ルーファスの置手紙‐170
* * *
「そっかぁ……おばちゃん、あんまり話をちゃんと理解してなかったけど、本当に大変なことになってるのね。
色々ビックリすることが多すぎて、ちょっと混乱してるよ。駄目よね、一応母親なのに」
トレジャータウン、ガルーラの倉庫前にて。アカネ、カイト、リオンはそれぞれ道具のやり取りを行っていた。ガルーラの倉庫の主人であるリンダは、三匹を目の前にしてそんな話をした。リンダの腹の袋の中では、まだ幼い彼女の息子、コリスが眠っている。アカネやカイトにとってはいつも生意気な小坊主であるが、眠っている姿は可愛いものだ。心なしか、見る度に顔つきや体の大きさが変わって行っている気がする。幼いポケモンは成長するのが速いのであろう。
すやすやと眠るコリスを見て、リオンは思った。こんな幼い子供を、あんな世界で成長させたくはない。
自分のように、なってほしくない。
「頑張って、なんてまるで他人事みたいだけど。おばちゃんはここでこうやってみんなの道具を守ってる事しかできないから」
「別にいいんだよ。リンダさんは世界の事よりも、コリス君を守ってあげるのが一番なんだからさ」
カイトはそう言って微笑んだ。倉庫のやり取りを終えると、とりあえず銀行に行って殆どの手持ちの金を預けてくる。あらかた準備は終わり、日が傾きかけた頃、さぁギルドへ帰ろうという時だった。
リオンが突如足を止めて、二匹にとある提案を持ち掛ける。
「なぁ、このままサメハダ岩にも行ってみないか?ルーファスの奴が帰っているかもしれない。トレジャータウンではルーファスを支持する声も高くなってきてるみたいだし、前よりは随分足を運びやすいんじゃないか?」
リオンの提案に、アカネとカイトは首を縦にふった。そろそろお互い情報交換が必要な時期かもしれない。カイトの持つ『遺跡の欠片』が、幻の大地と何かしらの関連性を持つことが分かった。明日、もしかすれば一気に幻の大地へ接近することが出来るかもしれない。事が順調に進みつつあるというのは、ルーファスの励みにもなるだろう。
サメハダ岩に行って一度確認してみようという事で話はまとまった。三匹はトレジャータウンを突き抜けてサメハダ岩へと向かう。藁や板で塞いであった空洞への階段があらわになり、誰でも出入りできるような状態になっていた。それを見てカイトは苦笑いする。扉のような物を付けて鍵も取り付けよう、とふと頭の中で考えた。
三匹は一匹ずつゆっくりと階段を下りていく。中に入る前からなんとなく分かっていた。ポケモンの気配が無い為、おそらくルーファスは中にはいないだろう。
しかし、一番最初に入ったアカネは迷いなく奥の方へと突き進んでいく。何か見つけたのでは?カイトとリオンも又、アカネの後を追った。
アカネの視線の先にあったのは、一枚の便箋だった。近づいてみると、足形文字で何か書いてあるようである。送り主の欄に『ルーファス・レッドフィールド』という名前を確認できた。カイトは直ぐさまそれを拾い上げ、アカネとリオンの真ん中立ってそれを広げて見せた。
「ルーファスからの置手紙か……。読むよ」
リオンは囁くような小さな声で、ルーファスの手紙を最初の方からゆっくりと読み始めた。
アカネ、カイト、シリウス。元気にしているか?幻の大地に関しての調査は進んでいるだろうか?俺の方は至って順調だ。既に時の歯車を三つ手の中に収めた。必要な時の歯車はあと二つ。五つ集めたら、お前達と合流しようと思っている。
こちらは、アグノム達が事情を理解してくれたようで、とてもやりやすい。ギルドの仲間が、前もってアグノム達に知らせてくれたようだな。とても感謝している。
他にも俺達の事を支持してくれているポケモンが増えてきているようで、なんだか少し心地がいいよ。
ただ、それでもまだトレジャータウンやギルドには、最低限近づかないようにしている。完全に信用されているかどうかわからないのもあるが、大部分はキース達が襲撃してくる可能性が考えられるからだ。キースはディアルガの力によって過去と未来を行き来することが出来る。自由度で言うなら奴らの方が有利だ。トレジャータウンやギルドのポケモン達にも被害が及んでしまう恐れがある。
