ウロボロスの秘奥‐155
「…………お話は聞きますがね、マーロンさん。この記事の裏取りはできているんですかね」
「ぶっちゃけ、できてません」
何枚もの紙の束を、とある企業に持ち込んでいた。数多くの書籍などを出版している大手の企業である。文章を本にまとめるという、非常に高度な技術を駆使するにはここが最適だと、俺『レイセニウス・マーロン』は考えていた。
しかし、そんな巨大な企業が田舎から出てきた胡散臭いポケモンの話を真剣に聞くわけが無かった。一応、自分が胡散臭いことは自覚しています。そう見えないかもしれないけど。だって性格だから。
目の前で俺の話を聞くようなそぶりを見せつつ、面倒くさそうにしている一匹のエテボースが居た。すっごい面倒くさそうにしてる。もう話聞いてくれそうにない。
「……あー……あのね、マーロンさん。確かに、この世界はまだ情報の回り具合が非常に遅い時代なんですよ。でもね、だからこそポケモンたちはまだ数の少ない雑誌や新聞に頼るわけでしてね。
確かにこの記事は……面白いです。突如現れた英雄キース、そして『盗賊L』ことルーファス。一見こう見えていたが、実はそこには闇が潜んでいる。非常に面白い。だが、今の状態ではこの記事を見て、ポケモンたちは何を思うんでしょうか。おそらく、不愉快にしか感じないと、私は思います。
キースさんを妄信し、仰いでいるポケモンたちは意外と多いものです。『探検隊』という立場でありながら、ここまで急速にファンの数や知名度を上げました。そこまでポケモン達の心をつかんだ者…………今、この状態でこんなものを出せば、必ずうちは白い眼を向けられることでしょう」
「…………いやぁ、まぁ、うん。そこをなんとか、ね?」
「私が話を通しても上は聞きません。…………いや、私個人としては、非常に面白いんですがね……」
なにやら甲高い声で悩んでいるようだった。くそ、面白い顔しやがって。しかし、なやむということは、『面白い』と感じたのは本当のようだった。
やっぱり駄目なのか。そりゃそうだ、と思いはしたものの、どこか納得いかない。何かが引っかかった。その引っかかった部分に靄がかかっている。目の前のエテボースの面白い顔しか見えない。
「…………ただ、ですね。これは内部でしか知られていないのですが……いや、別に知られてもいいっていうか、良いんですがね……。
……確かに、『英雄・キース』というポケモンの裏側を疑うポケモンは……出てきているようなんですよ。しかし、情報が疎い中、その考えが広まる確率は低い。キースさん本人は、『未来』と言われる場所へ姿を消しました。いずれ、キースさんの存在自体を思い出す者もいなくなる可能性がある。
…………だが。もしもこの先、キースさんを疑うような声が広まることがあれば、ですが……この記事は、受け入れられるかもしれません」
「ちょっとお言葉なんですけど、いいすかね。
そもそも、キースを誰も疑っていないって状況。これ可笑しくないっすか?だって、キースとルーファスが未来へ帰った下りはいいんですが、その時同時に四匹のポケモンが『トレジャータウン』から姿を消してんですけど。四匹が時空ホールに入ったのは、『うっかり』で済ませられます?四匹のうちの一匹以外、全員計画的に引きずり込まれたように思いましたけど。
なんでそのことを記事に取り上げないんすか?この会社。他の……ここより小さいトコは、そのことには触れなくても、『時の停止が止まらない』という状況に違和感を感じてるんすよ?おかしくないっすかね」
「…………それについては、なんとも」
「ここまで話して、それは無いんじゃ。
……もう、はっきり言うっすけど……警察からストップかかってます?」
エテボースははっとした顔つきで下を向く。やっぱりか、と思い、腕を組んで壁に背中を付けた。
警察は、『時の歯車』が盗まれる以前にも『時の停止』らしき現場を調査しているのだ。キースが捜査に手を出し始め、その方針に便乗はしてみたものの……完全に後に引けなくなった可能性が高い。たかだか有名になって間もない、それだけの探検家。完全に警察が判断を誤ったのである。
