地底の湖‐128
がやがやと騒がしいカフェの中。そこまで早い時間でもないが、トレジャータウンに顔を見せていないのならば、ここにいる可能性が一番高い。そう思って店の前へ立ち、小さな手でドアを開けてみると、案の定店の出口付近のテーブルに、あの方は楽しそうに佇んでいた。
一匹ではない。テーブルに誰かと向かい合って座り、楽しそうに雑談しているのが目に入る。相手は一匹、否二匹。両方ともあまり覚えがないポケモンである。交渉には多少面倒な工程が必要かもしれない。
「シャロットさん」
「……あ、リオンさん!」
俺の事を見つけると、シャロットさんは柔らかく笑って椅子から飛び降りた。残り二匹のポケモンが、俺の事を不思議そうに見つめる。片方は知っている。もう片方はよく知らない。いったい何者だ。
「どうしたんですか、リオンさん」
「嗚呼……この前の……時の歯車の件なんだが……」
時の歯車の事は、声を小さくしてシャロットさんの耳元で、誰にも聞こえないように喋った。なにやらこちらを見ているうちの一匹、コリンクの方が不機嫌そうな顔をして俺の方を見ている。まるで玩具を盗られた子供。カイトもよくああいう表情をするが、カイトの表情から湧き出る狂気的なものは感じない。精神が子供なのだろう。地味に酷いか、その表現は。
「ちょっと場を変えて話します?」
「いや、良い。
……Lの話をした後、いったん解散したが……シャロットさんはあの後の会議には参加してないだろ?……各自『L』が現れるであろう時の歯車のあるかもしれない場所を当たっている。俺とステファニーは警察の応援に行くことになった。一緒に来ないか?」
「えっ。良いんですか?迷惑にならないなら、ぜひ参加させていただきます」
――――何より、警察の近くにいるのが一番安全である。ただ、警察内部もどうなっているのか分からない。キースが俺の『正体』に気づいているのかさえもだ。
ステファニーと俺で囲えば、いざというときに居ないよりかは対応できるだろう。
「ありがとう。……あっちの二匹は?」
片方は先ほどのコリンク、そしてもう片方はフローゼルである。あのフローゼルは最近よく見かけた。ギルドの中でもトレジャータウンでも。どうやら、チームクロッカスのカイトと面識があるらしい。
「あれは……最近知り合ったフローゼルのレイセニウスさん。カイトさんの幼馴染なんだそうです。
コリンクのセオ。あれは私の元チームメイトですね。今ヨリを戻そうって迫られてるんです〜」
「よ、ヨリ!!?」
……シャロットさんが、元チームメイトとヨリを戻す!?可笑しい、それは“歴史上”……否。そうではない。そうではないぞ。
というか、チームクロッカスをかき回し、事実上詐欺をしたという噂のセオだろうか?そんな輩をシャロットさんに付き纏わせるわけには……。
「ど、ども」
「どうも。少し彼女を借りていきます」
そう言って、足早にシャロットさんを連れてその場を離れる。目指すは相棒がいるであろう警察署の会議室。警察が安全かどうかは知らないが、それでも野放しにしておくよりかはずっといい筈である。
「……え、何?何、あれ。彼氏?」
「しーらね!まぁお前よりはいい男だろー。どう見てもさぁ〜」
「はぁ?何言ってんのか。シャロットを選ぶなんて物好きにも程があるよー」
「その理論で行くとお前一生結婚できねぇな〜!」
「はぁ!?頭脳明晰で戦闘能力も高めだし、何より血縁ウンタラカンタラ」
――――俺は何も聞いてない。
* * *
丁度洞窟の中央。そこから更にクロッカスは最深部を目指して進み続けていた。あまり変わり映えの無い敵ポケモン。砂嵐という極端に悪い状況に進むことも無く、アカネとカイトは不利をカバーしつつ先へと進む。
アカネは思っていた。もしもこの先に『時の歯車』が存在するのだとすれば、おそらく『霧の湖』のユクシーのような門番がいる筈である。ユクシーからうまく伝わっていれば、事情を説明して何らかの処置をとって貰える筈。そんな期待をしながら、何があるか予想もできない地へと足を踏み出す。洞窟の中に砂漠。異様な雰囲気と光景。それは長くは続かなかった。
