ラストページ‐164
* * *
「…………空気とか、においとか……懐かしい感じがするね」
カイトは、小さな建造物を見ながらぽつぽつとそう零した。プクリンの種族をそのまま模ったように作られた建物だ。一見異様、そしてとてもギルドとは思えない胡散臭さ。夕方に差し掛かっていることから、建物の両サイドではパチパチと火がともされている。時間もそこそこ遅い為、ギルドの問はがっちりと閉まっていた。
「出来るだけ目立ちたくないけど、仕方ないよね。これじゃ。入りづらいなぁ……」
「よく考えれば俺さ、あん時広場で前触れなく大暴れした頭おかしい奴みたいになってるじゃん……皆俺の事どう思ってんだろ……」
「夕飯の時間にぶつかったら余計めんどくさくなるわね。さっさと行きましょ」
アカネのその言葉を聞き、カイトは意を決したように大きく深呼吸をすると、『よし!』と言って拳を握り、力強く地面を蹴り上げた。
ゆっくりとギルドの前の地面に張り付けられている奇妙な穴の上に足をのせると、飛び出してくるであろう声をじっと待った。
『…………ポケモン発見!ポケモン発見!』
『誰の足形!?誰の足形!?』
『足形は…………あしがた、は…………
こ、この……足形は……』
いつ聞いても奇妙なやり取りである。
一方、カイトが乗っている穴の下で様子を伺っているトランは、会話に詰まってしまった刹那いきなり穴を掘ってその場から姿を消してしまった。その様子を見たゴルディは焦り、『どうした!?』と、トランを追って思わずギルドの外へと向かっていく。
ギルドの朝礼場や開けた場所には夕飯を待ち構えているポケモンたちが密集しており、トランの妙な行動に一匹、また一匹と気が付いていった。
「おい、トラン!お前どこ行くんだ!」
ゴルディが耳を劈くような大声でトランへ問いかける。一心不乱に移動しながら、トランは一言大声で叫んだ。
「だってっ!あの足形は間違いない!カイトさんのものなんです!!」
トランの発した言葉をきっかけに、ギルドメンバーたちは驚きの声を上げ、足早にギルドの出入り口へと向かう。一方、足形診断中だったトランの声がぽつりと止まり、何も聞こえなくなってしまった事でカイトは首を傾げ、足形診断用の網の上に乗ったまま、アカネとリオンの方を向いた。
「……開かないんだけど」
「死亡扱いされてたりしてね?」
「おい止めろよ、シャレになんないんだけど……」
三匹が居た『未来』では、この世界よりも時間の感覚が薄かった。時空ホールを通ったあの日から、少なくとも数日は経過している。突然得体の知れない穴に吸い込まれ、消息を絶った四匹……死亡扱いされていても何ら可笑しくない。
それを真剣に考えると、思わずアカネは小さくため息をついた。リオンも居心地の悪そうな顔をして首の後ろを掻く。何も変わらない状況に、カイトは仕方が無く網の上から降りると、どうしようかと考え始めた。
そこでふと、アカネは顔を上げて耳を柔らかく動かした。
「……何か聞こえない?」
「……そういえば、揺れてる?足元……」
トランの声が途切れたあたりから、どうも足場が不安定なような気はしていた。三匹は『意味不明』と言いたげにそれぞれ首をかしげる。
そしてその瞬間に、勢いよくギルドの門が開いた。重そうな鉄格子が擦れるような高い音を聞き、三匹は門の方へと顔を向ける。すると、カイトが足をついている地面、その丁度ずれた所から何かがひょっこりと顔を出した。
アドレーの息子、ディグダのトランである。
「え?」
「あ!やっぱりカイトさんだ!」
嬉しそうにトランが声を上げた刹那、恐ろしいほどの地響きのような物が周辺に響き、ギルドの中に居たポケモンたちが一気に出入り口の方へと押し寄せてきた。カイトは驚きのあまり何歩か後退するが、アカネ、カイト、リオンは皆、周りを途端に取り囲まれる。
どれもこれも懐かしい顔。ギルドの弟子達である。
「ヘイヘイ!ホントだぁ!お前らどこ行ってたんだよったくよぉ!!」
ヘクターがハサミをぶんぶんと振り回しながら三匹に詰め寄ってくる。カイトは苦笑いをしながら、それを抑えるように軽く手を前へと出した。フラーやベルは輝かんばかりの笑顔、グーテは鼻水を垂らしながら泣きじゃくる。ゴルディは怒っているのか喜んでいるのか分からないような大声で三匹の名を呼ぶ。いつもそっけないクレークも、何を考えているのか分からないような表情をしながらギルドの外へと飛び出してきてくれたのである。いきなりの事に三匹は戸惑っていたが、皆の歓迎を得て、少しずつ笑顔へと変わっていった。
