隠す者と騙る者‐137
* * *
『水晶の湖』の事件を経て、その場所へ探索へと駆り出されていたギルドメンバー達は、リオンやステファニーの連絡を受けて直ぐに『謎解き』の答えを探険隊バッジによって伝えられ、水晶の湖へと駆けつけた。
その場には傷だらけになって倒れるアカネやアグノム、一応意識は保っているものの、自力で動くのは不可能に近いカイトが佇んでいた。その様子を見たギルドメンバーたちは、すぐさま彼らを連れてギルドへと帰還した。
ポケモン達がギルドへ帰還した頃には、『時の歯車事件』への世間の反応はかなりの大騒動へと発展。帰還したギルドメンバーたちにコメントを求める声も多かった。広場には複数の新聞やビラが撒かれ、『時の歯車事件』を、さも名探偵のように勝手に推理した記事が飛び交っていた。
「…………リオンさん、ちょっとお話しよろしいでしょうか?」
とある場所で、一匹のポケモンがリオンに声をかけた。ギルドから海岸へ向かう途中にある階段である。その場所へ、リオンは一匹のポケモンによりギルドから連れ出されたのである。
「何ですか。キースさん」
その相手は、『盗賊L』を追い、一時失踪したかと思われていたキースだった。リオンとキースには、表面上特に接点はない。『時の歯車事件』を追う者として以外、特に何の接点は無いのである。
そんなキースが、リオンと共に海岸へ向かう。ギルドのポケモンたちは、そもそもキースがこの地に帰還していることに気付いておらず、リオンもまたあえて誰にも言わずにキースと共にこの場へとやってきた。人目のつかない海岸。ポケモンたちは皆、今回の事件のことで広場で騒いでおり、穏やかに潮風を浴びようなどと思う者はいない。
この光景を誰かが見ているとしたら、妙な光景に見えること間違いなしだ。
キースが今からリオンに問おうと思っていることは、ある意味『狸と狐の化かし合い』開幕の合図なのである。二匹とも穏やかに、さも何も知らないかのようにふるまいながら、内心で相手の心を透かそうと奮闘し、心を透かされまいと化かし合っていた。
「……リオンさん。正直に言って頂きたい。あなたと『盗賊L』はどのような関係なのですか?」
「関係……探検家と犯罪者、ですけども」
「そうではありません。…………私が気が付かないとでも思いましたか?あなたは明らかに、『盗賊L』逃亡の手助けをしていた。あの一瞬の閃光……超至近距離で発動させられた『光の玉』ですね。あの時、盗賊Lの動きは私が封じていました。となれば、横から入ってきたリオンさんしか使うことは不可能です」
「……さぁ?何の話だろうか。あの時、俺も目が潰れるかと思いましたよ。そもそも、五つもの『時の歯車』にかかわる難関を突破してきたポケモンです。身の動きを封じられたからと言って、手はいくらでもあるんじゃないですか?
……それよりも、俺はあなたの方が怪しくて仕方がない。貴方は紳士を気取る割に、詰めが甘いんだ。アカネの秘密を急に大勢の前で喋ったり……俺達の前で『盗賊L』の名前らしき単語を口走ったりね。
どう見てもキースさんと『盗賊L』は面識がある様に見えたが、それはいいんだ。ただ、それを俺達に隠していたことが問題だ。そして、時の歯車の在り処……あそこまで的確なチョイスだと逆に不自然だと思うんですが?」
「…………そのことは、一時間後……広場にて大切な話があります。そこでお話ししようかと」
「……そうですか」
体の小さなリオルと、大柄なヨノワールが真顔で化かし合いをしている。それはそれは奇妙な光景だったが、会話はリオンが押し気味だった。しかし、この場で押されたところでどうでも良い。キースにとって、リオンが大衆の場での『発言力』を持たない限り、この場で押されても何の支障も無いのである。ただただ、あの時のリオンの行動が腹ただしい。ルーファスを押さえつける自分の所に入り込み、目の前で『光の玉』を発動させたのである。明らかにリオンが、意図的にやったことは分かっていた。つまり、これで確定したわけである。
リオンは、キースにとって『消すべき』存在であるということが。
「…………では、お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした。また、一時間後に」
「……はい」
キースは、リオンにそう告げると一足早く広場の方へと向かった。早くもトレジャータウン広場では『場所取り』が始まっており、これからここが自分のステージになる。覚悟しなければならない。『身の上』を打ち明けるということを。
そして、これから何も知らない者達すべてを自分側へと引きずり込む完璧な『シナリオ』を、頭の中で完成させなければならない。
ここまで来たら、全てを『騙』さなければ。
* * *
とある一室で長い間気を失っていたアカネは、その時やっと目を開いた。明るく無ければ暗くも無い。目の前に広がっていたのは、いつも自分が寝泊まりしている部屋の天井だった。
