ささいな違和感‐133
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アカネの『時空の叫び』による証言によって、残りの時の歯車は『水晶の洞窟』にある可能性が極めて高いことが言い渡された。
水晶が連なり、巨大な湖。青色のポケモンに『盗賊L』。 青色のポケモンとはおそらく『アグノム』のことである。そしてアグノムは戦闘不能にされ、盗賊Lのみが湖の方へと進んでいく。すでに実行されてしまっている可能性も無いことは無いが、それ以上に信じなければならない。『残された可能性』を。
『盗賊L』らしきポケモンが時の歯車というワードを口にしたことで、『水晶の洞窟』に存在するというのはほぼ確定していた。そして、盗賊Lの背中の火傷が治り切っていないことから、これから襲うとしてもそう遠くない未来の筈である。
必ず盗賊Lは現れる。当然そうなると、このギルドのポケモンたち全員が『水晶の洞窟』へ駆り出されることとなる。保安官は警察に一時保護中のエムリットの身柄を引き渡し、アグノムの存在を聞き出すということになった。
時間の問題である。『盗賊L』が先か、探検隊達が先か。
話に決着がついたところで、ギルドのポケモン達は『水晶の洞窟』へと出る準備を始める。準備ができ次第、捜索場所へと出発である。
実際に『水晶の洞窟』の捜索へ当たったフラーやグーテ、アドレーは三匹して『特に変わったものは無く、ただただ水晶が続いているだけ』と話した。
クロッカスの二匹が流砂と砂漠のみの地で隠れダンジョンを発見したように、水晶だけしかないのなら、水晶に何かすればいい……という、単純な話でもない。
わかりにく過ぎるな。と、皆それぞれ思っていた。
「……もう、リオン!吃驚したよ!普段あまり目立った発言しないのに」
「場をさらに混乱させたかもしれないな……すまん。あと、アカネ。口出して悪かった」
「……別に。ちょっとスカッとしたしね。ただ、ますます分からないわ。何で皆そんなにキースを妄信するのか……」
キースがいなければ、アカネの『時空の叫び』という能力自体、笑い飛ばされていた可能性が高い。生活上での繋がり以上の何か。キースは特別、キースは絶対……皆そう思っているような、そう思い込まれているような気がしてならない。
リオンは、アカネのその考え方は決して間違っていないと思う。彼女ならそう思って正解なのだ。ただ、何故そうおもいながらも打ち明けてしまったのか。『時空の叫び』の事を。
しかし、この場で発表されなければリオンは彼女の事に『気づかなかった』だろう。キースに話してしまう心理もわかっていた。カイトである。
アカネはそうでもない、が。カイトがキースを信じ込んでしまっている。キースはカイトが居る限り、アカネに下手に手は出さないだろう。しかし時間の問題、いずれ時が来てしまう可能性がある。
(…………『時空の叫び』を持っている。そしてチーム名は『クロッカス』。彼女に間違いない……。とすると、当然『ウロボロス』も所有している筈。
しかし、安易に彼女はキースに話してしまった。『時空の叫び』の事を……。
……カイトとの出会いを話すことが出来なかったのはその所為か。おそらく、ほとんど忘れてしまっているのだろう。
……いっそのこと、話してしまおうか)
リオンは思う。自らの事、『盗賊L』ことルーファスの事を、自分たちの『目的』を。
しかし、変に思われて敵側に回られるのはさらに怖かった。キースは今回の事で完全にリオンの正体に気付いている筈だ。つまり、ここに居るポケモンたち、全世界のポケモンがリオンを敵認識するよう仕向ける可能性は大きい。
更に、アカネは『時空の叫び』を使ってしまった。キースの企み通りである。非常に、とてつもなく不味い状況であることは理解できる。この先、『やること』が山積みだというのにも関わらず。
「……アカネ」
「何?」
「………………」
信じるだろうか、こんな突飛な話を。
話をしてみようとリオンは声をかけたは良いが、その先の言葉が出てこない。万が一の恐怖で喉につっかえてしまっていた。
アカネは首をかしげると、『何もないなら、急いでるから』といって、その場を立ち去ろうとする。
リオンは引き留めず、そのままアカネから目をそらした。背中を向けて歩く二匹を見ながら、ステファニーは可笑しそうに軽く首を傾げた。