―――――――長かったなぁ。
暗黒の未来へ向かってから、皆の顔を再び見るまで。実質どれくらいの時間が経ったか明確ではない。しかし、それまでの道のりが酷く長い時間だったと、カイトはこの時感じたのである。
ぼろりと涙をこぼすと、カイトは地面にへたり込んだ。それに驚いたギルドメンバーたちは、どうすればいいか分からない様子でカイトをあやしにかかる。それを見たアカネは呆れたように笑いながら、カイトの隣へとしゃがみ込んだ。
それを見下ろしていたリオンは、ギルドからまた誰か出てきたことに気付き、アカネとカイトの背中をたたいてゆっくりと門の方を見るように促した。アカネはカイトから視線を外し、門の方を向いて立ち上がった。涙を腕で荒々しくこすると、ゆっくり顔を上げる。
「…………よく帰って来たな。お前達」
ペリーが三匹の目の前に着て、穏やかな表情でそう告げた。また弾けそうになる涙腺を堪え、アカネ、カイト、リオンはコクリと頭を縦に振る。ペリーが他のメンバーたちの方へ退けると、その後ろから一匹のプクリンが穏やかに歩いてくるのが見えた。
パトラスである。
「おかえり、アカネ、カイト、リオン♪」
パトラスは、笑顔で三匹を迎えた。
* * *
ギルド内。懐かしい香りのする室内は、どこか異様な雰囲気に満ち溢れていた。
アカネ、カイト、リオンは、これまでの経緯を全てペリー、パトラス含むギルドメンバーたちの前でカミングアウトした。カイトが要約しつつ何とか話し終わると、ペリーは唖然とした表情で固まってしまった顔をほぐしつつ、自らの翼を手のように使い、で妙なジェスチャーをしながらアカネ達の話に応え始めた。
「……えーっと、つまり?
えっと、ルーファスは実はすごい良い奴で……世界を救うという目的で時の歯車を集めていたと。逆に、キースさんは親切そうに見えたのは全て演技の表の顔で、実際は極悪非道な悪党だったと?」
「あー、うん。まぁ」
さすがにそこまでは言っていないが、アカネ達の側からすればそんな感じである。あえて否定しない。
「……んで、アカネとリオンは、実はルーファスの仲間だったと。ついでに、あのロコン……シャロットもまた、未来でキュウコンとして生きるルーファス達を率いていたリーダーだったと?
それで、キースさんはアカネ、リオン、ルーファス、シャロットの命を狙って、未来へ連れてったと。シャロットは捕獲に失敗したと。
無事未来へ出荷されてしまったお前達は、キースさんから逃げ出し、実は実はのそのまた実は、ステファニーは幼少期で記憶を失くしていたが、元はキースの仲間で、ステファニーとは違う相当頭の可笑しい人格によって現在体を乗っ取られていると。そんな経緯を経て、命からがらこの世界へ帰って来たと。
そして、世界はもうじき『星の停止』が起きる。だからそれを止めるために、ルーファスは再び『時の歯車』を集め、お前達は幻の大地と言う場所を探しているという事だな?」
わかりやすくスパッとまとめてくれた。ペリーが振り返ったことで、他のギルドメンバー達もようやくイメージがわいてきたらしく、各自何やら考えるような顔つきになっている者が何匹かいるようである。
「…………ハハハハ…………
ハハハハハハハハハッ!!
アカネ、カイト、リオン。お前達、なんか悪い夢でも見たのだろう」
「は?」
アカネは思わず『頭おかしくなった?』と思いながら、ペリーの笑い顔を見つめた。
「自分の部屋で休んできなさい。数日消息を絶ってたんだから仕方ない。疲れてるんだろう」
「ちょ、ちょっと待って!確かに色々胡散臭いと思うことはあるかもしれないけど、これは僕たちが今まで見てきた事実なんだよ!
リオンは実際に、最初に時の歯車が盗まれる前からこの世界でルーファスと連絡を取り合ってたし、シャロットが暗殺されないようにずっと見てたんだよ!?」
「はいはい、分ってる分ってる♪大分お疲れのようだけど、一晩ぐっすり眠れば治るから」
「おい、ペリー!お前全く信じてないだろ!」
「うるっさいッ!!当たり前だろう!大体、お前達の話のどこにそんな信憑性があるというんだ!?『幻の大地』なんて場所、情報屋の私ですら聞いたことも無い!
