怒りの道‐151
* * *
無事、『黒の森』の奥深くにて、過去へ向かうための協力者であるセレビィの“シェリー”と合流することが出来た。
一行は『時の回廊』という、時間をつなぐための道を目指し、メンバーにシェリーを加えて先のダンジョンへと進んでいく。そのダンジョンには、『森の高台』という名称がついていた。ダンジョンを進んでいった先に、『時の回廊』は存在する。
「急ぐぞ。ヤミラミ達に見つかったら不味い」
張り詰めた表情で、ルーファスは周辺を確認しながらダンジョンを歩き、次の部屋へと移動していく。それを見ていたシェリーは、どこか思いつめた顔で小さくため息をついた。
「……何?どうしたのよ」
「あー。アカネちゃん。……ねぇ、ルーファスさんってほんとせっかちだと思わない?急ぐのは分かるんだけど、もうちょっとゆっくりしてくれた方が……。
私も嬉しいのに……」
「まぁ、そこそこ抜けてるとこはあると思うけど。急いでるのは私達も同じだし、文句言えないわよ」
「もう、そういうのじゃないっていうか……出来るだけ長い時間一緒にいたいしー……あ、やっぱり違う!そういう意味じゃないからね!?」
遠目から見ても分かるほどの慌てぶりだが、アカネはそんなシェリーの様子には気づかず、メンバーが多くなったためか気が緩み、小さなあくびをしていた。シェリーの話をあまり聞いていなかったらしい。横からそんな様子を見ていたカイトは、微かに苦笑いをした。
「……聞いてなかった?」
「なんか言ってた?」
「……ううん、私が勝手に居た堪れないというか……やっぱり気の所為ね。全然違うもの」
「……何?」
「いいの、こっちの話だから。
ねぇ、あそこのヒトカゲ君って、あなたの仲間なのかしら?異性じゃない。何か気になったりしないの?」
「……気になる?相棒……仲間?その辺りの話じゃない?あっちでは同じ部屋で寝泊まりしてるし、そういう気持ちがあるとちょっと不味いんじゃないの?あんたがルーファスに対して思ってる事とは違うと思うけど」
「ちょ、やっぱ聞いてたのね!?というか、同じ部屋って……」
シェリーは同情するような目でカイトを見た。可哀そうに、などと思われていることを知る者は、彼女以外にはいないだろう。じっとりした瞳でシェリーが見つめてくるので、カイトは軽く首を傾げた。
「……ルーファス。一応聞いておくけど、待ち伏せされてる可能性はあるのよね?」
「嗚呼、それも否定はできない。シェリーがまだ自由な状態だったことから、知らない可能性を信じたい。しかし……むしろ、あいつを野放しにしておくことこそ、罠だということも在るかもしれないからな」
待ち伏せされている可能性がある。それを聞いて、カイトの中に多少の緊張が走った。しかし、一方でそれを言い放つルーファスの方は、何やらすっきりした顔をしている。おそらく、キース、そしてヤミラミ達が待ち伏せし、対峙したとしても……このメンバーなら、撃退するのも決して不可能ではない……そう思っているのだろう。
ルーファスにとって、アカネやカイトの戦闘力は評価に値する。そして、シェリーは彼と同等とは言えなくとも、かなりの実力者。シェリーの登場により、ルーファスの発言の一つ一つに対しての信憑性が強く、濃くなっていた。そのため、このメンバーのなかでの歪は殆ど無くなっている。勝てるかもしれない。そういう期待もあったのだ。
――――――一足遅れて、『黒の森』最奥部へと足を踏み入れたリオン、ステファニーの方は、いくら呼んでも一向にシェリーが現れないことに焦りを感じていた。
(シェリーが居ない?しかし、気配はまだ残っているような……。もしかして、ルーファスが先にシェリーを連れ出したのか?だとしたら、まだ手がかりは……)
「シェリー、いないね……」
「いや、まだだ。ここをずっと先へ行ったところに高台がある。そこに行けば、シェリーと……運が良ければ、ルーファス達とも会えるかもしれない」
残っている気配がルーファス達の者だと信じ、リオンは『時の回廊』がある可能性のある『森の高台』を目指すことを提案した。
ステファニーは何も知らない筈だった。当然、リオンの案に従い、彼女はリオンの後をただただ付いていく。二匹には多少きついダンジョンが広がっていたが、リオンはとにかくシェリーと合流したい一心で、敵のポケモンたちと戦っていた。
「かなりペースを上げると思う。大丈夫か?」
「私のことは気にしなくていいから。もっと先行こう」
「……うん」
リオンは、ステファニーの姿を改めて見て気づく。ステファニーの体には汚れや傷が殆ど付いていない。一方、リオンは土や泥が体に張り付き、所々傷を負っていた。ステファニーは決して戦っていないわけではない。しかし、彼女が決して弱くないと言っても、戦闘力で言うならばリオンの方が上。
個人差はあるだろうが、多少不自然には思った。
「……ステフィ。疲れてないかな」
「だから、大丈夫だって言ってるよ〜。あ、階段あった。結構上ったんじゃない?もう少しかなぁ」
「…………そうか」
*
