エレキ平原‐121
* * *
「ほんっと、意味が分かりません!あんな幼い子達を脅すなんて、あいつら何考えてんの!?前からお二人を付けまわして嫌がらせしたり、もう訴えたら勝てますよ!勝てますね!訴えましょう!」
『エレキ平原』のダンジョン内にて、シャロットはここに至るまでの経緯を聞いて憤慨していた。シャロットも『ドクローズ』の異様さは遠征で知らされたため、完全に敵陣営とみなしている。さらに、シャロットはトレジャータウンの住民の一匹であるために、マリやルリマとは多少の付き合いがあった。二匹がどれだけ幼く、どれだけ善良で将来有望なポケモンかを語りつくし、鼻から息をフンッと何度も吐く。
「まぁ、確かにクズ」
「クズだよねぇ」
もはや飽き飽き状態のアカネとカイトは、ドクローズに対しての感想すらも短く答える。そんな二匹にお構いなく、シャロットはさらに鼻息を荒くしながら怒りをそこらへんの野生ポケモンにぶつけまくる。本来倒すべきではあるのだが、動機が違うとそこそこ不憫に思えた。以前アカネとカイトも同じことをした事が何度かあるが、それはさておき。
「それにしても、やたら乾燥してるよね。ここ〜」
『エレキ平原』は、その名の通り電気タイプのポケモンが多い。ピカチュウのアカネからしてみればあまり良い状況とは言えない。炎タイプのカイト一匹が主力となってしまうとそれはそれで良くはない。そこで、連盟を通した依頼では無いにしてもシャロットを助っ人として呼んだのだのだ。ちらほら地面タイプの性質を持つポケモンも見かける為、シャロットがいるというのは相当力になる話であった。
電気タイプばかりが出てくるダンジョンという話は前もってしっかりとルリマから聞いていたため、バッグの中にはクラボの実がいつもの倍以上入っている。中途半端に麻痺状態にされてしまった際食べるものである。今のところ使った形跡はない。
カイトはバッグの中を確認しつつ、現在いる地点の周辺を見渡した。すでに階段を何個か通過していたのだが、ドクローズが指定したダンジョンである。何があるか分からない。 そうして居ると、丁度付近にエレキッドやメリープがうろついているのを確認した。電気タイプの相手は得意ではなかったが、幸運なことにエレキッドたちはアカネやカイト、シャロットには気づいていない。特にエレキッドは気性が荒いことが前の戦闘でわかっていたため、出来るだけ一撃、気づかれないように攻撃することを決める。
「僕行くね」
カイトは足音をできるだけ立てないように軽く地面に足を付けながらエレキッドの方へ向かっていく。メリープも『電磁波』を使われたら厄介なため、慎重にエレキッドに近づいていく。一番力の高い『竜の怒り』の青い筋を体に纏うと、狙いを定めてエレキッドの方へと飛び出し、『竜の怒り』を放った。
青い筋が竜の形に姿を変えていき、エレキッドに食らいつくように襲い掛かる。エレキッドは『喰われる』寸前に気づいたものの、行動が間に合わずに竜の怒りの餌食となった。アカネはすかさずそこに飛び込み、騒ぎで敵の存在に気づいたメリープに『アイアンテール』を叩きつける。防御力はそれほどでも無いと感じると、アカネはすかさず『十万ボルト』でメリープを狙い撃った。シャロットは『ついでに』というように、面倒な方であるエレキッドに『火の粉』を放つ。
一方的な攻撃のようにも思えるが、向かい合って戦闘など一々していられるほど甘いダンジョンではなかった。レベル的にも、クロッカス一行の種族的にも。
エレキッドが倒れたことで多少安心し、次の部屋へと足を運ぶ。
部屋を見渡す限り、なにやら道具やポケが大量に落ちていた。シャロットが「ひゃほーい」という具合に部屋の中に飛び込もうとすると、カイトが慌ててシャロットを止めるために六本の尻尾のうちの一本を、その強力な握力で握りしめた。
「いたぁ!?」
「あ、ごめん!まってまって、ここモンスターハウスかも」
「……モンスターハウス?」
