過去への帰還‐154
* * *
まるで、形の無い荒波に揉まれているようだった。
ルーファスやリオンも、全くと言っていいほどにこの異常な感覚に慣れることは出来ない。アカネもカイトも、皆がそうだ。
嫌なことがあった。吐き気がするほどに、想像よりも恐ろしく、受け入れがたい現実が雨のように降り注いでいた。皆が時の波に流されながら思う。何が真実で、何が偽りなのか。
ただただ体を強く押されるような衝撃。抑え込まれるような感覚。それでも、彼らは時の中を流れていた。一つの場所へと向かっていた。傍から見ればとんでもない絵面だろう。しかし、不思議と誰かが誰かの事を考える。そんな余裕があったのだ。
出口へと体を傾ける頃に、意識が薄れてやがて、その思考は途絶えた。
耳に触るのは、微かな波の音。荒々しくなど無く、ただ石ころを転がすようにささやかな波の音が、体の下の感触と共に体に響いていた。どこからか落下させられたような衝撃を感じていたが、何より安心していたのである。
波の音が、心地よくて。
「…………んぐ……なんか、お腹……苦しい……」
カイトは、瞼を震わせると、ゆっくりと目を開けた。その目の中に飛び込んできたのは、一面の青空と、ふわふわと浮遊する白い雲である。大きく目を見開いた。随分、久しぶりに見たように感じていたのだ。
ふと気づく。腹の上に何かが乗っている。ゆっくりと首だけを前へ突き出し、起こしてみた。何が乗っているかは正直、少し予想がついていた。
「…………ども」
「……アカネ。……うぁー……怪我無い?」
「嗚呼、ごめん。お陰様で」
カイトの腹の上で座り込んでいたアカネは、ゆっくりと砂の上へと着地する。周辺を見渡すと、そこは海だった。足元にはさらさらとした砂。浜辺だ。しかも、かなり見覚えのある場所である。彩が深いことから、まず『暗黒の世界』では無い。
少し離れた場所で、ルーファスとリオンが蹲っていた。ルーファスはゆっくりと体を起こし、近くに居るリオンの体を揺さぶって起こそうとする。
「……おい、ルーファス。……起きてるよ」
「嗚呼、そうか。すまん。
………………また、来れたのか……何度見ても、美しいな」
ルーファスは立ち上がって、浜辺から海を見渡した。揺れている海も、さわやかな潮風も、さらさらと太陽に輝く砂も、ルーファスからすれば、喉から手が出る程欲しくてたまらない。
「僕達、元の世界に戻ってこれたんだね」
「……やっぱ、なんか安心すんのね。気持ち的に」
アカネがぽつりとつぶやいた言葉は、皆の気持ちを表していた。暗黒の未来での緊迫した状況があったからこそ、なんとなく時間のある世界のありがたみを初めて感じていた。照らしてくる太陽が温かい。こんなにもまぶしかったのか。カイトは、少し涙で目が潤む。嗚呼、帰ってくることが出来たのだ、と。ひしひしと感じていた。
「……ルーファス、リオン。……ここが、僕とアカネが出会った場所なんだ。たぶんだけど、アカネがタイムスリップして落ちた場所はまるっきりここだったと思う。水に漬かりかけてたから、移動はしてないだろうし」
「…………そうなんだな。俺とリオンは、『東の森』で目を覚ましたんだ。クロッカスとは大分、離れたところに落ちてしまったわけだ……」
ルーファスは、アカネのことを『クロッカス』と呼んだ。しかし、彼女にとって急に突き付けられた事実。クロッカスと呼ばれても、どうも違和感しかない。実感が全くないのだ。
「……東の森…………」
リオンが、俯いたままぽつりとつぶやいた。カイトはそれを見て、立ちばなしは正直どうかと思ったために、ここから移動して落ち着ける場所で話すことを提案する。皆、それには賛成したが、どこに行くかが問題だった。
「パトラスのギルドは?僕達の共有部屋があるし」
「……ちょっと待ってくれ……シリウス、お前はともかくとして、俺がそのギルドに行っても大丈夫なのか?おそらく、この世界のポケモンは俺達の目的に気付けていない筈だ。つまり、俺はまだお尋ね者のままなんだ。
……多分、ギルドに行くと周辺を混乱させて、落ち着くどころじゃないと思うんだ。最悪の場合、俺がまた捕獲対象にされる可能性がある。足を引っ張るようで、すまない」
