ステファニー・ローズ‐148
――――ローズ家にて。
警察署からここまで、一体何時間で到達したかは分からないが、とにかく僕は迷子になることなく『東の森』入口付近に建っている巨大な家の前に立ち尽くしていた。
「うわー。でっけぇな」
「まぁ、そこそこお金持ちとは聞いてましたから……」
レイセニウスさんは結局ついてきてしまっていた。とりあえず、今のところ邪魔はしていない。ドアの前には呼び出し用のベルがぶら下がっていた。ここから鳴らした音が家の中まで響くように細工してある。下手をすれば、うちの警察署よりもしっかりして良そうだ。緊張しては居たが、とりあえず一度ちりんちりん。と、家の前のベルを鳴らしてみる。直ぐには来ないだろうから、しばらく待つことにした。待ち時間に、家の周りを少しだけ見て回る。
すると、家の隣にある茂みが微かに動いた。
「…………あれ。おっさんたち何してんの?強盗?」
茂みの中から、一匹のポケモンが顔をのぞかせた。この家の……ローズ家の子供だろうか。見たことの無い種族のポケモンだ。僕はそのポケモンの名前が直ぐには出てこず、しばらく頭を悩ませる。
「嗚呼、ごめんなさい。驚かせちゃって。僕たちは警察です。君はこの家の……?」
「警察!?じゃあ、姉ちゃんのことで!?」
「姉ちゃん?……あ。今、ご両親はご在宅ですか?」
「ごめん。ステファニーの事。一応いる筈なんだけど……お父さんは、ステファニーの事で連絡受けてからちょっと寝込んじゃってて。お母さん居る筈だけど……」
おそらくだが、この子はローズ家の子供なのだろう、と思う。種族名はよくわからないが、そのポケモンは茂みからゆっくりと出てくると、家の前へと移動してドアを開いた。鍵は開いているらしい。その子は何歩か玄関へ入ると、『お母さーん。警察来てるよ〜!』と、家の中へ向かって叫んだ。
そうしてしばらく待っていると、家の中からもう一匹、別のポケモンが顔を出す。こちらも見た事のない種族だ。体の形は蛇のように模られており、それでいて非常に高貴な雰囲気があふれんばかりに漂ってくる。主な色は白と緑色。そして、目はルビーのように赤く、透き通っている。綺麗なポケモンだ。
「お母さん。この二匹だよ」
「……あら……。えっと、失礼なんですけれど、本当に警察の方?」
「あ、はい!警察です!」
僕はバッグの中を漁り、警察バッジを『母』と呼ばれたポケモンに見せつけた。彼女は納得したように軽くうなずくと、先ほどまで僕たちを誘導してくれていた、息子と思われるポケモンを家の中へと入れる。
「シモン。入ってなさい。あ、二階の机の上にクッキーあるから、みんなに言っておいてね」
「はーい」
彼はシモン、という名前のようだ。母親はシモンを家の中に入れると、自分は家の外へと出て、扉の前に佇んでいた。
「申し訳ありませんでした。呼び鈴、鳴らしてくださったのかもしれないけど気づかなくて……。
旦那が、ステファニーが帰って来たんじゃないかって鳴る度に期待してしまうものですから、しばらく中まで響かないようにしていたんです」
「そうだったんですか。あの、貴方もそうなんですけれども、シモン君の種族はあまり見かけた事なくて……種族名を教えていただけますか?」
家に行けばいいだけの話だった為、僕はステファニーの母親、父親、兄弟の種族名や名前をちゃんと見ていなかった。こんなことになるなら見ておけばよかったな、と少し後悔していたが、あのクソ上司に警察署から追い出されてしまったため、そんな暇が無かったのも事実だ。
「シモンの種族はフタチマルというポケモンです。私の種族名はジャローダ。どちらにしても、この大陸にはあまり存在しないポケモンですから。
申し遅れました。私はステファニーの母、ジュリアと申します」
「ジュリアさんですね。僕はポッタイシのラルク。そして、こっちが…………。
僕、君の事なんて言えばいいんですか?」
「ラルクさんの助手っす。フローゼルのレイセニウスって言います。それにしても、大きな家っすね。どこかのご令嬢ですか?ジュリアさんもすごい綺麗で、どことなく品があるし……」
早速レイセニウスさんが情報を引き出しにかかった。今回の事件とは全く関係があるとは思えないが、交流をしておくのは良いだろう、と思い、ジュリアさんの話に耳を傾ける。