会議の後、ギルドのメンバー達はそれぞれ『水晶の洞窟』へ向かう為、ギルドの外へと散らばって行った。チームクロッカスもまた、『水晶の洞窟』へ向かうための準備をし、すぐに出発することになっていた。
カイトは先に自室へと返ってバッグ内の整理をし、アカネはリオンやステファニーと話した後、カイトの待っているクロッカス共有の部屋へと足を踏み入れる。先ほどの事があり、妙に気まずい雰囲気が漂っていた。
アカネは特に不機嫌と言うわけではない。ただ、カイトがチラチラとアカネの様子をうかがっては目を細め、視線を下へと下ろしてしまう。その繰り返しで、アカネはカイトのそんな態度に対して少しの苛立ちを感じていた。
アカネは投げやりに『オレンの実』をトレジャーバッグへと突っ込む。『北の砂漠』のダンジョンほどの苦戦は無いことを祈りつつ、『縛り玉』などの不思議玉を多数バッグに忍ばせた。
首に特殊効果のあるスカーフを巻き、一息ついたころだった。いきなり背後から首へと手を回され、締められるようなそうでないような妙な感覚に襲われた。しかし、この部屋にはカイトしかいない。
アカネは電撃を放とうと力むが、それに気づいて咄嗟にその意思を切り替えた。その瞬間、背後から聞き覚えのある声が響く。
「アカネぇ!!さっきはごめんん!!ごめんなさいぃぃ!!」
「ちょ、何!?やめて、なんか、キモい!うざい!!」
「ごめん!!!」
ごめん、ごめんと謝りながら首元を両腕で絞めつけてくるカイトには本当に謝る意思があるのか否か。両手で引き剥がそうとしてもびくともしない。変なところで再び怪力を発してくるのである。
『苦しい』というと、やっと気が付いたのかカイトは両腕をアカネから離した。カイトが離れるとアカネは即座に背後にいるカイトの方を向いて素早く腹にパンチを食らわせる。綺麗に鳩尾のような場所に入ったようで、顔を多少ゆがませると足をふらつかせた。
「何、なんの真似!?」
「……え……ハグ……」
「背後から絞め殺そうとしといて何言ってんの!?」
ハグ、と言いながらも正面からではなく背後からガッシリ、そして腕の下に手を回すのではなく首に回し、死ぬほど首元を抱きしめた挙句……。となると、もはや言い逃れなのではないかと思ってしまうほどだった。
あれはハグだ!と言い張るカイトが更に言うには、両親二匹が『仲直り』しようとする際にはハグだった、と言うのである。絶対嘘だ、とアカネは食って掛かった。そもそもハグではないし、以前カイトと喧嘩をしたときはそんな事は一切無かったような気がする。というよりか、あの時そんなことが起こっていたら喧嘩が再勃発である。
「ご、ごめん。どうすればいいかよくわかんなくて……リオンに言われてちょっとハッとした。アカネの秘密はキースさんがどうのこうのって話じゃないよね……ごめんね」
「分かってんなら良い。リオンのおかげでスッキリしたし、そんなに気にしてない」
アカネはそう言いながら、掘り下げることなくカイトの謝罪を受け取った。彼女には過去の『記憶』が無い。時空の叫びの事を知られて不味い敵が居るということを知らない彼女がそう思うのは全くもって無理のない事だった。
これから向かう場所は、チームワークがなければまず挑めない。もしもまた『盗賊L』と対峙したら、と思うと、前のようにあっさりとやられてしまうわけにはいかないのだ。
「……本当に、ごめん。今はこういう状況だから流してくれてるけど、怒ってるんだよね」
「そりゃ、ムカついたわ。売られたって思った」
アカネはそう言いながらバッグへと道具を放り込み、しっかりとバッグの口を閉じる。スカーフの具合を確認し、先ほどカイトに絞められた場所が歪んでいた為修正した。動作をしつつ、カイトの言葉に淡々と答える。
「皆キースの事ばっか考えてるから、反論しようにも空回って。味方いないなって思った。でも、リオンがなんでかわかんないけどそこそこ言ってくれたから、気が楽になった。半分以上驚いてただけだけどね」
「……うん」
その言葉を聞いて、カイトはなんとなくわかったような顔をしつつ、今度は眉間に微かに皺を寄せる。アカネの方はカイトの表情を見ていないので、彼がどんな顔をしているのかは知らなかった。
自業自得である。そう思ったものの、やはりどこか気に入らない。カイトはそんな気持ちを抱きつつ、アカネの話を真剣に聞いているふりをした。
