重なる謎‐139
「……アカネ。キースの話聞いて……どう思った?」
「……なんか怒ってるの?リオン」
キースの大演説が終わった後、それぞれがギルドに帰省し、夕飯を貪り、眠りに就こうとしていた時だ。
辺りが暗かったが、俺はアカネの後を付け、水を飲むために水飲み場でアカネと鉢合わせたようなふりをした。聞きたいことがいろいろとあった。話したいこともあった。しかし、それを抑えてまずは控えめに尋ねてみる。
顔に感情が浮き出ていたか。アカネが指摘したように、演説が終わってから未だに俺の腸は煮えくりかえりそうだった。よくも、よくもあそこまででたらめを言えたものだ。本当は何とも思っていないであろう犠牲話まで披露して、同情を引いてまで支持を得て、本当にどうしようも無い奴だ。
アカネ、お前は俺達の仲間だ。お前がお前だとわかった今、俺は微かに期待をしていた。キースのクソ野郎の本性に本当は気づいているのではないか。本当はかなり疑ったりしているのではないか……。
ルーファスは、悪党などではない。本当のあいつを、なんとなくでもいいから思い出してくれているのではないか、と。
ほんの一縷の望みだった。
「キースの話……ね。そもそも……キースってあんま信用できないというか、時々妙に演技っぽい部分がある気がするのよ。
あんたの言った通りだと思う。紳士ぶってる割に詰めが甘い……。私が秘密を暴露されたからそう思ってるだけかもしれないけど。
とにかく、未来がどうのこうのとか、時の歯車がどうのこうのとか……完全に信用してるわけじゃない」
そう言って、アカネは軽く水飲み場の水面に軽く口を付けた。やはり、全部忘れてしまっているみたいだ。でも、だけど。キースに疑念は抱いているらしい。奴の演技は殆ど隙が無い。他の奴らも全員コロッと騙されている。だけど、アカネはキースの行動に違和感を感じている。もしかしたら……俺の話なら信じてくれるのかな。
……俺の知ってるあいつは『人間』だった。人間だったし、名前も違った。けれど、今俺自身の身に起きたことを思い返してみれば、決して無い話ではないのだ。
目の前に居るピカチュウは……元人間なのか。
……あいつが……あいつが、人間である事へのコンプレックスからポケモンに……なんて、無いだろうか。
「アカネ。お前…………」
「何?」
「お前、さ…………」
「だから何?」
水を口に含み、軽く飲み込むと、アカネはややふざけたように、はにかむようにして俺の言葉の続きを待っていた。俺が何を話したいのか、彼女には全く見当がつかないらしい。
……嗚呼、なんか表情が……似てるなぁ。
「………………お前、さぁ…………
か、カイトの事好きだろ」
「……は?何、いきなり。カイト?キースの話からその流れになるって……なんか気持ち悪いわね」
馬鹿野郎、俺。俺には唐突にこんなことを尋ねる勇気が無かった。『元人間なのではないか』とか『もう一つ能力あるだろう』とか、色々聞くことはあった。
なんとなく誤魔化すつもりで言ったのだが、いつものツンデレを発動するどころか、話に乗ってくれさえしなかった。こっちが勝手に恥ずかしくて仕方がない。恋話に勝手にがっついてるみたいでひどく悲しい気持ちになった。何なんだ、本当に俺は。
こんなことをしている場合じゃないのに。
「…………いや、ごめん。何でもない……」
「変なの……。ま、いいわ。別にカイトは……今は多分、普通に好きだけど。それがどうしたの?」
「……いや、本当に何でもないんだ」
ふとカイトの顔が浮かんだ。ここまで鈍感だと逆にスッキリするな。……まぁ、反応をしてくれたということは、少しは興味があるのだろう。心からどうでも良いと、返事すらしてくれないのだから。
……アカネが確実にあいつだったとして、今アカネにはパートナーがいる。アカネが居なくなったら生きていけるかもわからないような奴だ。
俺達の作戦に、アカネが理解を示したとしても……計画に引きずり込むべきなのか。真実を打ち明けるべきなのか。
いずれその時は来る。そんな気がする。だからこそ躊躇ってしまう。どうするべきか。
「……少し冷えてきたな。帰るか」
俺も予想外に『パートナー』という存在を、この世界に作ってしまった。
あいつは、俺がもしもルーファスと共犯だと知れば……もしも、俺が消えれば……いったいどう思ってくれるのだろう。
ステフィに特に特別な感情など抱いてはいないし、切り捨てようと思えばきっと直ぐに切り捨てられるはずだ。
あの方が言っていた。『必要な犠牲は必ず発生する』と。それが精神的な問題でも肉体的な問題でも、犠牲は仕方がない事なのだ。どれだけ隠してもいつか絶対に、あいつが真実を知る日が来るだろう。失敗しても成功しても、俺はきっと何らかの要因でふと殺される。