「令嬢……まぁ、そうなるのかもしれませんね。私の場合は……。
あ、それよりも……ステファニーは大丈夫なんですか!?」
「すいません。それはまだ何とも……。
実は、今回の事件で未来への扉を通った予定外の者達は、ステファニーさん以外に三匹居たのですが、そのうちの二匹の素性がどうしてもつかめないんです。ステファニーさんとリオンさんはとても親しかったようなので、何か手がかりはないかと思いまして。
あと、よろしければなのですが、ステファニーさんを養女にするまでの過程も、少し話していただきたいのですが、協力してもらえますか?」
「……はい。分かりました。
家の中へどうぞ。少しだけ散らかってるかもしれませんけど……」
ジュリアさんによって、僕とレイセニウスさんは家の中へと招き入れられた。家の中を見てみると、豪華……とは言えないが、広々としていて生活感があって、なんとなく住み心地のよさそうな雰囲気だった。足元にはふわふわとしたブラウンのカーペット。綿を踏んでいるようだ。
木でできた椅子に僕たち二匹は腰を掛けると、ジュリアさんは少し緊張した様子で、カットした木の実を机の上へと出した。もう一度部屋を見渡してみると、階段と思わしき場所の壁の影から何匹ものポケモンが顔を出してこちらを見ている。珍しいものを見るかのような、好奇心にあふれた顔つきである。十代後半とみられるポケモンも居れば、まだ多少幼い者もいる。可愛らしい。
「それではさっそく……あらら。ハティ、みんなを二階に連れてって」
「……私?おっけー!さ、皆。二階いこっか」
「えー」 「やだー」
「いいからいいから。二階に行ってお父さんを襲撃だ!皆急げー!」
階段からのぞき込んでいたポケモンの一匹、ハティと呼ばれたモココは、なかなか二階へあがろうとしない子供達の心を幼い言葉で操りながら誘導し、二階へと上がっていった。ハティは見た限り、二十代に達するか達さないか、というくらいの年齢に見える。非常にしっかりしているようだ。
やはり、この家に居るポケモンたちの種族はそれぞれバラバラだった。目の前に居る女性はジャローダ。そして、その息子は先ほどのフタチマル。娘はモココ。聞いていた通り、やはり夫婦二匹の種族が離れていることから、卵が出来にくいのだろう。皆養子のようだった。
「すいません。まだまだ好奇心が強いものですから。
えっと……まず、何からお話ししましょうか」
「では……ステファニーさんの幼少期について、お話聞かせてもらってもいいでしょうか」
僕はメモ帳を手に取るが、隣に座ったレイセニウスさんはとっくにメモ帳を手に取って何かを書いていた。ここに来るまでの途中で、実際は一つも記事を扱ったことは無く、今回が初めてだと言っていたが、それにしてはこなれているな。少し以外である。字もなかなか丁寧……いや、そこそこ汚い。
「……ステファニーは、元々捨て子でした。
本当に幼い……大体、二歳にもなっていないであろう赤子。森の中でボロボロの状態になって放置されているのを、森を探索中の探検隊に発見、保護されたんです。実親とはぐれたのか、捨てられたのか……。探険隊や保護施設は、あの子の状態から後者だと判断しました。
ステファニーを引き取ることになって、彼女に会いに行った時、はっきり言って驚きました。あんなに幼いのに、泣きも笑いもしていないから。口角はいつも下を向いていて、目の奥が真っ暗で。いったいどんな酷い目に遭ったんだろう、とか。そういう事を沢山考えました。
悩んでいても仕方がない。私と旦那は、ステファニーを施設から引き取り、実の子供のように一緒に生活してきました。他に子供はこの家にたくさんいたから……。最初の内はだんまりで、じっとりとした雨が降っているように憂鬱な雰囲気だったけど、数か月もすれば、だんだんと他の子とコミュニケーションを取れるようになってきました。
本を読んであげた時に、初めて笑ったんです。もう、私嬉しくて、たくさん家に本を買い込みました。難しい本から絵本みたいな、子供らしいものまで、棚に詰め込んで…………」
