エムリットの証言‐129
「……イヴァン・ブロップス、チェック済み……この区域のジュプトルはこれだけなんですか?」
チェックシートに軽く印を入れると、俺は目の前にいる巨大なウインディにそう尋ねた。偉大で優雅、高貴な雰囲気を持つその姿とは裏腹に、柔らかく表現すれば気の抜けたような、容赦なくいくならただのおっさんのような声で俺の質問に答える。
「そうだなぁ。うぅん、ジュプトルって種族は元々多い訳じゃないんでね。キモリとジュカインの中間のポケモンだから、大体力がある奴はさっさとジュカインになっちゃうよなー」
「でも、最近は時の歪みの影響がポケモンたちにも及んでいるらしいです。現に『神秘の森』の光の泉は、今まで進化の為に使われていたけれど、最近全く使い物にならないとか」 シャロットさんは、ジュプトルの進化に軽く肯定するウインディ、『ドナート・ウィルシャン』警部補に対してそう言った。ドナートは軽く頭をひねり、『そうだったなぁ』と、再び気の抜けたような声でシャロットさんの言葉に返す。
大体、どうしてこのポケモンを捜査の指揮につけたのか分からない。しかし、なんとなく気が抜けている。ただのできないおっさん、という感じまでしている。油断は禁物ではあるものの、上手く状況をコントロールすれば……ルーファスまでたどり着くことを阻止できるやもしれん。
ルーファスが住所などを持っている筈が無く、また誰かに目撃されることを好んでいない筈だ。このまましらみつぶしにジュプトルやその血縁を当たれば、時間稼ぎも十分可能である。
「……ジュプトルとジュカインも、容姿がよく似ているな。探す当てがないのであれば、そちらも当たってみては?」
「えー。ジュカインとジュプトル間違えっかな……ま、貰ったわそれ!」
早々に『無線』たる、探検隊バッヂの通話機能のような物で、警察署の本部にいる部下たちに調べるように指示していた。ステフィとシャロットさんは、俺からほんの少し離れたところでジュプトルの事を聞きこんでいた。さすがにここまで捜査が拡大すると、周辺のポケモンたちは異変に気付き始めたらしい。大きく発表する前に『時の歯車事件』の犯人はジュプトル、という噂が広まり始めるのは時間の問題である。この世界のジュプトル達には、厳しい状況を強いることになるだろう。何かの要因で『すべて』が明かされることになれば、その状況は変わるのに。
……問題は山積みだ。『時の歯車』を……すべて手に入れたとて、大きな問題はその次である。
「ステファニーちゃん、あとシャロットちゃんも、とりあえず聞き込みはもういいぜ。
ここら周辺のジュプトルはほぼ当たっただろ。次はキモリやジュカインなどの血縁関係で探す。リオン君、チェックシートはほぼ埋まっているか?」
「あ、はい。ジュプトルはとりあえず埋まってるんすけど、血縁調べると共に、霧の湖周辺などで目撃された不審者なども当たってみては。今のところユクシーの証言しかありませんけど、周囲のポケモンも何かしら見ている筈です。種族がジュプトルではない異種族だとしても、『盗賊L』が何の目的で時の歯車を奪っているのかということが分かりません。
『時の歯車』が、悪徳な方法で売買されている可能性も否定できないんですよね?」
「あー。まぁそうだな。『時の歯車』は言わば世界の心臓って言われてるらしいし、マフィアや、宗教の一部過激な集団が欲しがる可能性も高い。もし奴らの手に渡れば、時の歯車は爆弾になりかねん……」
『盗賊L』を捕獲する理由は、時の歯車をこれ以上奪われないこと、もう一つは奪われた時の歯車を奪還する目的である。つまり、『時の歯車』自体が破壊・破損させられるような事態は避けたいわけである。
……しかし、実際『L』……ルーファスは、そんな野蛮な輩とは一切通じていない筈だ。つまり、そこから漁ったとしても何も出てこない。
「よし、とりあえずデカい奴ら周辺からも当たってみよう。ポケモン手不足が痛いなァ全くよ……」
愚痴をこぼすドナートは、再び部下に指示を出し始めた。一見、捜査には非常に強力的なポケモンである。ドナート自身が俺の事を変に疑うことはない筈だ。
俺も荷物を早々に背負うと、本部へと帰省する準備を始めた。
「すごいですよね、リオンさんて。ホント頭いい」
「そうかな?」
「だって、この世界に居る不特定多数のジュプトルを当たってる中で、すぐ別の突破口を警察に提示するなんて、普通できませんよ!その可能性はあまり考えませんでした。盗賊Lは、私的目的で集めてるのかと……」
「………………警察への指図……すぐ思いつく時点で可笑しいだろう」
「え?ステファニーさん、なんか言いました?」
「おぅ?わ、私なんか言った?ごめん、何の話だっけ」
* * *
それぞれ『時の歯車』があるであろう場所を探索に出ていたギルドメンバー達。ほぼ全員が探索を終え、帰省した中でチーム『クロッカス』が、エムリットと名乗るポケモンを連れてボロボロで帰ってきた。
その姿を見たギルドのポケモンたちの様子は騒然とした。アカネはかなり打撲や切り傷などが多いものの、後に影響するような怪我ではない。しかし絶対安静を言い渡される。エムリットはそれよりも大分軽い怪我だった為、処置が終わって早々に証言を求められた。
カイトに関しては論外である。疲弊し切り、尻尾に灯った、ヒトカゲ自らの生命を表す『炎』は弱弱しく燃えていた。直ぐにでも完全な処置と治療が必要という状態である。その辺りの担当であるベルは、トレジャータウンから『ラッキー』と呼ばれるポケモンをギルドへと手配し、カイトを毛布の上に寝かせ、大量の治療用道具を持つと部屋に引きこもってしまった。