『計画』に失敗しようがしまいが、いつか絶対にそんな日が来る。けれど、俺は。
俺は、出来ることならそんな日が来ないでほしいと思うのだ。
* * *
なんだか、リオンに妙な事を聞かれたな、と思いながら、アカネはリオンと分かれて自らの部屋へと向かっていた。
『カイトの事が好きかどうか』とか、そういう話だったような。アカネはふと自分の対応を思い返す。色恋の雰囲気も何もない塩対応だ。アカネはあの時、本当にリオンの質問が意味わからな過ぎて、質問の返答にそんなに頭を使っていなかった。それよりも、キースへのモヤモヤ感が頭の中を占めていたのである。
(……別に嫌いじゃないということは、普通に好き……なのかしら。今は無関心じゃないし。好きと普通の境目っていうのがよくわかんないけど……多分カイトもそういう認識だろうし、そういうのが片方にでも有ったら寝起きが同じ部屋ってちょっと問題でしょ)
他の連中が今アカネの考えている事を聞けばおそらく『何言ってるんだこいつ』と思われるに違いない。しかし、そのことにまったく気づかないのはおそらくアカネの元々の性格なのだろう。誰もがカイトを憐れむに違いない。そんな風に、多少論点がずれたことを考えながらもアカネはクロッカス共同部屋へと足を踏み込んだ。
顔をドアからのぞかせると、カイトがベルに黙って腕の包帯を外しているのが目に入った。一番最初にルーファスと戦った時よりは大分軽症だと言われていたが、カイトの怪我は依然直っている様子はない。体を動かすたびに軽く表情をゆがませていた。
アカネの方はそうでもない。未だに包帯を身に着けたままだったが、特に痛い所、と言われても思い当たらなかった。どこかの部位をリーフブレードで切られたような気がしていたが、その傷もどこだか分からない程に痛みを感じない。
「結構傷いってるわね」
「あ。アカネ、ベルには言わないでよ?……僕は切り傷より内出血とか多いんだけど、アカネの方が重傷だったはずだよね?」
「……どうだったかしら」
アカネも腕の方の包帯を外してみるが、そこには特に傷は見当たらない。そういえばルーファスと初対面した時も、モロに攻撃を受けていた割には傷はほとんど残っていない状態だった。
アカネはカイトの腕を取ると、傷の方を舐めるように見てみる。切り傷はほとんどないが、腫れていたりする箇所がいくつかある。不思議な事に、骨折などはしていない。思い返してみれば、ルーファスは後遺症の残るような攻撃を仕掛けてこないのだ。
キースが『仲間が殺された』と言っていた割に……。本当に、今までたくさんのポケモンを手にかけてきたような奴なのか。
「なんか心地いいね」
「……え?何が?」
「アカネが触ると痛みが和らぐっていうのかな。あ、変な意味じゃないんだけど、何かヒーリング効果のある技使われてる感覚なんだよね」
カイトがそういって、アカネににっこりとほほ笑んだ。いったい何を言っているのか……アカネはその言葉の意味がよく分からず、カイトの腕を抱え込み、再び傷や腫れに目を向けた。
(…………何か、腫れが引いてる……?)
アカネが最初見た時よりも、大分腫れが引いているような気がした。アカネが唖然としているのを見て、カイトも自分の腕を見てみる。彼もまた、なんとなく腫れが引いているような気がしていた。
カイトは腕を見つめている視線を上げて、アカネの顔を見てみる。すると、微かに彼女の目の奥に青い光を見つけた。
『霧の湖』ではっきりと見た、グラードンとの戦闘の時のあの光。度合は違えど、その『青い光』にそっくりである。同じ光を見つけた。しかも、こんなに近くに。
アカネがカイトの傷に集中している間、継続的にその青い光は目の奥で輝き続けていた。カイトは食い入るように、アカネにばれないようにとその光に視線を注ぐ。瞳の中、青い光の中央に何かが見えた。
(……X……えっくす……?)
「……え、ちょっとあんた何見て……何!?」
カイトの視線に気づいたのか、アカネは驚いてカイトの腕を離した。すると、体の様々な痛みが戻り、アカネの目の奥にあった青い光も消える。
カイトは驚いた。体の痛みの緩和がただの気のせいではなかったことや、アカネの意識が腕の傷から途切れた途端に青い光が消え入ってしまった事。しかも、アカネはおそらくそれを意識していない。
「近いんだけど!」
「あ、ごめん……」
アカネはなぜか怒りながらカイトの負傷している腕をパシパシと叩く。カイトはその様子を見て穏やかに笑うものの、何か考え事をしていた。
今日、キースが話していた『未来からきたポケモン』の話の事も、アカネと少し議論してみたかったのだが、カイトの頭の中は『目の変色』の事で一杯になってしまう。
―――――アカネには『ヒーリング』の力もあるのか?
元人間からポケモンになってしまった相棒。その謎はまた一つ増えたのだった。