「……これが、ステファニーの幼少期。ちょっと見にくいですけど……可愛いでしょ?」
ローズ家にて。ステファニー・ローズについての聞き込みは、大分終盤へと移っていた。大き目のアルバムを持ち出し、何やら和やかな顔でそれを開いている彼女の養母・ジュリア・ローズはそういってにっこりとほほ笑んだ。
綺麗な笑顔だ。聞くところによると、ステファニー・ローズもまた、笑顔の美しい少女だったらしい。このポケモン譲りなのかもしれないな。
実の娘じゃなくても、家族に成れる。血のつながりなど関係なく、過ごした時間が大切なのだ。そう思うと、何やらとても悲しい気持ちになった。僕がこんな気分になってどうするのか。目の前で柔らかく笑っているジャローダは、もっと悲しいはずなのに。
「ラルクさん。ジュリアさんの話聞いてます?あ、駄目っすよ?一応もう旦那さんいるんすからねー」
メモをとりつつ、レイセニウスさんは僕に対して茶化すように言った。雰囲気がもはや葬式のようだった僕に対して、気を使ったのだろうか。ありがたいが、ちょっとうざい。
「あーもう。そういうんじゃないですよ。
……写真ですか。今もまだ珍しいとされているのに、こんなにたくさん……。ステファニーさん、本当に可愛いですね」
「ええ。凄い発明ですね、写真って。……絵では表しきれないこともあるから。お金がかかっても、納めておきたいものなんです」
「……けど、確かに…………笑っても、泣いてもいませんね」
アルバムの中に入っている写真の一枚の中。やはり昔なので、かなりぼやけてはいるが、その表情はしっかりと確認できる。一言で言えば、その顔つきは『無』だった。
この家に来た頃の写真だろう。何も考えておらず、何も見えていない。感情をゆさぶられるようなことが何もなくて、ただただ無気力に、何も考えず、視線を揺らして何かを見つめる小さなイーブイの赤子。
言い方は悪いかもしれない。しかし、まるで……空っぽの器のようだ。
「ジュリアさん。ステファニーちゃんは、このころホントに表情が無かったんすかね?」
「ちょ、レイセニウスさん!」
「いいんです。今は笑顔の素敵な女の子ですから、それは思い出話ですし。
そうですね……例えるならば、お人形のような子でした。いつも目の焦点が合わなくて、目の奥が暗くて、いったい何を考えているのか分からず……。
家に来てしばらくはずっとそんな調子で、困っていたんですが……。とにかく、たくさん話しかけました。食べ物はとりあえず食べていたので、食べる様子をよく見て、その中で好きなんだろうなってものを見つけて、『今日は○○があるよ』って話しかけてみたり。でも、結局変わらなくて、効果が無いのかもしれないと思っていたんですが……。
寝る前に本を読んであげたんです。そしたら、笑ったんですよ。いきなり。もう、びっくりで。
……何のお話だったかしら。確か…………あれ?でも、そうだ」
「どうしましたか?」
ジュリアさんは、急に何かを思い出したようで、考え事を始めた。一体なんだろう?と思っていると、頭の中の整理がついていない状態で、ジュリアさんはもごもごと口を動かす。僕たちは、彼女の声に耳を傾けた。
「笑ってくれて……嬉しくて……嬉しかったけど……。笑うようなお話では、無かった気がするんですよね」
「……笑うような話じゃない?」
ジュリアさんは地面を移動しながら、周辺にある本棚を『鶴の鞭』で漁り始めた。僕たちは彼女の目的が住むのを待ちながら紅茶を啜り、木の実を一つ口に入れる。酸っぱい。
「嗚呼、あった……これです」
ジュリアさんは本棚から一冊の本を取り出すと、鶴の鞭でそれをそっと机の上へと置いた。どんな本だろう?と、僕たちは身を乗り出し、ほんのタイトルを確認する。
『怒りの道』
「……怒りの道?」
「ええ。もともと、読みたがったのはステファニーじゃなくて別の、もう少し年齢が高い子なんですけれど……。少し、かなり、子供にはショッキングな話と言うか……」
「ちなみに、どんな話か……見せてもらっても?」
ジュリアさんは頭を軽く縦に振る。僕とレイセニウスさんは本を囲むと、そのページをめくり始めた。
“ 『人間』という生き物がこの世界には沢山住んでいました。
『人間』という生き物は欲張りで、食べ物でも、服でも、新しいものを求めることが大好きでした。
沢山の人間の中に、ちょっと変わった人間がいました。ちょっと変わった人間の事を、人間とポケモンのみんなが『ハカセ』と呼びました。『ハカセ』は、たくさんのものを研究して、たくさんのものをゼロから生み出していました。
ハカセは、天才でした。
そんな人間たちとポケモンたちは、この世界を共有していました。だけど、本当は違います。ポケモンたちは、人間たちに支配されているところがいっぱいありました。
人間とポケモンはお話が出来ません。ポケモンは人間の言葉を話せないし、人間はポケモンの言葉を理解しません。
そんな世界で、ハカセはとても珍しいポケモンを見つけました。この世界、全てのポケモンの遺伝子を持ったポケモンです。ハカセはそのポケモンを、『オリジン』と呼びました。ハカセはオリジンと出会い、心を通わせることが出来ました。