これはあの警官、ポッタイシのラルクから、ローズ家を後にした直後に聞いたことだ。しかし、組織上ラルクが自ら確かめることは危険。そのため、一応俺に流しておいたのだと思う。俺が睨まれてもいいって事かな?ちょっとムカつくが、良い奴だったから別にいっか。
「…………それを聞いて、どうするんでしょう?」
「どうするんでしょうね?」
にっこりと笑って、エテボースの顔をのぞき込む。面白い顔つきが、面白くて居心地の悪そうな顔つきに変わった。傍から見れば、俺が完全にいじめっ子の嫌な奴だが、とにかく話をまとめるだけまとめておきたいのである。
「……他企業に流す、としても……待っていただけませんかね。
後日、追って連絡します。その時、次の予定を取り付けましょう」
「…………えっ。
あ、なんか脅してるみたいになってる!あ、違います違います!はい、次の予定っすね!わかりました!」
………………恨みは買いたくないわな。うん。
何やかんやあったが、一息ついた後に建物を出た。割と巨大な建物である。ところで、ちょっと脅すような感じになってたけど大丈夫だよな?刺されないよな、俺。
とにかく、一旦帰宅するためにトレジャータウンを目指した。そういえば、少しの間あちらの大陸に帰っていない。親父は元気だろうか。おっさんから爺さんい変身する位の年齢にはなっているし、少し心配だ。最近体調が悪いのも気になる。
一回、『電話機』というものを使って連絡してみようか。と言っても、あちらの大陸では仕事の時に必要で、一応使ってはいたし、珍しくはないが。同時間に連絡が取れるから、ミスがあった時とか便利だけど、あの手の機械って苦手だ。
トレジャータウンに向かって進み、その手前の森のようなところに来ていた。トレジャータウンから見てここは東側だから、広場の方へ横から入ってくることになる。嗚呼、疲れた疲れた、と、首をごりごりと回した。この浮袋、時に邪魔臭い。
そう思いながらぶらぶらとトレジャータウンを目指していると、とある『音』が気になって足を止めた。
茂みの方からゴソゴソ音がする。ポケモンが居るのだろうか、と思い、興味本位で茂みの奥をのぞき込む。そこにポケモンの姿は見えなかったが、何かの影がゆらりと揺れた。 紺色をした尻尾が、ゆっくりと木の影へと移動していく。その紺色の尾の持ち主に、どこか覚えがあるような気がした。
「……気のせいか」
そういうと、鼻歌を歌いながらトレジャータウンの方へと向かう。今日の飯は何にしようか。
* * *
焚火をするため、燃えるものを集めに行くと言ってサメハダの岩から出て行ったリオンを待つ間、アカネ、カイトはルーファスから、彼の『記憶』を聞き出していた。
リオンの事、シャロットの事。未来のシャロットが作り上げた、『レジスタンス』の話。まだまだ聞きたいことは沢山ある。カイトはアカネと顔を見合わせると、身を乗り出すようにしてルーファスに次なる疑問をぶつけた。
「アカネの能力……『時空の叫び』については、後で良い。
まだ完全に不透明な能力がある。『目の色の変色』が伴う、身体能力を上げるかなんかする力なんだけど……僕もアカネも、その能力については全く分からないんだ。でも、怒った時とか、そういう感情の劇的な変化がある時、いつもアカネの目はうっすら赤くなる。ちゃんと見てないと気づかないレベルだけど……。
一度、目が青くなったことがあって。遠征の、ほら。ユクシーの幻影と戦った時だ。グラードンの攻撃を喰らって、アカネは瀕死になりかけたんだけど、目が青に変色した瞬間に、グラードンを一匹で片付けてしまった。
キースは、たぶんこの能力の事を知っていた。知っていたうえで、僕たちに隠していたわけだから……全く分からない」
「そりゃ、隠すだろうな。未来でディアルガ達が俺達に手出しするのを躊躇していたのには、シャロットさんの存在以外にもアカネのその能力が多少噛んでいたんだと思うんだ」
「……そこまで?」
アカネは首をかしげると、更に詳しい部分をルーファスに尋ねる。
「キースはおそらく、アカネがその能力の事を詳しく知ってしまうことで『能力』を制御し切ってしまうことを恐れたのだ。
