闇が光の影を踏む‐123
――――――――――日記 ステファ二ー・ローズ
とりあえず遠征は終了!遠征発表も不安とか、色々あったけれど、とにかく想像よりも遥かに楽しくて、発見がいっぱいでした!
シャロットと初めてたくさんお話したり、リオンの少し自分勝手な部分を見つけたり。ああ、でも……リオン、ずっとシャロットのこと見てたけど、もしかしてそういうのが好み?でもいつぞやかセクシー系が好きって聞いたような……まぁ相方の嗜好なんてどうでもいいです!
何を見つけたのかは詳細に語ることはできないけど、とてもすごいもの。
出会いもあったし発見もあった。けど、腑に落ちないことがあります。
こんなこと誰にも相談できないから、日記の中だけで書くけど、まさかリオン、勝手に見てたりしないよね?大丈夫だよね?
一つ目は、アカネのことです。グラードンと戦ってるとき、アカネの目が急に青く光り始めました。そしたら、アカネがアカネじゃないみたいにグラードンと戦い始めたんです。アカネが受けたダメージは相当だったはずなのに、痛みが全くないみたいな動き方。しかも、幻影とはいえ、グラードンを一匹で倒してしまった。あの後誰も言及しなかったけど、本当は私もすごく気になってたんだ。まぁ、アカネ自身もよくわかってなかったのかもしれないから、突っ込んで聞けないよね。アカネって、思えば不思議かも。前だって、青じゃないけど、目が赤くなったり。たぶん怒ったときとかに赤くなるんだと思うけど。
青はなんだろ?……これが一つ目。
二つ目の謎。これは貴方に尋ねるよ。分かるよね?質問の意味が。返事は早くなくて大丈夫。
あなたは誰ですか?
* * *
トレジャータウンでは、エレキ平原から帰省したチームクロッカスが、ルリマとマリに水のフロートを返還していた。ルリマは水のフロートをカイトから受け取ると、嬉しそうにマリに見せる。マリは、兄と同じように笑顔を作り、ぴょんぴょんと地面をはねた。
「お兄ちゃんっ!水のフロートが帰ってきたよ!」
「嗚呼……本当にありがとう!マリを助けていただいた上に、今度もまた……。
本当に、何とお礼を言っていいのか……っ!本当に、本当にありがとうございましたっ!!」
マリは胴体をどうにかこうにか折り曲げると、深く深くクロッカス一行に礼を言った。「ありがとうございました!」と、マリも兄を習ってレイを述べる。何とも微笑ましい光景であった。
「いやいや、そんな。それに、お礼ならキースさんとシャロットに言ってよ。今回、この二匹が居なきゃ僕たちやられてたんだから」
カイトは柔らかくほほ笑むと、シャロットとキースの方を見て笑った。「いや〜……」と、シャロットは照れたように足をぶらつかせる。本当は若干足を引っ張っていたという意識があったが、それは今は置いといて、彼女も遠慮がちにお礼を受け取っていた。
「シャロットさん、ありがとう!
そして……キースさん!本当に、ありがとうございました!」
「いえいえ、でも、本当によかったですね。水のフロートが戻ってきて」
キースは目を細めてほほ笑むような表情を作った。純粋で無垢な瞳が二つ、いや三つ四つと、キースの方を見つめていた。
「いや〜。でも、さすがはキースさんって感じですね♪」
初めからキースしか見ていないイゴルは、キースを持ち上げまくる。その様子に、アカネは少しむっとした表情をして腕を組んだ。アカネも、あの時の状況を一応わかっているつもりではあったが、それでもキースが持ち上げられまくっているのは好かない。これは単なる嫉妬か?どうしてこんなことに嫉妬するのだ、と。アカネは可笑しなところでまた考えた。
「でも、私はクロッカスも素晴らしいと思いますよ〜♪今回も、しっかり依頼を成功させましたし、ギルドでの依頼遂行率だってかなり高いって聞きました♪
マリちゃんを助けた時だって、直ぐに場所を突き止めて、いち早く駆け付けましたし♪」
次は、弟のラゴニがクロッカスを持ち上げる。なんだかやらせ感が否めなかったが、アカネはそれを聞いて取りあえず考えるのを放棄した。腕を組んだままのアカネに気づかず、カイトは『それは……』と、ラゴニの言葉に応えようとした。
「マリのあの時は……あれはラゴニさんの言う通りだとかっこいいんだけど……でも、ちょっと違うんだよね。
マリの場所を突き止めた時は……あ……」
カイトは言おうとしたことをのどに押し戻し、一旦アカネを自分近くへ、腕を引いて引き寄せた。
いったい何?という顔でアカネがカイトを睨むと、カイトは何か言いたげな顔で、もごもごとしながらしどろもどろに『提案』を始める。
「ねぇ、もしかしたらあの『夢』のこと、キースさんに聞いたらわかるんじゃない?」
「夢?……ああ、あれね」
何か物体に触れた時、まれに見ることのできる『過去』や『未来』を映し出すビジョン、はたまた幻聴。
カイトはキースという男に対し、信頼に値すると感じていた。そのため、アカネの『秘密』の事も話していいのではないか、と言っているのだ。
アカネは迷った。ユクシーの時は元々そういう目的だったから、自らの事を打ち明けたものの、まだ出会って間もない……しかも、キース、彼に対してこちらは全く情報を持っていない。そんな相手に易々秘密を漏らしていいものか。
カイトはこの時点で、キースを妄信しているような雰囲気があった。アカネから見て、キースに不審な行動は見られない。しかし……どうしたものか。
キースのことが、好きではなかった。
「能力の事、何かわかるかもしれないから」
