VSレントラー&ルクシオ‐122
* * *
エレキ平原の中間地点を通過し、更に奥地から最奥部へと進んでいくクロッカス一行。しかし、その中で立ちはだかる『タイプ』と『特性』の壁――――。
「電気技効かないんだけど……っ」
アカネは焦っていた。中間地点を過ぎたとて、つながったダンジョンである。先ほどと大して出現するポケモンは変わっていないだろうと高を括り、『十万ボルト』で一気に野生のポケモンを追い上げようと技を繰り出す。
現在標的は『モココ』『ドートリオ』『コリンク』と言った、大して特徴が無く、戦闘を行う上で難があるとは思えないポケモンである。
しかし、アカネの放った十万ボルトは、『何か』によって吸収され、その場から蒸発。攻撃は無効化となった。ド―トリオが身を屈めてアカネの方に突っ込んでくるが、カイトは素早くアカネの腕を引いて攻撃を避けた。
「近くに『避雷針』を持つポケモンが居ますね!」
特性『避雷針』を持つポケモン。そのポケモンが周囲に存在すると、電気技はすべて吸収されて無効となる。アカネはまさにその状態だった。
前半では特に問題ないと思っていたものも、思わぬところで不利に陥る。攻撃は全面的にカイトとシャロットに任せ、アカネは『鉄の棘』を投げるだけの機械になることを決意した。アイアンテールなどで電気タイプを持つポケモンに接触すると『麻痺状態』にされる危険性がある。バッグから『鉄の棘』を取り出すと、二匹の後ろに回った。
カイトがモココに向かって『火の粉』を放つ。野生のモココの方も『綿胞子』でガードしようと綿で身体を覆う。火の粉に焼き切られたものの、モココ本体は無傷であった。そそこにシャロットが突如突っ込み、『炎の渦』でモココの体を炎の中に閉じ込めた。
アカネは電気タイプを持っていないドートリオに対して『アイアンテール』を仕掛けた。トードリオが『電光石火』で向かってくる中で、アカネは尻尾を使って跳ね上がると、下に来たドートリオの脳天に『アイアンテール』を直撃させ、そこから直接電気を流し込んだ。避雷針に吸収されない程度、素早く体の中に電気を流す。電気が回った所で、アカネに握られていたことにより電気を帯びた『鉄の針』がドートリオの背中にめり込んだ。
モココを倒した後に、シャロットは草陰に隠れているコリンクを見据える。彼女の元相棒と同種族であるが、生意気そうな顔つきが無い分可愛らしい。つい微笑みそうになり、相手が野生のポケモンであることを忘れてしまう。
「あそこのコリンクは?」
「敵意が無いみたいね。無駄な戦いは不要。先進むよ」
電気技を使うことが出来ないアカネは、戦闘を避けるような言動を放つ。カイトとシャロットもそれに賛同し、クロッカスはさらに先を目指した。
階段を通過していくにつれ、デンリュウやルクシオなどと言った多少ごつい輩も出現するようになる。特にデンリュウは全体的にレベルが高く、またラクライ、所謂『避雷針』の持ち主であろうポケモンも攻撃力が高い。多少の苦戦を強いられた。
「え……ぐぅっ!?」
デンリュウは見た目鈍臭いように見えるが、動きが速い者もいる。つぶらな瞳をひん曲げ、こわばった顔つきでカイトに『炎のパンチ』を撃ち込む。タイプはあまり考慮していなさそうだが、力が強い分かなりの衝撃だった。シャロットは強力な『火の粉』によって、ラクライを戦闘不能にしてから直ぐにデンリュウを『炎の渦』で囲い込む。ラクライが戦闘不能になったことで電気技が通用するようになると、アカネは『十万ボルト』をデンリュウに撃ち込んだ。
カイトは先ほどのパンチで麻痺してしまったらしく、体を強張らせながらふらついていた。アカネはバッグから『クラボの実』を出してカイトの口元へと持っていく。
『クラボの実』をかじると、体の痺れが抜けていくような感覚を覚えた。状態回復効果のある木の実は偉大である。
「うーん……クラボの実ってちょっと辛いよね」
「普通に辛いんだけど……ちょっとじゃないわよ」
「辛いですかね?」
アカネが呆れたような顔で反論すると、カイトは『ゴメン』というように手を前に出して頭を少し下げた。何はともあれ、周辺のポケモンは追っ払ったり戦闘不能にしたりだったので、更に先へと進むことにする。
先へ先へ、と向かうと、生息しているポケモンが少なくなってきていることに気づいた。これは最奥部へ近づいている証拠である。カイトが「がんばろ」と一声かけると、アカネとシャロットは黙って頷く。『ドクローズ』と『水のフロート』へ、着々と近づいていた。
怪談を通過すると、先ほどのダンジョンより少し暗く、開けたような場所に出る。なにやら、誰かに監視されているような視線を感じ、全員無意識に体を強張らせた。
