ポケモン不思議のダンジョン〜時の降る雨空-闇夜の蜃気楼〜 - 終章 時の降る雨空
青鹿と赤鳥‐185
   * 

 ――――――ゼルネアス。イベルタル。

 私は暗闇の中で、不意にその名を呼んだ。どこからともなく吹き抜ける優しい、鼻のような風が私の肌を擦る。一方で、体が腐り落ちるかのような、ジクジクとした感覚もそれと共にやって来た。私は自分の身が心配になって、自身の手や足を見ようとしたけれど、見えなかった。その代わりに、ふんわりと淡い色の青と赤の光が私の前で戯れ、一定の距離を保って宙で止まった。その光達をじっと見ていると、その姿が目の前に浮かび上がってくる。もう、ぼんやりとはしていなかった。その姿を、やっと見ることが出来たような気がした。
『…………主』
 青く美しい鹿が、八本の美しい彩の角をキラキラと光らせては私の方をのぞき込んでくる。今までのような冷たく、どこか拒絶しているような視線ではなかった。暖かく、懐かしんでいるかのような優しい瞳だった。声も、私に電気技の使い方を教えてくれたときのあの優しい声と同じだった。
『…………本当の意味で、覚悟を決められたのですね』
 ………………ええ。もう、決めた……とは思うわ。大丈夫。直前になって怖気づいたりなんか、しないから。
『あなたには、今。私たちがどう見えていらっしゃるのですか?』
 ……あなたも、イベルタルも良く見えてる。不思議……こんなに大きなポケモンが私のなかに二匹いるんでしょ?すごく不思議な感じよ。
『……気付いてくれて、ありがとう。主。
 これからディアルガのとこに行くんだろ?ディアルガ、すごく強いよ。人間だった頃の主ですら、勝利するというのは難しかったからさ。だから、今の主が勝つっていうのは奇跡的な確率かもしれない。ゼルネアスだけが協力した場合……だけど。
 ……だから、どうしようも無くなった時。俺が出ていくよ』
 イベルタルの言葉に、私は微かに目を細めた。受け入れたはずなのに、多少の恐怖はあった。しかし、ゼルネアスもそれに気づいていながら私を咎めず、イベルタルも悲しそうに笑った。自分の感情が歪んでいることに気付き、申し訳ないと感じているのを伝えるかのように、私はイベルタルの目をじっと見た。
『いいんだ。主は、俺の能力自体はあんま好きじゃなかったけど、俺に対しては優しかった。だから俺は変に出しゃばらないよう、努力するよ。
 主やカイトは絶対傷つけない。保証できるほど、俺の能力は甘くないけど、頑張るよ』
『またそんな半端な事を。この時点で更に主の不安を煽ってどうするのですか』
 ……いいのよ。あんた達とこうやって向かい合えただけでも、十分な進歩だと思う。進歩だと思うけど…………それ以外に、大切なものの終わりが近づいてるのもわかる。不安なんて今更だし……ね。
『……大丈夫。全部知っても尚進もうとしてる主が居るなら、全力で協力するさ。踏み止まりそうになっても一緒に乗り越えようよ』
『協力するのは殆どが私なのですがね。まぁ、よいでしょう。
 主、そろそろここから離れた方がよろしいかと。あの者が心配します』
 ゼルネアスが目を瞑った。それと同時に私は、どこか空間から弾かれるような感覚に襲われる。柔らかな暖かい風が私の体の上を波打ち、私を流していった。青と赤の二匹が、またふんわりとした小さな光となって私を見送っているのが微かに見えて、笑いかけるように口角をゆっくりと引き上げた。

「…………アカネ、大丈夫?」
 パチリと目を開くと、ダンジョンの天井が見えた。複数のひびが入っている。視界の隅から、カイトが心配そうな顔をして私をのぞき込んでいた。背中がごつごつとした床に触れて微かに痛い。少々だるさもある体を、地面に腕をついて起こした。
「……嗚呼…………えっと…………」
「催眠術かかって寝ちゃってたよ。敵は倒したけど、なんか心地よさそうだったから」
「そうなのね。それは……悪かったわね。ごめん、時間ないってのに」
 そう言うと、カイトはにっこりと笑って私に手を差し出した。その手を掴むと、体をゆっくりと持ち上げて立ち上がる。多少体が重かったが、バッグの中に手を突っ込んでオレンの実を半分に割り、口に含む。体の重さが嘘のようにスッと引いていった。
 途中の休憩から大分進んだ筈。かなり高さのある塔の為、階段があと何個あるのかは不明だが、段々と頂上までの道が見えてきている気がしていた。このダンジョンの敵は強い、が。戦闘不能にさせられるほどの強敵という訳でもない。幻の大地に到着した頃、最初に通ったダンジョンで遭遇した敵の方がなんとなく厄介だったような気がしていた。時限の塔は妙な天候変化も無く、ある程度スムーズには進めている筈である。
 本当に、あともうひと踏ん張り、なのだろう。
「……よし、もうちょっとだと思うし……頑張ろうか」
 私とカイトはお互いに頷き合い、次の部屋を目指して先へと進んで行った。

