船出の時‐175
* * *
「ペリー!!」
ドクローズ達と鉢合わせた部屋から繋がった道の更に先。殆ど一方通行となっている道をひたすらに走ると、小さなポケモンが背中を向けてじっと佇んでいるのが見えた。その背中を持つポケモンを察し、カイトはその名を叫ぶ。
ペリーは一瞬だけちらりと振り向くと、こちらへ来るように小さく羽で手招きをした。早急に合流したいアカネ、カイト、リオンは、迷うことなくそちらへ走る。ペリーの丁度真後ろに来たところで、三匹は一度歩みを止めた。その気配を察してか、ペリーは振り向くことなく三匹に警告する。
「お前達、油断するな!奴らは傍に居る……段々と思い出してきたのだ。
さっき、ちらりと姿を見かけたから追ってきたが……ここまで来て見失った。いきなり襲撃してくるような奴らだ。そう遠くへは行っていない。あるいは……」
ペリーは口ごもりつつも、口を一度閉じて頭の中でつぶやいた。
あるいは、私たちを狙って今も息をひそめているのではないか。
ペリー以外の三匹は、その怪しい集団を探すためにペリーの周りを警戒しながら歩き回る。これと言って隠れられるような場所も無い。岩の影、水の中……と言っても、この部屋には隠れられるほど巨大な岩も存在せず、潜ることが出来る程深い水地も存在しない。
「特に隠れられるような場所も無いよね……」
カイトはそう言いながら、ペリーの少し前へ出て、いろんな個所をのぞき込んでいく。
そんな中、ペリーはぐっと息を抑え込むようにして思考の海へと沈んでいた。確かに、隠れられるような場所も身を潜めてもわかりにくい場所と言うのも無い。ならば、一体視界に入らない場所と言うのはどこを指すのか。
ペリーが今見つめているのは真っすぐ正面。カイトがアカネの腕を引き、ペリーの前をキョロキョロと警戒しているのが見えた。全く、一々雌の体に触るとはけしからん……などと考えている場合ではなく、どこならば視界に入らずにいられるのか。
そうだ。以前。以前、奴らは一体どこから姿を現した?たった一度の体験。しかし、忘れられるはずもない体に染みついた感覚。
……最初、どこに痛みが走ったのだろうか?
……奴らは、いきなり姿を現した……。
何か思い出しそうになった瞬間、突然首の後ろから背中にかけてじりじりと痛み始めた。
(……そうだ。思い出した……。
確か、最初に現れたのは……!)
ペリーは勢いよく顔を上げる。
「ッ!!!」
やはり、いた。
天井だった。天井の暗がりに潜み、唸り声を小さく上げながら四匹を睨みつけている。
アカネ達は……気づいていない!!
「クロッカス、気を付けろ!!上だ、上から来るッ!!!」
ペリーは力の限り声を張り上げ、目の前に居る三匹にそう叫び散らした。それを聞いた三匹は一瞬体を震わせると、同時に天井へと勢いよく顔を向ける。
しかし、タイミングが遅かった。三匹が顔を上げた先には既に何物もおらず、ただ湿った壁が広がっているのみだった。ペリーの視線と声で気付かれてしまったようだった。その刹那、前方で何か高い場所から落ちてきたような地面と何か固いものが擦れる音。すぐさま三匹は前方へと顔を向けた。
かなりの至近距離。アカネの小さな腕を伸ばしてももうしかしたら届いてしまうかもしれない程の至近距離で、三匹のポケモンが良からぬ顔つきで佇んでいた。一匹は甲羅で身体を覆われた一番大きなポケモンのカブトプス。その腕にはギラギラとした鎌が水にぬれて光っていた。その隣には二匹のオムスターがケタケタと笑いながら視線を四匹へ向けている。
「我はカブトプス!そしてオムスター兄弟!!ここは我らの領域だ!侵入者は叩きのめす!!!喰らえ!!」
