キースの“嘘”‐136
* * *
クロッカス達が『盗賊L』と対峙している頃、チームブレイヴは時を同じくして水晶の洞窟の『謎の一室』に立ち尽くしていた。
おそらく『水晶の洞窟』の最奥部であろう部屋で、巨大な水晶が折り重なって地面から突き出し、その水晶の中央に空いた亀裂のようなものは、この先へと続く道となっていた。
チームブレイヴは既に三本の水晶の謎を解き、二匹はクロッカスと同じ道を通ろうとしているのである。
「うぉぁ〜……すっごいね、リオン!」
「いや、お前の知識も役に立った。アグノムの体色を知らなかったら、もう少し手間取っていたかもしれないな。サンキュ」
リオンは『謎解き』に貢献した相棒を褒めつつ、実際は謎解きの答えを『盗賊L』ことルーファスと同じように知っていた。彼はこの場所にたどり着くまでに、妙な痕跡が大量に残されていたことから、既にとルーファスが自分たちよりも先にこの場所を通過していることに気付いていた。
ステファニーもそれを察しており、それなりに急ぐようにはしているものの、リオンはステファニーとは違う意味で焦っていた。ルーファスらしきポケモンが残した痕跡と、別の種類のポケモンの痕跡が途中から重なっているのである。
つまり、ルーファスの後に続いた者がいる……。そして、そのポケモンが誰なのかも大体察しがついていた。何故、あの時一緒に行動することを提案しなかったのか、と嘆いていたが、とにかく急がねばならなかった。
「急ぐぞ!」
「うん!」
二匹は刻一刻と水晶の湖へ近づいていった。リオンにとっては、これが『最後』なのである。ここで失敗すれば、ルーファスの今までの苦労や、自分がかけてきた時間も水の泡。
―――未来は、閉ざされる。
「……っね、ねぇ!リオン!ちょっと走りながらだけど、話していいかな!?」
「舌を噛まない程度にな!」
ステファニーは何か言いたげにリオンの方をチラチラと見ながら走っていたが、リオンは耳だけをそちらに向け、とにかく判断を速めるために周囲に意識を集中させていた。そんな彼にとって、ステファニーの言葉は『いったい何だ?』という程度のものである。
「あのさっ!リオンはなんかこう、自分の潜在意識っていうのかな、自分なのに自分じゃないみたいな、そんなものって感じたことある!?」
「え!?唐突だな……ごめん、ちょっとよくわかんないんだけど!」
「あ!うん、そっか!ごめんごめん、やっぱいいや!先急ご!」
リオンはその質問の意図がよくわからず、考えてみても良い答えは出てこない。第一、そんなことを話していられるような状況では無い為、ステファニーの質問を軽く流した。リオンにとって今、一番に優先するべきは『水晶の洞窟』に辿り着いている可能性があるルーファスと、その後に続いたであろう『チームクロッカス』と思しきポケモン達だった。アカネの『時空の叫び』による情報では、ルーファスは無事にアグノムを戦闘不能にし、先に進んでいたようだが……油断はできない。
「………………な」
「……ん?ステフィ、なんか言ったか?」
「え?何にも言ってないよ?」
『そっか』と、リオンは自身の気のせいだと思い、ステファニーの言葉を素直に受け入れて、視線を先へと伸ばす。
そんな彼を見て、ステファニーは柔らかく、天使のような笑みでにっこりと笑った。
一方、場面を変えて『水晶の湖』では、ルーファスと探険隊チーム『クロッカス』が、戦闘を繰り広げている真っ最中だった。