瞳の変色の認識は間違っていない。赤と青に変色するが……人間の時のアカネは、元々瞳が青みがかっていたから、青への変化はかなり強力な時では無い限り、よく分からなかったな。
あいつは率先して青い瞳を使っていた」
「…………瞳の使い分け?」
「そうだ。まぁ、副作用のようなものとして目の色が変化するだけだと言っていたがな。 青い瞳の作用は、主に二つか。主体やその周辺に生命力を与え、あらゆる傷を治癒させる。その力は主体の戦闘能力にも響くために、グラードンを一匹で倒すだけの力を発揮したんだろう。それでも、ほとんど力を使いこなせていない状況ならば、半分程度だ」
「やっぱり!……僕の傷の治りがやたら早かったのも……ほら、ルーファスと戦った後。ベルがすごい重症だって言ってたわりに、そうでもなかったでしょ。あれってアカネの能力だったって事かな。主体にも影響を与えるなら、多分アカネ自身の傷は勝手に治ってたと思うし」
「まぁ、アカネがカイトの怪我を見て悼んでいたとしたら、その可能性は十分にある」
「……そ、そうなのね……」
「ただ、主体への影響はともかく……他者へのヒーリング効果は過度な期待が出来ないんだ。あまりに怪我が酷すぎると、どうしようも無いこともある。そこは覚えておいてほしい。
赤い瞳の作用について。……これは、はっきり言って俺もよくわからない。お前は、このことをあまり話したがらなかった。
さっきもカイトが言ったように、『赤』は、アカネの怒りや憎しみ、巨大な感情変化……つまり、興奮状態と言った状態に深くシンクロしている部分がある。使いこなせれば抑えられるが、感情が暴走すると能力も暴走することもある。実を言うと、かなり危険なのだ。
『赤い瞳』は破壊の象徴。心から障害を感じたものを跡形も無く消し去り、『青』とは真逆に、生命力を『奪う』ことが出来る。
しかし、この『赤い瞳』に関してはかなりのデメリットがある。とある理由から、アカネのこの能力自体『力が適用されるだけでも奇跡』なのだ。その為、大なり小なり不具合が発生している。
『赤い瞳』は、先ほど言ったように『邪魔だ』と感じた存在を完全消滅させることが可能な危険な力だ。青い目にしてみてもこれは同じだが、非常に体力を消耗する。そして、『赤』特有の副作用は、体力の消耗のみではなく、主体に悪影響を及ぼすことがあるという点だ。あまり強力に使わなければ、軽い発熱や頭痛、体の痛み程度で済む。それほど、赤い瞳は体に負荷をかける」
アカネとカイトは、ルーファスの説明を食い入るようにして聞いていた。聞いているうちに、ふと思い当たることがあった。『軽い頭痛や発熱』……赤い瞳の副作用についてである。カイトはあまり気づいていなかったが、アカネは気付いていた。『もうしかして、あの時がそうだったのではないか』と。
だとしたら、今の説明と照らし合わせるとかなりヒヤリとする。存在を完全に消滅させる。危険だ。危険すぎる。自分が知らず知らずのうちにそんな力を使っていたとしたら、どうすればいいのだと。
「……カイト。林檎の森の時のアレ、覚えてるかしら」
「林檎の森……あー。あれだね、ドクローズに邪魔された奴だよね。ムカつくほどに覚えてる。
……?……あれ…………あ?あの翌日って確か、アカネ風邪ひいてたよね?」
「どういう事だ?」
ルーファスがもっと詳しく、と口を挟んでくる。カイトは多少不思議に思いながらも、アカネの言葉に耳を傾けた。あの時、林檎の森でアカネとカイトにとって『不思議な事』が起こった。二匹はそれに気づいていたが、アカネが思い当たる点について黙秘をしたことでその話は落ち着いていた筈だった。カイトもそれを知りたがっていたが、忘れてしまっているようである。
「前……とある依頼を受けてね。だけど、ダンジョンの奥地に着いた後、他のポケモンに依頼を邪魔されたの。そいつ等、私たちに妙な執着があって、倒すだのどうのこうの言ってたんだけど。
……毒ガスを使うポケモンだった。可燃性のガス。戦った時に、カイトの火の粉とその毒ガスが衝突して、爆発が起こった。
……私のミスだった。咄嗟に妙な指示をカイトにして、その所為であんなことになったって。……けど、不思議と爆発は小さなもので、その場から毒性が消え去っていた。私自身……よくわかんないんだけど。
