協力者、“シェリー”‐150
* * *
アカネ、カイトは、ルーファスが時間を移動する時、手を借りた協力者・セレビィことシェリーを探すため、彼女の住処である『黒の森』というダンジョンを探索していた。
一方、彼らと別行動をしているリオン、ステファニーもまた、リオンが先導しながら同じ目的で『黒の森』を探索しているところだった。
「へぇ。じゃあ、そのシェリーっていう子が、リオンとルーファスを私たちの世界に飛ばしたっていう事?」
「そういう事になるかな。セレビィという種族は、生まれた時から時間を移動する能力を持っている。普通はな、俺やルーファスみたいな……特徴と言える特徴があまりないポケモンは、時を渡るなんてこと自体がかなり困難を極めるんだけどさ。セレビィはそういう能力が携わってるから、時間の波の影響を受けにくいんだ。だから、シェリーがしっかりと管理している『出入り口』なら、リスクがかなり低くなる。キースだって多分同じだ。ディアルガの力によって守られている」
「…………そう」
ステファニーは、軽い返事を返した。リオンは微かに首をかしげる。いつもなら食いついてきそうなのに。やけに淡白である。
しかし、まぁ。今の状況を考えてみれば、そこに飛びつくような余裕が彼女にはあまりないのかもしれない。先ほどまでのやたら余裕そうな彼女を思い浮かべて違和感を覚えつつも、リオンはそんな見解を頭のなかに押し込んだ。
「大丈夫か?大分、気が滅入ってたりしないかな」
「ううん、私は大丈夫だよ」
そういって、ステファニーはにっこりと微笑んだ。その時、いつか感じたことがある気味の悪い感覚が、リオンの肌をぞわりと駆け抜けた。違和感がある。しかし、それが何なのかいまいちわからない。ステファニーは作り笑いでもしているのだろうか?それだけなら、良いのだが……。リオンは考えるが、その程度の事しか思い浮かばない。
「……リオン、どしたの?」
「あ……嗚呼。わ、悪い。そうだ、ルーファス達ももしかしたらこのダンジョンに居るかもしれない。だから、もしそれっぽいポケモンたちを見つけたら追うぞ。このダンジョンに、ジュプトルやヒトカゲ、ピカチュウは生息していないだろうから」
「…………うん。わかった」
ステファニーは柔らかくほほ笑みながら、小さく返事を返した。
「……………」
アカネ、カイト、ルーファスは、『黒の森』の中を順調に進んでいた。初めて、三匹で『協力する』という形でダンジョンを進んでいく。やはり、ルーファスは強い。アカネやカイトが相手すると少々てこずるであろう相手も、素早さや攻撃力に非常に長けている彼ならばさっくりと倒してしまう。仲間側になってみて、やはりルーファスは頼りになる。頼りにしたくなくても、いつのまにか頼りにしてしまう。アカネはそれでもよかったが、カイトにとっては少し複雑な物だった。
「……おい、罠がある。気を付けろ」
「あ、ごめん……」
カイトは『毒針スイッチ』の上に足を乗せかけていた。ルーファスが手を出してそれを制止する。カイトは『よかった』と思う反面、やはり複雑である。どうしてだろう。なぜ、ルーファスがあんなにいい奴に見えるんだろうか。カイト自身が今、危機的状況に陥って混乱しているだけか、それとも……。
「…………そろそろ着くころだな…………嗚呼、ここだ」
ルーファスが足を止める。彼に導かれる形でここに到着したアカネとカイトは、今自分たちが立っている場所をゆっくりと見渡した。森が殆どここで途切れている。相変わらず黒い霧が漂い、辺りは灰色に染まっているが、ここに本当に『セレビィ』という幻のポケモンが存在するのだろうか?二匹は至極不安に思った。
「……ここに、シェリーっていう子がいるのかい?」
「そうだ。前に出会ったのはここだった。『闇のディアルガ』にこの場所を知られていれば、とっくに逃げているだろうが……。まだ知られていないのならば、シェリーはここに居るに違いない。
