ポケモン不思議のダンジョン〜時の降る雨空-闇夜の蜃気楼〜 - 十章 夜明けの思い
憂鬱と焦思‐168
 ―――――この場所は、とても静かな世界だ。

 どこかでチクタク、チクタクと音がしている。時計は居間の小さな机の上に置いてある。のぞき込まなければ良く見えない程度の小さな置時計だ。誰が作ったのかは知らないけれど、とても便利な物だと思う。
 時計の針がゆっくりとクルクル回っている。特に秒針も狂っていない。パッと見狂っていないが、時間が失われつついる中で、生きていて初めてそんなことをはっきりと感じた。
「…………?」
 四足歩行用のポケモンが使用する椅子に腰を掛けて、テーブルに顎をのせながら何度も溜息をついていると、するりと机の表面を這いながら一枚の紙があたしの目に飛び込んできた。
 それを差し出した主を見て、微かに目を細める。相手も同じような顔をしていた。嗚呼、心配かけてしまったかな。そう感じながらも、にっこりと微笑んでその紙切れに書いてある文字に視線を注いだ。

『シャロットちゃん、大丈夫?』
 
 嗚呼、やっぱり心配させちゃってた。紙面から顔を上げると、ぐぐっと顔を上へと向けてほほ笑みながら小さく頷いた。この短い手紙をあたしに書いてくれた彼女は、少し心配そうな顔をしながらも、あたしの顔をまねたようににっこりと笑って見せた。
「大丈夫です。ビックリしたけど、落ち込んだってどうにもならないですし。
 ありがとう。ノギクさん」
「…………」
『どういたしまして』

 素早さのある、けれど読みやすい感じの良い丁寧な文字で、彼女は再び言葉を綴りあたしに送った。にこりと笑うと、そのポケモンは調理場の方へと姿を消してしまう。一匹の空間が欲しかったわけでは無かったのだが、自分の存在の意味を知ったとたんにどこかちょっと怖くなった。
 得体の知れないものに追われている方がずっと怖いはずなのに、自分を狙っているのが何者なのかわかったとたんにふるりと体が震えてしまう。元々キースさんというポケモンを妄信していたわけではなかったけれど、いざ告げられるとショックなんだ。
 リオンさんが言っていたことは多分本当なんじゃないかと思う。妙な確信がある。というか、警察が付いてきてまでそういってるんだから間違い無いんだろう。リオンさんの口からすべてを聞いた。多分すべてを受け止めて、全てを理解したわけではないけど、大体わかった。
 でも、一番よく分かったことがある。あたしは周りの誰かの事を全く知らなかったという事だ。
 あたしが仮所属しているチームクロッカスのリーダー、アカネさん。彼女はきれいな子。いつもクールで、でも内面は彩がある。神秘的な綺麗な子。カイトさんとの関係性をあたしの目から見れば、幼馴染のようにも、距離の近い友人のようにも、はたまた恋仲にも見える。
 リオンさんから聞いた事、その一。アカネさんは未来からやって来た人間であったこと。人間って、あれだよ。昔の御伽噺に出てくる生き物。架空上のものなのか、本当に存在していたのか。それすらもあまりはっきりしていない、不透明な存在。
 言われてみれば、確かに彼女は『ふつう』ではないところが有ったようにも思える。霧の湖の件もそうだ。グラードンを一匹で倒してしまった時の彼女は、まるで彼女では無かったかのようだった。普通のピカチュウとはとても思えないような能力を秘めていた。それが今回の件と多少なりとも関係しているとするならば、なんとなく納得はできるかもしれない。
 ルーファス……ルーファスさんの目的も聞いた。そんな事とは知らず、素直にすごく申し訳ないと思う。リオンさんも協力者だった。そして、一番問題なのは、彼らにそうさせたのはあたし自身だったという事だ。
 あたしはルーファスさんと会話を交わしたことさえない。人間と言う存在もあまり知らなかった。けれど、未来では違ったんだという事をリオンさんに伝えられた。
 本当にそれってあたしなのかな、と思ったりもする。けど、きっとあたしだと確信してのカミングアウトだったのだろうと思う。今までも守ってくれていたみたいだけれど、すっかりその自覚が無くて、かえって申し訳ないような気もする。
 未来のあたしはキュウコンに進化していて、破滅した世界が辿った道筋をずっと見てきたというのだ。今のあたしからすればあり得ない。普通に生きて普通に死にたいからこそ、あたしはキュウコンには進化しないという選択を心に持っていた筈だった。
 よほどのことが無い限り、その選択を変更する予定はない。しかし、未来ではあたしはキュウコンになった。そして、未来から世界を救うためのポケモンたちを送り出した。
 何て突飛な話なんだろう。何て胡散臭いんだろう。
 ここまで気持ちが淀んでいるのは、多分時空ホールに引きずり込まれそうになった日以来である。
「うぁー……」
 呻き声のようなものを、天井に向かって吐きつけた。すると、調理場からあのポケモンが姿を現した。手にしているお盆に何か乗せて運んできている。あたしよりも体の大きな彼女を見上げて、いったい何だろう?と、首を傾げた。
 彼女はテーブルの上にお盆を置くと、指先でお盆の上に置いてある小さな焼き物の皿をテーブルの上にコトンと置いた。椅子から身を乗り出してみると、キャラメル色の紅茶ムースが置いてある。ふわりと砂糖と紅茶、ミルクの良い香りがした。
『お茶の香りや甘いものにはリラックス効果があります。あまり無理しないでください』
 また、小さな紙切れに綺麗な字でそう添えられていた。この場所で調理師として働いているポケモン……美しい雌のコジョンドの方へ視線を寄せた。
 普段はぶらりと垂れ下がった腕に付いている長い体毛を、帯のような物で腕に固定していた。料理をする際この体毛は邪魔なのだそうである。年齢は二十代半ばで、あたしが目を合わせるとまたにっこりと微笑んだ。
 彼女は言葉を発することができない。何故なのかは知らないけれど、耳は聞こえても声を出すことは出来ないらしい。手を器用に動かすことが出来る種族だった為、筆談でコミュニケーションをとっている。儚い雰囲気の美しい女性だ。