負傷したアグノムを後ろに、アカネとカイトはアグノムを庇っているような状態でルーファスと戦っていた。水晶の壁に囲まれた時の歯車を目指すにしても、いったん引くとしても、ルーファスにとってアカネとカイトの存在は邪魔でしかない。『電光石火』でアカネとカイトの元へ突っ込むと、リーフブレードを二匹に振るった。しかし、前回の戦闘からその攻撃はなんとなく読めていた為、二匹も負けずにその攻撃を回避、カイトは迷うことなく『火炎放射』をルーファスへと打ち込んだ。
ルーファスの背中に火傷を負わせた『火炎放射』だったが、『猛火』が発動したときに比べれば大したものではない。ルーファスは慣れた身のこなしで回避すると、『エナジーボール』でカイトを狙い撃った。そこにアカネが割って入り、『十万ボルト』で『エナジーボール』の相殺を図った。ルーファスはすぐさまアカネを狙いにかかり、『リーフブレード』を準備しての『電光石火』でで前回のように一気にカタを付けようとするが、その手には乗らまいとアカネは迫りくるルーファスを『十万ボルト』で狙い撃つ。
攻撃を回避しながらアカネに近づこうとするが、その背後からカイトは『竜の怒り』を放った。竜の形をかたどった巨大な青い光がルーファスの体を追跡する。ほぼ百パーセントの命中率を持つ技の為、ルーファスは背中の火傷を更にカイトの技によってえぐられることとなった。
背後に勢いよくぶつかってきた衝撃に、強い痛み。ルーファスは思わず顔をゆがめると、体制を崩して一瞬動きを停止した。それによってアカネの正面からの電撃も命中し、ルーファスの体には重なってダメージが与えられる。
まだ体は動くが、これでは埒があかない。前回は二匹の動く隙をほとんど与えなかったがために、ルーファスの行動のみが見られていた。この二匹はルーファスの動きについて多少学習しているらしい。
ならばこれはどうだ。と、ルーファスは『穴を掘る』を使って地面へと逃げた。標的を失ったアカネとカイトは、ルーファスを探すために辺りを見渡した。どこから出てくるか分からない。地面の中からは、アグノムがいる位置やアカネやカイトが立っている位置は図れない筈である。アグノムを狙われる可能性を危惧し、アグノムの方へと視線を向けた時だった。
アカネの正面から勢いよくルーファスが地面を突き破って飛び出してくる。ルーファスは飛び出してきた瞬間にアカネの鳩尾を勢いよく突くと、そのままリーフブレードでアカネの体を切り裂き、軽く体を弾き飛ばす。
『穴を掘る』は、性質的に地面タイプとなっている。アカネは電気タイプであり、その攻撃はかなりのダメージを体に与えた。リーフブレードは急所から外れていたものの、アカネは苦しみと痛みで顔を歪ませ、地面に叩きつけられた跡、起き上がろうとする際に地に手をついた。
ルーファスがアカネを先に狙ったのは、カイトを狙った後もしも『猛火』が発動した際、二匹残っていると面倒だと思ったからである。
しかし、アカネはまだ何とか動くことが出来る状態だった。まだ近くに居るルーファスに『十万ボルト』を放つと、カイトはそれと同時に『火炎放射』をルーファスへと放つ。二つの攻撃を再び『穴を掘る』によって回避した。
「……ッ……はぁっ……」
アカネは苦しそうに息を吐き、ルーファスの姿を探す。やはり強い。攻撃も強力だ。アカネはオレンの実をバッグから取り出すと、どうにかこうにか絞って『リーフブレード』を受けた傷口に垂らした。じりりと痛みが走り、オレンの汁がかなり傷に染みる。しかし、食べるよりもこちらの方が即効性があり効果的なのだ。アカネは残ったオレンの果実を、軽く口に入れると、再びルーファスを探すために目を凝らす。