「不気味だねぇ、ここ……」
「なんかメッチャ雲黒いし、なんか鳴ってるような……雷落ちそうですね」
空は黒い雲で覆われ、その隙間に光るのは雷の稲妻である。直ぐに落ちてきてもおかしくはなかった。
「ホントにこんなとこにいんの?」
「ん……あれ、なんか奥で光りましたね。なんか水色の……あ、あれ」
シャロットはこの場所のもっと奥の方を食い入るように見た。光り輝く、まさに『貴重品』という雰囲気を醸しだす道具が隅っこの方でちょこんと佇んでいる。アカネとカイトもそれに気づいた。いかにも『ここに置かれました』と言っているような佇まいの道具……『水のフロート』は、確かにこの場所に存在したのだ。
「あれが水のフロートってわけ?」
「……もう少し近づこう。ここから見てもよくわかんないや」
クロッカスはその物体を確認するためにさらに奥の方へと足を進めようとした。その瞬間、目の前に一筋の閃光が威嚇するように走り、唸り声のような険しい様子の声が、どこからともなく響き始めた。
『ここへ……何をしに来た!?ここは我々の縄張りだ……!』
険しいその声に、思わずシャロットは背筋が凍り付くような感覚に襲われる。アカネやカイトもその声に慄き、一旦退避、と言わんばかりにクロッカス一行は体を岩陰へと隠した。そんな三匹に、嘲笑するような声が響く。
『フフフ……隠れても無駄だ。我の目はあらゆるものを透視することが可能。この目で物陰に隠れた獲物を探し出し……仕留めるのだ!」
威嚇するような言動で、三匹を脅し、ここから立ち去らせようとしているようだった。しかし水のフロートがある以上、簡単には引き下がれない。
「場所はばれてるみたいね。出るよ」
アカネがそういうと、三匹は岩陰から出て周囲を見渡す。微かに聞こえる息遣い、そして感じる視線。確かにこの場所に一匹……否、もっとたくさんの気配を感じ取った。
「隠れてないで出てこい!どうせ僕達を既に囲んでるんだろう!?出てきても同じだ!」
四方八方から感じる視線。すでに囲まれている……そう感じたカイトは、挑発的な発言をしつつ、この先の見えない状況を開き、相手の姿を確認したかった。
『……我が種族はレントラー……。そして、我ら一族のリーダーだ!」
目くらましのように眩い閃光が走り、全員思わず目を瞑った。警戒しながらゆっくりと目を開けると、そこには巨大なレントラー、そしてこちらを睨むルクシオ達の姿があった。
囲まれている自覚はあったものの、思わず驚いて全員中央の一か所に背中を寄せた。
「覚悟はいいか!」
眉間に皺をよせ、威嚇するようにそう叫ぶと、レントラーと八匹のルクシオは一斉にクロッカスへと襲い掛かった。
「アカネ!」
「わかってる!」
アカネは尾を使って地面から跳ね上がると、『十万ボルト』を三体のルクシオを狙って浴びせた。ルクシオ達の意識が一瞬飛ぶのを見計らい、レントラーには麻痺目的の『電気ショック』を浴びせる。レントラーにはあっさりと命中してしまい、少し拍子抜けをしていた。
しかし、その直後、『麻痺』を振り払うようにレントラーは遠吠えを繰り出し、その力でアカネは壁側へと吹き飛ばされる。
「ッ……!」
『麻痺状態』を自力で破り、体内に流された性質の違う電気を発散したのである。技によって『麻痺』にすることは通じないと感じたアカネは、手っ取り早く『縛り玉』で硬直させることに考えを変換した。命がかかっているのだから、遠慮してはいられない。
「縛り玉!」
「あ、はい!」
アカネはシャロットに縛り玉を使うように指示をした。シャロットはバッグを弄って『縛り玉』を加えると、器用にそれを発動させ、レントラーの方へと転がした。
「!」
レントラーはそれに素早く反応すると、発動して光る『縛り玉』を『雷』によって打ち抜いた。
「え!?」
シャロットは思わず声を上げる。その隙を突かれ、彼女は一匹のルクシオに『スパーク』をもろにくらわされてしまう。油断はできない。幸運にも麻痺状態にならなかったシャロットは、息を大きく吸うと、体に力を込めて目をランランと光らせた。
『怪しい光』。シャロットが作り出した妙な色の光がルクシオの顔をめがけて向かっていく。その光が顔に当たると、ルクシオは目を回しはじめ、敵味方関係なしに攻撃を始めた。混乱したルクシオの付近に居なければまず攻撃されることは無い。
一方、カイトの方は順調だった。攻撃を避けるのは慣れている。後はどう攻撃を使うかによって変わってくるが、『火の粉』をまき散らす間に『竜の怒り』をぶっ放すための力を溜め込んでいた。それは相手のルクシオも同じ。圧倒的に数が多い為、一匹相手にすればまた相手が蓄電を終えて攻撃してくる。『充電』という体に電気を多量に溜め込む技を使った後のルクシオの電気技を食らってしまえば、さすがに平気で起き上がることは難しいと考えていた。
