水晶の洞窟‐134
「シャロット!僕と君ならやり直せるよ、もう一度チームを結成してほしいんだ!」
「んー、早くパパの所に帰った方が良いんじゃないかなー」
パッチールのエルフが運営するカフェにて、あたしは捜査会議が終わった後すっきりとした顔つきでそこに座っていた。
というのも、この私、シャロットは、どうやら件の『水晶の洞窟』には連れて行っては貰えないらしい。あたしも一応探検家であるはずなのに、ギルドに属していないという意味で今回は参加させていただけなかった。
多少気分が悪くはあるが、その代わりにドナート警部補の捜査に再協力させてもらえるようになった。一応ドナートさんとはカフェで待ち合わせと言うことになっているので、モモンジュースを啜りながら入り口付近を眺めていた。
『エレキ平原』から再び降りてきたセオを完全放置していたことを忘れており、まだこの地に留まっていたことを今初めて知ったのだ。カフェで待っていたらたまたまセオに捕まってしまい、そこから再び熱いラブコールを浴びせられているのだ。すなわち、チーム再結成したいコールである。
いったいこいつは『エレキ平原』に帰ったとて、何を学んできたというのだろうか?セオの父親は厳格そうであはあったが、セオを前にするとそこそこ甘い感じがした。故郷に帰って……とか言っといて、きっと実際はパパに甘やかされていただけなのである。
何にしても、あたしは彼と探検隊を再結成する気は全く無い。そもそも、セオの妙な探検家概念にはついてけない。あたしは彼があまり好きではなかったのである。
「僕、色々考えたんだ。僕が追っかけてたチームクロッカスの事があって、ショックだったり情けなかったりしたけど、どうにしても、僕は君と探検隊チームを作り上げたいんだよ!」
「嫌だ。あたし、セオの妙なこだわりってはっきり言って苦手なんだよねー。それに……セオが前にあこがれてたチームクロッカスみたいにはなれないよ、あたしたち」
そう言ってモモンジュースを啜る。セオの発言がすっぱくて、このジュースはとても甘い。酸っぱいよりも甘い方が断然好きだ。頭がすっきりする。尚、セオのコールが続く中、嗚呼酸っぱいなぁ、と思いつつモモンジュースをズズズ、と啜った。
「僕はもうクロッカスを目標にはしないよ。だって、あのチーム見てくれだけで、中身すっすかだったんだし、目標にする価値なんて……」
「やっぱり、あなたの事苦手。クロッカスを目標にすること自体が無理な話だと思うよ。あたしとあなたじゃ、アカネさんやカイトさんのようにはなれない。ねえ、あなたの自慢のパパを追い詰めたの誰だと思ってるの?」
「だってシャロットが居たじゃないか。あの二匹に加えてシャロットがいたら、それは勝てるに決まってるって思うんだけど」
「……アカネさんとカイトさんはあたしたちみたいなのとは違う。妄信してるみたいな言い方になるけど、あの二匹は一緒に居なきゃいけないような、そんな存在だと思う。
あたしはあなたが居なくても幸せにやっていけるし、むしろ一緒に居た時の方がつらくて苦しいことが多かったような気がするなって思う。あたしにはそれを、あなたと一緒に乗り越えるのは無理だった」
「はいはい、相変わらずだね、シャロットは」
結局相変わらずなのはあなたも同じだったな、と。あたしはなんとなくわかっていたのにも関わらずに落胆した。昔もよく説教したが、大したことではないと感じると即悪びれた雰囲気は全く無くなってしまう。あたしは、そんなところが嫌だった。
「でも、要するに背中を預けれる程度なら、クロッカスにも負けないってことだよ。僕は実際にアカネさんからそう聞いたし」
「じゃあ、セオ。聞くけど、あたしと恋人になれる?」
「…………はい?」
セオは目を見開いて、『意味わからん』みたいな顔をして固まった。あたしはそんな彼を見て、落胆の極みに目を細める。
すると、セオはやけにニヤニヤとし始めて、あたしの方へと顔をぐっと近づけてきた。
「え?なにー?僕の事好きだったの、シャロット〜」
「はい、アウト。やっぱり無理だと思うよ、あたしとあなたが一緒に探検家やって、クロッカスに追いつけるなんて思わない方が良いよ」