 突然この施設のような場所に移る様に言われた時は何事かと思った。ただ、時空ホールの件で落ち込んでいたあたしにとっては、少しトレジャータウンを離れてみるという選択も悪くない。そう思ってすんなりここへ移ってきたわけだが、やることが無い。入り口付近ではいつも警察が見張っているのでお外遊びなんて出来るわけないし、軽い買い物ならほかのポケモンが付いてくる。探検にも行けないし、最初はなんてつまらない場所なんだろうと思っていた。
 レイセニウスさんやセオが何度か会いに来てくれたものの、あまり長くは留まっていてくれない。話し相手もおらず、ただ寝床がふかふかで温度調整が素晴らしくて、ご飯が死ぬほどおいしいだけのこの場所で私はただ肥えていくだけだった。多分二キロくらい増えた。
 この施設の中で生活しているのは、基本的にはあたしとこの調理師だけである。あたしが『ノギク』と呼んだこの調理師さんは、あたしが来る前からこの施設に滞在していた。最初はとっつき難かったけれど、最初に話しかけた時に分かった。声を出すことが『できない』のだという事が。
 このポケモンがいるから、ここでの生活もそこそこ楽しい。あまり長い事いるわけではないけれど。リオンさんからは、自体が終息するまでは極力ここにいるように言われた。どうやら、トレジャータウンは現在とてもバタバタと騒がしいようだ。
「あたし、どうしたらいいんだろうって思うんです。だって、アカネさんもカイトさんもリオンさんも、それぞれ自分の役割をもって動いてるのに。
 あたし隠れてばっかで、これでいいのかなって思うんです。リオンさんの言ってる事、小説の中みたいで、実際誰かの口からきくとすごく胡散臭い話なんですけど、今この世界はそういうふうに動いてるわけであって……いいのかな、あたし」
 愚痴みたいになってしまったけれど、少しすっきりするのだ。リオンさんの話で一番信じられなかったのは、ステファニーさんのことだけど。
 考えると頭の中がこんがらがってよくわからなくなってしまう。だって、あんなに良いポケモンが。あんな純粋の塊みたいな子が、どうしてそうなってしまうのかって。

『あなたに出来ることは きっとあります』

 白い紙きれに、また流れるような文字でそう綴られていた。ノギクさんはにっこりと笑うと、また調理場に向かって歩き始める。
 とどまっていても仕方ないな。
 まずは、考えることから始めよう。

 
 * * *


「……うーん。じゃあ、ジゴウ長老もあまりよく知らなかったわけだな……。残念……」
 温泉から帰省したアカネとカイトの報告を聞いて、ペリーはがっくりと首を折った。二匹も、そんなペリーのしぐさにつられて首を折ってしまいそうになるも、全てが無駄足という訳ではないという結果だという事を頭の中で再確認する。
「全てが無駄って訳じゃなかったけどね。『幻の大地』という名称が、この世界のポケモンに通用したという事は、何らかの伝承や書物が少なからず残っている可能性が高いわ。まぁ、それをどう見つけ出すかが大変なわけだけど」
「大丈夫♪アカネの言う通り、全てが無駄じゃないよ♪
 現に、幻の大地へ向かうには『証』が必要だってことが分かっただけで、大きな一歩だと思うよ♪ねっ」
 それぞれ自分の役割を終えて、もしくは切り上げてギルドに帰って来た他のメンバーたちに囲まれながら、パトラスはそう言った。随分ポジティブだが、いっそのことこれくらい前向きな方がやりやすい。他のメンバー達も、殆ど情報を掴めていないようだったが、それでもあきらめるものかという姿勢をがっつりと見せていた。
 それを見て、アカネとカイトは安心したように微笑む。
「……そうだ。リオン、シャロットには会えた?」
「嗚呼、会えたよ。全部話してきた。
 でも、信じてもらえるかまだ分からない。落ち着いた顔はしてたけどさ、今頃悩んでるんじゃないかな」
「……そう」
 それぞれ今日の成果を報告し合った後、『明日も頑張ろう』と言って食堂へと移った。ベルが盛大……ではないが、おいしそうな料理を作って疲れた皆を迎える。空腹のピークに達していたメンバーたちは、奪い合うようにして食事を貪り合った。
 