「オラァァッ!」
カイトは声を張り上げ、体に青い光を纏う。その光はいつもの物とは違い、力を溜め込んだために非常に大きな光となっていた。
巨大な『竜の怒り』を一気に目の前にいるルクシオ三匹に放つ。巨大な竜が三匹を喰らうかのように覆い、そこからは衝撃による砂埃とルクシオ等の断末魔が上がる。
三匹纏めて倒したことを確認すると、順調に戦っているシャロットの事も確認し、一匹でボスであるレントラーの相手をしているアカネの方へと向かった。
こちらもかなりヒートアップしている。確かにレントラーは素早く、強力な力をもっている。しかし体が巨大な事で、あまり小回りが利かないようである。種族的に言えば飢えたライオンと電気ネズミ……全くと言っていいほどアカネにとって良い状況には思えない。
「チョロチョロと動くな…………侵入者め!」
「ッ……確かに侵入者ではあるけどっ……あんた達なんか勘違いしてんじゃない!?」
「黙れェ!!」
侵入者という存在、そして戦闘が勝利へとうまく向かっていないことから、レントラーは完全に頭に血が上り、メチャクチャにアカネを攻撃していた。アカネが攻撃をする隙はあるものの、うまくタイミングがつかめない。アカネはかなりの危機感を感じる。
「っ……ぁ!?ぐぅっ!」
地面から跳ね上がり攻撃をよけようとすると、レントラーは鋭い突起物のついた尻尾を振ってアカネを空中から地面へと叩きつける。地の力でこれほどの威力。アカネは叩きつけられた背中から、痛みがじりじりと上ってくるのを感じていた。我に返って起き上がると、レントラーの『牙』が、すぐ目の前まで刻一刻と近づいてくる。うまく対応することが出来ず、メチャクチャに体に力を込めて『十万ボルト』を放った。命中したかははっきりと確認できない。
「アカネ、伏せて!!」
「!」
突如背後からカイトの声がし、腹部を地面につける形でアカネは地面に伏せる、と同時に強い熱気を真上に感じた。
『火の粉』……否、勢いよく、巨大な炎が塊でアカネの真上を通過していた。目の前でそれをもろに浴びたレントラーがもがいているのが目に入る。すぐさまレントラーは炎の中から脱出すると、火傷をした体に鞭を打つように足を立たせる為踏ん張っている。
「……火炎放射……」
その炎は、ルクシオと戦闘中のシャロットからもはっきりと見えた。未だに自らが取得できていない技である。カイトがそれを繰り出すのは初めて見た。
カイトは今ここで、火炎放射を取得したのだ。
「あんた……」
「今はいいんだ!」
息絶え絶えなボスを見て、ルクシオ等は戦闘を放棄し、レントラーの近くへと駆け寄る。ルクシオ達をも易々と近づける気配が無いレントラーは、すさまじい殺気を放っていた。
「グォォォォォ!!おのれ、おのれ!!よくも!!アアァァァァァァァ!!」
もはや発狂しているような状態である。体は火傷だらけ、いまさらになってアカネの電撃による多少の痺れ。レントラーの精神はかなり追い詰められている状態だった。レントラーの体の表面には制御できなくなった電気がまとわりつき、またレントラーの目にも理性がほぼなくなっている。
「ま、まって!僕たちは、別にここを荒らしに来たわけじゃ……」
「うるさいうるさいうるさい!!黙れェェェェ!!!!」
電気が空間に渦巻き始めた。ルクシオ達もレントラーの状態に戸惑い、唖然とその姿を見つめる。何も考えず、ただクロッカスを排除することを考えているレントラーは、周辺のルクシオなど気にすることもなく、広範囲技を使おうと電気を体に纏った。
「なっ…………」
カイトがその姿に慄き、一歩退いた瞬間だった。
「待てッ!!!」
「お父さん、何してんの!?」
二つの別々の声が、レントラーの暴挙を遮った。レントラーは微かに意識を取り戻す。放った電撃技は、寸前で止められたことにより蒸発した。
「この者達に偽りはない!この者たちは、本当にこの場を荒らしに来たわけではないのだ!」
「てか、どう見ても違うじゃん!?」
レントラーを諭すように、声を張り上げているのはヨノワール……箒星の探検家、キースだった。
そして、多少幼い口調でレントラーを『父』と称す……一匹のコリンクが居た。
「えっ……」
その二匹を見た瞬間に、シャロットは微かに声を上げるが、そのことにはまだ誰も気づかない。
「キースさん!?と……?」
困惑した表情で、カイトはキースの名を呼んだ。
「貴様……何者だ!!」
「私はキース!探検家だ!