どこから飛び出してくるか。と思えば、ルーファスは再びアカネの方を攻撃してきた。アカネは何とか『穴を掘る』を回避すると、勢い余って穴から飛び出したルーファスに向けて『十万ボルト』を撃ち込む。ルーファスは『エナジーボール』で攻撃を相殺すると、『竜の怒り』を撃ち込むために体に青い光を纏っているカイトに『電光石火』で急接近する。力をためていては間に合わないと悟り、カイトは『竜の怒り』を早い段階でルーファスへと放った。
竜の形をした青い光を『リーフブレード』で向かい撃ち、迫ってくる竜を両手でのリーフブレードを使って引き裂いた。それを見逃さず、アカネは『電気ショック』を使い、カイトは『火炎放射』を同時にルーファスへと放つ。
ルーファスを挟むような形で放たれた攻撃。ルーファスは双方の攻撃を回避し、二つの攻撃は衝突、相殺してしまった。なかなか攻撃が当たらず、カイトはルーファスを鋭い目で睨みつけた。
アカネは残った体力を振り絞るような気持ちでルーファスに向かって走ると、尻尾をバネにして体を宙へと放り投げる。宙でバランスを整え、ルーファスに向かって『アイアンテール』を撃ち込もうとした。ルーファスもまた、その攻撃をリーフブレードで受け止めるが、その瞬間にアカネが体力の限り、精一杯の『十万ボルト』を放った。至近距離に居たため、ルーファスの体には多量の電気が流れ込み、アカネの体は『リーフブレード』によって吹き飛ばされる。
「ハァッ……はぁ……ッ……」
「ッ…………体が……」
ルーファスは体の異変に早くも気づいた。体が痺れてうまく動かない。十万ボルトを浴びせられたと同時に、ピカチュウの特性である『静電気』も移されたようだ。バッグの中には麻痺に即効性のあるクラボの実が入っている。バッグの中に手を伸ばそうとしたが、それはカイトの『火炎放射』によって阻止された。
モロに体に『火炎放射』が撃ち込まれ、ルーファスは勢いよく攻撃に弾かれる。効果抜群の技のダメージの大きさに、ルーファスは思わず目を見開いた。地面に叩きつけられるが、その衝撃で麻痺が吹っ切れたかのように体の感覚が戻ってくる。反撃の為に地面から立ち上がると、『エナジーボール』を、既に体力が殆ど残っていないであろうアカネへと撃ち込んだ。
「!?ッ……!」
度重なるダメージによって、体が頭についていくことが出来ず、アカネは攻撃の事をわかっていながらも回避することが出来なかった。カイトがそれを瞬時に悟り、アカネとエナジーボールの間に割って入り、アカネを庇う形でカイトがエナジーボールを数発受けてしまう。
草タイプの技と言えども、ルーファスのレベル自体が相当高いのだ。カイトの体にもかなり響き、カイトは地面に膝をついた。
「アカネッ……動ける!?」
「………ッ」
動こうとしてはいるのだが、リーフブレードによる傷が悲鳴を上げている。カイトは何とか立ち上がると、ルーファスの方を見据えた。戦わなければいけないのは分かっているが、体がうまく動かせない。二匹とも、ほぼ限界の状態だった。
カイトの方も、『猛火』が発動するような気配はない。ルーファスはアグノムを後ろに庇う二匹を見据えると、今まで体に与えられたダメージをものともせず、二匹の方へと近づいていく。
「そこを退け」
カイトは体を引きずりながらアカネの前に出ると、『いやだね』と返し、既に戦う力がほとんど残っていないにも関わらず、挑発的な目でルーファスを見据えた。その様子を見て、ルーファスは妙な苛立ちを覚えた。
……そこまで命を張ったところで、お前達にいったい何の意味がある?
