封印の岩場での暴挙‐146
* * *
「……妙な場所」
「まぁ、どこもかしこもそうではあるんだけどね……」
現在、アカネとカイトは『封印の岩場』というダンジョンに足を踏み入れていた。ルーファスと分かれてから、大体ずっと一本道だったのだ。ルーファスが足を踏み入れた可能性の高い場所だった。追い付けるかは分からないが、それでも二匹の意思はまとまっていた。『ルーファスを見つけ出す』。目的が出来れば、意志は揺るがない。
封印の岩場というダンジョンは、先ほど通った道やダンジョンよりも少し『明るい』という印象のダンジョンだった。ゴーストタイプのようなポケモンは殆ど出現することは無い。
アカネとカイトはモジャンボという種族名のポケモンと、現在まさに戦闘中だった。防御力は低いようだったが、迂闊に近づけない程の攻撃力を持っている。モジャンボに二匹を捕食するような意思は無いものの、妙に敵意を寄せられていた。
アカネが電撃を放とうとするや否や、モジャンボは自らの腕のようなものを振りかざし、目の前の現状そうな岩を一瞬で粉々に破壊した。二匹は『嘘だろ』と苦々しく笑い、微かにだが冷や汗のようなものを垂らす。カイトが『火炎放射』を使うことによって動きを封じ、アカネの『十万ボルト』によって止めを刺した。
「……出てくるポケモンもやたら少ないし、壁通ってくるような奴はいないわね」
「明るいし周りが良く見える。前のとはちょっと違う感じのダンジョンだよね。やたら進みやすい」
二匹は『封印の岩場』に入ってから、かなり階段を通過してきた。現在『中央地点』を通過した所であり、今更ではあるがこの世界にも『ガルーラ像』が存在するのだということを認識した。過去と未来の共通点。それをしっかりと認識した時、二匹はどうも嬉しくなったのである。
――――一方、ルーファスは場所を同じく、『封印の岩場』の最奥部付近にて足を進めていた。
「……大分、深くまで来たようだな。ここを抜ければ、森に出られそうだ」
ルーファスは、今までこの世界で生きてきた自らの記憶を頼りに『とある場所』へと向かっていた。そこにリオンや『協力者』が居るということを信じ、ただひたすらに足を前へと押し出す。ヤミラミやキースに見つかれば、また彼らを撒くような作業をしなければならない。そんなのはまっぴらである。だから、彼はぐずぐずしていられなかった。『過去』では刻一刻と時間は進み続けている。少しの時間のロスが命取りになる。そんな状況だった。
「……あいつら、無事かな」
ルーファスは速足で駆け抜けていたが、一瞬頭のなかに二匹のポケモンの事が過り、思わずぽつりと口に出した。アカネとカイトの事である。二匹の名前は憶えていた。アカネの方は、ルーファスに協力しようという姿勢があった。一方、カイトの方は心からルーファスを拒絶していた。
カイトは頑なだった。あの二匹が今頃、揉め事など起こしていなければいいが。ふと余計な心配をしてしまう自分自身に、彼は気づいたと同時に心底呆れた。
ルーファスとて、他者の心配が出来る程余裕がある状況ではなかった。アカネ、カイト……あの二匹が未来へとどうつながっているのか。そんなことは知らないが、それでもルーファスは自らの『使命』を最も最優先にしなければならなかった。
犠牲を払ってでも『使命』を遂行する。『皆』とそう誓ったのだ。誓ったからには、やり遂げなければならない。やれるのは自分しかいない。ルーファスの意思は固かった。
考えている暇はない。先へ進もう。ルーファスは気を引き締め。また何歩か先に足を踏み出した時だった。
突如、何者かの声が彼の頭の中に響いた。否、頭の中ではなく、ルーファスが現在立っている空間にその声が響き渡った。ルーファスは突然の出来事に、思わず動揺して自らの周辺を見渡した。足元を気にする余裕が無く、その声の『正体』を見逃す。
「誰だ!?」
「……我ノ縄張リニ無断デ侵入シ、眠リヲ妨ゲルニモカカワラズ……ソノママ立チ去ロウトイウノカ!!」
「誰だ、お前は!」
「我ヲ怒ラセタノダ。ソレナリノ償イハシテモラウ」
身の毛がよだつような、禍々しい気配はない。だが、その妙な声はルーファスの立つ空間に轟々と響き、怒り狂ったような規制にも聞こえた。ルーファスは長い経験から、知らず知らずのうちに戦闘態勢に入り、身構えた。しかし、相手の姿はどこにもない。どこから声が響居るのかすらも全く特定できない。
相手はゴーストタイプか悪タイプ、エスパータイプの可能性が高い。こういう事をやってのけるのは、大抵がその辺りのポケモンだ。
「……どこに居るんだ!隠れていないで出て来い!!」
全く相手が姿を現さないのをじれったく思い、ルーファスは思わず声を張り上げた。途端に、その場はシン、と静まり返る。そして、何者かの地獄の底から響くような声が淡々と流れ始めた。
「…………我ガ、隠レテイルダト?我ハ隠レテナドイナイ!!