「……は、え?何!?」
あたしの言葉を聞いて、セオは『からかわれた』と思ったのか、一気に顔を真っ赤にしてまくし立てて来た。こんな奴とチーム再結成なんて、やはり無理だ。
いや、あたしも卑怯なことをやったとは思うし、それで何かを完璧に測ることが出来るのかと言われれば、きっとそうではないと思う。しかし、感覚的に、セオの答えを聞いて思ったのだ。このままチーム再結成に運んでしまえば、またロクな目に合わない、と。
「……あたし、ちょっとトラウマなんだよね。あなたが何かするたびに謝りに回ってたのはあたしだったし、その度に怒られたり悲しがられたりして。
こんなん、探検家のすることじゃないと思ってた。笑ってもらえた数より、たぶんそれ以外の方が断然多いから。……そう思うと、フリーになった今がすごく幸せ」
「……そ、それは……ごめん。それは本当に申し訳ないと思ってる」
嗚呼、早く来てほしい、ドナートさん。早くこんな不毛な会話を終わらせてほしい。
あたしはちらりとカフェの入り口付近を見たが、まだ彼は到着していないようだった。少し遅れているようだ。どちらにしても何かがあるまではカフェで時間をつぶそうと思っていた為、待ち合わせよりかなり早く来てしまったのが間違いだったようである。
舌の上を桃色のジュースが滑らかに流れていく。そんな桃色をごくりと飲み込むと、すっきりとした甘みが口の中に残った。
ジュースは後半分も残っていない。
「……一緒に居てなんとなく思う時がある。アカネさんとカイトさんは……特にカイトさんは、相方を失ったら死ぬかもしれないなって」
「え、そんな。大袈裟でしょ」
「大袈裟かどうか……確かにそうかもしれないけどさ。カイトさんのアカネさんへの感情は、ある意味狂気的なところが有ると思うのは事実だよ。で、たぶんアカネさんもどっかにそういう感情を持ってると思う。
でも、すごいチームだよ。クロッカスは。それをあたしは知ってるから、あたしはその狂気を肯定する」
言っていることが分からないかもしれないが、結局のところ、あたしはセオに対し、お前には無理だと言っているんだと思う。それは、あたしがセオをどこかで見下している故の感情だということも理解している。
ただ、セオの存在自体がはっきり言って『無理』な物になっていることは、あたしからすれば自信の感情を取り出して見てみなくても『明白』だった。
「ねぇシャロット、なんのはなし……」
「おや、シャロットさん。奇遇ですね」
会話に入ってきた第三者の声に驚き、思わずその声がした方をグリっと首を回して見つめた。カフェの中が微かに騒めいている。
セオは『あれ?』という顔をしつつ、なにやら不機嫌そうな雰囲気を発していた。どこからどこまでも失礼な奴である。
「あれ?キースさん」
ヨノワールのキースさんである。先ほどの会議で一緒だったが、彼はまだかなり仕事が残っているのではなかろうか。何故カフェに居るのか。
少し疑問に思ったが、だから何だという話でもない。むしろ、セオとのこの不毛な会話を終わらせるチャンスだと思った。
「いやはや、シャロットさん。先ほどは会議でお騒がせしてしまいました」
「いいえ、アカネさんの件は驚きましたけど……。でも、あまり口外しないようにします」
「すいませんでした。リオンさんにすっかり論破されてしまいまして、お恥ずかしい。そういえば、彼と貴女は仲が良いと聞いたんですが……」
「え?あたしとリオンさんが?まぁ、確かに仲は良いかな……?でも、まだあくまでお仕事の仲間って感じで。でも、今回すごいと思いました!捜査にもビシビシ突っ込んで、自分の意見に声を張り上げて……かっこいいなって!」
セオが妙なものを見るような顔つきであたしの方を見ていた。セオの前でのあたしが少し違うだけである。
「なるほど。…………ところで、シャロットさん」
「あ、いたいた!おぉい!シャロットちゃんやーい!!」