四匹とも、声を発する暇が無かった。カブトプスは早口でそういうと、オムスター二匹と共に攻撃を仕掛けてきた。主なターゲットは一番近い距離に居るアカネ、カイト、リオンの三匹だ。もう間に合わない。距離が近すぎる。リオンはほんの一瞬目を瞑り『守る』を使おうと腕をぴくりと動かす。しかし、目を開いた時、既に事は成されているというのはわかり切っていたことだった。
アカネは咄嗟に顔部分を腕で庇い、カイトは瞬時にアカネの方へ飛び込んで覆うようにして攻撃からアカネを庇う。全員が『死』か、それに近しいものを覚悟していた。
…………しかし、数秒待てども、痛みは襲ってこない。何故なのか、後ろを向いてアカネをかばっているカイトや、カイトに視線を遮られているアカネには分からなかったが、唯一目を開き、敵の方を見据えていたリオンのみがその瞬間を見ていた。
カイトはアカネから体を話すと勢いよく敵がいた方を振り返った。視界が開けたことで、アカネもまたそれを見ることになる。
カブトプスたちが二メートルほど先で佇んでいた。そして彼らの目の前には、背中を鎌で刺されたペリーが痛みに体を震わせながら立ち尽くしていたのだ。羽の部分にも切りつけられたような痛々しい傷が、血を垂れ流すことによりその存在を主張している。カブトプスは小さく鼻を鳴らし、ペリーの背中から鎌を離した。
蓋が無くなった傷口から血が流れ出した。かなりの量という訳ではない。しかし、場合によっては急を要する深さの傷だ。
「…………うそ……」
アカネは咄嗟にそう口に出した。何故、ペリーが?
先ほども、ドクローズに対しての怒りのあまり自らの感情を優先し、先へ先へと勝手に進んだ。致命傷を負ったドクローズに散々暴言を吐いた。
メンバーの中で最後まで、本当はアカネ達のいう事を信用していなかったであろうというのに。
そんな彼が、何故?
「わ……私の事は……煮るなり焼くなり好きにしろっ……
こ、こいつらの事は……こいつらには手を出すんじゃない…………!!」
荒い息で、ペリーは睨むようにカブトプスたちにそう言った。そんな彼を嘲笑うかのように、オムスターの内の片方が話し始めた。
「嗚呼、思い出した。こいつ見たことあると思ったら、前にもここに来たことあるぜ!んで、前もこんな感じで俺らにやられてたわ!」
「また同じことを繰り返したと?フン……さすがの鳥頭だな。本当に愚かなものだ!」
三匹は馬鹿にするように高笑いする。それでもペリーは負けじと三匹を睨みつけて訴えた。
「何とでも言え…………こいつらは、私のかわいい、弟弟子なのだからな……そんな可愛い弟弟子が、先へ進もうとしているんだ……私は出来ることを、やるまでだ……!お前らのようなチンピラに潰させたりなどせん……絶対にな!」
「ほう。なかなか肝が据わっているようだな。…………なら、死ね」
ペリーはずっと細い足で立っていたが、やがて力尽きるように足の関節を折り、地面へと倒れ込む。カブトプスはペリーの首元を狙って鎌を振り上げた。先ほどはペリーを狙った攻撃ではなかったことから、攻撃は急所へと当たっては居なかった。しかしかなりの殺傷能力のある鎌だ。そんなものが首に直撃したら、今度こそ命はない。
カブトプスは本気で殺すつもりでいた。勢いよく鎌を振り上げ、一気に振り下ろそうとした。
その瞬間、反射的に動いたアカネのアイアンテールがその鎌と激しくぶつかり合った。咄嗟の事にアカネもカブトプスも弾き飛ばされる。リオンはそれを狙ってオムスター達の間を素早くすり抜けると、力いっぱいに地面を蹴って宙に跳ね上がり、『真空波』でカブトプスを攻撃した。
