星の停止の真実‐147
――――あの方は、一体何を考えているんだろうか。
僕の上司、ドナート・ウィルシャン警部補は、警察署の資料倉庫の床に寝転び、まるで漫画でも読むかのように蹲って資料を読み漁っていた。僕は警部補の方を冷めた心境でチラチラと確認しながら、いつも通り倉庫の整理をしていた。死ぬほどたくさんの資料がある。さすがに今度処理できるものはしなければ、倉庫が詰まってしまう。
「警部補。退いてください、邪魔です」
「…………ンァァもう!!!」
警部補はいきなり寝返りを打った。嗚呼、危ない。僕が押しつぶされるところだった。というか、やたらでかくて邪魔だから退いてほしいだけなのに。
ここ数日、警部補はやたら何かに没頭しているようだった。無理はない。キースさんが未来へ帰ったあの日から、このトレジャータウンのポケモンが四匹も消えた。アカネというピカチュウ、カイトというヒトカゲ、ステファニーというイーブイ、リオンと言うリオル。
そして、よく捜査協力をしていたシャロットと言うフリーの探検家も、何者かによって『時空ホール』という時を超えるトンネルに連れ込まれそうになったのである。
僕はあの時の広場の様子を直に見ていたが、アカネ、カイトはキースさんの両手でつかみあげられ、一緒に引きずり込まれたようだ。リオンはキースさんの部下、ヤミラミによって時空ホールへ突き落される。しかし、リオンの行動も不可解だった。何の前触れも無くルーファスを囲んだヤミラミ二匹を攻撃し始めたのである。そして、ステファニー。彼女は連れ去られたというよりかは、時空ホールへ落ちてしまったリオンを追って自ら飛び込んだように見えた。咄嗟の行動だったのではないか……としか、言いようがない。
「警部補。どいてくださ……」
「身元確認」
「はい?」
「カイトの身元確認はできてる。俺、あいつと知り合いだから。今大陸の両親から連絡待ち。
アカネちゃんとリオン君とステファニーちゃん。ステファニーちゃんの実家の住所は特定済なんだわ。でも、アカネちゃんとリオン君はどこを探っても何も出てこない」
「嗚呼……アカネさんはどうやら、カイトさんに連れられていきなりギルドへやってきたらしいんです。リオンさんとステファニーさんは、もともとギルドから少し離れた……『東の森』という場所から出てきたらしいんです。そこにステファニーさんの実家もあります」
「東の森か……ステファニーちゃんは確か『ローズ家』の養女だったらしいなー。彼女は今回の件で一番関わりが無さそうではあるが……アカネちゃんとリオン君から何も出てこないんだし、しゃーねーか。ステファニーちゃんの事を調べたら、ついでにリオン君の事もなんか出てくるかもしんないし……ラルク君。行ってきて」
「はぁ!?やですよ僕、まだ倉庫の整理がこんなに残ってんですもん」
「ラルク君さぁ、種族故なのは分かるけど、もぉーちょっと目上の存在に対して口調を優しくできないかなぁ」
「敬語使ってるだけマシです」
「うん。まぁ、そうだけど」
結局僕は『ステファニー・ローズ』について調べるために、警察署からあのクソ上司によって追い出されてしまった。まぁ、倉庫の整理よりは全然警官らしいのだが。何者かの革製のバッグを肩にかけ、中にメモ帳や、僕のような手先がうまく使えないポケモンが文字を書きやすいように多少細工をしてあるペンを何本か放り込んだ。あと通信用機器などもとりあえずバッグに放り込み、いざ『東の森』へ。
「……うっわ、結構距離あるなぁ……」
『不思議の地図』を両手で持って眺めながら、テクテクと足を進ませる。僕の種族上、本当は泳いで行った方が早くはあるのだが、どうも水中を行けるルートが無い。