オリジンと友達になったハカセは、ふと思いました。オリジンの体にある、たくさんの遺伝子を使えば、『新しいポケモン』を作り出せるかもしれない。
世界のどこにも存在しない、『人間』の手で作られたポケモンです。
ハカセは、オリジンの体の一部を使って、たくさん研究をしました。たくさん調べ物をしました。ハカセは研究が大好きでした。研究をするためのお金をハカセに与えてくれる人間もいました。だから、ハカセはとにかく研究に没頭しました。
やがて、ハカセはオリジンの体から、一匹のポケモンを作ることに成功しました。ガラスの水槽の中に、この世界のどこにも存在しない姿のポケモンが、たくさんの命を支えてくれる機械を付けて浮いていました。
そのポケモンを、ハカセは『セカンド』と呼んでいました。
そのポケモンには自分で考える力があって、そのポケモンには自分で動くための体がありました。
そこでやめておけばよかったのです。
ハカセは、どうせなら『世界一強いポケモン』を作ってしまおうと考えました。
ハカセはまた、たくさん研究しました。沢山研究をして、セカンドの体に『強くなれるもの』を、たくさん与えました。
もっと強く。もっと、もっと強く。
ある日、セカンドはその目を開きました。体中につながれた管。ここはどこだろう、僕は誰だろう?分からないことだらけでした。
だけど、一つ分かることがありました。
セカンドは、とても、とても怒っていました。
何故怒っているのか分からないけど、とにかく怒っていました。
セカンドは怒っているから、たくさんのものを壊しました。その『世界一強い』力で、たくさんのものを壊しました。
セカンドが大暴れしているところを、ハカセはオリジンと共に見ていました。
ハカセは後悔しました。オリジンは何も言いませんでした。
セカンドはたくさんのものを壊して、壊して、とにかく壊しました。
そしてふと、壊れた人間の街の中で目が覚めました。
セカンドは、地面に落ちていた一冊のノートを見て知りました。
自分は、母のお腹、卵から生まれたポケモンではないのだと。
セカンドはまた、人間に怒りました。人間に怒って、またたくさんのものを壊しました。
セカンドは、人間が大嫌いになりました。人間の見方をするポケモンも大嫌いになりました。人間なんて見たくも無いから、誰もいない場所へと飛んでいきました。
そこには、人間は居ませんでした。けれど、自然で生きているポケモンがたくさんいました。
セカンドは、その時自分の持っている力を憎みました。
けれど、ポケモンたちはセカンドの出生も、力も、気にしませんでした。
セカンドの心は怒りに染まり切っていました。けれど、人間がいないよりはましだから、ポケモンたちと少しずつ触れながら、生活し始めました。
すると、どうでしょう。セカンドの怒りで満ちた心は、どんどんと静まっていくのを感じていました。一年、二年、十年と時間を重ねていき、セカンドの心は、やがて怒りを隠すようになりました。
セカンドは、それでもやっぱり、『人間』が嫌いでした。
人間は、どうしても許すことが出来ませんでした。
だから、ポケモンたちの為に生きて行こうと思いました。
皆普通のポケモンで、セカンドだけが違うけど、そんなセカンドに、ポケモンたちはたくさんの優しさを与えてくれました。
優しさなんて分からなかったけど、セカンドは思いました。ポケモンたちの為に生きよう、と。
そう思った時、セカンドは思い出しました。
たくさん、人間の世界を壊したことを。たくさんのものを壊して、たくさんの命を奪ってしまった事を。
何故でしょうか。その時、初めてセカンドは、たくさんのものを壊したことを後悔しました。
後悔して、初めて涙を流しました。
たくさん、たくさん、泣きました。 ”
「……すごく、暗い話ですね」
思っていたよりショッキングだった。大人が読んでもこの衝撃。子供にとっては衝撃的と言うよりかは、トラウマになる可能性もある。
しかし、どうしてだろう。
何故、ステファニーさんは……この話を聞いて、笑ったんだろう。
「ステファニーはまだ小さかったし、話の意味が分からないだろうから、たぶん吃驚した顔をした兄弟の顔を見て笑ったんじゃないかとも思ったんですけど……。
何はともあれ、笑ってくれたのは嬉しかったから、たくさんの本を買ってきました。……」
「うーん……読み聞かせるには多少……いや、かなりきついっすね。ドキツイっす」
本の中には何枚かの挿絵があった。人間の姿が描かれていたり、『オリジン』であろう不思議なポケモンが、のびのびと空を舞っている挿絵。そして、『セカンド』らしきポケモンが、蹲りながら目を伏せている姿。
「……きっと、兄弟が怖がってるのをみて、面白くて笑ったんじゃないですかね」
「そうでしょうか。それならいいんです。私も、ずっとそう思ってきましたから」
と言いつつも、僕達全員、どこか腑に落ちない顔をしていた。
情報は少しは集まったと思う。話を終えると、ジュリアさんに丁重に礼を延べ、僕たちは『ローズ家』を後にした。