シェリー!おい、居るのか!?俺だ、ルーファスだ!居るのなら姿を現してくれ!」
ルーファスは周辺に向かってシェリーの名前を呼ぶが、セレビィらしき姿は現れない。ルーファスがシェリーの名を呼んだあとは、シンと静まり返っていた。カイトはなんとなく居心地が悪くなり、目を細めて首を傾げた。
「……出てこないね。やっぱり、『闇のディアルガ』に追われて逃げたのかな。それとも……捕まった、とか……」
カイトが愚痴を言うようにつぶやく。その時だった。
「……捕まるですって!?」
突如、アカネ、カイト、ルーファス、どのポケモンでもない。少し幼げで高い女性の声が響いた。アカネはその声に苦笑いをしながら、ルーファスに向かって『なんか言ってるわよ』と、からかうように声をかける。
「……シェリーか?」
「捕まるね……私が?ふふ、冗談じゃないわ。本当に失礼ね……私が捕まるなんて、絶対にあり得ないんだから!」
見えない何者かは、暴走気味になっている独り言を言い終わると、やっと姿を現した。
空中に光の胞子のような物が発生し始める。その光が段々と一つに集まり、その集合体である光の中から一匹のポケモンが姿を見せる。
桃色の体。妖精のような羽に、ペリドットの宝石のような瞳。目の周りは黒い模様で縁取られており、ささやかな触覚が二本、頭から突き出ていた。ルックスは可愛らしく、声の通り『女性』のようである。
「…………お久しぶりです。ルーファスさん」
「嗚呼、久しぶりだな。シェリー」
「しぇ、シェリーさん?これが?こ、こんにちは?」
「…………どうも」
カイトは、少し拍子抜けした顔つきでシェリーの方を見つめた。見た目は大体想像がついていたから良いのだが、相手は『時渡りポケモン』である。もう少し、もう少し威厳のある態度で接してくるかと思っていたのだ。そして、彼女の体色である。シェリーの体色は桃色なのに対し、セレビィという種族のポケモンの本来の体色は『黄緑』なのだ。この世界が及ぼした影響?それとも、稀に生まれてくる体色が違うポケモンの一匹だろうか?
「……ちょっとー!君ねぇ……私、君にコレ呼ばわりされる筋合い無いんだけど?」
「嗚呼、ごめん……ただ、体の色に驚いちゃって。少し思ってたのと違うから」
「え?……そうなの?」
カイトが体色の違いを口に出すと、アカネは彼の発言に対して首を傾げる。知識の量で言うなら彼女も相当なはずだ。実際、アカネはセレビィと言う種族を知っていた。それなのに、カイトですら知っている体色を知らない?
「あれ?アカネ、知らないの?」
「わ、悪かったわね……」
「…………アカネ?」
シェリーはふと、カイトから聞いた彼女の名前を咄嗟に口に出した。名前として認識しているわけではなく、どうやら単語として認識しているようだ。暫く考えるようなそぶりを見せる。
「……アカネ……。君、アカネっていうの?」
「……まぁ、そうだけど」
「……ふぅん。いや、お花の名前ね。素敵よ。
てか。そこのヒトカゲ君さ!見た目で判断するのは良くないと思うわよ。……でも、まぁ、許してあげる。
だって、それって!私が思いのほか可愛くて特別って事でしょ?フフフ!」
恐るべきポジティブである。彼女のポジティブ発言の所為で色違いがどうのこうのの流れは軽く吹き飛んだ。まぁ、確かにルックスもビジュアルも可愛らしい。カイトは触らぬ神に祟りなし、と思いながら、苦笑いでその発言を受け入れた。
「……そろそろいいか?シェリー、また力を貸してほしいんだが」
ルーファスはなかなか切り出せなかった本題を、ようやく口に出した。シェリーは暴走をいったん中止すると、ルーファスの方へと向き直る。ルーファスを見る瞳がやたらキラキラしている。何故だ?アカネは首を軽く傾げた。
「分かっています。こうやってルーファスさんがまたやって来たってことは……過去の世界で失敗したから戻ってきてしまったんですよね?」
「……うん。悪い。まぁ、そういうことかな……」