カイトが発した謎の言葉に、シャロットとアカネは首をかしげる。シャロットが知らないのは意外だと思いつつ、カイトはその説明を始めた。
「モンスターハウスっていうのは、ここに住んでいるポケモンたちの罠なんだ。それぞれ身を隠して潜伏して、あの部屋みたいに道具を大量にばらまいておく。それにつられた侵入者を一気に叩きのめすっていう、そういう罠なんだよ。だからきっとこの部屋に入ったら、どこからともなく部屋中にポケモンが現れて袋叩きにされるよ」
「そう。でもこの先に階段あったらどうすんの?向こうも回ったけど、それっぽい道はなかったし。行ってみるだけ行ってみれば?」
「それなんだよね。母さんとか父さんは、基本的に縛り玉を使ってすり抜けたり、広範囲技で蹴散らしたりしてたらしい」
「たしか縛り玉はあたしのバッグの中に……あった」
シャロットは縛り玉をバッグから出して加えると、カイトの手へと渡した。カイトは小さくうなずくと、縛り玉を発動させて部屋へと投げ込み、三匹はその部屋に飛び込んだ。
案の定、どこからともなくポケモンが沸いて出る。地面の中、枯草の奥……しかし、縛り玉によって一時的に動きを止められた。抗おうとするが、変に刺激を与えない限り一定時間縛り状態を継続することが出来る為、敵ポケモンたちは動かない。
「行くよ」
その場を早々に切り抜け、更にさきの部屋を目指した。アカネの言っている通り、モンスターハウスの先の部屋に階段があった。卑怯な手口だな、と思いつつ、縄張りを守る為なのだから仕方がないと思い、一行は階段を通過する。
幸いにも『避雷針』などの特性を持つポケモンはいないらしく、アカネの電撃も通用するダンジョンである。複数のポケモンに囲まれても、アカネが『十万ボルト』によって目くらましを施し、麻痺状態にできる者には遠慮なく静電気を流した。その間にカイトとシャロットが叩き上げる。そんな戦い方を何度か繰り返す。麻痺にされる可能性が高いため、カイトお得意の『普通のパンチ』や『普通の頭突き』は通用せず、ほぼ遠距離技に頼っていた。
「この先モンスターハウスでなきゃいいなぁ……あたしとしたことが……カイトさん止めてくれてありがとう……」
「ううん。あまり多発はしない……と思うけど」
「ま、焦らず慎重にって事ね」
ダンジョンを先へ先へと進んでいくと、モココなど、最初の方のフロアでは出現しなかったポケモンがウヨウヨしていた。生息するポケモンたちが変化しているということは、上に近づいてきたということである。進化形などが多くなり、高レベルのポケモンで統一されてしまっている場合もある為、一行はそこからさらに気を引き締めた。
「ん〜……出口まだかな……」
「……あ?え、シャロット、あんた後ろ!」
「へ?」
突如、気を引き締めなおした一行の前に大きな影を作り、覆いかぶさるように襲い掛かるポケモンが居た。モココなどと同じく、最初の方では全く出現していなかった巨大なメガヤンマである。比較的アカネ、カイトから遠いところに居たシャロットをメガヤンマは巨大な長足で引っ掴むと、そのままがっちり固められて抵抗できないシャロットを掴んだまま飛び立とうとする。
メガヤンマ独特の羽ばたきによる衝撃波で、アカネもカイトも一瞬足がすくんだ。
「うぇうぇぇ!?食われる!?食われるぅ!」
シャロットは奇声を上げながらメガヤンマの腕の中で暴れようと身をよじらせるが、六本の足でしっかりとつかまれているために動くことが出来ず、力なく六本の尻尾を意味不明に動かすだけである。どう見ても非常事態だ。
「え、うそ!?」
「撃ち落とす!」
「あ、あ?あ、うん!」
攻撃の届かない場所に飛び去ってしまう前にと、アカネは尻尾をばねのように使って地面から自らの体を勢いよく跳ね上げる。空中で姿勢を立て直し、メガヤンマの背中を狙って『十万ボルト』を撃ち込んだ。尾をかすったようだがギリギリ届かず、アカネは受け身を取ってそのまま地面へと着地した。メガヤンマが麻痺している様子も見られない。ダメか、と眉間に皺を寄せた、その時だった。