キースさんの後ろから、次は非常にフレンドリーなおじさまの声がした。後ろの方をのぞき込むと、入り口付近から高貴なその姿を一歩一歩歩くたびに台無しにしながら、ウインディであるドナート警部補がこちらへとやってきた。
「ごめんごめん、部下の飲み込み悪くて遅くなっちまったわ」
遅刻した挙句飄々と現れて部下の悪口、と。なかなかのクズっぷりではあるが、あたしはこのポケモンが嫌いではなかった。
「大丈夫です!じゃ、行きましょうか。キースさん、しつれいします!」
「は、はい」
そう言って、あたしはドナート警部補と共に警察署へと向かった。今頃アカネさんやカイトさんは水晶の洞窟へと向かっている頃だろうか。
それは分からないが、とにかくあたしにできることをしなければ。
* * *
一方、チームクロッカスやギルドのメンバーたちはそれぞれグループを作ったり、単独で行動しながら『水晶の洞窟』の探索を進めていた。
キースの推測や、アカネの見た『時空の叫び』を証拠に、この場所に時の歯車があるのはかなりの確率である。気を抜いてなどいられなかった。
アカネとカイトは、その『水晶の洞窟』の入り口付近に居た。
入口から、既に何個もの水晶が飛びだし、キラキラと輝きながら洞窟を彩っている。それはまるで芸術のようだった。全ての水晶が透明だとは言えないものの、非常に美しい類のクリスタルが密集している。
「僕たちも一つ持って帰る?」
「……別に、どっちでも」
アカネがそう返事をすると、カイトは柔らかくほほ笑みながら手のひらサイズの水晶が生えている場所に近づき、その水晶を掴むと『ボキッ』という音を立てながら根元から水晶を折った。なんて馬鹿力だろうか、と、アカネはカイトを見て目を細めるが、手渡された水晶を見ながら、その瞳はキラキラと輝くものに変わっていった。カイトが手渡してきた水晶はかなり透き通った物だったので、アカネの黄色い体毛に覆われた手はその水晶によって屈折して見えた。それも又、なんとなく美しいのである。
「……ま、折ったのに放置っていうのは無いわね。貰っときましょ」
「うん。とにかく、僕たちも捜索に進もう」
美しい水晶。思わず上を向いたり横を向いたりと、色々と目を振ってしまいそうではあるが、それは最初だけの話である。これ以降そういうわけにはいかなかった。盗賊Lを食い止めるには、まず時間が無いかもしれないのだから。
水晶の洞窟に澄んでいるポケモンたちは、アカネとカイトにとって不利でも有利でも無かった。ただ、マグニチュードや地震を使ってくる者が居るのがかなり面倒である。
しかし、『北の砂漠』という負の要素を盛り込んだようなダンジョンに比べれば、『水晶の洞窟』は簡単なものだった。
しばらく進むと、すぐに最奥部らしき場所に出た。その場所は、何か妙な雰囲気が漂っている場所である。
「……ここが、洞窟の一番下ってことになるのかな」
アカネとカイトは辺りを見渡した。どう見ても怪しいものが、少なくとも三つある。それぞれ、ほかの水晶とは存在感も色どりも明らかに違う水晶である。
赤、緑、黄色。見る限り、その色を持つ水晶が三本、部屋の中央、少し手前のあたりに並ぶようにして立っているのである。
形や色からして、どうみても天然のものでは無いように見えた。人工的に形が模られ、色を与えられたように見える。これはかなり怪しい。
「これをフラー達は見逃したっての?」
どう見ても怪しいにもかかわらず、ここに先に探索へ訪れていた三匹はこの場所を見つけることが出来なかったらしい。単に二匹の進み方が他と違ったのか、それともあの三匹がやたら別の場所に目を振っていたのか……定かではないが。
カイトはその水晶の方に、警戒しつつも速足で寄っていく。アカネもその後を追うと、三本が三角形をかたどる様にして並んでいるのがしっかりとわかった。
「……うぉ!?アカネ、これ触ると色が変わるみたいだ」
カイトが水晶を触ると、水晶は元の色から橙色や緑色へと変化する。色に浸食されるように、根元から急激に色が変わっていくのだ。しかも、その色は何度でも塗り替えが可能らしい。カイトが五回水晶に触れたうち、五回とも異色に変化した。
「これ、他とはどう考えても違うよね……色が変わるって、なんかちょっと面白いかも」