あんたの話を聞く限り、使ったかもしれない。その、何?……力」
「…………何を『破壊』したと考えているんだ?」
「…………咄嗟だったから、あんたの言う風には作用してないかもしれないけど。
『爆発自体』……じゃないの」
「その後、体に悪影響は?」
「あったよ。翌日に、大分熱も出てたし、苦しそうだった。一日ですっかり治ってはいたけど……アカネが疲れて疲労溜まっただけかと思ってた。……違ったのかな」
カイトがそういうと、ルーファスは暫く黙り込む。二匹には、まだ言っていないことがあった。
この能力には、多少の『意志』があるということである。
「…………大爆発になっていたら、どちみち巻き込まれて死んでいた可能性もある。結果的に、勝手に能力が発動してアカネを守ったのかもしれない」
「能力が守る?……よく、わかんないんだけど」
アカネはルーファスの言ったことの意味がよく分からず、首を傾げた。そもそも、そこに至るまでの知識を与えていないため、それは当然である。カイトも、その点についてはよくわからない、と言いたげな顔をしながら、ルーファスを見つめていた。
このことを話すべきか。ルーファスは、まだ二匹に話していないことを話すべきか悩んだ。この後も、教えなければならないことは沢山あるだろう。リオンが居ない今は、とにかく二匹だけが知らないことを全て話しておいた方が良いのかもしれない。また全員が揃ったら、いずれ、『自分しか知らぬ事』を話さなければならなくなるのだから。
「…………アカネのその能力、統一した名称で言うと……『ウロボロス』と、アカネは呼んでいた。
『生と死の循環』……その象徴だ。二匹の蛇が互いの尾の先を噛みあい、その形状は一周回ってまた戻ってくる。永遠の死と再生。そのことを意味する。
先ほど、『能力』がアカネを守ったと言った。それは、生と死を司る者がアカネの中に存在しているという意味なんだ。
『ウロボロス』という能力には意思がある。アカネの能力は、とある二匹のポケモンによって成り立っているものなのだ。そいつらはおそらく、今も。アカネを通して俺達を見ている筈だ」
ルーファスは、そういって、アカネの瞳を見る。アカネは反射的に目を抑えるような行動を見せる。自分の中に何かが居る。それを思うと、少し体が疼くような感覚がした。
「……ポケモンがアカネの中に?」
「いや、ちょっと違うかもしれないんだが……まぁ、そういう感じなんじゃないか、と思う。
俺は、その片方のポケモンの姿を見たことがある。だから、そういうのが存在しているのは間違いないんじゃないかと思う。
ゼルネアス、そしてイベルタル。この二匹のポケモンが、アカネの能力の起源だ。元々、この能力はアカネだけにあるという訳ではなく、血筋によって……」
「まって。…………ゼルネアスとイベルタル?」
カイトは全く聞き覚えの無いポケモンの名前に、ポケーっとしていた。しかし、アカネは違う。アカネはその名前を聞くと、ふととあるポケモンの顔を思い浮かべた。ステファニーである。
そのポケモンの名前を、彼女から聞いたことがある。そんな気がしていた。確か、ギルドでの交流会の時。女性陣の部屋で、ステファニーが『知らない?』と、みんなに尋ねていたポケモンである。
確か、あの時……ステファニーは、誰も知らないと言ったことから、『架空ポケモン』だと、結論付けていた。
ゼルネアス、イベルタル。彼女からその名前を聞いた後、アカネは妙に目が覚めてしまい、少しの間眠ることが出来なかったのを覚えていた。
「…………架空じゃなかったのね」
「……ん?嗚呼、確かに。その二匹は一部で架空ポケモンと呼ばれているが、知っている奴は知ってるはずだ。
ゼルネアスは再生、そしてイベルタルは破壊を司ったポケモンだ。このポケモンたちは実在すると、アカネは言っていた。
しかし、とある理由から現在、二匹とも表世界から姿を消している。人間へと、自らの力のみを託して」
「………………!」
とくん、とくんと。まるで、肯定するかのように。
アカネの耳に、大きな鼓動が響いた。