なので、こちらは目立った行動は慎むようにしている。
ただ、このサメハダ岩や海岸には来ることがあると思う。もし出会うことがあれば、その場で情報交換をしよう。
そしてシリウス。お前はシャロットさんに会えたか?俺の方は依然としてそちらの情報は掴めていない。会うことが出来たら、その時に何かしら話が出てくることを期待している。
では、ここらへんで失礼する。じゃあな、お互い頑張ろう。
星の停止を食い止めるために。
―――――ルーファス・レッドフィールドより
「……ルーファスも頑張ってるみたいだね」
「あいつは生真面目だからな」
「この手紙によると、海岸にも姿を見せるらしいわね。あらかた準備は済ませたし、行ってみる?海岸」
アカネの提案に、他の二匹は軽く頷く。リオンはルーファスからの手紙を畳んでバッグについている小さなポケットに突っ込んだ。ギルドに帰る前に少し海岸へ寄ってみようという話になる。ルーファスが居る可能性はそこそこ低いが、それでも何かしらか残っているかもしれないと思った。
三匹は、サメハダ岩からギルドへ帰省するための道を通りながら、海岸へつながる道へと移動した。空を見て見れば、もう夕方である。茜色が空にグラデーションを掛けながらふんわりと浮いていた。木々で隠れて夕日は見えない。ゆっくりと鮮やかな色の空を流れる雲を見上げながら、三匹は夕日の色に染まっているであろう砂浜と海をを目指した。
「…………なんか妙だなぁ」
カイトはそう呟くと、軽く砂浜を蹴った。一応、海岸には到着した。案の定ルーファスはいない。特に足跡や痕跡なども残っていない。そんなことは良そうで来ていることだったので、特に驚かぬまま三匹は海の方へと近づいていった。
「妙って、何がだ?」
「いや、この時間帯になるとさ、大抵クラブがここらに集まって泡を吹くんだ。ちょっとしたこの海岸の名物なんだけどね。僕もかなり気に入ってるんだけどさ……今日は居ないみたい。特に天気が悪い訳でもないのに、変だなと思っただけだよ」
「そういや、最初ここに来た頃は妙な泡がふわふわしてたわね」
ルーファスが居ないことには触れず、三匹は息抜き程度に海の方を見ていた。先ほどまでの道では、木々で隠れてしまって夕日が見えていなかったが、海の向こう側に沈みかけの夕日が見える。丸い夕日の周辺が明るくなって、そこから彩が少しずつ変わってきている。クラブの吹いた泡が重なっていなくとも、この海岸は十分に美しい。
「まぁ、それでもやっぱ綺麗だよね、ここの光景は。良い夕日だよ、今日も」
「……カイト。お前の持っている『遺跡の欠片』とか言う石の話とか、パトラスの記憶の話とかも聞いて、少し考えた。
俺もステフィも、アカネもカイトも、シャロットさんもさ、皆いつの間にかパトラスのギルドに集まってたんだよな。どういう事なんだろうって思う。その石っころに書かれてる模様は、パトラスの記憶の中にある模様とよく似ていて、俺達は間違いなく『幻の大地』に接近してるわけだが……。
意図的に一か所に集められている気がしてさ。カイトはもう随分前にその石を見つけたわけだろ?多分、その時点でカイトは既に関係者になってたんじゃないかな。その石っころが、自らの意志でカイトを選んだ、とか……。
……石が自分で考えるなんて、なんか変な話だな。こういう時ルカリオだった俺なら、その石が生命体かどうかなんて一発で分かるのにさ」
「……確かに、不思議だよね。僕がこの『遺跡の欠片』に目を付けたのだってさ、この大陸に来て、宙ぶらりんの状態だった……からっぽの『生きていく目標』を補いたかっただけなのかもしれない。将来の夢だって救助隊じゃ駄目だ。探検隊になろう。この石の秘密を解き明かそう。って、本当はそこまで関心がある訳でもなかったのかもしれないけど。
……けど、そのおかげで僕は、アカネに会えたのかもしれないね。この海岸で、遺跡の欠片を見つけることが出来たから」
「…………ちょっと、何よ。いきなり」
突如カイトにそう告げられたアカネは、照れたのか居心地が悪そうに腕を組んで目を細めた。