先が思いやられたが、ハッキリ言って僕も少し興味があった。そして、警官らしい仕事はやはりしてみたい。警察で仕事をするのは良いが、雑用しかやらされていないような気がしていたのだ。主にあのドナート・ウィルシャンによって。
まぁ、いい機会なのかもしれない。
「……あー。ちょっと。すんません、そこのポッタイシさん」
「……あ、はい。何でしょう?」
不意に何者かに声を掛けられ、首を微かに傾けた。そこには一匹のフローゼルが、何やらニヤニヤとしながら佇んでいる。不審者だろうか?などと言う疑いはおいて置き、彼は何か言いたげに僕に声をかけてきた。
「さーせん。あの、警察署ってあっちでいいんすか?」
「嗚呼、警察署ならあちらですよ。それにしても……あなた、見かけない顔……いや……シャロットさんのお友達の方ですか?あの時、彼女を救出した……」
「ん?あぁ、照れるっすね。なんか。というか、警察の方っすか?てか、ドナート・ウィルシャン警部補って知ってます?」
「ええ、警察です。ウィルシャンさんは僕の上司ですが……」
何だ。やたらなんか、グイグイ聞いてくるぞ。もしかして雑誌の記者とか?けど、警部補に直接会いたいような発言の意味はよくわからない。
そう思っていると、そのポケモンは更に突拍子の無い話を吹きかけてきた。
「俺、レイセニウス・マーロンって言います。失踪したカイト・ジャファーズの親友?っつーか、腐れ縁仲間?みたいな?
てか、そんな荷物持ってどこに?聞き込みっすか?」
「あー。まぁ、そんなとこですね」
「よし来た。じゃ、同行させてもらうっすよ〜」
「は?」
レイセニウスと名乗るフローゼルは、本当に僕の後ろをついてきていた。たまにえぐい質問を繰り出してくる。本当に記者か何かだろうか。となると、少し不味いような不味くないような。
しかし、ステファニーの実家、ローズ家で話を聞いたとして、何か手がかりがつかめるのだろうか?あちらの家族も大体の事は知っている筈。おそらくとても嘆くことだろう。
「……あの、なんでついてくるんですか?」
「大丈夫っす。聞き込みってことは事件?つまり、最近の『時の歯車事件』についてっすか」
大分鋭くてえぐい所である。別についてこられても構わないが、変に掻き立てられたりするのは困る。
僕は小さなため息をついた。『東の森』までは、まだまだ遠い。
* * *
「……よし、ここが良い。
ここなら、ヤミラミ達も見付けにくいだろう」
アカネとカイトは、ルーファスによって岩陰の大きな場所へと誘導される。ルーファスはこれから、『星の停止の真実』を、二匹に手短に……でも、的確に。伝えてやるつもりだった。
カイトは若干緊張している。一体、ルーファスの口からどんな事実が飛び出してくるのか。それを受け止め切れるか……考えても仕方がないの事なのだが、どうしても不安になってしまうのである。
一方、アカネはいたって落ち着いていた。キースが敵側だという点に関しては、アカネは確信をもってルーファスの話を信頼していた。
「……じゃあ、さっそくだけど。教えてほしいんだ。未来がなんでこうなってるのか……」
「……そうだな。
星の停止が起きた原因……。少し難しい話になるかもしれないが……。
この世界には、『時間』を生み出し、世界へと巡らせる、特殊な場所があるのだ。
ディアルガという、『時間の神』と呼ばれしポケモンが司っている、『時限の塔』という場所だ。時が止まっているのは、その『時限の塔』が……何らかの原因で崩壊したからだ」
「ちょ、ちょっと待って。ディアルガの時点ですでに良くわかんないんだけど……」
カイトは聞いたことの無い単語の連発に戸惑い、ルーファスの説明にストップをかけた。分からないのはある意味当然で、いきなり『ディアルガ』やら『時限の塔』と言われても、にわかに信じがたいのはルーファスとて理解していた。
