脅迫者‐120
* * *
場を移し、同時刻。『霧の湖』では、二匹のポケモンが緊迫した空気の中対峙していた。
「やはり…………やはり、信用すべきではなかったのですね。こんなにも早く……別のポケモンがやってくるとは」
目の前にいるポケモンはそう呟いた。絶望し切った表情で俺の方を見据えている。はて、何のことだろう。
時の歯車を盗み続けている盗賊、ジュプトルのルーファスはユクシーの表情を見てそう思った。また、ユクシーはそんな彼の存在に驚き、絶望し、恐怖を感じていた。門番となっている幻影のグラードンを、いとも簡単に、一瞬で地面に伏せさせてしまったのだ。既に幻影からの反応は無く、グラードンは『息絶えた』状態であった。緊迫した空気がユクシーとルーファスの間に流れる中、ユクシーは湖を背に、ルーファスに挑むようなそぶりを見せる。
「しかも、今度は本当に……時の歯車を盗りに来ようとは…………甘えと情など不要だった。あの時、あの者たちの記憶は、消しておくべきでした……ッ」
かみしめるように、皮肉を言うように、ユクシーは目の前のルーファスにそれを告げた。ルーファスには、ユクシーが言っていることは全く持って分からない話である。特に興味も無かった。
「……何のことか分からんが、つまり少し前にもここを訪れ、時の歯車を目撃した者がいるということだな。しかも複数匹……。
だが、違うな。安心しろ、俺は誰かに聞いてこの場所に来たわけじゃない。俺はここに時の歯車があることを、以前から知っていたのだ」
「以前から……!?お前は、いったい……」
「悪いが、時間が無いんだ」
ユクシーに返答した次の瞬間、ルーファスは『リーフブレード』を使い、ユクシーの体を勢いよく切りつけた。ユクシーはその素早い動きに反応することもできず、そのまま体の軸を揺らしながら地面に落ちる。何とか『時の歯車』を守るべく、ユクシーは『盗賊』へと『封印』を施すために手を伸ばした。
「妙な真似をするな」
ルーファス再び『リーフブレード』をクロスさせる形でユクシーを切りつける。呼吸を空回せる暇も無く、ユクシーはその場に蹲った。ユクシーが決して弱いわけではない。ただ、『盗賊』があまりにも強すぎるのだ。
「あ…………ぐっ……」
声にならない声を上げた。体も同時に悲鳴を上げている。ユクシーに成す術はない。
「急所は外した。死ぬことは無いだろう。これ以上痛めつけたくはないんだ、諦めてくれ。
貰っていくぞ……三つ目の時の歯車を!」
ルーファスはユクシーから視線をを外すと、自らは湖へと飛び込んだ。
三つ目の時の歯車も、彼の手の中へとあっさりと落ちた。
まだそのことを、彼とユクシー以外知ることは無い。
* * *
二つ目『時の歯車』が盗まれたと、夕食時間にペリーから報じられたその翌日、チームクロッカスやギルドの弟子たちはいつも通りに朝礼を終え、さぁ仕事に出かけようと支度をしていた。
「久しぶりにシャロット誘う?遠征が終わってから一度も誘ってない気が……」
「確かにそうね。昨日の話もかねて、あの子も誘うよ」
朝からさっさと仕事の方向性を決めると、二匹は依頼掲示板のあるフロアへと移動しようと梯子へ足を向けた。すると、そこにゴルディの大声が二匹の方へと降り注いだ。
「おーーーーい!クロッカスの二匹!」
「なーにー?」
ゴルディと距離があったため、二匹は急ぎ足でゴルディの方へと向かった。なにやら『外』のポケモンとトランが話をしているらしく、それをゴルディがクロッカスの二匹に伝えているようである。このパターンは『お客さん』だな、と二匹はなんとなく理解した。
「お前たちにお客さんだ。ギルドの入り口で待っている。ちょっと行ってきてくれ」
「なんだろね?」
『お客さん』が誰なのか気になりながら、二匹は地上へと上がっていく。直々の依頼とか?と、カイトは顔をニヤケさせ、アカネを呆れさせる。地上へ出て、ギルドの前へと顔を出すと、見知った顔が三つ、ギルドの前に佇んでいた。
「あ、カイトさん!アカネさん!」
「おはようアカネちゃん〜!!」
ギルドの前にいたのはマリとルリマ、そして何だか面倒そうな声が二匹のかわいらしい声の中にノイズのように入り混じった。これはカイト視点の表現である。
「あれ、君達は……ルリマとマリ?僕たちを待ってたのは君たちなの?」
「ん?俺は?俺は?」
カイトは先ほどから声を混ぜてくる“三匹目”のポケモン、フローゼルのレイセニウスをもはや『存在しないもの』として扱い、完全にスルーしていた。アカネはそんなカイトに苦笑いしつつも、面倒を回避するために、意識全てをルリマとマリの二匹へ注ぎ込んだ。どちみちレイセニウスに関しては相手はしないので、早く帰れということらしい。