それもそうだ。アカネ、カイトは既に、ルーファスに理解を示している。しかし、この世界のポケモンは完全にキースに洗脳されている状態だ。キースが実は悪党だの、ルーファスの目的は『星の停止』を食い止めることだの、ステファニーがどうなっただの、直ぐに信用してくれる者は誰もいない筈である。
そんな中にルーファスを放り込んだら、アカネとカイト、リオンが居たとしても確実に守り切ることは出来ないだろう。ギルドはすぐさま警察に包囲されるに違いない。ギルドの弟子も、『悪の盗賊』であるルーファスを拘束しようとするはずだ。
「……うーん。ちょっと不安要素はあるんだけど……ギルド以外に結構いいとこがあるよ。ただ、トレジャータウンを通らなきゃっていう欠点がある」
「……隠れながら行けば問題ないんじゃないか?……あ、確か……」
ルーファスは、自分の荷物の中を漁り始めた。と言っても、ルーファスが所有しているのは本当に小さな、巾着袋程の入れ物だけである。ルーファスがその中に手を突っ込んで、色々取り出していた。…………小さいが、トレジャーバッグと同じ原理で意外と入るらしい。
しばらく手を突っ込んでごそごそやると、ルーファスは入れ物の中から小さな種のようなものを二つほど取り出した。
「……ドロンの種だ。二個ある。俺はこの種を食べて、カイトの後をついていく。それなら、周辺にも俺の存在はばれない筈だ」
『ドロンの種』は、短時間ではあるが『味方』と認識した者以外には自分の姿が見えないようになる、素晴らしい道具だ。ただ、敵に使われると非常にやっかいではあるが。
ダンジョン内でかなり力を発揮する道具の為、ダンジョンの外では正直そこまで効果が持続しない。そのため、ルーファスはあえて二つを口に入れることにしたのである。
カイトが、目的地に向かって歩み始めた。トレジャータウンの隅の方、木の陰や住民の家の後ろなどを通り、ルーファスはドロンの種を二個のみ込んでカイトの後ろをついていく。
幸いにも誰かに見つかることは無く、カイトは足を止めた。目的地に到着したのだ。
「……うん。到着。
この崖は、サメハダ岩って呼ばれてるんだけど……」
「サメハダ岩?何故だ?」
「下から見ると、ビックリするほどサメハダっていうポケモンによく似てるんだよね。形状が。
それで、幸いなことに……ここはポケモンが住み込めるような作りになってるんだ」
トレジャータウンの先へ先へと行った、崖の上。カイトは、妙にこんもりと藁や石が積まれている場所をいじり始めた。まず藁を退け、その次に岩を退かす。すると、木の板のような物が現れた。それを持ち上げると、そこには大き目のポケモンでも入れるような階段が出現した。下へと続くものだ。
「見た目は変わってないね。荒らされた様子も無いし。
どうぞ、入って。この下だよ。この大陸に来た時、お金も無くていい物件が見つかんなくてさ。その時、雨風しのぎは努力次第だけど、ただで貸してくれるって紹介されたところなんだよね」
階段を下りると、そこには大きな空間が広がっていた。サメハダ岩という場所なら、おそらくこの場所はサメハダの『口』の部位に当たる。崖の下が空洞になり、住処として使えるようになっていたのだ。下から見ても、この空洞の中までは見えない。確かに、見つかりにくい場所だった。
地面もしっかりと平面になっており、体制を崩すようなことも無い。隅の方に、何かを入れるために使う樽が二つ置いてあり、何と奥の方には岩で作られた水場のような場所があり、そこから透き通った水が湧き出ている。
「あそこの水は飲めるから、好きに飲んでね。結構おいしいんだ」
「……嗚呼、ありがとう。……花が咲いてるな」
少しの間放置していたからか、苔が生えている場所があり、そこから植物が少しばかり成長していた。なにやら桃色の花が、穏やかな風に揺れている。ルーファスはかがみこむと、その花を見つめた。
「高い場所のわりには風が穏やかだし、丁度いい」
「…………焚火が必要かな。カイトに頼りっきりだと夜は冷えるだろうし……。俺、燃える物集めてくるわ……」
そういうと、リオンはゆっくりと階段から外へと出て行こうとした。カイトは呼び止めようとするが、アカネに腕を引かれて制止される。
「見つからないように気を付けろよ。何かあったらその……探検隊バッジで、こいつらに連絡しろ」
「了解。……行ってくる」