ジュリアさんの表情は、どんどんと泣きそうな顔つきに変わっていく。ルビー色の瞳がウルウルとした膜を張り、今にも瞳から零れ落ちそうだった。ステファニーさんの事を、どれだけ大切に育ててきたのか。養子なんて関係なく、とても大切にしてきたのだということは、なんとなく僕でもわかる。
「…………血はつながってなかったけど、私や旦那は実の娘だと思っていたし、子供たちも本当の兄弟みたいに仲が良かった。『良い子育てをした』……なんて、ちょっと自己評価が高すぎるかもしれないけど、ステファニーは賢くて好奇心旺盛で、家族思いの優しい子に育っていきました。
…………今、あの子は十九歳です。十九になる前だったかな。あの子が『リオン君』を連れてきたのは」
「やはり、リオンさんと面識が?」
「ええ。どういう経緯で出会ったのかは、ちょっとよくわからないんですけれど……。ステファニーがいきなり家に連れてきたんです。最初は警戒しましたけど、話すととってもしっかりしているし、あまり外に友達がいないステファニーが、かなり心を開いているみたいでしたから。数日家に泊めたりもしました。
そしたらあの子、ある日いきなり……探検隊をリオン君と組みたいって言いだしたんです。ステファニーが探検家に憧れていたのは知っていました。雑誌や本で見かける『探検隊の雄姿』を見るたびに目を輝かせていましたし。決定打は、自分の命を救ってくれたのが探険隊だった、というところだったみたいで。ずっと、探検隊になるというのが夢。言われた時は、流石に戸惑いましたけどね。
十九歳。生き方を決めるには早いというポケモンもいますが、決断をして行動に移す力を持っているなら、もう十分だと思いました。
旦那は娘馬鹿だから、ちょっと不貞腐れてしまってたけど、それでもあの子の夢を応援していた。リオン君とは、そういう事があって探険隊をやっていたんです」
「……ということは、やはりジュリアさんも……リオンという男がいったい何者なのか、詳しくは知らないんですか?」
「はい。ただ、装いを見る限り旅をしているようでした。本人もそう言っていましたし。あ、でも……。
ステファニーが連れてきたときの彼の様子が、なんかボロボロだなーってイメージだったのを覚えています。ボロボロと言うか、所々汚れていて、擦り傷もたくさん作ってて……みたいな」
「……そうですか……」
結局、リオンと言うポケモンの素性はよくわからない。彼は一体何者なのだろうか。ただ、あの事件が起こるまでは『ふつう』の探検家として、普通に生活していた筈だ。怪しい行動を起こしたこともほとんどなかったらしい。
本当に、彼は何者だったのだろうか。
「……ステファニーは……帰ってこないんですか」
「…………何とも言えません」
酷な質問だった。相手にしても、僕にしても。ジュリアさんは俯いてしまい、今にも泣きそうだった。かえって来れるなら、帰ってきてほしい。
そして、涙に蓋をしてあげてほしい。
ただ、そう思う事しかできなかった。
* * *
一方、未来の世界では、ヤミラミたちが一斉に逃亡者、アカネ、カイト、ルーファス、リオン、ステファニーを追跡している中、ヤミラミたちのリーダーであるキースは、辛うじて形を保った巨大な建造物の上で、かつて『神』と呼ばれたポケモンの唸り声に耳を傾けていた。
「……ディアルガ様。申し訳ありませんでした。しかし、奴らの行き先は大体見当がついております」
「…………グルルルルルルル」
暗闇に包まれ、理性を失った獣のような神は、ただただ自らの本能に流され続ける愚かな生物へと変貌していた。全ては、歴史を守る為。ポケモンたちの命など関係が無い。ただただ、抗えぬ波に呑まれ、暗黒の深海をさまよい続ける。
キースは従順な部下のように見せながらも、内心はディアルガの事を嘆いていた。彼がディアルガに従い続けるのは、彼がディアルガの事を慕っているから……という訳では無い、とは言わないが、別の意図が混じっていることも否めない。
「奴らを捕える手筈もすでに整い済み。そして時が来たら……ディアルガ様のお力も必要になるかと」
「グルルルル………………」
少し高めの唸り声。ディアルガは、キースの作戦に賛同したらしい。キースは彼の返事を聞いて、微かに笑った。
――――ディアルガ様さえいれば、流石のルーファスも手が出せまい。
あとは―――――――『モグラ女』がどう動くか……だ。