 * * *

 窓から誰かが見た低い空は、少し曇っていた。微かに風に流れては移動していく雲が、まだ時は動き続けているという事を世界に生きる全ての者達に教えているようだ。

「…………なぜ、このような事になっているのか、改めて聞かせてはいただけないでしょうか?」
 齢は四十か、それ以上になるだろうか。シャロットによく似たロコン、ゼノヴィアはラルクに向かってそう語り掛けた。シャロットとゼノヴィアは実の親子である。母親であるゼノヴィアは、シャロットが隔離施設に入ることになり、そして今回命を狙われ襲撃されるまでの細かな経緯を知らないようだった。ラルクは少し首を捻ると、ベッドに一緒に座っている二匹の前で椅子に腰かけ、ゼノヴィアの質問に答え始めた。ラルクは、リオンがシャロットに面と向かって自らの素性を話した際、その傍にいた一匹だった。
「……そう、ですね。ちなみに、どこまでご存知なんですか?」
「それが、殆どのことを知りません。この子、『時の歯車事件』に関係したことで命を狙われていて、警察の管理する施設に入るから、手紙とか送る際はそっちを介してくれって書いていただけでした」
「それはご心配だったでしょうね……すいません。下手に隔離先がばれてしまうと、施設が狙われかねませんでしたから……」
「しかし、結局狙われましたわね」
 ゼノヴィアの声のトーンが急に低いものへと変わった。一瞬なにごとかと思い、ラルクは勢いよく顔をあげて彼女の顔をじっと見る。ゼノヴィアは真剣な顔つきでラルクに向かいなおすと、ゆっくりと微笑みながら口ずさんだ。
「どうぞ、続きをお願いいたします」
「は、はい」 
 最初は弱弱しい印象だったが、向き合ってみれば妙な威圧感を感じると思った。娘を危険に晒したことで、やはりゼノヴィアは警察に対して憤りを抱いているのだろうか。考えても仕方がないと、ラルクは続きを話し始める。
「一応確認します。話していいですか?シャロットさん」
「……はい。大丈夫です」
 シャロットは強く頷いた。大分気持ちが安定してきたらしい。やはり、親しい者が近くにいるというのは心強いのだろう。
「まず、この状況の原因は『時の歯車事件』になります。これを絡めて話をしますので、もしも分からないことがあれば指摘してください。
 この『時の歯車事件』は、つい最近大きな動きを見せました。盗賊ルーファスが、実は善意的な目的で『時の歯車』を集めていたということ。そして、警察やギルドと連携して事件解決に尽くしていたキースは逆に、『星の停止』をあえて引き起こすためにルーファスを捕えようとしていたということ。これらの情報はご存知ですよね?」
「ええ。私も……少し種類が違いますが、『ギルド』という場所に所属していますから、世間に公表されたものなら、大抵は頭の中に入っています」 
「助かります。……ルーファスとキースは、現代のずっと先の時間……『未来』から、タイムスリップをしてこの世界にやって来た敵同士でした。キースが何故『星の停止』をあえて起こそうとしているのか、それはよくわかりません。しかし、ルーファスは逆に『星の停止』を食い止めようとしていた。……未来の状況は、まさに地獄。植物も満足には育たず、エネルギーは枯渇し、全てが朽ちている。そんな現状を変えようと動いたのが、ルーファスとその他の仲間たちでした」
「……ええ、それで、それが一体シャロットと何の関係が……?」
「『時の歯車』を集め、それを『幻の大地』というところにある『時限の塔』に収める。未来は『星の停止存続派』が大半を占めていたと言います。ルーファス一匹で、それらの情報を調べ上げたというのは無理がある話です。
 ルーファスは、『星の停止存続派』に対抗するための『レジスタンス』に所属していました」
 ラルクがあえてルーファスの名前しかださないのは、ゼノヴィアを混乱させ無い為であった。
「…………僕の知っている情報から考えると……星の停止が起こり、レジスタンスが活動するようになったのは、この現代から約『千年以内』の話なんです」
「……千年以内…………まさか、シャロットがレジスタンスに?」
「…………シャロットさんがただのレジスタンスメンバーだった、というだけならば、おそらく彼女はこの世界で未来から狙われてなどいません。