ルーファスは歯切れが悪い感じで返事をした。どうやら、ルーファスはシェリーに対して少し弱いらしい。シェリーに対して一回も強気で対応していなかった。
「もう、しっかりしてくださいね。私、もういやですから。こんな世界で生きていくのは、もう」
「悪い……あまり喋っている時間が無いんだ。ヤミラミ達に追われている。早くいかなければ、ここにも迷惑をかけてしまうことになる」
「うふふ!大丈夫ですよ、心配しないで。私、ヤミラミが来たってどうってことないですから。
それに……もし、星の停止を食い止めることが出来て、この暗黒の世界が変わるのならば……私も命を懸けて、ルーファスさんに協力します」
なかなか肝が据わっているようである。というか、カイトに対しての対応とルーファスに対しての対応も随分と違う。ルーファスに対しては、なんだか……媚びている?ような視線が、度々注がれているようだ。カイトは軽く口角を上げた。そういうことか、と。
「……すまんな。
それで、時の回廊は?」
「はい。場所がばれていないので、以前と同じ場所……この森を超えた、高台の上に時の回廊があります」
「そうか。分かった」
「……えっと、今回はこの三匹でいいんですか?時の回廊を渡るのは」
「悪い。無茶を言うようで申し訳ないのだが……シリウスとはぐれてしまった。あいつも無事ならば、ここを目指している筈だ。どうにかなるか?」
「難しいですね。途中で合流できれば、一緒に回廊へと行けるんですけど……。もしも三匹が過去へ戻った後、シリウスさんが来たら私が送ります」
「すまない。頼んだぞ。
それから……あいつの種族は『リオル』だ」
「リオル?でも、シリウスさんは…………。
………わかりました」
シリウス、というのはもしかしなくても、リオンの事である。なんとなくアカネとカイトはそれを察していた。仲が良かったと思っていたけど、何も知らなかった。相棒のステファニーでさえ、知っていたかどうかは不明だ。
リオンは、キースが現れた時、一体どんな気持ちだったのか。アカネはふと考えてみるが、その時の自分の心境が呑気すぎて、どうもうまく感情を入れられない。しかし、今は……目の前にキースが現れたら。ただただ憎しみの念を持って鋭く睨みつけている事だろう。
「……時の回廊、ってのは?」
「嗚呼……時の回廊は、セレビィが時渡りするときに使われる回廊で、時空を超えることが出来る秘密の通路だ」
「小さな時渡りだったら、私だけでも行けるんだけど、時代を大きく超えるような時渡りはね……。『時の回廊』を使わないと行けないの。
時の回廊事態は私が管理、操作してるし、私にその気が無ければ時の回廊は道にはならない。ラッキーね、あなた達」
「僕たちも、帰れるって事?」
四匹は『時の回廊』のある場所に向かって、足を進め始めていた。『時の回廊』までは、まだ少し遠い。しかし、シェリーは思いのほか戦闘能力が高く、効率の良い形で進むことが出来ていた。
「嗚呼、お前達も過去へ戻ることが出来る」
「あっ!見えてきました!」
シェリーは、一行が足の先を向ける場方向を指さした。森を抜け、ごつごつとした岩がむき出しになっているところが多い。黒く変色した苔や草木。ここも何も変わらない。
シェリーと言うポケモンの登場で、更にルーファスの主張が濃くなった。シェリーにとって、ルーファスがやってくることは予想外だったはず。それなのに、シェリーの主張はルーファスと同じ。『星の停止を食い止める』というものだった。
まだ信じ切ることが出来ないカイトだったが、それでも少しずつ、時に大きく心境をゆだねながらも、だんだんと自らの信じるべきものが見えてきていた。
「…………ルーファスとシェリー、仲良さそうだよね」
「なんで、あんなに笑えるのかしら」
無邪気な笑顔をルーファスに向けるシェリーを見て、アカネは呟いた。
なぜ、そこまで…………この暗闇に包まれた世界で、自分の意思にひたむきになれるのか。