「ディアルガというのは、時間を操る伝説のポケモンだ。ディアルガは、自らが時限の塔に存在することで、時の流れを守っていた。
しかし、時間を世界へと巡らせる役割のある時限の塔が崩壊したことがきっかけとなり、少しずつ時が壊れはじめ……そして、崩壊した『時限の塔』は、完全に機能を停止したのだ」
「時間がどう見ても止まってるこの状態を見ると、既に『時限の塔』とやらは存在の意味を成さなくなり、完全崩壊状態にあるってことよね。その場所を住処にしてたディアルガはどうなってんの?」
「ディアルガは、時の崩壊の影響からか『暴走』を始めた。時のめぐりと言う者は、おそらく奴の精神にどこか通じているところが有ったのだろうと思う。未来……つまり、『時が停止している状態』が、当たり前となっているこの世界のディアルガに限っては、殆ど意識も無く……今は暗黒に染まっている。かつて『神』と呼ばれたポケモンが、皮肉なもんだ。もはや、アレは神でもディアルガと言う存在でもない。俺達は奴の事を『闇のディアルガ』と呼んでいた。
『闇のディアルガ』は感情を失った上、ただただ種族の本能のみが強烈に残り、『歴史が変わること』を防ごうと働く。だから俺もリオンも、俺の仲間たちも……奴に狙われているのだ。
俺達は、歴史を変える為……つまり、『星の停止』を防ぐために、この世界からお前たちの住む過去の世界へとタイムスリップしていたのだ」
「え、えぇ……。ルーファスが歴史を変えようとしてたっていうか……星の停止を防ぐ!?」
「時限の塔とか何とかのあたり、ちょっと胡散臭いけど……それでも、キースの演説に比べればかなりの上出来。信憑性ありね」
「ちょっと待ってよアカネ!僕たちが聞かされてた話と全く逆だ!
ジュプトルは……『星の停止』を引き起こすために、未来から過去へやってきた!現に、お前は時の歯車も盗んでるじゃないか……!」
やはり、カイトが受け止めるよりも大分大きく、重いものだった。ルーファスはカイトの言動を聞き、そんな風に洗脳されていたのか。と、はっきり理解した。
この誤解は酷い。とにかく、『時の歯車』を集めていた理由だけでも明かしておく必要があると見た。
「冗談じゃない!俺が時の歯車を集めていたのは、『星の停止』を防ぐためにどうしても必要不可欠だったからだ!
あの歯車は、五つ揃えて『時限の塔』に納めることで、塔の状態をリセットする強大な力を持っている。実質、あの歯車の存在意義の大部分が『地域の時間』を保つことではない。時間の神であるディアルガが、何らかの異常からか『力』を使うことが出来なくなった時、第三者の手を借りて塔の修復をするためのものなのだ。
時の歯車には確かに強力な力がある。ただし一方では、歯車の力が強力すぎる故、歯車の在り処とされている場所は、歯車の力に頼り切ってしまう傾向があるのだ。時の歯車をその場所から動かすことで『時が停止』するという現象は、『歯車の力』という巨大な柱が無くなったことで寄りかかる物が無くなってしまい、その地域のみの時間の流れが不安定になり、歯車があった場所のみが一時的な時間の停止を遂げる。
しかし、『時の歯車』をその場所から動かすという行為そのものに、これから『時限の塔』のリセットを行う、という意味がある。つまり、時限の塔に時の歯車を納めてしまいさえすれば、また時間の流れは元に戻るのだ」
妙に説得力のあるルーファスの解説に、カイトは微かに慄いた。証拠はない。しかし、この説明をしている時のルーファスの顔つきは真剣。そして、視線は揺るがない。
嗚呼、やっぱり僕たちは、キースさんに騙されていたのか?ぞわりとした恐怖が、再びカイトを支配し始めた。
「……じゃあ、キースさんが言ってたことは……?