我ハ……ココニイル!!」
その力強い声に何かを感じ、ルーファスは直感的に自らの足元を見下ろした。妙な模様の刻まれた、形の整った石ころが、がぽつんとその場に佇んでいる。まさか。そのまさかだった。刹那、その石からモヤモヤとした妙な光に包まれ、顔のようなものが出現した。
「嘘だろッ……」
ルーファスは反撃するよりも、まずは逃げることを優先しようと後退した。しかし、相手の方が行動は早かった。
「ッ!?な、なっ……!」
「我ガ名ハ『ミカルゲ』!!我ノ縄張リヲ侵スモノハ、ユルサンッ!!!」
『ミカルゲ』と名乗るポケモンは、一瞬のうちにルーファスの顔面へと接近し、彼の鼻の穴から体内へと侵入し、憑依したのだ。
しかし、ミカルゲ自身がポケモンに取りついたからと言って、憑依したポケモンの体や意志を自由に操ることが出来るわけではなかった。ルーファスは体の力が抜けてしまって、その場へ倒れ込む。ミカルゲは彼の体のエネルギーを吸収し、自らのものにしていた。
中途半端に体に侵入され、体を内側から拘束される。ルーファスは思わず、悲痛の声を叫んだ。
* * *
「……ッ!?ルーファス!」
カイトは、見覚えのあるポケモンがもがき、苦しみながら倒れ込んでいる姿を見て、思わず声を上げた。ルーファスとミカルゲが対峙した場所は、『封印の岩場・最奥部』にあたる場所だった。アカネとカイトは、ルーファスがミカルゲに拘束された数分後に最奥部へと到着したのである。
「ちょっと待って。様子が可笑しい」
外傷はない。それなのに、ルーファスはもがき苦しみながら倒れ込んでいる。ただ、戦闘をして負けただけ……というには、どこか不自然な状況だった。この周辺も、つい最近戦闘をして荒れたような様子はない。
「……何だ……お前達、無事だったか……」
ルーファスが微かに目を開き、アカネとカイトの方を見つめて弱弱しく口を開く。その様子に、カイトはじっとしていることが出来ず、足を一歩前へと踏み出した。
その瞬間、ルーファスが酷く戸惑ったような怒鳴り声を発し、カイトを近づけまいと制止した。
「く、来るなッ!!敵が近くに居る……!!警戒しろ!」
「ちょ、え!?ど、どこにだよ!?」
周辺に敵は存在しない。しかし、ルーファスは倒れ込み、しきりに『気を付けろ!』と二匹に注意を促していた。ルーファスをも戦闘不能にする敵が、この付近に居る。そう思うだけで、二匹は多少鳥肌のようなものが立ったような気がした。しかし、本当に敵はいないのだ。
ルーファスは一体、何にやられた?
「違う!すぐそこだ……お前たちの真横!!」
ルーファスは振り絞ったような声で、敵の居場所を示した。アカネとカイトの真横。しかし、敵の姿は見当たらない。
それもそのはずだった。なんせ、敵は『石ころ』に扮したポケモンなのだから。
「……真横……」
アカネは自らの真横を舐めるように見つめた。天井から足まで確認する。そして、目に入ったのは妙な模様の入った石ころだった。
まさか、これが?アカネの視線に気づき、カイトもその石ころの方を覗き込んだ。特に変哲の無い普通の……というほど普通でもないが、ただの石ころに見える。相手は姿を見せるつもりは無いのか。しかし、そうなるとルーファスと話をすることが出来なくなる。
「……この石?」
石ころに顔を近づけるカイトを止めるように、ルーファスはしきりに首を横に振る。しかし、声を出すことが出来なかった。『ミカルゲ』によって、制御されていたのである。ミカルゲの憑依能力に『命を奪う』ことが出来る程の力はないが、そこそこの金縛り状態には出来ていた。
「……アカネ、ちょっと離れてて」
「何すんの?」
なかなか姿を現さない石ころに化けたポケモン。何を考えたのか、カイトは石ころの正面に立ち、少しだけ体をそらし、足を後ろへと引いた。
引いた足を、ふりをつけて思い切り前へと突き出す。
『奇妙な石ころ』を力いっぱいに、清々しいほどの勢いで蹴り上げた。
一瞬のうちに『ドォン!』という巨大な音がその場所に轟き、その石ころは壁へとのめり込む。そこら中に砂埃が舞い散った。これにはルーファスも思わず唖然である。眼をカッ開いてただただ、その奇行の主を見つめていた。
「お、おま、お前!何やってんだ!!……あ、声出た……」
ルーファスに取りついていたものが、妙な色の光となって本体である石ころに戻っていく。その石ころは壁にのめり込んでおり、簡単には出てこれそうにない。ルーファスは命を救われたことは理解していたものの、いつか祟られるかもしれない、とも思っていた。自分が協力したいと思っていた相手は、実は結構やばい奴らなのかもしれない。カイトの強大な『潜在能力』を知ってはいたが、別の意味でもそう思った。冷静な判断ができそうなアカネというピカチュウが、あの行動を涼しい顔で見ていたのも結構アレである。二匹と再び合流した辺り、また協力するという話題を出すことになりそうだが、多少の不安を感じてしまった。『呆れた』という意味で。
