは片目を大きく見開いたまま、彼女の巨大な目を見つめていた。
彼女の目の奥をじっと見つめていたら、やはり『かわいそう』な奴だな、と思ってしまった。リオンの緊張や恐怖心は、乱れたへケートの顔つきや雰囲気を感じるとともに和らいでいき、やがて脱力するように自ら頭を地面につけた。尚獣の唸り声のようなへケートの息が、リオンの鼻のすぐ上で響いている。それでもかまわない。と、リオンは片方だけ開いた珊瑚色の瞳も、ゆっくりと閉じた。リオンの顔は血まみれで、返り血を浴びたへケートの顔もまた血で汚れていた。リオンは死を覚悟したかのように身を地面に預けると、疲れを一気に地面へと落とす。床に体の重みが引き寄せられるような不思議な感覚に陥り、自分の上に獣のような声を出すシリアルキラーがのしかかっていると思ってもまるで恐怖はなかった。
すでに体中が痛い。というよりかは、集中的に攻撃を受けた頭部が燃えるように熱かったし、体中怪我だらけだ。
おれ、そろそろころされんのかな。
そう思った時だった。
「………………?」
顔の上に何かが落ちた。
傷が入っているであろう部分に落ちたのだろうか。焼けるように痛かった頭部に、次は別の感覚がじんわりとしみ込んでくる。染みる様な痛みと共に、何か水のようなものがポタポタと顔の上に落ちてくることに気付いた。リオンは閉じていた片目を開く。すると、目の中に何かが入って来た。また、水のようなものだった。
「…………?」
リオンは片方の目を、目玉が零れ落ちんばかりに見開く。目の前で起きていることが一瞬で理解し切れなかった。
目の前にいるのは、鬼のような形相のエーフィではなく、美しい顔立ちをした彼女だった。顔に入った皺はきれいに伸びており、口を小さく開けたままボロボロと涙をこぼすエーフィの姿が、目の中に飛び込んでくる。ほんとうに金縛りを掛けられてしまったかのように、リオンは動けなくなった。見ると目の前のエーフィは体中がガタガタと震えており、動きたくても動けないのは相手も同じなようで、苦しそうに息をしながら相変わらず低い声で唸る。唸りながら、透明な涙をその宝石のような瞳からボロボロとこぼしていた。
目の前の女は、本当にへケートなのか。
涙をボロボロと止めどなく流すその女は、本当に美しかった。
「……ステフィ…………?」
勝手に動いたのか、リオンの意思なのか、リオンの指は、そのエーフィの顔に触れるようにして伸びていく。こつんと彼女の顔に指先が触れた時、へたり込むようにしてエーフィは倒れ込んだ。
涙をボロボロとこぼしながらガクガクと体を震わせていた。リオンの体の上にのしかかった彼女の体から伝わってくる振動は、怯えや悲しみが入り混じったもののように思えてしまう。一体何がどうなっているのか分からず、リオンは体の上にへケートがのしかかっている状態のままで視線を彼女の顔へ向けていた。
リオンにはこの時、先ほどまで強気で、自分を殺そうとしていた女が、本当に弱弱しく見えていたのだ。
「ステフィ……?」
へケートとは違う。へケートじゃない気がする。そんな予感だけで、リオンは探し求めている少女の名前を呼んだ。ステファニーが戻ってきたのかもしれないと思ったのだ。リオンは躊躇なくエーフィの体に触ると、背中をゆっくりと撫でるように手を動かした。
「すて……」
「ッガァァ!!!」
女の背中を撫でていたリオンの手が弾かれた。エーフィはリオンの体から飛びのくと、おびえるようにして背中を少し丸め、少し短めの毛を逆立てた。威嚇するような泣き声が口からこぼれるようにして聞こえてくる。しかし、その目は殺意のこもった血走るような物ではなく、何かに怯えて必死に抵抗しているような、そんな弱々しい瞳だった。グラグラと揺れ動くその宝石のような目の中では、泣き叫ぶようにして何かを叫び、涙をこぼして助けを求める誰かが居るような気がする。
美しい女はまだ、へケートのままだった。
「…………ど、したんだよ、おまえ…………」
