流砂の洞窟‐127
退屈そうな空が、にっこりと私に微笑みかけた。ような気がしただけ。
無機質な建物の階段をえっさほいさと上っていく。私、ステファニー・ローズは、チーム『ブレイヴ』の副リーダーである。相方とは現在別行動中。警察署にて、『時の歯車事件』の捜査に参加すべく、私は三階の第二会議室を目指している。上りやすく美しい線を描いた階段。プクリンのギルドもこんな風に扱いやすい仕様だったらいいのに。ギルドの何とも言えない頑丈な梯子を思い浮かべていた。
上っている間、少し暇なので考え事をしてみることにした。例えば、チーム『ブレイヴ』の由来。正直言って、私はたくさんの本を読んでいるためそれなりの知識量はある、と思っている。
けれど、チーム『ブレイヴ』のブレイヴは至極単純なものだった。『困難や危機に恐れることなく立ち向かう』ということ。つまりは勇敢、勇気という意味を表しているのである。
誰に聞かせるわけでもなく、自分で解説してみた。なんだろ、変な感じだ。
そしてまた別の事を考える。そういえば、相方のリオン。リオルのリオン。なんだかこちらも至極単純である。彼は最近、やたら『シャロット』というロコンに執着しているような気がする。私も彼女のことは好きだ。明るくて話しやすくて優しい。いざという時には頭も切れる。戦闘能力も高くて、彼女は探検家にとっても向いていると思う。彼女とチームを解消したポケモンは、彼女の何が気に食わなかったのか。よくわからないなぁ。
リオンがそんな彼女を気に居るのはわかるけれど、ちょっと彼女に執着しすぎじゃないかと思う。リオンが別に変な気を起こしてるわけではないなら、私は良いんだけれど!でも、リオンは基本的に興味が無いことにはとことん無関心だし、そう思うとなんだか以外というか、どういっていいのか分からない。
とにかく、彼はきっと宣言通りこちらにシャロットと一緒に訪れる筈。いいよ、私とシャロットでよっしゃ行くよー!!ってやって、リオンはぶんちょだから。うん。
それにしても、この建物の中はやっぱりちょっと物寂しい。私は静かでにぎやかな場所で育ったから、なんとなく賑やかさが欠けているような気がする。
あ、そういえば。時の歯車の捜索範囲には『東の森』が含まれてたな。私の実家は『東の森』の中、入り口付近にあるから、家尋ねられるかもしれないなぁ。マザーに協力するように連絡しておけばよかったかな。もし見つからなかったら提案してみよう。
そういや、あの森の奥は私も行ったことないかも。遊ぶ時は常に家の周りだったからね。ダンジョンが多かったし。
やっと三階の廊下に出た。すると、何匹かのポケモンが慌ただしく廊下を走っていくのが見えた。その発生場所はどれもこれも『第二会議室』である。私が入って行っても違和感ないだろうな、と思いつつ、その中に足を踏み入れた。
扉。これはギルドの物よりも少し堅苦しい感じがするな。ちょっと怖い。
中に入ると、真っ先に目に入ったのは大量の机である。私もよく自分の小さな机に本を置いて、時折ペラペラと捲って居た。そういえば本半分捨てちゃったな。まぁいいや。
「失礼します……」
やはり、中も慌ただしそうである。『さっさと行動範囲を絞れ』『まだ第六班は帰ってこないのか!?』など、多少怖い雰囲気だ。まぁ、当たり前と言えば当たり前。『時の歯車』が盗まれるなど、前代未聞の事である。
「はいはいー。じゃあ、お前あっち。お前はここ行って。ここはどうにもならん。もっと手配しろ〜」
気だるそうな声が聞こえてきた。その声の方に振り向くと、巨大ウインディが私の方に近づいてくる。先ほどの声と顔立ちを照らし合わせると、三十代半ばから四十代前半というところだろうか。雄のようだ。
「すいません。私はギルドの者です。時の歯車事件に当たって応援に来ました。よろしくお願いします」
「あ、チーム『ブレイヴ』の、えーと……リオンちゃん!?」
「いえ、私はステファニーですね〜」
「いやいや、悪い悪い。冗談だ。ところで、そのリオン君は」
「嗚呼、どうせならと、もう一匹来させるという話になりまして、現在リオンはそちらのポケモンに事情を説明しています」
「そうかそうか。いやいや、助かるよ。ハハハハ!!」
大丈夫だろうか。多少、というよりかは大いに心配である。この巨大なウインディはどうやらこの捜査の指揮をとっているようである。大雑把ではあるが……このポケモンが『ドナート・ウィルシャン』なのだろうか。
「貴方が今回の捜査の指揮をとっていらっしゃる『ドナート・ウィルシャン』警部補でしょうか?」
「ん〜?いや、違うけど?」
「え?」
「嘘嘘!冗談だ!ハッハハハハハ!!」
――――――――疲れます。
* * *
「ゥイデェッ!?」
『北の砂漠』の最奥部、流砂の地に佇む巨大流砂の中。その中に『時の歯車』がある。そんな普通のポケモンでは考えもしないことを考え、あろうことか流砂の中へと飛び込んだアカネとカイト。二匹は砂漠の砂に飲まれて消息を絶つのか、それとも――――。