レントラー!あなた方の怒りはもっともだ!特に、以前ここで、あなた方が受けた仕打ちを考えれば……無断で侵入する者に対して、攻撃的になるのに無理はない!当然の事!
また、この地があなた方に安らぎを与えていることも、私は理解しているつもりだ!
この者達が、あなた方の縄張りを侵したのは詫びよう!
しかし……その目的は、決してあなた方に危害を加えることではない!用が終わり次第、我々はすぐにでもここを立ち去ろう!
どうか信じてほしい!レントラー!」
キースは真剣に訴えかけた。彼の手にかかれば、レントラー以外は簡単にねじ伏せることが可能だ。しかしそれをしない。今は信用を得ることが大切だと考えたためである。
キースが訴えかけている間に、レントラーは自我を取り戻していた。すでにキースの言葉の意味を考えられるほど思考が回復していたため、しばらく黙って話を聞いていた。それはルクシオ達も同じである。
「……私たちの事を、よく知っているのだな。キースとやら。
…………セオ!これは一体どういうことだ?……その反応を見る限り、この中に知っている顔があるようだな?」
レントラーは高圧的な態度で、キースの隣にいるコリンクに問うた。セオ……どこかで聞いたことがある名前である。
コリンクのセオは、微かに苦笑いをすると、レントラーの言葉に軽くうなずいた。レントラーは大きくため息をつき、再びキースの方へと向き直って、自身の見解を告げる。
「……よかろう。貴様らを信じてやる。しばらく時間をやろう。その間に……さっさと立ち去れ」
そう言って、レントラーはルクシオ達を連れて暗がりの中へと消えていく。完全に見えなくなったのを確認すると、クロッカスはしっかりとキースとセオの方へと向き直った。
「ありがとう……おかげで助かったよ、キースさん」
「いえいえ、彼のおかげでもありますから」
カイトが礼を言うと、キースは大きな目をグリッとコリンクことセオの方へ向けた。先ほどからアカネとシャロットの視線が冷たく、セオは気まずい気分に陥っていた。
「元探検隊やってたセオさんですか〜?」
「……ん、ん〜……?」
「探検隊クロッカスに偽の依頼をしたセオかしら?ついでに盗賊団にボコらせようとしたセオかしら?」
「……すいませんでした」
アカネとシャロットによる、猛烈ないびりが始まる。
「セオ、あなた、里帰りって!?里帰りって!?」
「すいませんでした」
セオは渋々シャロットに頭を下げた。彼はシャロットと探検隊チームを組んでいた、元相棒である。いろいろな事情があり、結局はチームを解散していたのだ。しかし、またこんなところで再開することになるとは。アカネもカイトもシャロットも、キース除いてジト目である。
セオに突っかかるシャロットを見て、キースはとてつもない違和感を覚えていた。リオンを見て感じた違和感と『既視感』。その感覚を……更に確実に。
そして直感的に感じたのだ。
(嗚呼……こいつか……!!)