リオンは上半身を地面から起こし、数メートル先で縮こまる彼女を見つめた。何を言われても屈せず、戦う相手が強いとわかっていてもどこまでも見下すこの女が、何にそんなに怯えているのか。気が付くと、リオンの周りは血痕で汚れていた。へケートの体にも血が付着している。手で自身の頭部を触ると、ネットリとした感覚が掌に広がった。右目も開かない。自分がかなりの傷を負っているのだという事を再確認するのに、それほど時間はかからなかった。
リオンはぐらつく足で立ち上がると、ゆっくりと蹲るへケートの方へと近寄って行った。へケートは警戒心の強い猫ポケモンのように短めの毛を逆立て、下半身をぐっと引き上げると、リオンが近づくと共に少しずつ後ろへと下がっていった。
子供をなだめるかのように、リオンは彼女の方へと手を伸ばした。両手のどちらにもべっとりと血が付着していたが、血が付着しているのはへケートも同じである。リオンはそうやって割り切り、へケートの方へと手を伸ばしていった。
「ステフィ…………」
へケートが顔を上げた。てっきり噛みつかれるかと思ったが、相変わらず目から涙をこぼしながら、リオンから退き続けていた。自らの顔に触れそうになるリオンの手を、首を動かしながら避ける。何にそんなに怯えているのか、わからなかった。
「すてっ……」
「ちがう、ちがう。ステファニーじゃない。違う、私違う」
「は……は……?」
無言になって弱々しく萎み込んで、と思いきや、へケートは大きく目を開いて小さな声で何かを訴えた。リオンはいきなりの反応と、その言葉のギャップに片目を丸くする。ステファニーじゃない、と否定された。ならば彼女はへケートだ。分かっている。分かっている、が。
彼女は言っていた筈だ。ステファニー自身が自分だと。ステファニーは自分の一部なのだと、昔の汚点だと、言っていた筈だ。
「かあさま、私違う。ステファニーじゃない。ステファニーじゃない。かあさま。私の名前呼んで、かあさま」
「お、おい。母さまって、お前」
「かあさま、お前じゃない、かあさま、かあさま、かあさま、かあさま」
「おい……どうしたんだよ……!俺はお前の『かあさま』じゃ……」
『…………いや、なんか…………かわいそうだなと思ってさ…………』
――――――――『ホント、かわいそうな子』
『そこらの野良よりも価値が無いなんて』
―――――――『本当に、本当に可哀そうで、醜い、私のこども
本当にかわいそうな、私の娘』
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
耳を劈くような絶叫が、鋭いナイフのように耳の奥深くへと突き刺さる。リオンは思わず目をギュッと瞑り、耳を押さえた。頭の傷が、手に触れた衝撃で焼けるように痛む。
何が何だかさっぱりわからなかった。へケートの様子がおかしくなり、急に劈くような奇声を上げてその場にばたりと倒れ込んだ。リオンは耳から恐る恐る手を引くと、へケートの様子を窺うようにして身を乗り出す。
「………………」
へケートはその場に横になったまま、大きな目をこぼれんばかりに見開いていた。狂気的な渦が待っているその瞳の奥は、どこか子供らしい幼さがある。底から底からと溢れてくる透明な涙が顔を伝って地面に落ちていた。リオンがおもむろに近寄り、手を伸ばした。美しい顔に血にぬれたリオンの指先が触れる。眼球が少し動いてリオンの手を確認しているようだったが、それでも彼女はもう動かなかった。
体の所々に傷がつき、血が流れて濡れているが、美しい彼女が横たわる姿は、まるで涙を流す不思議な人形が佇んでいるようだった。
「ッ…………!」
その時、ぐらりと大きな揺れが遺跡を襲った。地震……否、時限の塔が本格的に崩壊している影響である。リオンは空を見上げた。時限の塔が見える。そして、その塔の上には赤々とした雲が渦巻いており、それが空へと広がっていた。時限の塔は外壁が崩れ、遠くからでも確認できるほどにボロボロだった。
「がんばれ…………」