何が何だかよく分からず、アカネはゆっくりと布団から体を起こす。同時に、隣から何かポケモンの気配がした。ゆっくりと顔を気配のした方へ向けると、既に起き上がってアカネの方をじっと見ていたカイトと、アカネの治療をしていたベルがこちらに顔を向けているのを確認した。
「アカネ!怪我大丈夫!?」
「あ……いや、特に痛くない……」
『盗賊L』との戦闘によって負傷した。同じ過ちを繰り返してしまったことを、アカネはその時多少悔やんだ。怪我の痛みに警戒しながらゆっくりと体を動かすが、特に怪我をしている、と言う感覚も、そのような痛みをも感じられない。ただただ、無機質な包帯が巻かれているだけのように感じた。
ゆっくりとカイトの体を見てみると、彼の体にも何か所か包帯が巻かれている。戦闘の際についた汚れなどは拭き取ったようだが、よく見ると多少赤い体毛が薄くなっているところが有り、そこに痣が残っているようだ。
「僕よりアカネの方が怪我酷かったらしくて……ほっぺ触っても動きもしないし、焦ったよ」
「何で触るのよ……」
と言いつつ、アカネはカイトが寝込んでいる際同じようなことをしているのだが、それは彼女本人以外は誰も知らないこと。カイトの後ろに佇んでいるベルは、そんな二匹の様子を見ながら『元気そうですね……でも安静に、ですよ〜』と、苦笑いしていた。
「……そういや、アグノムは……無事なのかしら」
「アグノムさんは無事です。お二人方と比べればかなり軽症でした。もう意識も回復してます……あ、そうだ。皆さーん!起きましたよ〜〜!」
いきなりベルはそう叫ぶと、頭の上の鈴をちりんちりん、と鳴らした。すると、凄まじい勢いで何かが廊下を走ってくるような音が響き渡り、アカネとカイトは『何事か』と思い顔を見合わせた。
その音は部屋のドア付近で止まる。音が停止した瞬間に、勢いよくドアが開いて複数のポケモンたちが一斉にクロッカスの部屋へと雪崩れ込んできた。皆ギルドメンバー達である。
「ほ、ほんとだぁ!!ウォォォォ!!」
「もう!あなた達二回もこんな目に遭ってッ……無事でよかったですわぁ!!」
「も、もう心臓が持たないでゲスぅ……もしものことがあったら、あっし、あっし……」
クロッカスの二匹が、二度も重症になってギルドに運び込まれた。その状況に、もはや部屋の中は悲しみやら怒りやら嬉しさやらで溢れていた。そんな皆の様子に、『僕たちはもう大丈夫だから!』と、カイトはどこか嬉しそうに言った。
「全く……大袈裟」
「いや、アカネさんの怪我なら相当痛い筈なんですけど……痛くないんですか?」
首を横に振るアカネに対し、再度ベルはこの前と同じような疑問に頭を支配される。まさか、この前と同じようにすでに傷が直っているのでは……とも思った。後で確認してみようと思い、今はこの空気に浸ることにした。
しばらく騒いだ後、アカネは突如『話したい事がある』といって、ギルドのメンバー全員を朝礼場へと誘導した。『盗賊L』と直接戦った二匹の話に、誰もが興味を持ち、アカネやカイトの話に耳を傾ける。話していいものか……。一瞬考えるものの、これは一度議論すべきことかもしれない。そう思い、アカネは『盗賊L』との戦闘の際、気づいたことを皆に話すことにした。
「……キースが『水晶の湖』に現れて、『盗賊L』と対峙した。それはステファニーやリオンも見てると思う。
その時の二匹の会話が妙で、どうもキースは『盗賊L』と面識がある可能性がある」
アカネが淡々と、意識を失う前の光景を皆に話して聞かせた。ギルドのメンバーたちは一斉に目を丸くした。今までのキースに対しての認識が覆されたのだから、当たり前と言えば当たり前である。
キースは『偶然』で、ギルドや警察と協力することになり、『盗賊L』を追っていた……しかし、キースと『盗賊L』が知り合いとなれば、その認識は根底から間違っていることになる。
「カイト。あんたは意識有ったんでしょ?どう思った?」
「……そうかな、とは思ったかな。多分あれ、『盗賊L』の名前なんじゃないかと思うんだけど……『ルーファス』っていうのは」
『ルーファス』という単語……おそらくそれが『盗賊L』の本名だ。それを聞いた周囲は、何が何だかわからないような状況だった。
その時である。ギルドにサイレンが大音量で響き渡る。これは『緊急サイレン』だった。見張り番であるトランによって、現在進行形でジゴイル保安官の部下、コイルがギルド前に居るという事実が伝えられる。
ジゴイル保安官から伝言があり、それをトランが直訳すると、『重大は話があるので、至急トレジャータウンの広場に集まる様に』と言うことだった。ギルド内では、リオン以外はその事実を知らなかったはずである。リオンのみが眉間に皺をよせ、他の皆は動揺しつつも、言われた通りメンバーたちは集団でトレジャータウンの広場へと向かった。