メガヤンマが咄嗟に手を放し、シャロットは空中で解放されて地面へと垂直に落下していき、そのまま地面へと激突する。メガヤンマは一瞬体の動きがぎこちなくなるが、その後何事も無かったかのように飛び去った。アカネとカイトはシャロットが落下した地点に足を向ける。
「ちょっと、大丈夫!!?」
アカネが目を回しているシャロットの肩に触れようとすると、彼女は焼けるような痛みを感じて咄嗟に手を引っ込める。カイトが慎重にアカネと同じ場所を触ってみると、どうやら体がかなり高温になっているらしい。カイトでもかなり熱く感じた。
「ケホッ……んん〜……痛いー……熱い〜……」
咳き込むと同時に口から血……ではなく炎を吐いた。これはロコンの習慣なので特に可笑しなことではないが、一瞬血を吐いたと思ったアカネやカイトはかなりビビったらしい。
「ちょ……大丈夫?肩は貸せないけど……」
「嗚呼、大丈夫です……ポケモンたるものは落ちたくらいじゃにしませんから……。息止めてたらすぐああなるもんで、メガヤンマ火傷したみたいで……も、もちろん確信犯でしたからね!」
立ち上がったらすっかり元気になってしまった彼女を見て、アカネとカイトは冷や冷やとする反面安心する。とにかく、これでいったん状況が落ち着いたわけである。
「これからメガヤンマ見つけたら瞬殺。相性的にはいいんだから」
メガヤンマに恨み事を作った所で、またクロッカスは先へ進むために階段を通過する。すると、次は少し開けた場所に出た。ポケモンは周辺におらず、ガルーラ像が中央にぽつんと佇んでいる。やっと中間地点、というところらしい。いったん休憩、と、カイトはガルーラ像に寄りかかって腰を下ろした。
「そろそろ奥まで近づいてきたね。どうなんだろ?あいつら待ってんのかな」
「前はパトラスの介入で戦闘まで至らなかったから、今回は本気で戦うつもりかもね。ただ、本当に水のフロートがあいつらの元にあるのかって言う点は疑問だけど」
「それは確かにそうですよね。ルリマちゃんとマリちゃんは見てないわけですし……」
一行はオレンの実をかじりながら話していた。最後までオレンのを食べきったところで、再びダンジョン探索を再開する。
「罠張りまくってるかもしれないから、こっちも気を引き締めて、ね!」
クロッカス一行は、最奥部までの道を歩み始めた。
* * *
一方、とレジャータウンでは、カクレオン商店の前にてマリやルリマ、レイセニウス達がたむろしながら話をしていた。会話の内容は件の『水のフロート』についてである。
「なるほどー。水のフロートがねぇ〜……」
呆れかえった表情でイゴルとラゴニはルリマの話を聞いていた。レイセニウスはなんとなくその二匹の顔をメモ帳に書いてみる。なかなかの出来栄えだ。と、爽やかに目を細めた。
「そんなことがあったんだ。それで今、アカネさんたちが向かってるんだね」
「うん!」
「僕たちの代わりに、水のフロートをとってきてくれるって!」
「あと、多分シャロットちゃんも一緒なんじゃないっすかねぇ。話を聞く限り、電気タイプが多いっぽいし……アカネちゃんとカイトだけじゃちょっときついっしょ」
レイセニウスも会話に介入する。カクレオン二匹からしてみれば、最近よくここら辺をうろうろしている輩であった。マリとルリマと知り合いということは、特に不審なポケモンではなかったようだ。イゴルとラゴニは、これを機に認識を改めた。
「シャロットちゃんも一緒?へぇ〜、元のチーム解体したってのは本当だったんだ……っと、こりゃ別件だ。
とにかく、クロッカスなら安心だね」
「ん?シャロットちゃんがチーム解体って、どういうことっすか?」
「あー。シャロットちゃんも元探検隊チームを作ってたんですって。クロッカスが結成される結構前から。でも、相方とのすれ違いが多くて、結局最近解散しちゃったらしいんですよ〜」