アカネは体に電流を流しながらオムスター達に近づき、後ろへ後ろへと退かせる。いつどんな状態に陥るか分からないペリーの体を出来るだけ動かさないため、戦闘場所をずらすことが目的だった。
数メートル離れた場所までくると、アカネ、カイト、リオンは一斉に攻撃を開始した。
カブトプスは自慢のスピードで一気にアカネ達を叩き上げようとする。タイプの相性的にもかなり有利なカイトを狙って鎌に水を纏わせカイトを貫こうと振り下ろすが、カイトは素早く地面を這うように回避すると、回り込んだ背後から『火炎放射』を吹き出した。
あまりの暑さに苦しげな声を上げるが、水タイプと岩タイプを持つ為そこまで大きなダメージにはならなかったようだ。攻撃を当てられてしまった事に怒りを覚えたのか、『アクアジェット』でカイトの方へと突っ込んでいく。カイトは焦ることなく大きく息を吸い込むと、再び『火炎放射』を『アクアジェット』を纏ったカブトプスに向かって吹き付けた。
轟々と唸る炎が水の中に居る筈のカブトプスの体を覆っていく。ジュウジュウと水が蒸気に変わっていく音がした。オムスター達はそれを横目に、『あれ、やべぇんじゃね……!?』と呟く。
『火炎放射』が圧倒的に勝るという事も無かったが、カブトプスは『アクアジェット』を使い続けることに限界を感じ、体を上手く捩らせて炎の中から脱出した。カブトプスの額には、微かに冷や汗が浮かぶ。
「ッ…………」
「体が小さいから勝てると思った?」
カイトは低い声でそう言うと、『竜の怒り』をカブトプスへと放った。見事に直撃し、煙が舞い上がる。
一方、アカネとリオンはオムスター達を一体ずつ相手していたが、そこまで防御力が高いわけでもなく、戦闘能力が高いわけでもない。アカネの『十万ボルト』リオンの『はっけい』によっていとも簡単に地面へと伏した。
「弱いわね」
「戦力の殆どはおそらくカブトプスだったんだろうな。加勢するぞ」
「ええ」
二匹はオムスターの二匹をペリーから引き離し、壁際に転がすとカイトとカブトプスが戦っている方へと急ぐ。未だにカイトには攻撃は一撃も当たっておらず、カブトプスの体は傷だらけや焦げ跡だらけと言ったところだった。しかし甲羅が丈夫なのか、本体はそこまでダメージを受けているという訳でも無いように見えた。しかし、アカネとリオンの二匹が入ってくるとカブトプスはぎょっとしたように目を見開く。どうやらカイトだけでも精一杯と言うところはあるらしい。それを悟ったかのように、アカネとリオンはカブトプスへの攻撃を開始した。
リオンが『真空波』でカブトプスを狙い撃つが、カブトプスはそれを避けると真っすぐアカネの方へ向かって行く。体が一番小さいから最初に仕留められると思ったのだろう。しかし、彼女は最初にカブトプスを攻撃したポケモンだった。しかも電気タイプ。実際は焦りのあまり頭が回っていなかったのが、勢いよくアカネに突っ込んでいく。アカネは尻尾をばねのように使い、宙に跳ね上がると『十万ボルト』をカブトプスに撃ち込んだ。
「ッ!?……ッ!!?」
カブトプスの体は激しい痛みと痺れに襲われる。耐えたいはずなのに、体の力が抜けてうまく動くことが出来なくなってしまった。『麻痺』状態に陥ったのである。カイトは動けなくなったカブトプスを後ろから『炎のパンチ』で殴りつけた。
「グァァ!!!」
前方へと勢いよく倒れ込み、カブトプスはガタガタと体を震わせながら目玉だけをアカネ達の方へと向けた。
「こいつ、どうしようか?」
「とりあえず出てってもらいましょ」
アカネはそういうと、カブトプスの体に手を伸ばした。体を動かすことが出来ない彼は情けなく声を「ヒィィ……」と震わせる。アカネは一瞬だけカブトプスの体に触れた。別の電流を流し、中途半端にではあるが麻痺を解除したのである。