とはいえ、確かにそうなのかもしれないと彼女も思う。カイトはこの海岸に初めて足を踏み入れたその時に、遺跡の欠片を発見した。この場所は、カイトがアカネを発見した場所である。全てはここから始まっているのだろう。あの日、あの時。カイトにどういう意図があってこの海岸に立ち寄ったのかは分からない。
ただ、少しでも時間がずれていれば。もしもカイトがこの海岸に立ち寄っていなければ、アカネはどうなっていたのか。
カイトの言っていることは理解できる。アカネ自身、そう感じている部分が確かにあった。
「…………ちょ、お前ら。すっごいそれっぽい場所で馴れ初めなんて聞いても面白くないっての」
からかうような口調で、リオンがにやつきながら言った。カイトは体毛の下で顔を真っ赤にすると、ちらりとアカネの方を盗み見る。が、そんな風に言われてもすっきりした顔で夕日の方を眺めていた。おそらく聞いていなかった、もしくは聞いていたけどどうでもいいので無かったことにしているパターンである。カイトはがっくりと肩を落とした。
「……ねぇ、ちょっと。あれ、何?」
「え?」
カイトが肩を落としつつひそひそと嘆き、それをリオンが慰めるようにしている中、アカネは突如として視線の先、水平線の方へと小さくて黄色い体毛に覆われた指を突き立てた。その声に反応し、カイトとリオンは顔をゆっくりと海の方へと向ける。
アカネが指さす先に、何か不審な物が蠢いていた。夕日によって茜色と橙色に染められ、さざ波が響く海の向こう。水平線を横切る様に、何か大きな物が泳いでいるように見えた。ポケモンだろうか?三匹がいる位置からそれは大分遠い場所にあり、その姿や色もはっきりと確認することが出来ない。
何度もこの海岸に足を運んでいたカイトだったが、彼にとってもそれは初めて目にする光景であった。
「……ポケモンかな?あんな大きいの、なかなか見ないけど……妙に神秘的っていうか、不思議な光景だね」
その影は、ゆっくりと海の向こうに消えて行った。現時点で、その正体は誰にも分からない。だが、考えるべきことがあまりにも多すぎる彼らにとって、あまり重要なものでは無いように思えた。その影が完全に消えてしまうと同時に、そろそろ日が沈み切ってしまいそうだという事に気付いた三匹は、安らぎを手放すことを惜しみつつ、この海岸を後にすることにした。
三匹は少し速足になりつつ、ギルドへの帰路を辿る。
彼らは気づいていなかった。安らぎの場であるはずの海岸で、悪しき考えを持つ者がその姿を一瞬も逃すことなく観察していたという事に。
三匹が完全に去ったのを確認した後、砂浜の奥の方に佇む『海岸の岩場』と呼ばれるダンジョンの入り口付近で、何者かが小さく笑った。体を隠していた茂みを踏みしめながら、ゆっくりと砂浜の方へと出てくる。
「…………クククッ……クラブ達が居なかったのは、俺達にビビッて逃げちまった所為だ。どいつもこいつも芯がねぇ。クククッ……」
美しい海岸に、異臭が一瞬にして立ち込めた。クロッカス達の会話の様子を長い間観察していたドクローズは、自分たちが求める『答え』が見つかったことに対して非常に満足していた。
「あいつら、ホント警戒心ないっすよね。色々喋ってたし。
しかし、兄貴。あのコータスの爺さんから聞いた話は本当だったみたいですね。カイトの野郎、あんなすっげぇモンを隠し持ってたとはねぇ……」
「あいつが持っている石ころが相当な価値のあるモンだとわかったんだ。『遺跡の欠片』ってのは俺達が奪う。そして、幻の大地へ行くのは俺達ドクローズだ……クククッ……」
数時間前。ジゴウ長老を囲うように脅迫した三匹は、『幻の大地』について、彼からあらかた情報を聞き出してしまっていた。『幻の大地』にまつわる伝承は勿論、カイトの持つ『遺跡の欠片』の事や、その模様の様子。そして、明日ギルドメンバーたちが一体どこへ向かうのかさえも。
『遺跡の欠片』を奪って、自分たちが未開の地『幻の大地』へ乗り込む。そんなどこまでも傲慢で、馬鹿馬鹿しい作戦だった。
彼らはまだ知らない。そんな愚かな行為が、自らの身を滅ぼしてしまうという事を。