「………ヒャァヒィィィ!!!」
「おぅ!?」
壁にめりこんだ石ころは、急に奇声のようなものを上げると、相当踏ん張ったのか無事壁から脱出し、おびえたようにピョンピョンとはねながらどこかへと逃走していく。アカネやカイトは、『意味が分からない』という顔つきでそんなミカルゲを見つめていた。ルーファスからしてみれば、意味が分からないのは二匹の行動であるが、それはさておき。
「ッ……ま、まぁとりあえず、助かった。あいつ、急に弱気になって逃げたんだ……俺の時は相当強きだったが、押しに弱いらしいな……」
「押し……てか蹴り」
「あの行動は何なんだ……何なんだあの脚力は……。
まぁ、いい……しかし、手強い奴だった……俺の鼻の穴から潜り込んで、体を乗っ取りやがった……」
「まぁ、どんなポケモンかちゃんと見てないけど……それなりにやっぱり、悪いポケモンだったってことなの?」
カイトは警戒することなく、ルーファスに疑問を発した。ルーファスはそのカイトの変わり様に驚きつつも、質問に真摯に答える。
「いや、そうじゃない。あいつの名は『ミカルゲ』というポケモンなんだ。あの様に、普段はそこそこ普通に見える石になって姿を隠している。おそらく今回、俺が勝手に縄張りに入ってしまったから、それが逆鱗に触れたのだろう。怒ると話は聞かないし、見境は無くなるし……恐ろしい奴だったが。
まぁ、お前のキックが相当怖かったんだろうな。旗色が悪くなると逃げて行った。本来は臆病で、善良なポケモンの筈なのに……。世界が闇に包まれている所為で心が歪む。未来には、そんなポケモンがほとんどなのだ」
ルーファスは、何かを嘆くようにそう口にした。細められた凛々しい目には、どこか悲しみがあふれている。未来の、ほとんどのポケモンが歪んでいる、とルーファスは言うが、アカネにはそうは見えなかった。それが綺麗事だというのは、アカネがカイトと共に今まで何度も、この世界でポケモンたちに追われ続けていたことで理解している。
しかし、目の前の未来で生まれ育ったポケモン……ルーファスに関しては、どうしても『心が歪んでいる』という風には見えなかった。
ルーファスは『時の歯車』を盗み、『星の停止』を起こそうとした悪党……。それは絶対に違う。アカネは、彼の顔つきや声の色を聞き、妙に確信をもってそう思いなおした。
「……この世界の所為でポケモンたちの心が歪む、かぁ。僕たちの世界の行く先か……寂しいね、なんか」
「……お前、俺の言う事を信用するのか!?」
「……まぁ、三分の二くらいかな」
「残りの『一』は信じられない、と?」
「……そ、そんな極論吹っ掛けられると困るっていうか……。僕達、いや……僕だけ、かな。
ルーファスはずっと、キースさんが敵だって割り切れてるから簡単だろうけど、僕は違うんだ。僕にとって、キースさんは味方だったんだ。ルーファスは敵だった。それなのに、今完全にそれが逆転しようとしてる。……そんなに簡単には決められない。決めちゃいけない。
決断するための材料として、ルーファスの話を聞きたいんだ。先入観は捨てる。どうするべきか……自分で判断する」
カイトは、やや俯き気味にではあるが、ルーファスにそう告げた。ルーファスは文句ありげだったが、何も言わずにカイトの話を黙って聞いていた。ルーファス自身、実際は文句ありげな顔……も、出来るような立場ではなかったのだ。
昔、今のカイトと同じような『葛藤』をしたことがあったからである。
(…………俺には、どうするべきか……誰も教えてくれなかった)
ルーファスの中で、微かにトラウマとなっている記憶が蘇る。良く夢に出てくるあの顔だ。思い出したくない。思い出したくない……けど。
これが多分、償いなんだろうな。ルーファスはこんな時、暗示のようにいつもいつも、自分に言い聞かせ続けている。
『彼女』を救い出すことが出来なかった。『彼女』の闇も、憂いも、裏切りも、歪みも、仮面の下の狂った顔も、全て見つけることが出来なかった。その中のどれからも、『彼女』救い出すことが出来なかった。
ルーファスは自らの記憶の箱を時々開けては、『彼女』の事を思い出す。
それが彼の『償い』なのだから。
「…………お前が話を聞きたいのはわかった。
良いだろう、ついてこい」
ルーファス・レッドフィールドもまた、一歩を踏み出した。