大体、あの親切なキースさんも!リオン、お前の相棒のステファニーも!そんな事をするわけがないだろうが!」
「そりゃ、僕達だってキースの事はショックだったし、ステファニーの裏切りだって信じたくなかったさ!けどっ……」
「うるさいうるさいうるさい!!とにかく、キースさんやステファニーが悪者だなんて信じられるかァ!!」
完全に平常心を失っている状態となっているペリーに、もはやどう声をかけていいのか分からなかった。ペリーはやはり、キースを妄信している。どうしてもそう思いたくない。そんなことが有る筈はない。カイトはそんな様子を見て、どこか自分と似ているような、そんな気がした。
何て無様で、滑稽なんだろう。カイトはペリーを見つめていて、思わず言葉を失う。
「……ハァ、ハァ……なぁ、お前達だってそう思うだろう?キースさんやステファニーが悪者なんて、信じられないよな!?」
まるですがる様に、しかしどこか自信に満ちたような、妙な雰囲気を醸し出しながら、ペリーは周辺のメンバーたちに同意を求めた。話を振られてしまったメンバーたちは、どう返事をすればいいのか、と戸惑うばかりである。しかし、はっきりと意見を述べる者もいた。
「……私達も、キースさんの事は尊敬しているし、ステファニーの事も大切な仲間だと認識している。何故ステファニーにまでそんなことを言うのか……信じられないな」
「ほら、見ろお前達!皆も私と同じ意見だ」
「……ちょっと、待って欲しいんですわ」
話に割り込んできたフラーは、どこか深刻な表情で一旦話に区切りをつけると、気になることを述べはじめる。
「……キースさんが未来へ帰ろうとしたあの時……リオンは突然、広場で暴れ始めましたわ。あれは確かに、今思えばルーファスを救出しようとしていたようにも感じられます。
そして、キースさんはそのどさくさに紛れて、アカネとカイトの体を鷲掴みにして時空ホールへと消えて行った……あの時、騒動に目が行ってしまっていたポケモンも居ましたけど……私、見たんですの。
あの後、キースさんの連れのヤミラミが、リオンを時空ホールへ突き落したところ。そして、シャロットを取り囲む複数のヤミラミ……これは、周辺のポケモンによって助けられましたが、もし誰も助けなければ……シャロットもまた、時空ホールへ、とも考えられますわ。
明らかに、相手を選んでやっているようにしか見えませんでした。あの時のリオンやキースさんの行動、ヤミラミの存在……どう考えても可笑しかった」
「はい?おい、あれはあいつらが勝手に時空ホールに落ちただけじゃなかったのか?」
「いや、それは違う!あの時、確かにキースさんが二匹を引きずり込んでいたように見えたぜ!リオンも突き落とされてた!
一番わかんないのはシャロットだ!なんであんな中途半端な場所にいるポケモンを狙うんだ?外側の奴を狙えばいいのに!」
「ヘイ!確かに、あれは選んでやっているようにしか見えなかったぜ!ヘイヘイ!」
「キースさんは、何でそんなことをしたんでゲスかね?」
「…………それに、一番可笑しいのは、ステファニーさんの事。
ねぇ、フラー。あの事、言っちゃってもいいの?」
ベルは、何かの許可を得るようにしてフラーに話しかけた。フラーは少し考えるようなそぶりを見せると、ぎこちなくはありつつも首を縦に振った。
いったい何の話だろう。二匹以外の全メンバーがそう思っていると、ベルはふよふよと浮遊しながら弟子たちの部屋が密集する通路の方へと飛んでいき、再び何かを抱えて戻って来る。皆、興味津々にベルの方へと目線を注いだ。
「……これ、黙っていたんですけど……ステファニーさんの日記なんです。
戻ってくるか、分からなかったから……あの日から、ブレイヴとクロッカスの部屋をちょこちょこ掃除してたんですけど……。
ステファニーさんの日記が開いた状態で放置されているのを見つけて。フラーと一緒に、よんでみたんです。
カイトさんたちが言っていた、ステファニーさんの『もう一匹の人格』……あると思います。私は。
この日記に、ステファニーさんの中のその人格が書き込んだような跡がありました」
その場に、ざわざわとしたざわめきが起こった。ペリーはベルのその発言に、目を大きく見開いて固まってしまう。それはそうである。ベルがステファニーの第二の人格を認めたという事は、自分の主張が崩れてしまうことになるのだから。
ステファニーは日記を書いていたのか?リオンは、自分の知らなかった事実に目を丸くする。そういえば、深夜にたまにカリカリとした音が聞こえていた。それはペンを紙面に滑らせる音だったのか?それに気が付いたとたんに、リオンはその中身が気になって仕方が無くなった。
「な、なぁ……ベル。
日記って事は、書いた日の日付とかも書いてあるんだよな?あいつは……あいつは、最後……いつ、日記を書いたんだ?」
「…………ルーファスが捕まった日。文面から見て、まだ皆起床していない頃の時間で、日記は止まっていました。