塔に向かってそうつぶやくと、リオンはバッグを弄り、少し大きくごつめのタオルのようなものを取り出す。長旅に備えての就寝用に持ってきたものだった。結局使いはしなかったが、へケートの上にそれを掛けると、風に飛ばされぬよう、重し代わりにそこら辺に落ちていた岩を彼女の視界から外れた場所へ置いた。リオンは階段の下から二段目あたりに座り込み、体を軽く抱え込んだ。少し肌寒い。
再び自分の体を見る。やはり、血だらけだった。腕からは血が出ているし、気が付けばあちらこちらに切り傷やら擦り傷やら打撲痕を付けている。生き物とは不思議なもので、そういうのに気づくと、先ほどまで全く感じなかったような物を感じるようになるのだ。痛みは勿論あるが、体が傷ついている実感がわいてきたせいか、頭の中がくらくらと揺れ始める。
相変わらずへケートは起き上がる気配を見せなかったが、涙は止まっていた。体もちゃんと動くようだったが、もうさっきのような物は感じられず、リオンの掛けたタオルを前両足で抱え込むようにすると、顔をうずめて再び動かなくなる。あの傷で死んだ、ということは無いはずだ。おそらく気絶したか眠ったのだろう。
揺れがまた激しくなってくる。遺跡の上に腰を下ろした状態のリオンの体は左右に大きく揺れた。しかし、『虹の石船』が帰ってくる場所だからだろうか。この遺跡は全く壊れそうな気配はない。
おそらく壊れるとしたら、塔が完全崩壊し、世界の時がすべて止まってしまった時なのだろう。
「…………がんばれ」
リオンは再び、崩れそうな時限の塔に向けてそうつぶやいた。それに抗うように、地面の揺れは増していく。
結局最後の最後まで、へケートのことはよくわからなかった。やはり、どう考えても『まとも』ではない。だが、おそらくこの先彼女が攻撃を仕掛けてくることは無い……リオンは、妙に確信をもってそう思えた。
何で彼女がこんな風にふさぎ込んだのかはわからない。あそこまで強かな女が、リオンの一体何に動かされたのか。
『可哀そう』という言葉が影響したという事はなんとなくわかっていた。しかし、その言葉が一体、へケートにとってどんな意味を持つのか。分かりたくても分らなかった。少しでも心が見えるなら、それが分かれば、へケートを『助ける』方法がわかるかもしれないのに。
………………助ける、などとは、彼女にとっては愚かな言葉だろうか。
崩れそうな塔を思いながら、リオンはタオルの中に丸まってしまったへケートを見つめた。
『まとも』ではない。
だからと言って、存在自体を『異常』などと言っていいものか。
傷ついていた幼い頃の彼女を救ってくれたのが、ポケモンを殺したことによる優越感などではなく、もっと優しく、歪みの無い真っすぐな愛をもって抱きしめてくれるような何かだったのなら。
『可哀そう』という言葉を恐れるへケート・ロべリアなどは、存在しなかったかもしれないのに。
「…………いや」
そこまで考えて、リオンは思う。
出会わなければよかったのではないか、とまで考えた少女の顔がふと頭の中に浮かび上がった。天使のような、穢れの無い美しい笑顔を浮かべる少女だ。
『可哀そう』を恐れるへケート・ロベリアが存在しなかったとしたら、おそらく、リオンが知っている純粋で真っすぐな少女とは、絶対に出会うことは無かっただろう。
(…………けど…………あいつの運命が違ってたら、へケートであり、ステフィでもある女と、本当に出会えたかもしれない)
今更そんなことを思っても遅いか。と、リオンは俯いた。
暗黒の世界。歪んだ親子の愛。秩序の崩壊した世界。全てを世界の所為にしてしまいたかった。
やはり、あの世界は変えなければいけない。
暗黒の未来で、心が歪んでしまった沢山のポケモンたちが、いつしか再び歴史通りに生まれ落ちて、苦しみや憎しみに心をとらわれず、ゆっくりと時を刻みながら心を動かしていられる、平穏で新しい世界がいつか来ることを信じて。
「もしも本当にそうなったなら、今度はもっと違う形で、お前に出会ってみたいよ。
どっちの名前を呼んでいいかわかんないから、今はもう、何も言わないけどさ」
「あれ?…………なんだこれ、雨か」
あとはもう、終わりを待つだけだった。