「あ……ごめん」
「い、いや大丈夫。怪我ない?アカネ」
二匹は流砂に飛び込んだその数秒後、勢いよく落下し、砂の上へと叩きつけられた。カイトは背中を打ち、顔を苦痛にゆがめる。アカネはカイトがクッションのようになり、彼の腹の上に座り込んでいた。それに気づいたアカネはすぐにカイトの腹の上から降りると、カイトが起き上がるのを待つ。背中を打ったが、骨は折れておらず変な怪我もしていない。二匹は無事だった。
カイトはゆっくりと起き上がり、背中に付着した砂を手で拭う。しかし、手が届かない部位があるので、そこはアカネに叩いて貰い、砂をすべて取り除いた。
「……確定ね。こんな狂った場所があるってことは、時の歯車も」
「この先ダンジョンか……上から砂が落ちてきてる。けれど、この場所はあまり砂が積もってないね。綺麗に均されてるし、誰かが定期的にここで砂を撤去してるのかもしれない」
先ほどまで、二匹が地面だと思っていたものは天井となり、そこから大量の砂が下へ下へと落ちてきていた。その場所だけが砂で盛り上がり、妙な雰囲気の場所を作り出している。二匹はその上に落ちてきたため、怪我を負うことは無かったのである。
「ま、どっちにしても流砂の中に入ってみようなんて、馬鹿のすることだから」
「はは、じゃあ僕たち馬鹿だね。
……行こうか。この先」
「りょーかい」
洞窟の中に砂漠がある。まさにそういう言い回しが良く似合った。『北の砂漠』のように砂嵐が無い分楽ではあるが、野生のポケモンが強い。しかし、砂隠れをするポケモンが少なく、圧倒的地面タイプという訳ではなかったため、こちらでもカイトを中心にすればテンポよく進めると思われた。
一匹のビブラーバが『ソニックブーム』で二匹を攻撃するも、砂嵐の所為で視界が遮られているわけでもないため、スムーズに二匹とも完璧に避けた。不具合があると言えば、相変わらず足元が砂で埋まりがちな事であるが、先ほどよりかは随分と簡単。ドラゴンタイプのビブラーバに対し、カイトが『竜の怒り』で迎え撃つ。青い光がカイトの体を這い回り、巨大な竜の姿になって襲い掛かる。ビブラーバも負けじと避けるが、意思があるかのようにそれはうねり、ビブラーバが避けた先へと方向転換。これに対応しきれなかったビブラーバは、あえなく敗北。カイトは「やった」と言うようにアカネに笑いかけるが、アカネはそれに気づかず奥へと進んでいく。肩を落とすと、彼女の背中を追った。
更に先へ進むと、サンドパンなどの出現数が多くなってきた。サンドパンは『砂隠れ』を持っているため、攻撃が当たりにくく、相手の力は強い。
自分に対してかなり不利であろうアカネに対し、サンドパンは『乱れ引っ掻き』を繰り出した。鋭い爪。アカネは電撃を放ちながら戦うが、あまり効果が無いことをわかっているサンドパンは容赦なしに攻撃してくる。痺れを切らし、アイアンテールで近距離にいるサンドパンを弾き飛ばした。サンドパンが一旦体制を崩したのを見計らい、カイトが『火炎放射』でサンドパンの体を焦がす。アカネはすべて避け切っていたものの、疲労が重たい。
オレンの実をかじりながら先を急ぐ。サナギラスやスコルピがこちらを睨みつけているのを、攻撃されないうちにと次の部屋へ向かおうとするが、スコルピが『毒針』を打ってきたために、戦いざる負えなくなった。カイトの『火の粉』をサナギラスとスコルピの両者に放つと、動くことが難しいサナギラスには直撃し、スコルピにもあたった。アカネがアイアンテールでサナギラスを弾き、スコルピをカイトが相手する。大丈夫、不利ではない。スコルピのレベル的にそう思ったカイトは、超近距離から『火炎放射』を放った。
そうやってお互いの苦手をどうにかこうにかカバーしながら進むと、丁度開けたところに出て、その中心に佇むガルーラ像が二匹の目に入る。
『北の砂漠』の時よりも、かなり早い段階で中間地点までくることが出来たようである。二匹は一息ついて、とりあえず座り込んだ。
「……苦手なタイプが多いね、ここ」
「ま、砂漠だしね。分かってた」
それでも、ほぼ無傷という状態でここまで辿り着けたのは大きい。ガルーラ像があるということは、ここはほぼ中間地点なのだろう。あともうひと踏ん張りすれば、自ずと真実はわかるのだ。カイトはアカネにオレンの実を半分に割って渡すと、二匹で齧り始める。
体の傷は薄い。北の砂漠にて、アカネが負った足の傷もほとんど痛みが無い状態だった。この先、特に難は無いだろう。問題は、この先……最深部に着いた後である。
「時の歯車あると思う?」
「あると思わないと、やってらんない。……勘だけどね。あると思う」
不思議な、ここをしっているかのような妙な気分。アカネはずっとそれを感じていたからこそ、苦手なタイプのダンジョンにもかかわらずここまで進んできた。また、彼女を信じたカイトも同じである。
そろそろ行こう、カイトはそう言うと、オレンをヘタごと飲み込み、中央からまたスタートした。