階段を通過すると、今までとは全くと言っていいほど違う景色が広がっていた。瑞々しい空気、砂埃臭さは少しも無く、ただただ淡い色の湖が広がる。霧の湖と同じような状況。グラードンのような面倒な門番はいない。
「……ここは……あの時と同じような感じ……湖だね」
「地底の奥底に湖……あるわね。これは」
カイトがもっと奥へ行こう、と言ってアカネの手を引く。少し湖に近づいてくると、二匹はあるものに目を引かれた。
湖の中央に佇む、青緑色の光である。間違いない、二匹は同時にそう思ってお互い顔を見合わせた。カイトが軽く頷くと、彼を先頭にしてもっと、もっとと湖の中央に近づこうとする。見てのとおり、ここには門番が居ない。そして、時の歯車が丸裸の状態である。そして、『盗賊L』の正体は、地面タイプに強いジュプトル。つまりここは狙い安い場所というわけである。非常に危険だ。
二匹は更に時の歯車であろう光に近づく。すると、急に彼らの周辺がグッと暗くなった。いきなりの異変に、二匹は体を強張らせる。
「……誰かいるって訳?」
「―――――――――――何なの!?お前たちは!」
アカネが見えない何かに話しかけるように声を出すと、突如二匹に覚えのない女のような声が湖とその周辺に轟いた。その声のトーンは明らかに歓迎されておらず、殺気まで感じる。なるほど、守り主が直々に登場というわけである。
「ここへ何しに来た!?」
「何しにって……僕たちは時の歯車を探しに来た探検たっ」
「時の歯車に近づくな!時の歯車に近づく者は許さない!!」
ユクシーが現れた時のようだった。その時のように、空中に突如として妙な光が沸き始める。その光は段々と形を成し、ユクシーと似たような姿のポケモンへと変わった。
白とピンクを中心とした体に、金色の瞳。口調からして女性。かなり気が強いようである。そして、かなり興奮した表情でアカネとカイトを睨みつけていた。
「私はエムリット!深き地底の湖で、『時の歯車』を護る者だ!」
「ちょっといったん落ち着いて!君はっ……」
「私は聞いているんだよ!!テレパシーで、ユクシーから!霧の湖の歯車が盗まれたことを!それはお前たちの事だろう!」
「あんた、ユクシーから話をきちんと聞いたわけ!?ユクシーの話を聞いてんなら、あんたがここで私たちを威嚇すること自体可笑しいんだけど!」
「嗚呼、聞いたさ!ただあの時はユクシーに余裕が無かった!今どこにいるのかさえも、無事なのかも不明だ!だからこそ、ここに来る者は皆始末する!一瞬の隙が命取りになるんだよ!!」
エムリットと名乗るポケモンは、興奮した声でそう叫び散らすと、アカネとカイトに『念力』を飛ばし、二匹のうちのどちらかをとらえようと戦闘態勢に移る。
二匹はほぼ同時にギリギリで避けると、この状況を察した。もはや、エムリットを説得するのはかなり困難なことである。エムリットは霧の湖の時の歯車が盗まれた、ということを中途半端にユクシーから聞き出し、疑心暗鬼に陥っているのだ。おそらく、それからずっと、ここに誰かが来たらどうしよう。と、不安だったに違いない。そんな燻っていた感情が、クロッカスの二匹が訪れたことにより吹き出したのである。
話にならない。エムリットは暴走し、完全に二匹を『黒』と見ていた。
できるだけ攻撃はしない方向でエムリットに臨んでみることにした。エムリットがひたすら念力で岩や地面を抉り取り、二匹を追い詰めようと攻撃を放つ。アカネとカイトはそれをひたすらに避け、こちらの技で相殺しながら、エムリットをこれ以上興奮させまいとしていた。
しかし、それは逆効果である。攻撃がなかなか当たらないことで何とも言えない苛立ちを感じたエムリットは、更に暴走して岩や壁を破壊し続ける。ここは彼女の住処ともなっている筈。それを破壊してしまうということは、かなり追い詰められているということである。