広場では、沢山のポケモンが集まれるようなスペースが作られ、既にとレジャータウンの住民達や騒ぎを聞きつけたポケモン達が集まっていた。広場の中央、その奥にはキースやジゴイル保安官、ドナート警部補とその部下など、多種多様なポケモンが『重大な話』とやらを聞きに足を運んでいた。
ギルドに滞在していたアグノムも一緒に広場へ訪れた為、先に広場で待っていたエムリット、ユクシーとの再会を喜ぶ。アグノムの証言により、彼は『盗賊L』に命を狙われている可能性があるので、直ぐに周囲にジゴイル保安官の部下のコイルが彼を守る様に囲んだ。
「時の歯車……放置しておいて大丈夫?」
「大丈夫。水晶が歯車を覆うようにして守ってる。ちょっとやそっとじゃ奪えないよ」
エムリットが時の歯車の安否を心配してアグノムに尋ねると、アグノムは不安そうな顔は見せず、力強く頷いてそう言った。相当酷い目に遭ったであろう。にもかかわらず、そんな彼の様子に、エムリット、ユクシーの二匹はとりあえずは安心した、という表情を見せる。
ギルドメンバー達も広場に参上したということで、『それほどまでに重要な事なのか』と、不安気な声があちらこちらで漏れていた。『時の歯車事件』についての話であることは明白。この広場でのイベントのメインとなるのは、どうやらキースのようだった。
「…………キースさん、あの後どうなったの?」
カイトは、キースにゆっくりと近づいて行って話しかけた。キースは安心したような表情を作ると、『無事だったんですね!よかった……』と、心から安堵したような台詞を吐く。
カイトやアカネの体に巻かれた包帯。やはり、ルーファスにもっと痛めつけさせておくべきだったか。密かにルーファスがこの二匹を殺害することを望んでいたキースは、そんな風に思った。
実際、カイトには何の恨みがあるわけでもない。カイトが何をしたという訳でもない。ただ、その存在自体が面倒な予感がする。ただそれだけだったが、狙ったからには中途半端にするわけにはいかないのである。
「……『盗賊L』についてですね。あの後、私も奴をあとを追ったのですが、逃がしてしまいました」
リオンと名乗るポケモン……正体は分かっている。奴が邪魔さえしなければ、今頃ルーファスを捕えることが出来ていた。奴は大衆の場では大した行動はできないが、突然糸が切れたように思い切ったことをする。厄介だ。キースは密かにそう思いながら、カイトとの会話を進めていた。
『盗賊L』の正体を、キースは知っていたのか?という質問もカイトに投げかけられたが、それについては『この場で話す』ということで話はうまく収まった。
これから話すことによって、キースの今後の立場が決まる。あの男が邪魔さえしなければ、おそらくキースの思う方向に話を進めることが出来るのだ。彼は軽く深呼吸をするように、目を閉じた。そして、広場のポケモンへ声をかけるように、ジゴイル保安官に指示を出す。ジゴイル保安官は、その巨体を軽く傾けると、頷いているかのようにキースに返事をし、周囲へ声をかけ始めた。
「皆サン、集マッタヨウデスノデ、コレカラ話ヲハジメヨウト思イマス。
話トハ、皆サンゴ存知ノ、『時ノ歯車事件』ニツイテデス。『時ノ歯車』ハ、ジュプトル、通称『盗賊L』トイウポケモンガ盗ミ続ケテオリ、時ノ歯車ガ盗マレタ地域ハ、時ガ止マッテシマイ、大変ナ騒ギニナッテイタノハ皆サンモゴ存知カト思イマスガ……。
今回!!盗賊Lノ魔ノ手カラ、時ノ歯車ヲ初メテ守ルコトガデキマシタ!!」
カタコトではあるが、皆真剣にジゴイル保安官の話を聞き取ろうとしていた。『時の歯車を守ることに成功した』……それを聞いた瞬間、広場には多少のざわめきが起こる。それは、まだ時の歯車が自分たちの側へ存在することへの喜びの声だった。そんな様子を見て、リオンは隣のステファニーにばれない様、微かに目を細める。
「守ッタノハ、ソコニイラッシャルアグノムサン!!ソシテ、ソノアグノムサンヲ救イ出シ、『盗賊L』ヲ追イ払ッタノガ……。
ココニイル、キースサンデス!!」
キースにスポットライトが当たった。各所からキースを絶賛する声が上がり、キースは照れたような表情をわざと見せる。一方、アカネやカイトの名前は上がらない。二度も失敗しているのだから当然と言えば当然であるが、アカネはふと思った。少し位取り上げられたって、罰は当たらないのではないか、と。ここまで傷だらけになっているにも関わらず、今ここに居るポケモンたちの脳裏には、『時の歯車を守るアグノム』と、『盗賊Lと懸命に戦うキース』の姿しか映っていない筈だ。
そう思うと、どことなく寂しいような気分になった。
「……すいません、保安官。ここからは私が話をさせていただきたい」
「了解シマシタ。ヨロシク、オネガイイタシマス」
さぁ、ここからが勝負だ。
キースは、真剣な顔つきで周囲を見つめると同時に、その全てを『敵』と認識した。