仕組みはどうであれ、色が変わるのは単純に面白い、とアカネも思った。『時空の叫び』が発動することも視野に入れつつ、アカネは目の前の水晶に触れてみた。
アカネが触れても、やはり水晶の色は変化する。『謎解き』の資格は、どうやら誰にでもあるらしい。
しかし、あまり触りすぎると『罠』などが発動しかねない。今のところ、まだ変化はない様だ。今のうちにやめておこう、とアカネはカイトを制止する声をかけた。
「あんまやりすぎると罠とか発動するかもしれない。あまり無暗に触んない方が良いわよ」
「あ、そうだね。今のところ何の変化も無しだけど、これどうすればいいのかな。小説とかではさ、よくこう、謎解きで特定の色にそれぞれ合わせたりするんだけどね」
「……きた」
「え?」
ぐらり、とアカネは頭痛や眩暈を感じ、体を不安定にふらつかせた。カイトは『時空の叫び』の発動を察すと、アカネの体を支えて壁の方へと誘導し、安定するように寄りかからせる。
一方、アカネは目の前に閃光が走ったのを確認し、そのまま『夢』へと意識を任せた。
『―――――――成程。
知識、感情、意思という三つの精神の内、アグノムは意思を司る神だ。意思とはつまり、成し遂げようとする心。つまり水晶の色を一つに合わせれば道は開くのか。問題は、アグノムの心の色だな。
アグノムは水晶の湖に住んでいる。ならば、アグノムの心も水晶に……――――』
また、あの声が聞こえた。
聞いているとどこか落ち着くのだ。この声は。そのことに、今なんとなくアカネは気づいた。誰の声かは知らない。しかし、つい最近聞いたような気もする。どこだったか。感覚的な物なので、どうしても思い出せない。
「……アカネ、戻ってきてる?」
ゆっくりと目を開けると、目の前にはカイトの顔があった。近い。恥ずい。アカネはふとそう思ったものの、何が恥ずかしいのか。とにかく、カイトの顔から一旦自身の顔を離し、時空の叫びについて手短に説明をする。この場所を見る限り、何者かが最近訪れたような痕跡も無く、そんな『時空の叫び』も見ていない。そして、その『時空の叫び』により、この場所が湖へ向かうための鍵だということは判明した。
「……要するに、この水晶を同じ色に合わせればいいらしいわね」
「了解。何色に合わせるかが謎解きって訳だね」
「そういう事。……アグノムは意思の神、だったか。意思の色……アグノムの心の色。ビジョンで確認した限り、アグノムは青色をしている……そして、アグノムは水晶の湖に住んでいる……アグノムの心も又、水晶のように透き通っている……。
分かりづらい表現だけど、おそらく青に合わせればいい。ほぼこれで確定よ」
『了解』と言いながら、カイトはアカネが指定したとおりに『青色』にすべての水晶を変更した。三色の水晶がすべて青色に変わり、三角形上に並んでいる。カイトは少し水晶から離れると、アカネと共に変化を確認しようと顔を上げた。
「……自信ありげだね、アカネ」
「というか、これくらいしか思いつかないし」
そう会話を切ろうとしたとき、三本の蒼い水晶の柱が同時に光を放った。光は徐々に水晶の頂点へと昇っていき、そこから眩い光が同時に放たれる。一本一本から放たれた光は三つの水晶の中点でぶつかり合った。
稲妻がはじけるような険しい音が響き、地面を大きな揺れが襲う。アカネとカイトは水晶から離れたところに居たため、変化に気づきながらもその様子を真剣な目で見つめていた。
轟音が響くと同時に、三つの水晶の中央の地面が盛り上がり始め、巨大な水晶が床を突き破って地上へと姿を現した。その水晶はまるで道を作る様に変化していき、結果的に大きな洞窟のように、ぽっかりと穴の空いたダンジョンの入口へと変化した。
その大掛かりな仕掛けの様子に、アカネとカイトは思わず唖然とする。
「……うわ、すご……」
「この中は多分ダンジョンね……行くよ」
巨大な水晶で出来たドーム。大きな水晶の門。この先には必ず時の歯車があるだろう。
アカネとカイトはそれぞれ顔を見合わせると、小さく頷いてその中へと足を踏み入れて行った。