誰かと誰かの身の上話‐115
* * *
「……そう、か。なるほどね……。いやいや、本当にありがとう。助かったよ〜」
「いや、親父が寝込んだばっかりに俺みたいなのが来ちゃって。これじゃ誰が来ても同じ〜って話っすよね。なんかすいません〜……」
「そんなことはないよ♪確かに君のお父さんには会いたかったけれど、君にも会うことが出来て良かった♪わざわざ忙しいところ、来てくれてありがとう♪」
ギルドの親方、パトラスの部屋にて、パトラスとそのお客様、マーロン氏の会談が行われていた。
マーロン氏の本来の住所は、英雄とキュウコン伝説の主人公となる救助隊、ガーベラ発祥の地となった大陸である。現在フローゼルのマーロン氏は、その場所で幼いころから生活しており、一見するならばパトラスと何の関わりも無かった。そんな彼らを結びつけたのが、会話の内容的に考えればマーロン氏の父親、ということになっているのだ。
「……そっか〜!あれからもう何年だろうね。約二十年ってところかな……。……未だに僕は過去に執着し続けている。だから、君のお父さんとも話したいと思ったんだ」
「チビの頃から、俺の親父に前科があることは知ってました。でも、俺の親父によく辿り着いたもんですね。前科の事なら直ぐに調べられるだろうけど、その前の交友関係まで調べつくすなんて」
「逆だよ。先に交友関係の方を当たったんだ♪
………………“師匠”は孤独だったんだと思う。調べたところでは、小さいころから大人の汚い部分ばかり見てきたみたいだから……だから、当時の僕みたいな子供には心を開いてくれたんじゃないかな♪……なーんて。
師匠の交友関係を当たったところ、過去にはっきりと師匠と交流があり、既に刑期を終え、住所が明白。家族もいる……そんなポケモンは君のお父さんだけだった。触れられたくない部分があることももちろん考えたよ。でも……好奇心に負けたのも事実だ。息子さんである君まで巻き込んで、ごめんね」
「いいんすよ!今は俺、親父の事割と嫌いじゃないし。田舎でニート街道まっしぐらかもしれなかった俺を助けてくれたのも親父だし、昔はそりゃアレだったかもしれないけど、やっぱり根っからクズなんていないと思います。
だからかな。親父が体調崩して仕事休むことが多くなった時、親方さんから連絡があって。いい機会だと思ったんすよ。……もう若くない。喋りたいことは今のうちに喋っとけって」
マーロン氏は爽やかな目元を細めて答えた。パトラスはその言葉を聞いて思う。このままでは時間が無いのだと。彼が……“師匠”は、パトラスが出会った頃には既に若者といえる年齢ではなかったと、調べるにつれて認識した。
年月の経過を嘆いた。自分は彼に再び出会うことが出来るのか。
傍から聞いていれば、パトラスの過去に何があったとか、マーロン氏の父が具体的に何をしただとか、そのようなものは全くと言っていいほどわからない。
妙にしんみりとした空気が、外の忙しく働くポケモンたちの声を遮断する。
――――パトラスには、“探検”というものを教えてくれた師匠がいた。
“師匠”は、いちはやくパトラス少年の才能を見出し、彼に積極的に探検というものを教えるようになった。
師匠は、パトラスに自らのことを『元探検家』だという風に教えていたが、実際は『探検家』から逃れるために影を潜めて暮らしていたお尋ね者だったのだ。
何があってそんな経緯に至ったのか、知る者は少ない。結果的にはパトラスの目の前で師匠となるポケモンは逮捕される。既に刑期を終えているということはパトラスも把握していたが、師匠が目の前で逮捕されてから、パトラス少年が大人になるまで約二十年の月日がたち、今に至った。
パトラスを現在のギルドマスターよいう地位へと誘ったのは、間違いなくその“師匠”である。
お尋ね者なんて関係ない。前科者なんて知らない。
また一緒に探検したいなんて、そんな贅沢は叶わないならば願わない。
ただ、パトラス少年の未来を開いてくれた彼に、また師匠と弟子という形で向かい合い、一言でも言いたいのだ。
本当にありがとうございました……と。感謝を込めて。
* * *
「……仕事行かないわけ?」
「……嗚呼……行きたいんだけど、ね」
アカネとカイトはお尋ね者ポスターの前に居た。更新された依頼を見ると言いつつ、いくつか依頼を手にとっても一向に動こうとしないカイトに対し、アカネは少々苛立っていた。
小言は言わないが、一応時間が時間なので無言の威圧感で通そうとする。カイトも薄々それに気づいているのか、お尋ね者ポスターの前で足をフラフラさせていた。そろそろ仕事に行くべきかどうか迷っているらしい。
アカネは、カイトが何を待っているのかなんとなく理解していたが、キリがないので正直、さっさと仕事に行ってしまいたかった。自分自身の考え方も自己中心的であるが、カイトも十分それである。悟ってはいるが一応口で言ってくれると嬉しかった。