 食事を終えた後、『お休み』とそれぞれ言い合いながら自分たちの部屋へと入っていく。アカネとカイトも何匹かのポケモンに挨拶した後、自分たちの部屋へと踏み込む。カイトは自分たちの部屋を一望すると、そのまま勢いよくジャンプして自分のベッドへと飛び込んだ。
 カイトがベッドに着地する瞬間に、少し痛そうな鈍い音がしたが、カイトはそんなことは気にせずに寝返りをうつ。
「あぁー!疲れた!」
「ちょっと、今日はそこまで頑張ってもないでしょ。明日の予定だって何にも立ってないんだから」
「そうだよね、明日はどうするんだろう。宛ては今のところないみたいだし……。
 ジゴウ長老から『幻の大地』って言葉が出た時は、イケるって思ったんだけど。なかなか都合よくは進まないもんだよね。
 ……今頃、ルーファスはどうしてるのかな。もう、時の歯車何個かは集めたのかな。ルーファスの無実は結構広い範囲まで知れ渡ってるはずだし、そう思うと結構楽になるとは思うんだけど……。
 ……それに、さ。『あっち』にいるステファニーもね。今頃、何してるんだろうね」
 カイトはゆっくりと起き上がると、そのまま窓の方へと視線を投げた。淡い光を放つ月が真っ暗な影に覆われた世界を優しく照らしている。未来では、月は形のある空の黒い模様となっている。あの世界に、こんな優しい明るさは無い。月から差し込んでくる淡い光は存在しない。
 そんな世界で、ステファニーは何をしているのか。
「……あのさ」
「ん?なぁに?」
「……あとどれくらいで、時限の塔は完全に壊れるのかしらね」
 アカネはぽつりとそう口にした。あのどれほど時間が経てば、時限の塔は完全に崩壊してしまうのか。つまり、あとどれくらいで、世界の時間は完全に停止してしまうのか。
「……やっぱり、焦る?」
「……正直、ね。今まで落ち着いてるつもりではあったんだけど。
 焦ってるかもしれない。本当は私だって疲れてる。でも、目がさえてどうも寝る気になれない」
 アカネも自分のベッドに座り込んでそう言った。カイトはアカネの顔を微かにのぞき込むようにした。やはり、疲れたような顔はしている。しかし、その目はぱっちりと開いたままだった。このまま直ぐに眠ろう、と言っても無理なようだ。
「……はい」
「なに?」
 カイトは傍らに置いてあったバッグからゴソゴソと何かを漁りだすと、とあるものを手の上にちょこんと載せてアカネの方へと差し出した。
 『睡眠の種』だ。
 これを食べると、凄まじい眠気に襲われてコテッと眠ってしまう。ダンジョンでの探検でもよく用いられるアイテムである。

「明日頑張ろうよ。今日はとにかく疲れを取らないとさ、明日も頭煮詰まっちゃう」
「…………分かった」
 アカネは渋々カイトの手から睡眠の種を受け取ると、自らの口の中に放り込んだ。何とも言えない触感。無味無臭。飲み込んで一分もしないうちに、目の前の光景がほわほわとどこか柔らかくなり、妙に心地の良い感覚になってくる。
「…………大丈夫。寝れそう」
「そっか、よかった」
「寝過ごすんじゃないかしら、これ」
「そしたら僕が起こしてあげるから!」
 冷めた顔つきでアカネがそういうと、カイトがにこにこと笑いながら声を上げた。そっぽを向きつつ、アカネはカイトのその発言に『生意気』とつぶやくと、ごろりと横になって毛布をかぶった。

 月明りは、尚も窓の隙間から二匹の影法師を照らしていた。


■筆者メッセージ
サラ「私思ったんだけど」
作者「なんすか」
サラ「私ってモデルになれると思うのよね」
作者「またなんか言い始めたよこのひと」
サラ「私メガニウムの中ではスタイル良い方だと思うのよね」
作者「サラさん昔世界救ったんでしょ?マスコミに引っ張りだこだったんじゃないの?」
サラ「今は大人の魅力で攻めていきたいのよね」
ガリュウ「俺は応援するよ」
サラ「キャーガリュウったらもういやーん!」
作者「おいおいオバハン」
サラ「(o゚Д゚)=◯)`3゜)∵ 。・゜・」
作者「それは残像だ…」
サラ「('Д')なっ」


作者「ってなりゃいいのになぁ……(#;∀;)」

ミシャル ( 2016/05/22(日) 20:30 )