そういうと、リオンは階段を上って外へと出ていってしまう。ちゃんと帰ってくるだろうか?心配ではあったが、アカネにずっと腕を掴まれて止められていた。
「……へケートの件は、あいつが一番受け入れきれないところが有る。他の事も、色々とのしかかってきてるんだろうな。
……無理ないんだ。たぶんだけど……あの少女の事以外に、妙な罪悪感があったんだと思う。俺が時の歯車を集めている間のことも有るし。
けど、ちゃんと役割を果たしていたんだ、あいつは。……気持ちを整理する時間は必要だと思う。それに、シャロットさんの様子を見に行ったのかもしれない。トレジャータウンに住んでるんだろう?……きっと、そうするよ」
「…………私たちにとっても、理解しがたい事よ」
「……お前自身のことか……へケートのことか、それとも別の問題か。
……でも、皮肉なもんだ。へケートに…………俺だけではなく、あいつまで誑かされるなんてな」
「……その話が聞きたい。ステファニーは一体どうしたのか。シャロットの事も……」
「……嗚呼。そうだな」
まず、カイトは空洞の隅の方に積んである藁に触れる。乾いているし、大丈夫だろうと思いながら、四つほど藁のベッドを作った。その上に、どこからか持ってきた毛布のようなものを敷く。実質これでベッドは完成で、この四つの真ん中に焚き木をすれば温まるだろう、と思った。
ルーファスは入り口付近のベッドを選び、座り込む。随分と疲れている様子だった。アカネもカイトも、今まではっきりと感じてはいなかったが、疲労がたまっていた。二匹は隣同士のベッドにそれぞれ腰を落とすと、少し体を伸ばす。まだ日が出ているので気温の事は特に気にならず、アカネはこっそりとカイトの尻尾の炎で温まっていた。
「……シリウスが居ないうちに、話しておこうと思う。……ステファニーというイーブイについて」
「シリウス……リオンの名前なんだよね。きっと」
「嗚呼。あいつの本名は『シリウス・ハルガート』……本来の姿は、リオルではなくルカリオだ。故に、キースは確信を得るのに多少の時間がかかったのだろう」
ルーファスはつらつらと語り始めた。リオンがいつ帰ってくるか分からない。そのため、急ぎ足ではあったものの、どこか懐かしむような、思い出すような顔つきをするルーファスを、アカネもカイトも急かすことはできない。
「まず、分からないこと。リオンがルーファスの仲間っていうのは、すごい違和感なんだけど、そこは百歩譲って納得する。
……ルーファスはずっと時の歯車を集めながら、点々と移動してたわけだよね。その間、リオンはパトラスのギルドに入って新米探検家として働いていた。……連絡を取り合うことは?」
「あった。手紙で連絡を取り合うことが数回……。しかし、俺が途中に連絡を絶ってしまったんだ。
手紙の交換場所は、『東の森』のとある場所。俺達は定期的にそこに足を運ぶことで、連絡を取り合っていた。しかし……『箒星の探検家』という、一匹のヨノワールの噂を聞いたんだ。それがキースだという確証は無かったが、もしもそうだとなるとかなり近くまで来ていることになる。だから、思い切って連絡を絶った。……結果的に、良かったのか悪かったのか、分からない。
ただ、あいつはクロッカスの存在に気付いていた筈だ。そして、『水晶の湖』での潜伏作戦……それを俺に伝えることが出来なかったのは大きなミスだった。無謀だったと思う」
「…………ねえ、さっきからシリウス、とか、クロッカス、とか……僕たちはリオンとアカネって呼んでるし、統一感なくて狂っちゃうっていうか……」
「……それは、すまん……。ただ、クロッカスと言う名前を呼ぶのがなんとなく懐かしくて、つい。というか。
……しかし、アコーニー・ロードナイト……だったか。それがお前の本名なら、もうコードネームにしがみつくことも無いか。
……アカネ、でいいのか?」
「構わない。アコーニーって、なんか……妙に捻った感じがして。違和感があるから、そっちの方が良い」
リオンのことについては、彼に後で尋ねてみようということになり、一同は元人間のピカチュウの事を『アカネ』で統一することに決定した。
まだまだ聞きたいことは沢山あった。カイトが質問した一つはなんとなくだが解決したので、次の質問に進む。ルーファスも、どうぞなんでも言ってくれ、という具合に、カイトとアカネの言葉を待っていた。