やむ終えず、アカネは自ら口を開く。
「さっきのチャラいの、誰?あんた知ってんでしょ?」
「残念ながらね。顔がもう少し違ったら気づかなかったよ」
憂いを帯びた顔つきで、カイトはアカネの問いに答えた。カフェでのカイトの発言から、先ほどのフローゼルの名は『レイセニウス・マーロン』という名前だったことがうかがえた。レイセニウス……長い。だから愛称が『レイ』なのか、とアカネはその時点で理解する。
レイ……カイトの関連で、アカネはどこかで聞いたことがあると思っていたが、なんとなく思い出す。サラがその愛称でカイトの『知り合い』らしきポケモンのことを呼んでいたのだ。流れるように聞こえてきたので真実かどうか定かではないが、おそらくマーロン氏改めレイセニウス、彼の住んでいる大陸はカイトの生まれ故郷である。
また面倒なことになりそうな気がすると思いつつも、アカネはいつものように強引に、強くは出られなかった。カイトが自らの故郷に対して良い思いを持っていないことは伺えた。しかし、何かある度そんなことで一々憂うくらいならば、きっちりと話をしてもらった方がいいだろう。
今回、カイトの両親が来た時よりもアカネは冷静だった。
「一応、聞いとくけど……まだ待つ?」
「…………んー!よし、もういい、いいや!仕事行こう、アカネ!」
カイトはアカネの手を引くと、振り切るように足早にギルドから出ようとした。
地上に出る為、梯子を使おうと手を伸ばしたその時、下から上ってきた何者かとぶつかり、カイトは軽く弾かれる。カイトに手を引かれていたアカネもまた、カイトから伝わる反動で軽く体制を崩した。
「いて、あ、すんませ……」
「…………」
なんてタイミングだ、と。カイトは思う。
先ほどまで自分が待っていた相手、フローゼルのレイセニウス・マーロン。やっと振り切って仕事に行く気になったのに、このタイミングに上がってくるか、と、カイトは理不尽なのをわかっていながらも、彼を軽く睨む。
「お、アカネちゃんとカイトじゃんか。まだ仕事行ってなかったのか〜」
かなり慣れ慣れしく接されたことに対し、アカネはわずかながら眉間に皺を寄せた。カイトはそんなレイセニウスの発言を聞いて、ふと首をかしげる。こんな奴だっただろうか。こいつは……。
「……僕がギルドに入ったこと驚いてたけど、実際はもうあっちで噂になってるんじゃないか?」
「まぁ、小さい村だし……あの子は今どうしてるんだ、って。皆疑問に思うわけ。俺はこっちでなんかやってるくらいしか聞かなかったけどさ。
てか、すごい久しぶりじゃん」
「……あんた、カイトとあっちでなんか関わりあったの?」
「え?あ…………えっと、だな」
レイセニウスはカイトの様子をうかがうかのように、視線をカイトの方へ移した。カイトはなにやら考えている様子で、レイセニウスの視線には気づかない。
レイセニウスは、カイトの過去を打ち明けていいのか気にしていた。レイセニウス・マーロンと、救助隊チームガーベラの息子、カイトは昔『親友同士』であった。
過去にカイトの母であるサラが語ったように、カイトは大陸の方でいろいろと『やらかして』しまっているのだ。それをアカネにはちゃんと話しているのか、それとも隠したままで接しているのか。
アカネを近くに置いている手前、『話していない』という事実はあまり考えられなかったが、もしもということがある。あわよくばカイトが自分から話し始めることを期待して、レイセニウスは黙り込んだ。
「…………ま、いい。私がどうのこうの言うことじゃないしね」
「……フローゼルに進化してたんだね?パッと見気づかなかったよ」
カイトは論点をずらしてレイセニウスに話しかけた。どうやら揉めるつもりはない、ということらしい。
「俺も気づかなかった。顔つきとか雰囲気とか違ったし……こっち来てなんかあった?」
茶化すように口角を上げると、レイセニウスはアカネの方をちらりと見た。その様子に対し、再びカイトは訝し気な目でレイセニウスに視線を注ぐ。
「まぁ、ちょっとだけ」
「あ、それはそうとさ、俺ちょっとの間ここにいることになった」
「はぁ!?」
「いや、こっちにもいろいろあるから」
爽やかに笑いながらレイセニウスは茶化すように言った。カイトは遺憾ながらも口を出すことが出来ず、ただただ嫌そうな顔をしてレイセニウスの方を見つめていた。
話が一段落したところで、レイセニウスはアカネに手を振ると、飄々とした様子でギルドを出ていこうと梯子のほうへと歩き出した。
カイトが腑に落ちない顔でレイセニウスの背中を見ていると、レイセニウスは一言、カイトの方を振り返りこういった。
「俺、もう気にしてないよ。しばらく宜しく」
カイトは驚いた顔で、その場に少しの間佇んでいた。