アカネの電気技で麻痺させることが出来れば、意識が攻撃ではなくクロッカス二匹に集中して、それなりに話を聞いてくれる可能性がある。そう思ったカイトは、器用に攻撃を避けながらエムリットに声をかけ始めた。
「周りをよく見て!どんどんこの場所が壊れていく!何度も言うけれど、僕たちは時の歯車を盗みに来たわけじゃないんだよ!」
「嘘をつけ!霧の湖の件も、お前たちの仕業だろう!」
「違う!僕たちじゃない!犯人は別にいる!」
「なら誰だとッ……!?なっ!しまっ」
エムリットの意識が、ついカイトに偏りがちになっていた。そのスキを突き、アカネは尻尾をバネにしてエムリットが佇んでいる場所へと突っ込むと、頬袋から一気に電撃を放つ。
エムリットはそれに気づきはしたが、反応が一瞬遅れて『十万ボルト』をモロに受けてしまう。エムリットが電撃でひるんだ内に、アカネが尻尾を鋼鉄のように固くすると、勢いよく『アイアンテール』でエムリットに打撃を加え、同時に静電気を流し込んだ。
エムリットは宙に浮く力が弱まり、勢いよく地面に叩きつけられた。しかも、静電気を流されたせいで身体が上手く動かない。陸に打ち上げられたコイキングのように、ただもがき、上を見上げているしかなかった。
「手荒な真似して悪いけど、あまりにも話を聞いてくれそうにないから」
「クソッ…………」
憎悪の目で二匹を睨みつけるエムリットは、内心どうしようもない焦りと情けなさに襲われていた。今すぐにこの二匹を排除しなければいけない。自らの本能がエムリット自身を混乱させる。
「何度も言うけど、私たちは別に時の歯車を盗もうだなんて思ってないし、実際こんなことにならなければ興味だってないわ」
「嘘をつけッ……!霧の湖の事件の連絡をユクシーから受けた後、すぐにお前たちはこの地にやってきた!何も知らない、通常のポケモンじゃここまで辿り着けるわけがないだろう!この場所が未開の地であっても、どんなに先を知りたくとも、流石に流砂の中に入るなんて言うトチ狂った考えはしない筈だっ!」
まるで『異常者』だと言われているようで、アカネは苛立ちを感じていた。実際、混乱しているエムリットはそう感じているのだろう。それはそうである。流砂の中に入るなんて考え方、普通はする筈もないのだから。クレイジーだと思われるのも無理はなかった。
「確かに僕たちは時の歯車を探していた!けれどそれには理由がッ……」
「煩い黙れ!!時の歯車を奪うということは死に値しても文句は言えないんだよ!そんな咎人に傾ける耳なんて持っちゃいないさ!!」
そう叫び散らすと、麻痺がほどけかけている状態のエムリットは二匹に念力を放とうと目を見開いた。
二匹はそれを察知し、素早く後退するが、何故だかエムリットの攻撃は不発に終わった。
「……誰か来る……もう一匹いるのか!?」
エムリットはなにか妙なことを口走り、勢いよく起き上がると、まだ痛む体を何とかふわりと浮かせ、クロッカスの二匹を睨みつける。多少理性が戻っているように見えたが、それでも敵意は消えていない。
次に、エムリットの瞳はアカネとカイト、その後ろへと向けられた。二匹は気を緩めず、エムリットのほうを見据えていた。
―――――あの声が聞こえるまでは。
「…………エムリット。お前の言っていた咎人って……もしかして俺の事じゃないかな?」
明らかに第三者。若い男の声が湖の入り口付近で響いた。アカネとカイトも勢いよく後ろを振り向くと、そこには岩に寄りかかってこちらを見つめているポケモンが佇んでいた。
種族は……ジュプトル。
「お、お前はっ……」
ジュプトルの表情を見て、エムリットは咄嗟に気づいた。先ほどの発言から考えて、こちらがどう考えても本物である。では、自分が先ほどまで攻撃していたこの二匹は……!?
「ジュプトル……!」
通称『盗賊L』こと、ジュプトル。カイトは唸る様に彼の種族名を呼んだ。
緑色の体。引き締まった肢体。鋭い目つき……。
ユクシーの証言と重なるものの、何となくそれとは違う。妙な違和感をアカネは感じていた。その正体がわからない。
「悪いが……時の歯車は貰っていく」
(……声……?)