キースは無意識に、大きく目を見開いた。どうしても考えてしまうと、反応せずにいられない。考える前にとにかく『片付けるべき問題』を片付けようと思い、それ以外のことは考えないことに決めた。
「そうだ、忘れてた……確か水のフロートがあそこに……」
奥の方を食い入るように見ると、レントラーたちに回収されることなく、『水のフロート』はその場にちょこんと置いてあった。キースを連れて、クロッカスは『水のフロート』の場所へと向かい、ゆっくりとそれを手に取った。
「……キースさん。これなんだけど」
「……水のフロートです。間違いありません」
キラキラと光る『水のフロート』は、確かに貴重品のような雰囲気を醸し出している。シャロットとアカネは、その輝きを見て少し目を輝かせていた。やっぱり女の子なんだなぁ、と、カイトは柔らかに笑う。
「ところで……水のフロート足が生えて、自分で移動してくるわけないわよね?」
アカネが急に冷めた顔をして、そうつぶやいた。キースはその言葉に頷くと、水のフロートから目を離し、『わざとらしく』大きな声でとある言葉を発した。
「ええ、その通り。
その水のフロートをここへと移動させた者は、この場所がレントラーたちの縄張りだということを承知の上で、また、クロッカスとレントラーが衝突することを期待して、縄張りに確実に踏み込むよう、こんな場所に置いたのでしょうね。
そうなんですね!!?そこに居る輩達!!」
キースは、隠れた者をはじき出すように大きな声でそのことを話した。セオが『意味わからん』みたいな顔をしている中、『ドクローズ』の犯行だと知っていたクロッカス一行は、どこから出てくるか、と周囲を見渡し、ボコる気満々な雰囲気を醸し出す。
「隠れていないで……いい加減出てきたらいかがでしょうか!?」
「………………。
…………クククッ……。分かってたのか、じゃあしょうがねぇな」
低く嫌らしい声が空間に響いた。面倒くさそうに、岩陰からのっそのっそとドクローズは歩いてくる。
グロムは相変わらず捻くれた目でクロッカスの事を見ていた。
「あんた達、正体隠す気無かったでしょ?」
「ククッ……ばれるのは予想外だった」
嘘だろ!?と、クロッカス一行が思う。あの手紙を見れば一目瞭然なのに、『予想外』と言われて、馬鹿にされているのか本気なのか分からなくなった。馬鹿も馬鹿の中の馬鹿である。アカネは内心ビックリする勢いで毒づいていた。
「ケッ……お前らがレントラー共にボコられた後で、俺達が更に痛めつけてやる予定だったんだが、狂っちまった」
クモロはそう言ってゲプ、と下品にガスを口からはいた。エレキ平原に悪臭が漂う。これでまたレントラーが切れなければいいが……と、そこら辺を心配している者も多少居たのだ。
「ヘヘッ!計算違いだったぜ!とんだ邪魔が入ったもんだ!」
「……やりますか?」
キースは挑発され、それにあえて乗るかのようにグイ、と拳を突き出す。負ける可能性は一切無かった。そして、探検隊クロッカスが彼らに負けることも無い、そう考えていた。
理由は簡単である。『実力が桁違い』だからだ。キース自身は勿論のこと、チームクロッカスは、ついさっきまでレントラー達と戦い、リーダーであるレントラーにあそこまでの疲労と傷を負わせたのだ。普通に考えて、負けるわけが無かった。
「ククッ……クロッカスだけなら、当然そのつもりだったが……彼の有名なキース様が相手となると、話は違うな?ククッ。
……ずらかるぜ!!」
「おぅっ!!」
光の速さでドクローズは今までの道を走っていく。特に道具も使わず、よくあそこまで早く逃げ切ることが出来る者だ、と。戦わないのならば彼らに興味が無いキースは、内心冷たくそう思った。
「……何?あれ?」
セオがまだ『意味がわからない』という顔をしてシャロットに尋ねる。「なんだろね?」と、セオに冷たい視線を浴びせつつシャロットは答えた。今まで見たことの無いようなシャロットの態度に、多少カイトは『意外だ』と思いつつ、面白そうに見ている。アカネは『キースにほぼ助けられた』ということや、『セオがここにいる』『ドクローズむかつく』ということが頭の大半を占めてしまい、なにやらモヤモヤとした気持ちになっていた。
「逃げ足が速いやつらですね……。とにかく、今は水のフロートをあの兄妹の元へ届けましょう」
キースがそういうと、全員が同意し、もと来た道を戻り始める。ちなみにセオも一緒に来る気だったようで、シャロットにきつく締められていた。
「邪魔にならないように歩いてね?」
「ごめん、ごめんて……シャロット〜……」
―――セオの言葉を聞いて、キースは何かを『確信』した。
嗚呼、やはり。
(……ルーファス……残念だったな。お前より先に見つけてしまったようだ)
ふふ……ふふ……やっと見つけたぞ……!!にくい……あの方の敵を……!!強大な悪を、若かりし頃の大罪者………………
あの女を……!!!)
すべてを見透かしたかのような、ルビー色の瞳
光り輝く世界を語り、暗がりで生きていく者達を洗脳しつづけるその声
光が存在してはならない世界で、輝き続ける無謀な光
一方で、自らが犯そうとしている罪に気づかない、無邪気な闇
キースの脳裏で、そのすべてを備えた、美しい金色の体毛を持つ一匹の九尾が浮き上がり……消えた。