 彼女は、初めてレジスタンスを作り出した存在。所謂『リーダー』です。ルーファスも、その仲間のポケモン達も。皆、彼女の存在によって大きく動かされ、星の停止を食い止める活動をしていたんです」
「…………ロコンという種族はそこまで長くは生きていられない。勿論、キュウコンに進化した……という事でしょうね。
 娘のこととは思えません…………そんな、大それた組織のリーダーだなんて」
「あたしだって、自分のこととは思えなかった。けど…………たぶん、本当なんだろうなって」
 困惑するゼノヴィアと、困ったような顔をしているが、どこか真剣な顔つきのシャロットがラルクの目の前に居た。彼はさも当事者のように話してしまったが、実際はリオンから聞いたことをそのまま伝えただけである。間違ったことは言っていなかったはずだ。そうだと信じたい。と、両頬をパンパンと叩いた。
「…………ですが、実際にシャロットは襲われました。その話も信じます。けれど、母としては心配でなりません。傍につかせてもらえませんか?」
「え!?お、お母さんやめてよ。お母さんまで巻き込みたくない!」
「心配なのは十分に分かります。ですが、シャロットさんもこういっていますし、危険な目に合わせるということになると……」
「大丈夫です。私も腕には自信がありますから」
 腕?何の?料理か?と、ラルクの頭は混乱した。つよい眼差しでそう主張してくるゼノヴィアを、どうにかして抑えねばと、ラルクは内心ふらふらとしながらもゼノヴィアの説得にあたる。しかし、彼女は引き下がらなかった。
「戦闘には自信があります。こんなことになった以上、この子の一番近くにいてやりたいんです。そんな事情も聴いてしまったしね……」
「お母さん、本当にいいから…………」
「あの、何故そこまで戦闘に自信が?」
「えっと、お母さんチャンピオンなんです」
「はい?」
 チャンピオン?何の?料理大会か?と、またもやラルクの頭は混乱した。それとこれとは関係が無い。とにかく、ずっとそばにいるのは危険である。警察に任せてほしい、と再び行ったがゼノヴィアは聞かない。娘と同じで結構強情なところが有るようだった。
「チャンピオンって、なんの……?」
「ほら、年に一回ほどあるじゃないですか。各地から強者が押し寄せる『魔獣闘大会』。お母さん、あれのチャンピオンなんです」
「…………は?」
 ラルクは思わずひっくり返りそうだった。何とか耐えて考える。『魔獣闘大会』という言葉やその内容は、たしかに彼の耳や頭の奥に入っていた。しかし、ごついポケモン達ばかりが集い、その力をぶつけ合う……そんな血生臭く汗臭い大会の優勝者がゼノヴィアだなんて、作り話にもほどがある。しかし、それを言われたゼノヴィアはどこか困ったような顔で苦々しく笑っていた。結構ガチな反応である。
「この年になって若い方々と競い合って、少し恥ずかしいんですが……」
「………………ちょ……ちょっと……上と、相談してきますね…………」
 ラルクは椅子から立ち上がり、ふらふらと部屋の出口へと歩いていった。手すりを持とうとしても見つからず、そのまま壁に頭をごちんとぶつける。さすがに動揺しすぎなのは分かっているが、ラルク自身ではもはやコントロール不能だった。
 後ろから痛々しい視線が二つ、ぐさぐさと刺さるが、そんな山を何とか乗り越え、ラルクは押し流されていくかのようにグラグラとしながら部屋から出て行き、急いで上司の元へ連絡する手筈をとった。


■筆者メッセージ
気まぐれ豆雑談

アカネ「イベルタルとはあんまり話したことないのよね」
イベルタル「そうだっけ?」
作者「ところでさ、君ってなんでそんなに女々しいの?」
ゼルネアス「最初は強気でしたが、私が躾ました。
     好きな食べ物もオボンの実からゴミに変えておきました。自然に優しい存在です」
作者「うっそぉ。またまたぁ〜」
イベルタル「好きな食べ物はゴミと汚染水です」




アカネ「っていう夢を見たんだけど」
作者「正夢じゃなきゃいいね」
カイト「ブラックすぎてこわいんだけど」



ミシャル ( 2016/09/10(土) 18:53 )