その声を、アカネはどこかで聞いたことがある気がした。しかし、どこだったか。思い出せない。澄んだ顔つきでアカネ、カイト、エムリットを見つめているジュプトルは、興奮した様子も殺意も無い。いたって理性的な様子に見える。
イメージしていたポケモンとは、大分食い違っていた。
「……させるかァ!!」
エムリットは気持ちを奮い立たせると、敵とみなしたジュプトルに勢いよく突進していく。ジュプトルは冷めた顔つきでその攻撃を軽くさけると、『甘い』と呟き、エムリットの腹部を肘で勢いよくついた。
エムリットがその攻撃によろめくと、『リーフブレード』でエムリットの体を切り裂く。切られた箇所は所々出血し、湖側へと弾かれたエムリットは、あえなく地面に伏せた。
「エムリット。お前は先ほどの戦闘でピカチュウの攻撃をモロに浴びていただろう。これ以上無理をすると命にかかわる。大人しくしていろ」
これ以上抗うことが出来ないエムリットを見据えて、ジュプトルはそうつぶやくと、彼の意識はクロッカスの二匹に向けられる。エムリットをかばうような形で前に出て、すでに戦う態勢に入っている二匹は、それぞれ自らの体に秘める力を奮い立たせ、ジュプトルの方を見据える。
「……そこをどけ」
「退くわけないだろ!」
カイトはジュプトルの足を掬うように彼の足元へ飛び込んで行く。しかし、ジュプトルはそんなカイトの体を足で横から蹴り上げると、至近距離からの『エナジーボール』でカイトの体を狙い撃つ。
草タイプの技をモロに食らったカイトだが、自身の炎タイプの性質を持つ体に全く慄くことなく、その『エナジーボール』は相当な打撃をカイトに与えた。ジュプトルの意識がカイトに行っているうちに、とアカネが『十万ボルト』で狙い撃つものの、次はジュプトルがエナジーボール一つで十万ボルトを相殺する。まずはタイプ的に不利なカイトから潰そうと、ジュプトルはカイトの首をつかみあげ、地面へと押し付ける。アカネが『電光石火』でジュプトルの方へと突っ込むと、ジュプトルは咄嗟に手でつかんでいたカイトを持ち上げ、アカネの方へと投げつけた。
短時間であれ喉を塞がれていたことで、カイトはなんの抵抗もできず地面に叩きつけられ、アカネはそれを咄嗟によけようとしたことでジュプトルに再び攻撃される。
素早くリーフブレードでアカネを切り裂きにかかるが、アカネも一度目はアイアンテールでリーフブレードを受け止める。しかし、アイアンテールで受け止めていたことでアカネには致命的な隙が出来る。その瞬間、確実に残った方の腕で脇腹を切りつけられた。
「あがっ……はやっ……」
静電気を流す余裕も無い。アカネは脇腹をナイフで浅く切られたような痛みを感じるが、何が起こったか考える隙も与えず、ジュプトルは桁違いの素早さでアカネを蹴り上げ、再びリーフブレードでアカネの体を切り付け、湖側へと吹き飛ばした。
カイトは何とか起き上がり、ジュプトルに火炎放射を浴びせようと口を軽く開き、体内の熱を滾らせる。しかし、突如飛んできたエナジーボールに目を奪われ、目に見えるか見えないか程のスピードでジュプトルの『電光石火』が、カイトの体を突き上げた。
アカネは思っていた。何故あの時の“力”が発動しないのか、と。グラードンを一匹で倒すほどのあの力。今発動してもおかしくない。しかし、そんな感覚は一向に襲ってこない。
体を何とか起こすと、アカネは『電光石火』でジュプトルの方へと突撃していく。ジュプトルはそれを見逃すことなく、疲労し切ったアカネの体を足で蹴り上げるように弾くと、地に落ちたアカネの首を片手で絞めた。アカネは尚もがき、頬の電気袋から電撃を出そうとするものの、何度も空回りしていた。
(…………しぶといな)
ジュプトルこと、その名をルーファスと言う。彼はふと彼女の様子を見てそう思った。今まで戦ってきた中ではややしぶとい部類に入る。しかし、殺すわけにはいかない。それでも抗ってくるか。
「ッ……う……」
殺されてたまるか、と。アカネは体に精いっぱいの力を入れると、自らの体自体に大量の電気を巡らせる。一瞬ジュプトルは手に痺れを感じた。次の瞬間、体の内側から焦がされるような痛みを感じる。
ジュプトルの腕を伝い、彼の体に直接電気が渡ったのである。ジュプトルはアカネから直ぐに手を放し、一歩後退した。
その直後、ジュプトルの背後から強烈な熱気が広がり、彼の背中の中心を炙った。カイトによる『火炎放射』である。そのじりじりとした痛みに、ジュプトルは顔を歪める。