「舎弟つれてさっさとどっかいけ。お前等後で俺らの仲間に追っかけ回されるだろうがな」
リオンは吐き捨てるように言った。この三匹の仲間。それを聞いて、カブトプスはまた震えあがった。強かった。本当はかなり焦っていた。こんなに体の小さな三匹なのに、どうして一匹も倒すことが出来なかったのか。それどころか傷一つつけられなかった。正々堂々の勝負で、傷一つも。
そんな疑問の答えを考える暇も無く、カブトプスは立ち上がるとオムスターの二匹を抱え込んで何処へと消え去った。
邪魔者は居なくなった。急いで負傷して倒れ込んでいるペリーの方へと向かう。リオンはバッグからオレンと応急用に持っていた包帯を取り出すと、包帯を短く割いた物にオレンの汁をしみこませ始めた。
カイトは慎重にペリーの傷を確認する。血が流れている。足元に水たまりがいくつかある所為なのか、かなりの出血量に見えた。しかし、実際は水に溶け込んだ血液なのだろう。背中の傷や羽の傷も思ったほどには深く無い。
「傷口を焼いて塞ぐのは……」
「駄目よ。確かに確実に傷はふさがるけど、傷がどんな状態でもペリーへの負担が大きすぎる」
「とにかく羽の方は、この包帯で傷口を覆って更にその上から包帯被せればオレンの汁が止血してくれるとは思う。
だけど、背中の方が少し深めだ。思ったほどでは無かったけど、ほっとけばやばいことに変わりないぞ。どうする……」
ここで動かなければペリーは弱っていく一方だ。しかし、下手に動かすと傷が悪化してしまう可能性がある。他の仲間と合流できる保証も無い。
「……運ぶか。このままここに居てもペリーは良くならないだろ……」
リオンがそうつぶやいた時だった。近くから水を踏みつけるような足音が聞こえた。先ほどアカネ達がこの部屋に入って来た方の入り口からである。
「……誰か来る?」
「……ッ……ああ……ペリー!!まさか……!!」
子供っぽさの残る青年の声が響いた。パトラスである。その後ろには、何故か焦った表情のルーファスが居た。アカネ達はそのことにまず驚愕する。しかし、パトラスはそんな事お構いなしにペリーへと駆け寄った。
「ペリー!ペリー!大丈夫、聞こえる!?しっかりして!」
「……嗚呼、親方様…………」
ペリーはゆっくりと目を開けると、パトラスの姿を確認して安心したようにまた目を瞑った。パトラスは床に伏せて傷口を確認する。しかし、その後激しく目を潤ませ始めた。
……本当は、思っていたよりも相当悪い状態なのでは……!?そんな不安が三匹の中に過る。
「ペリーは、僕たちをかばってこうなったんだ……」
「…………ペリー……」
また足音が響いた。しかも複数。パトラスが入ってきたところと同じ方向からである。ギルドのメンバー達だった。しかし、ルーファスの姿に気が付くと、皆おびえたように目を見開き、一歩下がって騒めき始める。
「ルーファスと親方様がなんで一緒に!?」
二匹が近くに居るのを見て、ベルは思わず声を上げた。
「訳は後で説明する……けど、今は待って!
ペリー、傷が痛まない!?大丈夫なの……?」
「は、はは……だい、じょーぶです……この通り、ピンピン、して……」
「ごめん、もっと早く来ていれば……!」
「ッ……しかし、情けない限りです……同じ敵に二度も……こんなふうに……」
「そうじゃないよ、違う!あの時、数年前のあの時、ペリーはすぐ倒れちゃったから覚えてないかもしれないけど、君はあの時も僕をかばってくれたんだ。僕をかばって、攻撃を受けたんだよ。
ペリーが居なかったら、僕は死んでたかもしれない。ペリーは僕にとって、そしてカイト達にとっても、命の恩人なんだよ?