『真実』を知らないカイトやアカネ、アグノムは、『時の歯車』を取らせまいと必死にルーファスを阻止している。『自分の首を絞めている』……ルーファスにとって、そんな光景は、滑稽以外の何者でもない。
「……そこまで言うなら、仕方がない。全ては時の歯車の為だ……許せ!」
ルーファスはそう言い放つと、カイトの方へ『エナジーボール』を放ち、自ら『リーフブレード』でとどめを刺そうと前へ出た。
迫りくる攻撃に、カイトは何とか応戦しようと『火炎放射』を繰り出す準備をするが、まったく炎を吐き出すことが出来る気配が無い。ここまでか……そう思った時だった。
突如、ルーファスの攻撃はすべて何者かによって阻止された。一瞬何が起きたのか分からず、アカネやカイトは目を見開き、その光景を眺めていた。
「ッ……お前は……!」
二匹の目の前でルーファスを止めたのは、一匹のヨノワール……基、探検家のキースだった。ルーファスの体を突き飛ばすと、キースはカイトに向かって『カイトさん、ここは私に任せてください!』と言い放つ。
「あっ……!!みんなぁ!!」
その背後から、更に他の声が聞こえた。クロッカスの後に『謎解き』を終えたチーム『ブレイヴ』である。ステファニーとリオンも水晶の湖に到着し、殺伐とした空気を察して増援へと向かったのである。
「キースさん!?」
やっと思考が頭を一回転したのか、カイトはキースの存在を理解し、彼の名を呼んだ。また、ステファニーやリオンはその光景を見て目を見開く。ルーファスとキースが対峙している、という異様な状況に、かなりの焦りを感じる者もいた。ルーファスはそのポケモンの存在に気付くことなく、目の前のキースを見て眉間に皺を寄せる。
「キースッ……!なぜ貴様がここにっ……!!」
「久しいな、随分さがしたぞ!ルーファス!!」
…………どういうことだ?
アカネはその会話を聞きながら、大きな衝撃に撃たれていた。『盗賊L』は、キースの名前を知っている。それはまだ分かる。何故なら、キースは人気の絶頂に居る有名探検家だからだ。
しかし、問題は会話の後者。今、キースは『盗賊L』の本名らしい単語を発した。『ルーファス』……確かにそう言った。そして、いつもの丁寧な口ぶりが一変し、『盗賊L』の前では荒々しい声の質、口調に代わっている。間違いなく、キースと『盗賊L』には面識があるのだ。しかし、今までキースはそんなことを一言も言っていない。……何故?
そんな疑問が頭の中に浮かぶが、現在の状況では答えが出そうにはない。キースは勢いよくルーファスにつかみかかると、ルーファスもまたキースにダメージを与えにかかった。体が大きく、力が強いのはキースの方である。更に、ルーファスは先ほどの戦闘でダメージを負い、真剣に勝負して勝てる見込みはほとんどない。
キースの攻撃をかわしながら、ルーファスは焦った。このままでは、時の歯車は諦めなくてはならない。それどころか、逃亡すらも難しい。
彼がそう思っていた時だった。キースがルーファスの腕をつかみ、完全に彼の動きを封じた。ルーファスは切迫した状況の中で顔をゆがめると、何とかもがき脱出を試みる。しかし、ルーファスは知っている。
『この男』は、もがいた程度では絶対に離してくれないのだ。
「ッ…………」
「貴様もここで終わりだな……!」
その瞬間に、キースとルーファスの間に何者かが飛び込んできた。『キースさん!』と名を呼びながら、応援へと駆けつけたリオンである。
リオンはキースと一緒になってルーファスを地面へ抑え込もうとするが、その刹那、『水晶の湖』の巨大な空間を、目が眩むような光が照らした。一瞬ではあったが、その光に怯んで誰もが目を瞑り、キースは思わず体の力を抜いてしまう。
「……ッは……ルーファス!?」
「逃がしたか!?」
キースとリオンの目の前には、既にルーファスの姿は残っていなかった。『時の歯車』は守ることが出来たものの、『盗賊L』は、今度も逃がしてしまったのである。キースは舌打ちをすると、『テレポート』を使ってルーファスの追跡を試みた。
『盗賊L』が逃亡し、キースもなぜか姿を消した。目の前の意味不明な状況に、誰もが唖然とする。
しかし、アカネとカイトはふと、自分の置かれた状況を思い出した。体は傷だらけ、出血もある。体に与えられたダメージが、気が付いたとたん大きく体を蝕み始めた。アカネは座っているのがつらくなり、地面に横になると、ぼやける視界の中で考えた。
――――――――――キースは、嘘をついていた…………。
まだ体力が残っているカイトは、必死に彼女の名前を呼ぶが、その声はだんだん遠くなっていく。聞こえている声が声では無くなっていき、やがて完全に意識を失った。