もう、わたし、なんか、悲しくて……読めば読むほど、よくわかんなくて……」
日記を持ったまま震え始めるベルは、瞳にうっすらと涙を浮かべながら日記を強く抱きしめた。フラーはベルの元へ駆け寄り、その日記をベルから受け取ると、リオンの方へ向かってゆっくりと歩いていく。リオンと向かい合う形となった所で、その日記を差し出した。
「……この日記の内容は、本人と私とベルしか知りませんわ。
……リオンにとっては、かなりきつい内容だと思うんですわ。
読みますか?」
フラーの問いに、リオンは軽く頷き、日記を受け取った。そのまま地面へしゃがみ込み、床に日記を広げて最後のページを探す。その間、ペリーはきょとんとした表情でリオンの行動を見守っていた。そんなことが有る筈はない。そう思いながら、日記を皆と一緒にのぞき込む。
―――――日記 ステファニー・ローズ
まだ眠たいけど、早起きしちゃった。今は意識がはっきりしてるから、ちゃんと書いてみようと思う。
もしかしたら、これが最後の日記になるかもしれないとも思う。一連のやり取りとか書き込みとか、そういうの見られるのってちょっと恥ずかしいから、誰にも言わないけど。暫く机の上に広げておこうと思うの。私に何かあったら、誰かがこれを見つけてね。
時の歯車を見た時から、全部可笑しくなった。最初は変な幻聴とか、妙な映像が頭を流れて行ったりするだけだった。あの真黒な世界はどこだろう。あの菫色の綺麗なポケモンは誰だろう。そんな事しか考えてなかった。
それからしばらくして、寝てる間にこの日記に変な書き込みみたいなのが現れ始めて。今はなんとなく分かるよ。あの書き込みをしてたの、眠っていて意識が無いはずの私なんだよね。
夢遊病かとおもった。鬱かもしれないとも思った。でも違った。へケートは居るんだっておもう。へケートは私じゃないと思う。けど、私の中にいるんだってわかった。
へケート。あなたは『盗賊L』を知ってるんだよね。多分、キースさんの事も何か知ってるんだよね。だから、私にあんな映像見せたんだよね。
私は何者なのか、いよいよ自信が無くなってきちゃった。貴方の方がずっと意志が強そうだし、私はあなたがハリボテだって思いたい。だけど、貴方にとってはわたしがにせものなんだよね。
幻聴と変な映像。それだけなら良かったのにな。あなたとちゃんと話を始めてから、私本当に可笑しくなった。きっと私は頭が可笑しいんだと思うんだ。この日記誰かが見たら、そう思うに決まってる。何でこうなっちゃったんだろう。やっと夢がかなったのに。ずっと楽しかったのに。
『盗賊L』の捕獲作戦を始めてから、どれくらいでそうなったかもうわかんない。それより前だったのかもしれないけど、とうとう私の頭の可笑しさが行動にまで出始めたみたい。
とうとう、いきなり意識が無くなるようになった。よくわかんない所でいきなり目が覚めて、気づいたら誰かと話してたり、既に歩いてたり。話の流れがよくわかんない時もあって、そういう時は頭脳をフル回転して話を合わせてた。
そんな私の行動が、誰にも不自然に映らなかったとしたら。へケートがそう図ってるのかなっておもう。記憶が無くても、どうすればいいのかなんとなく分かる時が多いの。へケートがどんどん強くなってきてるのかな。私は本当に私なのかな。
今私がどうなってるのか、全然わからない。意識が無い時にリオンとか、皆とかと話してて、それでも不自然に思われないなら。多分へケートは、ちゃんと私を演じれてるんじゃないかな。
頭が煮詰まって来た。手も疲れた。
じゃあ、リオンにちょっとメッセージを書こうかな。
リオン。結局、あなたは何者だったのかな。私、今まで結構気になってたんだ。出会った時からそうだけど、旅をしてたんだよね。見た目ボロボロで、どこか不安そうだった。
不審には思ったけど、悪党だとは思わなかった。ずっと思ってた。君にあえて良かったって。
一緒に探検隊チーム組んでくれてありがとうね。色々我が儘聞いてくれてありがとう。一緒にチーム名考えてくれてありがとう。
お金一杯使っちゃってごめんね。でも、本沢山買わせてくれてありがとう。
目の前じゃ多分、言えないよこんなの。恥ずかしいし、照れくさいし。でも、今書かなきゃ多分書くときないから、いっぱい書くよ。
私を森の外に連れ出してくれてありがとう。感謝しかないよ。できればずっと一緒に探検隊続けていきたいと思う。
けど、気づいたらその日の仕事終わってたり、気づいたら朝になってたり、夜になってたり。もうそれは無理かもしれないと思う。お医者さんに掛かってみようと思うたびに意識が無くなっちゃうから、もうどうしようも無いと思う。
多分私はへケートに殺される。消えたくない。死にたくない。これからへケートが私としてどうやって生きていくのか、考えるだけで怖くてたまらない。
最後にこれだけ書いとくよ。
リオン。私の友達になってくれて、本当にありがとうね。