「……彼らを責めないで。私の所為だから。私がもう少し冷静だったら……」
エムリットは自分を責めていた。あの二匹にしっかりと耳を傾けていれば、もう少しましな状態で帰ってくることが出来たかもしれない。しかしながら、『勝てる』とは思っていなかった。
あの二匹の状態と、『盗賊L』と自分のの力量の差は歴然である。
「アカネは部屋で眠ったままですわ。ギルドに辿り着いて安心したのかしら……いずれにしても、あの二匹はよく頑張ったと思いますわ」
エムリットが急を要するような怪我を負っていないのがその証拠だ、とフラーはそう言いつつ思っていた。エムリットの前では口に出せないが、二匹はそれだけ粘り強かったのである。
「盗賊L……どんな感じの奴でしたの?例えが悪いかもしれないですけども……狂気的、とか」
「……そう言われれば。でも、イメージしていた極悪非道……って感じよりかは、随分理性的な奴だった気がする……少なくとも私たちをいたぶって楽しむような奴ではなかったよ。あくまで『時の歯車』が目的……って感じだった」
エムリットの証言に、一同が首を傾げた。そんな様子を見ていたキースは、危惧していた最悪の展開を目の前に見ている。
(……時の歯車はよかった。せめて、せめてアカネを殺しておいてくれればことは順調に進んだ筈だ……しかし、二匹は生きて帰り、ルーファスの奴も又、歯車を手にし……これは計画外だ。
……アカネとカイト。二匹の意識はまだ戻っていない。今のうちに私自らが手を下し……いや、そんな妙な真似は出来ない。どうする……)
『北の砂漠』からこのギルドまでは、かなり離れている。少なくとも『近く』は無かった。
しかし、カイトはともかくアカネが意識を戻すのは時間の問題である。だが、逆に考えてみよう。エムリットはこの状況に何の違和感も抱いておらず、また、アカネとカイトはボロボロになって帰ってきた……。
つまり、『盗賊L』ことルーファスは、直接アカネに出会っても気づかなかったということである。
…………アカネの正体に。
「ところで、エムリットさん。三匹の戦闘はどんな風にして進んだのですか?」
「そ、それは……私も意識を保つのがやっとで……。
でも、驚いたことが何個かあったような気がするわね」
「それはっ何でしょうか!」
まさか『ウロボロス』が発動した場面を見たと言い出すのではないか。そうなると、キースの今までの仮説は勢いよくひっくり返ってしまう。そうではないことを願って、キースはその話に食いついていった。ほかのギルドメンバーも見ている。これは失敗することはできない。
「盗賊Lというよりかは、おたくのギルドのヒトカゲの方が最後の方で理性を失っているように見えた」
「ヒトカゲ……?カイトさんの事ですね」
何だ、そちらの事か。キースは微かに緊張していたが、それをほどくと、一応という気持ちでエムリットから話を聞き出した。周りからは『カイトがどうした?』という話題が早くも上がっている。
「その時は、あのヒトカゲはもう戦闘不能になったと思ってた。盗賊Lの意識がピカチュウのみに集中している時に、ヒトカゲの『火炎放射』が、ジュプトル……盗賊Lの背中を焼いたんだ。
その後、辺りが凄く焦げ臭くなって……体中痛かったけど、何とか見てみたら、ヒトカゲの足元がじりじり焼け焦げてた。尻尾の炎もまるで業火……熱気もすごくて、あれが全部あのヒトカゲの体から出てるんだと思うと……笑えない」
そう言いつつ、エムリットは苦笑いをした。一応『神』の部類に入るであろう自分が手も足も出なかった相手を、まだ結成して長くない探検隊がまともに相手していたのである。しかも、自分は彼らまでも敵認識して攻撃し……多少、否、かなり自信が無くなっていた。
「……火炎放射が背中を焼いた?本当ですか?」
「あ、そうだと思うけど。相当な威力だったし、多少の火傷は……あ」
キースはしめた、と思う。火炎放射で背中を焼かれているということは、視覚的に見て『盗賊Lだ』とわかる部分が存在するということである。その話に、メンバーたちは頷き合い、チームクロッカスの件の報復も兼ね、更に『盗賊L』捕獲への勢いは増していく。嗚呼、自ら首を絞めているのだな。と、キースは腹の中で笑った。
「皆、帰ったよ!」
ちょうどその時、ギルドから連絡を受けて帰省したチーム『ブレイヴ』と、それに同行していたシャロットも一緒にギルドに到着した。一通りの事情は聞き、現在のクロッカスの容体も聞かされる。シャロットとステファニーは困惑した表情でお互い顔を合わせ、リオンは腕を組んで顔を下に向けていた。
「二匹の命に別状はないらしい。が、カイトは少し危ないな。傷が順調に治ればいいのだが……感染症などの危険性もある。早々に然るべき場所にかくまった方がいいのかもしれない」
所謂ポケモンの『病院』である。今は絶対安静なため、落ち着くまでは暫く動かせない。少なくとも、ベルが引きこもって治療を続けている以上、どうしようもなかった。
(……アカネとカイトと鉢合わせたか、ルーファス。普段ならポケモンの命を奪わない筈のお前が、カイトを重体に追い込むとは……。今頃罪悪感はあるだろうが、検討を祈ろう。
……しかし、視覚的に分かる場所に傷が……厄介だ。あいつならうまく対処してくれているだろうが、不安だよ)
皆からの説明をきき、リオンはおぼろげながらそう思っていた。ルーファスならきっとうまく対処してくれる。そう願って。そう願うしか、今の自分にはできないのだから。