「そうです。僕たち、クロッカスさんにお願いがあってきたんです」
「その為にわざわざ二匹で来たの?よくできてるわね」
「俺!連れてきたの俺!」
頑張ってアピールするも、レイセニウスはもはや空気以下の存在と認識されてしまっていた。この三匹の間にいったい何が……と、ルリマは不穏な雰囲気を察知するも、これまた面倒を回避するために淡々と話を続ける。
「お願いって?」
「マリ、お願いして」
「うん。あの、水のフロートを取り返してほしいんです……!」
「あ、え?水のフロート?水のフロートって、探してたやつだよね?」
二匹の依頼に、アカネとカイトは首を傾げ、レイセニウスは自身の待遇を嘆いていた。そんな彼を完全にスルーし、更にカイトは事情を聴こうと二匹に尋ねる。
「それは見つかったって言ってたような気がするんだけど、どうしたの?」
「はい。海岸に落ちてるって聞いたんで、行ってみたのですが……そしたら代わりにこんなものが」
そういって、ルリマは微かに湿った紙切れを二匹に渡した。アカネはその紙切れを受け取り、カイトの方へと傾ける。どうやら何か書いてあるようで、二匹はその文字を読み始めた。レイセニウスはさりげなく二匹の後ろに回ると、一緒になって紙切れに書いてある内容を読む。
「……うわ!ひっでーなこりゃ……誰だよこんなことすんの!」
レイセニウスは、その文字の内容の酷さに声を上げる。その声にやっとアカネやカイトは反応し、それぞれ彼を軽く睨みつけた。睨まれても、存在が認知されたことでレイセニウスは嬉しくなる。顔つきが爽やかになった。あらぬ誤解を生みそうである。
『海岸にあった水のフロートは我々が預かった。取り返したくば、『エレキ平原』の奥地まで来い。
しかし、力の弱いお前らに、果たしてそこまで来ることが出来るかな?クククッ。
無理ならせいぜい、頼もしい仲間に頼むこったな。クククッ……』
脅迫者の素性をまるで隠す気ゼロな脅迫文に、その『語尾』の使い主を知るアカネとカイトは思わず呆れかえった。二匹を脅迫した目的もそこから自ずと導き出される。
「あんた達、これ絶対行っちゃ駄目よ。この犯人ちょっとばかし頭が可笑しいから」
思い切り『犯人』を貶すついでに、アカネは二匹に警告をした。カイトも同じく頷き、レイセニウスは『子供は行かせるべきでない』という部分で顔を上下に振る。
「でも……水のフロートは本当に大切なものなんです。だから絶対に取り返したい。けれど、マリを危険な目には合わせられません」
「マリも、マリも一緒に行くって言ったんだよ!」
頬を膨らませながら、幼いマリは自己アピールをした。それを困った顔で見るルリマは、どこか悲しそうである。
「お前にはまだ無理だよ。もう前みたいに……怖い目には合わせたくないんだ。
なので、僕一匹でエレキ平原へと挑んでみたのですが、ポケモンのレベルが僕には高すぎるうえ、電気タイプが多くて……僕には、とても歯が立たなくて……」
ルリマの目が段々とウルウルし始める。兄としての不甲斐なさを噛みしめているようで、軽く目をぬぐった。
「だから、何度行っても倒されちゃって……僕は、僕は弱い自分が悔しくて……うぅぅ……」
「な、泣くなよ〜!お前はもうよくやったよ!スゲーよ男だぜ!
あとはこのお姉さんと不良がなんとかしてくれグハァッ!?」
カイトの事を不良と称した瞬間に、レイセニウスの腹に鋭いナイフのようなパンチが襲い掛かった。ぐったりとギルド付近の木に寄りかかり唸っている。犯人は言うまでもないだろう。
「大丈夫。僕たちが取り戻してくるから、安心して」
「そういやあいつら、遠征依頼蒸発してたし、どっかで遭難でもしてるのかと思ってたけど、初っ端からやったわね……」
犯人の目星はついている。遠征でパトラスにフルボッコされ、ギルドに入ることが出来なくなった……ということは、クロッカスの二匹は知らないが、そんな感じで息をひそめていた『ドクローズ』が犯人である。クロッカスがいかないわけにはいかなかった。
「ありがとうございますっ……!」
「もう泣かない方がいいんじゃない?目が腫れるわよ」
「よし、じゃあさっそく行こうか、エレキ平原!」
「あ、まって!俺も行く!」
とにかく意見はまとまった。レイセニウスが復活して声を上げた瞬間に、轟々と燃え盛る炎を纏った尻尾が、勢いよくレイセニウスの鳩尾に命中した。誰がやったかは言うまでも無い。