「……シャロットの事はどういう事なの?はっきり言って、それも意味わかんないのよね。今のシャロットはロコンと言う種族で、そこから進化することにより寿命を延ばし、『暗黒の未来』でも生存していた……って、解釈はしてみたけど。
……あの子は、一体未来ではどういう?」
アカネが疑問をぶつける。ルーファスは、少し考えるように瞼を閉じると、口のわずかに空いた隙間から小さく息を吐き出す。考えがまとまった頃、彼は目を開けて、アカネの方を見つめた。
ルーファスにガン見され、アカネも少し妙な気分になっている。
「…………俺達の生まれ育った暗黒の未来では、勢力がおよそ二つに分かれていた。
『暗黒の世界』の存続を希望する者、歴史を改変し、『光のある世界』を望む者。真実と理想、まさに真逆の思想を持つポケモン達が争っていたんだ。
争い自体は、実際そんなに大きなものではなかったが……ご存知の通り、俺は『理想』を追いかける側のポケモンだった。暗黒の未来は、ほぼ『闇のディアルガ』による独裁社会。光を求めることとはつまり、歴史を揺るがすという事。それは理性を失ったディアルガにとって、一番の『禁忌』だった。
その為、理想を追う者は容赦なく投獄、処刑、世界からの追放を命じられたのだ。その中で奴らと対立するのが、『星の停止調査団』という、一見すれば学的な組織だった。だが、その組織は暗黒の世界を変えようと働いているもの。俺、シリウス、アカネ、シェリー、へケートもまた、その組織の中のメンバーだったのだ。
『星の停止調査団』というレジスタンスは、元々ある一匹のポケモンによって作り出された組織だった。『星の停止調査団』設立者であり、俺達のリーダー的存在。それこそが、『シャロット・スカイウォーカー』……とあるポケモンと婚姻を結んでいた為、姓は変わっているが、それが彼女の名前だ。
元々、シャロットさん……彼女は時が停止する以前の世界を知っていた。その執念から、『星の停止』について独断で調べ始めた。しかし、一匹では手に負えないと悩んだ末、『星の停止調査団』なる組織を開設し、同じような思想を持つポケモンたちの呼び込みを開始したのが始まりだ。
彼女はその時からすでにキュウコンへと進化を遂げていた。彼女の声は良く通り、ポケモンたちの心を刺激した。そして、何よりも『力』のある彼女に、様々なポケモンが付いていこうとした。シャロットさんとディアルガの闘いは、既に時が動いているのならば『百』を裕に超えた時間に値する。シャロットさんは勿論指名手配をされていたが……だれも、彼女を捕えようとは思うことが出来なかった。
ディアルガさえも、あの方を恐れていたからだ。
長い戦いの末、『星の停止調査団』のとあるメンバー達の命がけの働きにより、『時限の塔』のリセット方法が分かった。しかし、時が完全に停止している今の状態では、それに必要な『時の歯車』も既に朽ちている。そのため、シェリーの力を使って過去へと向かい、歯車を集めることが最終的な計画として落ち着いたのだ」
「…………それで……未来のシャロットは……今、どうしてるの?いや、答えなくてもいいんだけど……さ」
「……作戦が落ち着き、俺達は過去へ向かう準備へと取り掛かった。シェリーは時の回廊を徹底的に調整し、出来る限りリスクを減らすことに努めた。俺やシリウスなどは、その年代の前後を徹底的に調べ上げていた。
準備を終え、作戦が行動に移されるその直前……シャロットさんは、姿を消した」
考えてみれば、とても壮大な話である。しかし、その話を二匹に伝えているルーファスの顔つきは、どこか寂しそうだった。
ルーファスの話によれば、今までにきっとたくさんの仲間がいたのだ。だが、最終的にはかなりの少ないポケモン達となっている。ルーファス自身、そこらもあまり触れてほしくはなさそうだ。
「……姿を、消した」
「……シャロットさんは俺達のタイムスリップや、その後を妨害されない様『闇のディアルガ』の足止めに取り掛かった。
俺達の行動を悟られない様に、できるだけ時間が稼げるように。出来ることなら、重傷を負わせて動きを封じたい、と……そう思っていたのかもしれないな。