アカネが、自身と出会った後、変わったと感じるところは多い。特に遠征あたりから、感情の表し方が大きく変わったような気がしていた。そんな変化は嬉しいが、そんな変化を見せているのは他者にも同じなのだと。
「…………リオンに任せちゃってたね、僕の役割」
「今度からやらないでって話。私は大分前に初依頼であんたを『囮』にした。だからこれでお相子」
『湿った岩場』の事である。アカネがいち早く敵が周辺にいる危険を察知し、まだであって間もなかったカイトを囮にして逃げたことだ。カイトはそんなことは全くと言っていいほど気にしていなかったが、それを聞いて『うん』と小さくつぶやいた。
現場で受けた衝撃。すなわち『秘密をばらされてしまった』というショックの大きさの割に、アカネの内心に響いたダメージは少ないように見えた。しかし、それはリオンと言う存在のフォローがあっての事である。
リオンがあの発言をしていなければ、アカネはこんな風に考えていただろうか。それはアカネの心境変化以前の問題で、それに気づかせてくれた彼に、カイトは感謝しなければならないと思っていた。
しかし、どうしてか心から感謝することは出来ない。そんな彼の行動からの影響がどこか気に入らない。
アカネがリオンに感謝をし、彼のおかげかどこか穏やかなのも気に食わない。
(…………僕は……前からこんなこと考えるような奴だったかな)
ぼんやりとそんな気持ちが頭をよぎる。リオンは先輩であり友人、ギルドに入ってから最初にできた友人の一匹だった。ギルドの中で一番仲がいい同性のポケモンは彼だ。普段なら、カイトは普通に彼に感謝して、謝罪と礼を述べている筈なのだ。
再度考えた。アカネと出会った頃、それ以前に大陸に初めて来た頃……自分はこんな奴だったかと。
「……アカネ、次こそ捕まえよう。『盗賊L』を。そしたら、全部終わるんだから」
「当然。……もうあんなやられ方したくないからね」
一方でそう返しつつも、彼女はカイトが発した『全部終わる』という言葉に、どこか妙な違和感を抱いていた。
* * *
男は、炎でぼんやりと照らされた洞窟の中に居た。
背後のゴツゴツとした壁に寄りかかり、目を瞑って背中のじわじわとした痛みを感じていた。背中の火傷である。
この火傷は、ある意味『弱点』に成り得るかもしれない……。男もとい、ルーファスはそう思いながら、片手に握っていたチーゴのみを齧った。渋いが、どことなくうまみを感じる。非常に贅沢な味だ。渋いだけなのにこんなにも美味い。ルーファスはそんな心情に思わず目をゆっくりと開いた。
ゆらゆらと揺らめく炎。ルーファスは草タイプだが、怖いとは全く思わない。これ以上に恐ろしいものなど、世の中にはごまんとあるのだから。むしろ、薪の容赦ない暖かさに対してとても気分が良かった。
ルーファスは朧げに、自分の古びたバッグに手を突っ込むと、側面を漁って小さな袋を取り出した。薄汚れた巾着袋だが、その中には四つもの時の歯車が入っている。そして、その奥の方に小さくたたまれて押し込まれている紙切れがあった。
その紙切れを巾着袋から取り出し、そっとくしゃくしゃにたたまれている紙を広げた。何度も何度も開いてはたたんだような跡が残っており、既にそれは摺り切れかけている。
紙切れを開くと、ルーファスの手二個分ほどの大きさの紙。その紙に描かれているのは文字ではない。
非常に精密な、まるで現実の一瞬をそのまま紙面に映したような特殊な『絵』である。そこに人工的なものは存在しないように見えた。
それは『写真』というものである。微かに色がついており、ルーファスが知っている風景が丸ごとその写真の中に納まっていた。
ルーファスはそれを目を細めながら見ていた。
写真の中に写っているのは、ジュプトルであるルーファスをはじめ一匹のキュウコンやエーフィ、セレビィ、ニューラにラティオス、その他のルーファスの知っている顔一匹一匹がしっかりと映り込んでいる。
「……………さん、へケート……シェリー、リラ……エイン……」
後ろの方に映り込んでいる、ポケモンとはどこか違う『人間』の存在に、ルーファスは思わず目を潤ませた。
来るところまで来た。後戻りはできない状況で、また、『仲間』を失ったのかもしれない。
「…………クロッカス」
いつか、どこかで……生きていてはくれはしないものか。
運命の『あの日』、あの人間に手を離してしまった彼は、ただただそう思うしかなかった。