ルーファスがこの世界で指名手配中の悪党だった、とか……ルーファスがキースの部下を殺害した、とか……ルーファスはこの世界から逃亡するために、過去の世界へとやってきたとか言う話は……全部デタラメだった……と?」
「…………キースは俺達を捕えるべく……『闇のディアルガ』によって過去に送り込まれた刺客だからな」
カイトの言ったことで、一つだけ、ある意味間違っていない事実があった。しかし、ルーファスはその件には触れず、『キースと言う存在』についての話を始める。
カイトの顔つきはどんどんと辛そうに歪んでいく。ルーファスはその様子を、いつかの自分と重ねていた。
「キースさんが……刺客……」
「そうだ。先ほども言ったように、『闇のディアルガ』は、歴史を変えようとする者が居ると、本能的にそれを防ごうと働く。だから俺達がタイムスリップをしたことを知ると、キースを過去へと送り込んだのだ」
「………………」
「リオン以外に仲間はいるの?」
「嗚呼。いる……というよりかは、居た……かな。」
「……ごめん。悪い事聞いたわね」
気まずそうに、アカネは軽く頭を上下に揺らした。『いいんだ』と、ルーファスは遠慮がちにそれを受け取る。一方、カイトはショックからかずっと俯き、言葉を発そうとしなかった。
キースの事、ルーファスの事。どちらを信じるかと言われれば、答えは決まっているのに。それなのに、まだ認めきれない自分が居た。分かっている。分かっているけれど、認めたくない。
カイトの中の何かに、ひびが入りそうになっていた。
「……ごめん。アカネ……。
僕……キースさんに会いに行く」
「……は!?お前、何言ってんだ!?」
「キースさんに会って……ルーファスが言ったことが本当か確かめてくる」
「そんなことをしてどうする!?捕まってまた処刑場送りになるだけだ!」
「なら、どうすりゃいいってのさ!!」
「どうすればいい、だと……!?お前は言ったはずだぞ。先入観を捨て、自分で判断する……と!!」
「……ッ……………」
カイトは歯の奥をギリギリと鳴らした。ストレスが一気にのしかかってきていたのだ。しかし、ルーファスの反論を聞くと、自分の行動の方が危険だ。分かっている。そんなことは、心底、分かっているつもりだった。
……やはり、しっかり考え直してみよう。
「…………ごめん。言ってることは……ルーファスの方がずっと正しいよ」
「……あんた、これからどうすんの?あんたにはおそらく、土地勘がある。ただ、ここら辺をうろうろしてたって訳でもないんでしょ?あんたの話を聞く限り……過去の世界には時間が無い」
「そうだ。俺はまた、星の停止を食い止めるために過去へ行く。そして、そのために……『シェリー』という仲間を探す」
「……シェリー……?ルーファス、それって誰?」
カイトは、自分の気を紛らわすかのようにルーファスに質問を繰り出した。そのことを察してか、特に特別な反応は見せず、ルーファスは『シェリー』という名前のポケモンについて少し説明を始めた。
「シェリーというのは、俺の協力者だ。種族はセレビィ。一度目の時も、あいつの協力でタイムスリップに成功した。
俺についてきても、ついてこなくてもいい。ただ、苦しい時だからこそ、気持ちを強く持て。自分の道は、お前達自身で決めろ」
そういうと、ルーファスはまるで、二匹の決断を待つかのようにゆっくりとこの先の道を歩み始めた。
そんな彼の妙な優しさと気遣いに、どこか罪悪感が沸いてしまい、カイトは再び顔を下に向ける。やはり迷う者は迷ってしまう。
本当は、とっくに決めている筈なのに。
「……アカネ……」
「……過去ではまだ、星の停止状態にはなってない。
どっちにしても、食い止めるなら帰らないと。ね」
「……うん。分かってる……。
ルーファスの言う通りだ。……こういう時こそ、気持ちを強く持たないとね。……よし。うん、大丈夫。
僕は大丈夫だよ。……けど、危ない危ない!また逃げるとこだった!
アカネ、もうこうなったら絶対帰ろ。僕たちの世界に!」
ルーファスの歩んだ足跡を踏みながら、二匹も又、何歩も先へと踏み出した。