…………結果的に、シャロットさんは…………ディアルガの居る『時限の塔』に向かった切り、帰ってこなかったのだ。どうしようもない気持ちではあったが……それを振り切って、とにかく過去へと向かった」
ぽつぽつとルーファスが語る中で、アカネやカイトも、妙に寂しい気分になった。その姿を消したキュウコンは、実際には自分たちが知るあの少女……シャロットなのだから。
ふと、アカネは思う。ルーファスがもしもこの時代のシャロットに出会ったならば、一体どんな反応をするのか。自分の時のように、余裕なくするのか。それとも、涙を流してみるのか。
「…………ハッキリ言って、あいつらからすれば、シャロットさんはとてつもなく邪魔な存在だった。しかし、真っ向から戦って消すのも簡単ではない。
俺達を負う体で、まだ力の弱かった時代の彼女を狙ってくるのは予想範囲内だった。シャロットさんが過去に存在してさえいれば、何度でも奴らの知らぬところで、歴史は繰り返す。彼女自身が予想した事実だった。
……俺は時の歯車を取ることに専念し、シリウスは一方でシャロットさんを探す。できれば俺のサポートもしてほしかったが……アクシデントがあった所為で、そうはならなかった。
『探検隊』というのは、シャロットさんを探す上ではかなり都合の良い職業だった。すぐにはいかなかったが、シリウスはどうやら、シャロットさんを見つけたらしいな。探検隊へとシリウスを誘ってくれたステファニーと言う少女には、少し感謝もしていたんだが…………な」
「…………そういえば、遠征の時にあったよね。不自然な飛び入り参加。シャロットも全く知らされてないみたいだったし、ギルドの方針だと思ってたけど……。
リオンとシャロットが何度か一緒に話してるのを見てるし、今思えば……そういう事だったのかな」
「あいつ、あの時からシャロットの事をさん付けだったわね。自分が遠征に出るとなると、ガードが全くなくなってしまう。だから、シャロットも一緒に連れて行こうと思ったんでしょうね」
「そんなに面倒な事をする以前に、辞退すればよかったんじゃないか?」
「それは出来なかったと思うわ。私たちの遠征先は『霧の湖』だった。リオンはあんたが霧の湖の歯車に着手しているかどうかを確かめたかったんじゃないかしらね。……今考えてみれば……『日照り石』をしっかり持っておくように言ってたのもあいつだった。やたら『推理』っぽいことしてたし」
「リオンにとって、『霧の湖』への到着は必至だったって事かぁ……うぅん。というか、アカネもよく覚えてるよね」
「まぁ、色々あったから」
ルーファスが『なんかあったのか?』と聞きたくなったのはさておき、リオンについてもあやふやではあるが、大体のことは分かった。シャロットのこと、リオンの事。アカネはステファニーの事が知りたい。自分自身の事もあるが、それ以上に他者に裏切られたということが大きかった。
一方、カイトが本当は一番知りたいと思っていたのは、アカネの事だった。『アコーニー・ロードナイト』という人間の女性。目の前のピカチュウが、その人間だった。そして、ルーファスはその人間について知っている。
気が付くと、カイトはいつの間にか、アカネの顔をじっと見つめていた。ルーファスはその様子を見て、居心地の悪そうに頭を爪の先で掻く。ルーファスとカイトの視線に気づくと、アカネはいぶかしげな顔をしてカイトの顔を覗き込んだ。
「………………ちょっと、何よ」
「ん?あ……嗚呼!なんでもないよ」
カイトの母も、元々人間だったポケモンだ。非常に嘘くさいが、全て本当の話なのである。少なくともカイトは、母の存在を疑っていなかった。
カイトの母『サラ』は、この世界にとある『使命』をもって降り立った。人間からポケモンに、というのは、サラ自身が望んだことだったらしい。アカネとはケースが違うが、何やら不思議な出会いだったのである。
「…………あのさ、ルーファス」
「何だ?」
「……いや、いいや。今度話す」
「ちょっと、何よ。話引っ張っちゃってさ」
カイトには、聞いておきたいことがあった。少し、怖いと思うことがあった。それをルーファスに尋ねてみようとしたものの、まだ怖いと思った。知りたくないと思ってしまった。
父と同じ運命を辿るかもしれない。そんな可能性が、怖くて仕方が無かった。