「へぇ、そりゃ聞いてなかったな。ふぅん」
レイセニウスはひらりと格好をつけてペンを手に取ると、メモにシャロットに関しての情報を書き始めた。
『フリー探検家 シャロット 種族はロコン
元フリーの探検隊チームを結成していた。相方とのすれ違いで解散。現在クロッカスの助っ人』
特に何をするというわけでもないが、なんとなく書いてみた。この方が、後で見た時に整理しやすくて楽だろうと思いながら、バッグの中にペンとメモ帳を放り込んだ。
「みなさん、どうしたのですか?」
ちょうどメモを書き終え、レイセニウスがバッグの中にメモ帳とペンを放り込んだ頃、ギルド方面から声が聞こえてきた。全員が声の方を向くと、そこにはトレジャータウンに滞在中の有名探検家、ヨノワールのキースがこちらへ向かってきていた。レイセニウスのみがその存在を曖昧に認識していたため、彼がキースであることを確信するのにすこし時間がかかった。
「あぁっ!キースさんじゃないですか。
いやね、少し前にここで、ルリマちゃんたちの落とし物のことについて、ここで一緒に話したの覚えてます?」
イゴルは身を乗り出してキースに話しかけた。もちろん、とキースは頷き、本当に最近の記憶をさかのぼり始める。
「嗚呼、水のフロートの話ですよね?確か海岸に落ちてたとか……」
実際は、キースにとっては心底どうでもいい話だった。しかし、ここで話を合わせておけばポケモンたちの脈が取れる。キースは真剣な表情で会話に取り組む姿勢を見せた。
「そうですそうです♪ただね……それがですね、こんなことになっちゃって……」
イゴルはさらに身を乗り出し、これまでの会話の経緯を語り始める。ルリマたちの『水のフロート』は海岸から焼失しており、代わりに二匹に対する脅迫文が残されていたこと。現在、クロッカス達が取りに向かっているということ。キースはその話を聞いて眉をひそめた。
「……なるほど、そんなことが。
誰がどういう目的でそんなことをするのやら。悪質な輩ですね……」
キースの率直な意見だった。『悪質』……本当の『キース』というポケモンを、すべてを明かしてしまえば、今キースに媚びまくっているカクレオン達や、純粋な目で自分を見ているマリやルリマ……すべてがキースを敵だと認識する。キースがここにいる経緯を辿れば、『悪質』というのは、もはや彼のことである。しかし、そんな自嘲をぐっと抑えた。
「でしょ!?こんな幼い子をターゲットにするなんて……あたしゃ許さないですよ!」
憤慨するイゴルを、隣のラゴニが『まぁまぁ』と収める。キースは、その場で疑問に思ったことを率直に尋ねた。
「ところで、クロッカスはどこに向かったのですか?」
「あ、エレキ平原……です」
「え!?エレキ……平原……?この時期は確か……」
「どしたんすか?」
レイセニウスが尋ねても、キースは考えるばかりで返事をしない。ふ、と我に返ったように顔を上げると、焦った様子で言葉を切り出した。
「いけない……このままではクロッカスが危ない!
申し訳ないが、私はこれからエレキ平原へ行ってきます」
そういうと、キースはエレキ平原の咆哮へ向かう。後ろから『ちょっとぉ!』という声が聞こえるが、それに構っていられなかった。
死ぬ必要のないポケモンが死ぬ可能性がある……。生命の連鎖というのはどこへつながっているかわからない。
キースの脳内はそればかりに絞り込まれた。一見して、その考えを見てもいったい何のことか理解が出来ないであろう。しかし、キースは焦っていた。
ただただ、『救命しなければ』と。あの弱そうなピカチュウとヒトカゲが、あの輩共に立ち向かい、勝利できるとは思わない。自分の説得があればなんとかなる可能性が高い。
キースはエレキ平原の最奥部へと向かう。
後の彼からしてみれば、その選択はまさに『正解』であり、はたまた『不正解』でもあったのだ。
そのことをまだ彼は知らない。