黒の森へ‐149
* * *
アカネとカイトは、ルーファスによってとある場所へと導かれていた。
先ほどとどまっていた場所を更に先へと進むと、ルーファスの思っていた通り、その先は巨大な『森林』だった。
その中に鮮やかな緑色などは殆ど存在せず、やはり灰色に濁った世界が広がっていた。どこまで行っても美しく彩られた草も木も花も存在しない。ルーファスは『星の停止』を食い止めるために、と言っていた。こんな世界で生まれ育ったのなら、なんとなくそれが理解できるような、できないような。
森のすぐ傍に、ガルーラ像が佇んでいた。ガルーラ像のある直ぐ向こう側が森の中へと通じるダンジョンになっているようである。
アカネはカイトとルーファスの後ろを歩いていたが、ガルーラ像の近くに寄るか寄らないかの所でふと足をとめた。
今までにことあるごとに感じてきた妙な違和感が、今回もアカネの頭の中にモヤを掛ける。
(…………なにこれ。変な感じ。確か、前にも…………)
アカネが少し立ち止まって考えている間に、ガルーラ像の前でルーファスは荷物の整理を始めた。何やら黒い霧のような物がかかり、灰色に染まった森を、カイトは目をくるくると動かしながら見渡す。何て静かなんだろう。風の音も、枝と枝が擦れる音も聞こえない。寂しい場所だ。
「ルーファス。ここはどこ?」
「……嗚呼。ここは、『黒の森』と呼ばれている場所だ。絶えず黒い霧がかかっていることから、そう呼ばれるようになった。この森の奥深くに、シェリーという名前を持つセレビィが居る筈だ」
「セレビィ……。確か、時渡りポケモン……とか言われてたわね」
「嗚呼。セレビィは時間を移動する力を持つ。まぁ、ちょっと変わった奴ではあるが……俺達が過去に行くことが出来たのも、そのセレビィ……シェリーの力を借りたからだ」
「じゃあ、そのセレビィに会う事が出来れば、僕たちは元の世界に帰ることが出来るかもしれない、と?」
「嗚呼、帰れる。ただし……シェリーは、俺達を過去に送ったポケモン。そして本人もまた、歴史の改変に対して非常に肯定的な思考の持ち主だ。つまり、シェリーもまた、『闇のディアルガ』によって、命を狙われている。
はっきり言って、無事かどうか確信が無いのだ。俺達がずっと過去に居た間、あいつはこの危険な世界に留まっていた。何かあったとしてもおかしくはない……。
とにかく、早急にシェリーを探し出し、合流しなければならない。お前達の知っているリオルもおそらく、無事ならばシェリーの元へと向かっている筈だ」
カイトは、リオンの話を持ち出されて少し気になったことがあった。ルーファスは少し焦っているようだったが、聞く機会があるかどうかは分からない。忘れぬうちに聞いておこうと思い、ルーファスに尋ねた。
「ルーファス。リオンの事なんだけど……リオンも、ルーファスと一緒に過去へ行ったポケモンなんだよね。君の話を信じるなら。
じゃあ、リオンっていう僕たちの知ってる名前は……やっぱり偽名なの?」
「まぁ、そうなるな。本名を名乗っていたら、キースに見つかる確率が高くなる。リオンと言うのは偽名だ。『リオル』という種族名から咄嗟に出たらしいな」
ルーファスにリオンの事を告げられ、なんとなくカイトは寂しいような気分になった。しかし、リオンの本当の名を聞こうと言う気にはなれなかった。もしも本名を聞いてしまったら、次に再会したときに少し戸惑ってしまいそうだからである。
「……キースは、リオンに気付いてたのかしらね」
「……気づいては居なかっただろう。最初の内は、な」
ルーファスは妙に意味深な言葉を返すと、二匹を連れて黒の森へと足を踏み入れる。
「……ルーファス。ちょっと待って」
「何だ?」
『黒の森』へと入るや否や、突如カイトがルーファスを呼び止めた。その声を聞き、アカネもまた、足を止める。
カイトの表情。また、少し迷っているようだった。踏ん切りがつかない。その気持ちは仕方が無かった。先ほどまでカイトはルーファスと普通に会話をしていたが、やはりその会話の外側では、抑えきれない気持ちがあったのだろう。
「……もし、僕達とルーファスが元の世界に戻ることが出来たら……。
やっぱり、ルーファスは前のように、『時の歯車』を盗むことになるの?」
「……嗚呼。そうだ。そうしなければ、『星の停止』を食い止めることは出来ない」
「…………ぼ、ぼくは……!
僕は、まだルーファスの事を完全に信用してるわけじゃないから。元の世界に帰る最善策がルーファスと協力することだから、一緒に行動してるだけで……。もうキースさんと比較はしないけど、僕たちがまた元の世界へと帰った時に、『時の歯車』を盗むことが星の停止とは関係なかったり、ルーファスが間違っているようなら……。
僕はまた、君を止めるよ」
「……フン。好きにしろ。
ただし、今大切なのは、お互い無事に過去へと向かうことが出来るかどうか。それならば今は、そのことだけに集中しろ。行くぞ」
ルーファスはそういうと、さっさと二匹の前を歩き、『黒の森』へと入っていく。カイトは不安気な顔をしつつも、ルーファスの後を追った。
疑問を抱くことは悪い事ではない。今まで、誰もキースに疑念を持たなかった。もしくは、持っていても言い出さなかった。このことが、『失敗』につながる物だと思っていた。だから、カイトがルーファスに疑問を抱くのは、どちらかと言えば良い傾向だと言えた。疑心暗鬼になるあまりに挙動不審になられたりするよりかは、まだマシである。
(…………妙な感じ。以前にも似たような感覚を……。霧の湖の時か。この場所を知っている……この場所にある何かを知っている……。
よく分かんないけど、考えたところでどうしようも無いかもしれないわね)
「おい!どうした。早くいくぞ!」
「早く行こう、アカネ。ルーファスせっかちみたいだから置いてかれる」
「悪口言う暇があるなら来い!」
なんだかんだでカイトとルーファスがいがみ合っている中、アカネは二匹の後を追いながら周辺を見渡した。黒い霧。灰色の世界。こんなものは、アカネの記憶の中にある世界とはかけ離れていた。
知っている筈がないのに。なんとなくこの光景を見たことがあるような。ずっと前に、この地面を踏みしめていたような。そんな気がしてならない。
気のせいだ。そんなことは分かっている。しかし、何かが彼女を引き留めて、この景色から目をそらすことを許さなかった。
知っているわけがない。きっと気のせいだろう。
アカネがそう割り切って、二匹の後を駆け足気味に追おうとしたその時だった。
―――――――――本当に、そうだと思うのですか。
「…………?」
どこからかそよ風のように、何かが聞こえたような気がしたが、きっと空耳である。
気が付いた時には、その声はどこにも残っていなかった。
アカネは、少し離れ気味になっていたルーファスの背中を追う。その背後から、何者かが目を光らせていることには気づかなかった。
「…………ウィィッ!」
一匹のヤミラミがギラリと鋭い爪に光の線を走らせる。三匹を監視していたヤミラミは、小さく笑うと、三匹の足跡を追いかけた。