いずれにしても、アカネは瀕死寸前だった。しかし、彼女にはまだジュプトルを睨みつけるだけの体力が残っている。しかし、背中を業火で炙られ、ジュプトルの意識は咄嗟にカイトの方へと向いた。一匹のヒトカゲが、唸る様にしてジュプトルの方を睨んでいる。体力的には既に限界の筈だが、ジュプトルは何かが焦げるような臭いが気になり、ふとそのヒトカゲ、カイトの足元を見た。
じりじりと何かが焦げるような音がする。カイトの足元からは黒い煙のようなものが発生しており、どうやら体の熱で地面が焼け焦げているらしい。よく見れば、ヒトカゲの尻尾の炎は先ほどよりも一層火力を増し、多少薄暗くなったこの空間を激しく燃える炎によって照らしている。
「猛火か……」
ヒトカゲの特性である『猛火』が発動したのだ。カイトは理性が半分吹き飛んだような目つきでジュプトルの方を睨みつけている。こちらは早々に落としておかなければ。ジュプトルは『エナジーボール』をカイトに向けて数個放った。
カイトは同時に『火炎放射』をジュプトルに向けて撃ち、その威力でエナジーボールすべてを相殺し、それを突き抜けてジュプトルへと『火炎放射』が襲い掛かった。避ける時間は十分にあったため、ジュプトルは咄嗟にそれを避けると、再びカイトにエナジーボールを放つ。
『猛火』が発動したとて、カイトの素早さが上がるわけではない。しかし、先ほどとは攻撃力の桁が違うカイトは咄嗟に『火の粉』で一つのエナジーボールを丸々打ち消した。
カイトの足元は尚焼け焦げており、その熱気がわずかながら離れたところにいるジュプトルにも伝わってくる。距離を詰めると彼の体自体が熱気に耐えられない。その所為で物理攻撃をできずにいた。
ジュプトルは今まで、相手を殺さぬよう、できるだけ戦闘後の後遺症が残らぬよう、と配慮してきたが、こればかりはどうしようもない。
ジュプトルは出来る限り使わないようにしていた技、『リーフストーム』で一気にカイトを潰すことにした。自身の力を一気に固めると、それを勢いよく放出する。
鋭くとがった葉が何枚も渦巻き、その形を保ったまま嵐のようにカイトの方へと向かった。カイトは一言も言葉を発すことなく、『火炎放射で』応戦しようとしたものの、リーフストームの威力に打ち消され、カイト自身も飲み込まれた。
彼にリーフストームが衝突した瞬間、大きな砂埃が舞い、床に伏したカイトだけがそこに残る。わずかに意識を保っているものの、完全に『猛火』の力は途切れ、既に戦う力は残っていない。アカネはそんな様子を虚ろな目で見ながら、なんとも言えない悔しさを感じていた。
多少手こずったものの、ジュプトル……ルーファスは、時の歯車にありつくことができそうだった。
「……お前たちに恨みはない。勘弁してくれ。……時の歯車は貰っていくぞ」
ジュプトルはそういうと、湖に飛び込んだ。その後を追うほどの体力が残っている者はだれもおらず、ただただジュプトルが『時の歯車』に向かって泳いでいく音を聞くしかなかない。
「や、やめろ……うっ……。
あいつの事だったのか……疑ってすまなかった……私が変に攻撃しなければ……もっとマシに戦えていたかもしれないのにッ……」
皮肉を言うように、エムリットは泳いでいくジュプトルに向かって力の限り叫ぶ。しかし、そんな悲痛な叫びを、ジュプトルは聞いていないフリをした。
(…………今、ここで俺を止めていれば……お前たちに『未来』は無い。ほぼ、確実に)
ジュプトルの頭の中を、そんな言葉が廻った。ジュプトルは歯車の場所へと泳ぎ着くと、勢いよく『時の歯車』を自らの手の中に収め、力を込めてその場所からもぎ取った。
この湖の時の停止が始まる。じりじりと暗がりが増していき、湖は濁り、時の歯車が与えていた光は途絶えた。
「ッ……あいつ、時の歯車を……この場所から逃げなきゃっ……私たちもアレに飲まれたらおしまいだ!死ぬに等しい……!」
エムリットは体内に残った力をふり絞って起き上がると、アカネとカイトにそう警告した。『時が停止する』。それに飲まれたら……。アカネも何とか悲鳴を上げる体に鞭打って起き上がることが出来た。しかし、『猛火』で力を使い果たし、体を起こす体力は微塵も残っていないカイトは、その場にずっと倒れ込んだままである。
「エムリット、あんたっ……手伝って!」
「あ、う、うん!」
エムリットとアカネで何とかカイトの体を支えると、アカネは探検隊バッヂのワープ機能を発動させ、命からがらではあるが『地底の湖』から脱出した。
『盗賊L』であるジュプトルを、取り逃がしてしまった。しかも、アカネ自身の力はほぼ役に立たなかった同然。カイトもすでにボロボロの状態で、口を利くのも難しい。
悔しくて、情けない。そんな感情を引きずりながら、何とか自力で移動できるエムリット、瀕死状態のカイトと共にギルドへと帰省したのだった。