情けなくなんかないよ!ペリーは僕にとって、一番大事な相棒なんだ!」
パトラスはすすり泣きながらに訴えた。ペリーはうっすらと目を開けながら、どこか他者の事を聞いているような感覚でそれを聞いていた。パトラスがあまりに必死なものだから、パトラスが泣いてまでそういうものだから、なんだかおかしくなって、ペリーもぼろりと涙をこぼした。
「……そう、だったんですか…………。
…………親方様にそんな風に言って頂けるなんて……幸せです、わたしは……」
ふ、っと、脱力したようにペリーは目を閉じると、喋らなくなった。周辺がさらに騒めく。ここに来るまでに、ドクローズの惨状を見た者もいたのである。だからこそ、不安がよぎった。ペリーが死んでしまったのでは?そんな最悪な不安が。
「まて、皆落ち着くんだ。見た目はひどく見えるが、そこまで深い傷でもない。羽の方は応急処置もされている!急いでギルドに運び、処置を施せばまだ間に合う!」
ルーファスは良く通る声でそう言って、全員の動揺を沈めた。ルーファスが言葉を発したことに一瞬の恐怖を皆感じたものの、その言葉で全員が本当の確信を得た。ルーファスは『悪党』ではないのだと。
本気で、ポケモンたちを救おうとしているのだっという事が。
「じゃ、じゃあ!早くギルドにっ……」
自分たちが庇われたからこそ招いた事態だからか、カイト達もペリーの搬送に付いていこうとした。しかし、パトラスは力強く首を横に振る。ルーファスも否定的か顔つきで三匹を見つめた。
「駄目だよ、君たちは。ギルドのみんなで責任をもって連れて行く。
君たちがここで引き返したら、ペリーのやったことの意味がなくなるんだ。ペリーは、君達をこの先へ行かせたかったんだ。その重み、分かるよね?」
パトラスは、今まで聞いた事が無いほどに力強い声で三匹を諭した。カイトの表情には動揺が浮かんでいたが、アカネとリオンは既に落ち着きを取り戻し、冷静な顔つきで頷いていた。
「……不思議な模様はこの先にある。カイト、君の持つ欠片の模様と全く同じものがね。
だから、早く行くんだ」
「…………はい」
カイトは、小さく頷いた。
『不思議な模様』はこの先にある。その言葉を頼りにルーファスを先頭にし、四匹は後ろを振り返ることなくその先へと向かった。
* * *
「パトラスの方から俺に会いに来たんだ」
『不思議な模様』のある場所へと向かう途中。早足気味になりながら、ルーファスはパトラスと合流した経緯を語っていた。興味深そうにそれを聞いている三匹は、ルーファスの足の速さについていけず殆ど走っているような状態でそれを聞く。
「あいつ、俺が現れる場所を推理だけでピタリと当てやがった。全く、話に聞いていた通りすごい奴だ、あいつは。
あいつは会うなり幻の大地へ行けそうだからと俺をここに連れてきた。あいつの話では、この場所が幻の大地へと直結している可能性があるらしいんだ。
時の歯車も全て揃った。準備は万全だ」
ルーファスはそう言って口角を上げた。洞窟の中に風が吹き抜ける。おそらく、外と繋がっている場所が近い証拠である。カイトは走りながらバッグの中に手を突っ込み、遺跡の欠片の入った巾着袋を取り出した。それを見た瞬間、何故かグロムの顔が頭の中に浮かび上がって消えて行った。そういえば、大丈夫なんだろうか。カイトは微かに眉間に皺を寄せた。
しばらく進んで行くと、潮風がふわっと目の前を駆け抜けて行った。少し先に開けたような場所があり、そこから夕日の光が岩と岩の間を通って洞窟の中へと入ってきていた。岩が裂けてそこから満ちた潮が洞窟の中に入り込んでいる。綺麗な場所だった。
「……おい、お前達!ちょっとこれを見てくれないか?」
その洞窟の裂け目のすぐ向かい側。ルーファスはそれを発見し、夕日の光景を見ている三匹がこちらを見るように促した。三匹もルーファスの方を見ると、彼の視線の先には巨大な『模様』があった。
奇妙な模様。カイトが持つ『遺跡の欠片』と、確かにそれは全く同じもののように見えた。ルーファスは実際に遺跡の欠片を見たことが無かったため、カイトに『遺跡の欠片を出してくれないか』と声を掛けた。待っていましたと言わんばかりに、カイトは手に持っていた巾着袋を開き、『遺跡の欠片』をその巨大な模様の書かれた壁のすぐ目の前に置いた。