カイトがそう言った。キースは確かに知識豊富である。『能力』……せめて、あの『瞳の変色』『過去と未来のビジョン』。キースは本当にその情報を持ち合わせているのか……不安だった。
「……分かった」
最近、分からないことがどんどんと増えて行っている。このままではパンクしかねない。アカネは仕方がない、といった具合ではあったものの、キースに話しても良いとカイトに許可を下した。
「……キースさん。少し相談したいことがあるんだ」
「……相談?」
この時点では、まだキースは気づいていなかった。
もう一つの『チャンス』の存在に。
カイトはキースとアカネを連れ、チームクロッカス結成のルーツとなった『海岸』へと向かった。まだ空は明るく、伸びるような水色と雲が頭上に広がり、柔らかくこの地を太陽が照らしていた。波が岩にぶつかるたびに砕け、水しぶきが太陽の光で輝く。キースはその光景を見て、何とも言えない気分になった。
アカネとカイトが何か『相談』があると言って、キースをここまで連れてきたわけだが、キースはこの時点では自分とその『相談』を結びつけていない。他の事が脳内の大半を占めていたからである。
(…………幼いころはあんなにも無邪気か。やはりすべてを変えてしまったのは闇……あんな少女が、あの方を追い詰める程の化け物に育つとは、この世界で誰が予想していたか。ああでも、この世界であの少女を消せば、あの化け物も消えるのだ……ある意味これは正義だ。無垢で純粋をそのまま葬ることができる……あの少女に罪はない……一線を越えた、越えようとしたあの女が悪……むしろ良いことじゃないか)
キースは話を切り出されるまで、真剣な顔をした裏側で『余韻』に浸っていた。アカネはその時点で、キースがどこか上の空だということに対し違和感を抱いていたが、カイトは気づかなかった様子でキースに質問を切り出した。
「キースさん。少し聞きたいことがあるんだ」
「嗚呼、はい。一体なんでしょう?」
「キースさんは知ってるかな?何かに触れた瞬間に、眩暈に襲われて……過去や未来の出来事が見える。そういう能力を」
「……!!?そ、……それはっ……『時空の叫び』では!?」
質問内容を聞いた瞬間に、キースの頭の中から、先ほどまで考えていたことがほとんど吹き飛んだ。何故その能力の事を……。戸惑いながらも、それを表に出さぬように配慮しつつ、その能力の名を呼んだ。
「……どういうこと?」
アカネがキースに対してこの場で初めて口を開く。あろうことか、キースは自らの能力の名称であろう単語を呼んだのだ。キースは何かしら、手がかりとなる情報を持っている。もっと深く切り込もうと、カイトの方を向いて頷いた。その意思を汲み取り、更に別の能力の話、アカネの過去のこともキースへ持ちかける。
「……キースさん。ここからの話は少し急なんだけど、聞いてくれる?」
「は、はい」
「……私が話す」
アカネは、自身の待遇について語りだす。この場所で気絶しているところをカイトに発見されたこと、自身に妙な能力があるということ。キース自身が『時空の叫び』と称した能力と、もう一つ、『瞳の変色』のことである。目の色は今まで確認した中では赤と青、その二色だった。赤は主にアカネ自身が怒りなどを感じて興奮しているような時、青色は分からないが、瀕死状態に陥った際、目の色が変わった瞬間に体が何者かによって憑依されたような感覚があったこと。そして、その時の様子をカイトは大雑把に説明した。
キースはその話を聞いた時、驚き……そして、密かに一つの仮定を立てた。
(…………もしや……いや、そうだとしたら……チームクロッカス…………クロッカスとは、まさか……!!!)
「……さっきも言ったように、記憶をなくしてるわけなんだけど、唯一覚えていることがあって……自分の名前、そして、元人間だってことなんだ」
「……も、元人間……!?
どう見ても……ポケモンのピカチュウですよ!?」
駄目だ、表情に出してはならない。含みの無い驚いた顔を、必死でキースは演じた。実際、彼の内心は高揚し切っていた。それを悟られれば、すべて終わりである。驚いているのは違いない。キースはとにかく不純な考えを除去する。
「そうなんだ。それがよくわからない。……とは言いつつ、僕の母親も元人間なんだ。母さんの場合は結構昔に決着ついてるんだけど……彼女の場合は何もわからなくて……。でも、何らかの要因があってそうなっちゃった可能性が高いんだ」
(……過去にも人間がポケモンになる例がある……!しかもこのヒトカゲの母親!!隕石落下事件を救った英雄か……!そうだ、“時代”も当てはまっている!!)
キースは高揚する気持ちを一旦落ち着かせると、アカネに対して謙虚な雰囲気を装って訪ねた。彼女の『名前』を……。
「あなたは名前を憶えている……ということですね。参考までに、名前を教えていただけますか?そういえば、聞いていませんでしたし」
「……アカネ、だけど」
「…………アカネ、さん……」
キースは、自身の中で笑いがこみ上げてくるのをひしひしと感じる。すでに腹の中では不気味な自分の笑い声が、何度も何度も木霊して響いていた。嗚呼、ばれてはならない。悟られてはならない。
――――元人間で、時空の叫びを持ち……『ウロボロス』を受け継ぐ者……そして、チーム名をクロッカスと名乗る……なるほどな……本名が『アカネ』か!あの名は目くらましか!気づくのが遅れたのはその所為だ……しかしそんなのはどうでもいい、今となっては!
更に記憶喪失と来た!嗚呼、主よ!!私達の勝ちだ!
“シャロット”も“クロッカス”も、既に私の手の中にある!!