「遺跡の欠片……これが…‥」
ルーファスは見比べるかのように欠片と壁の模様、交互に目をやって観察していた。アカネやリオンはじっと欠片の方を見て何か起きないものかと構えていたが、ルーファスが四度目に遺跡の欠片の方へ目をやったその瞬間に、遺跡の欠片に描かれた模様が青白く発光し始めた。それにシンクロするように、壁の模様は遺跡の欠片と同じように光り始める。まるで心臓が波打つかのように消えては輝きを繰り返しているうちに、壁の模様の方が一層激しく輝き始めた。壁に描かれた模様の中心部、丁度そこに青白い光が集まっていき、やがて光の線となって洞窟の裂け目の中心を貫き、夕日を突き刺す様にして海の向こうへと延びて行く。
突然の事に、四匹はあっけをとられた。直ぐに海の向こうへと伸びた光は消えてしまい、その後は特に何も起こることがなかった。一体何が起きたのだろう?四匹の中に、それを知る者は誰もいない。
「今のは、一体……」
「海の方へ飛んで行ったけど……何だったんだろう……」
「ちょっと待って。……なんか、海の方から来てない?」
アカネは海の方へ近づくと、岩が裂けた穴からじっと海の向こうを見つめる。何か影が見えた。その正体は分からなかったが、依然一度見たことがあるもののような気がして、リオンとカイトを近くへ引っ張ってくると、『あれよ』と言ってグッと向かってくる影の方を指で指示した。
「え、どこ?」
「……確かに、何か向かってきてるな。しかもこの距離であの大きさに見えるなら、結構大きいぞ……いったいなんだ?」
小さな影が何なのか分からなかったが、それは時間が経つにつれて明白になってくる。夕日を背中に、ゆっくりと泳いでくるポケモンが居た。水色の巨大な体に、凛とした瞳を持つポケモン。
そのポケモンはゆっくりと四匹の元まで向かって、洞窟の中にまで入ってくる。四匹の顔をそれぞれ見つめると、確認をするように声を掛けた。柔らかで落ち着いた青年の声である。
「アカネさんとカイトさん、そしてリオンさんにルーファスさん……ですね?」
「あ、嗚呼……」
「なんで僕たちの名前を?」
「全てパトラスさんからお伺いしました」
パトラスと面識があるというそのポケモンはラプラスであった。名前には聞いたことがあったが、アカネやカイトからしてみれば初めて見るポケモンである。
「パトラスから?
この壁の模様から光が伸びて、そこから君は現れた。……一体、どういう事なんだい?」
「申し遅れました。僕はラプラスのラウルと申します。
……『幻の大地』へと、賢者を誘う者」
「幻の大地へ誘う?」
「ええ。その遺跡の欠片は光を放った。それこそが幻の大地へと渡る印なのです。そして、この『遺跡の欠片』は、自らが選んだ者が所有することで初めてこの場所へ運ばれる。欠片が選んだ者以外が所有し、この場所を訪れることは出来ないのです。
カイトさん、この欠片の所有者はあなたですね?」
「……そ、そう、だけど……」
カイトがそう返事をすると、ラウルは軽く頷いた。そして、四匹に対して顔を背け、背中の甲羅を向ける。
それは『乗ってくれ』という意図があっての行動だった。ルーファスはそれを察すると、『失礼する』と軽く断り、ラウルの背中へと飛び乗る。そして、まだ地の上にいる四匹に向かって片腕をぐっと伸ばした。
「お前達も乗るんだ」
ラプラスが海を渡って、ポケモンたちを幻の大地へと誘う。
それを察し、アカネ達はルーファスに向かって手を伸ばした。三匹はルーファスの腕をつかみ、それを勢いよくルーファスが引っ張り上げる。
四匹とも乗り込んだことを確認すると、ラウルはゆっくりと光の向かった方へ向かって泳ぎ始めた。
遂に運命が動き始めた。この先にあるのは『幻の大地』なのだろう。そして敵がいる。時限の塔がある。命を狙ってくる者が待ち構えている筈だ。
一番の目的。それは、時の歯車を時限の塔へと収め、時限の塔の修復をすること。そして、未来を変えることにある。
長い旅になるだろう。しかし、途中で後ろを振り返っては居られない。
この世界に生きる者すべての希望を背負って、彼らは今進み始めたのだから。