プレイボーイ襲来‐114
* * *
これまた同日の晴れ日和。とある一匹のポケモンは軽い足取りで地面を蹴りながら機嫌よさげに歩いていた。
トレジャータウン中心で機嫌よく歩き続ける一匹のポケモンに対して、周辺の住民らは見かけたことの無いポケモンだったために、彼のことを物珍しそうに見つめていた。そのポケモンはそこそこルックスが良かったのもあり、周囲のメスポケモンたちがひそひそとなにやら会話をしている。そんな彼女らを見て、彼は密かにこう思っていた。
――――――――――女の子が多くて良いなぁ!!!
自身気に胸を張って歩きながら、自分好みの女性を見つけるために、その爽やかな目元をあっちこっちへと回していた。
すると、そのポケモンの目の前を一匹のマニューラが横切った。横顔を見る限りかなりの美形と見て取れたため、彼は通りすがりのマニューラの目の前に滑り込むようにして顔を覗き込んだ。
「……何だい?」
マニューラは訝し気に彼の方を睨む。確かに美形ではあったが、彼よりも少し年上に見えた。大人っぽすぎるのだ。彼はしばらく考えた末に、『すいません。ポケモン違いです!』と言ってマニューラの目の前を離れた。
「……なんだい。ありゃ」
不快そうに目を細め、そのポケモンの後姿を見ていた盗賊団『MAD』のリーダー、マニューラのセリシアは、そのポケモンをつかんで握りつぶす要領で、そのポケモンの後姿に指を向け、一気につかみあげるふりをした。
「ボスー!どうしましたか?」
そんな行動に違和感を持った彼女の部下……アーボックのブローは、急いで彼女の下へと駆け寄り、もう一匹の部下、ドラピオンのアンスガーも一緒に駆けてくる。そんな二匹を見て、セリシアは先ほどの出来事を鼻で笑った。
「…………いや。何でもないよ。ただ、ここらでは見慣れない失礼な輩がいたからね」
「失礼な輩!?ぼ、ボスに何を!?」
「いいんだよ。それよりお前達、さっさとゼロの島の情報集めな!」
「はい、ボス!」
陽気な様子で先へ先へと歩いて行った謎のポケモンは、ついさっき自分がナンパしようと声をかけた女性が、彼の有名な盗賊団『MAD』の女リーダーだったということなど、知る由も無い。
* * *
現在人気急上昇中の探検家、ヨノワールのキースがパトラスのギルドへとやってきた。その後の騒動が一段落つき、チームクロッカスは仕事に行く為の準備を整える為に、自室へと帰ろうと身を翻した。
「嗚呼、待て待て。お前達、頼み事だ。先ほど言い損ねてしまった……」
「切らずにさっさと言ってくれる?」
またペリーの話に邪魔が入りそうな雰囲気になったので、アカネはすかさずペリーにさっさと話をするよう促した。
「むぐ……じ、実はだな。今日の午前中に、ギルドに来客がある予定になっている。しかし、まだ見えていないようなのだ」
「え?でも、さっきのキースさんは……」
「いや、先ほどの来訪は予定外だ。今回の来客は事前に連絡が入っていたようだが、親方様が手紙を見忘れたらしく、遠征から帰ってきてからやっと気づいた状態だったのだが……まぁそれはいい。
とにかく、そのお客様がまだこちらに見えていないようだ。種族を教える。だから少し探してきてはくれないか?迷っているのかもしれないからな」
それは、自分たちがやるべきことなのだろうかと思いつつ、アカネとカイトはペリーの頼みを了承した。今日は簡単な依頼をこつこつ消化していく予定だった為、断る理由は無い。しかし、本職の方も忘れてはいけなかった。
「じゃ、トレジャータウンの方で!」
「りょーかい」
見付けたら直ぐに依頼遂行へ出られるように、カイトは部屋に戻って身の回りの準備をしに行き、アカネは探しに行くと言いつつカフェの方へと向かった。決してさぼりではない。どこかのダグトリオと一緒にするな、と思いつつ、朝のオレンの実百パーセントを一杯注文した。
「遠征からお帰りになってたんですね〜」
「まぁ、ね」
「収穫は無かったと聞いたんですけど、珍しいですね。いつもはお宝がっつりだって聞いてたのに」
カフェの店員、レイチェルの話を聞きながら、アカネは苦笑いをして見せた。オレンのジュースを口に含むと、アカネ好みで甘さ控えめの味だった。アカネは機嫌が良くなり、ペリーから受け取った、『お客様の特徴』を書いた紙を取り出し、机の上にはらりと置いた。どうやらお客様は別の大陸からはるばるこちらへやってくるらしい。
「種族はフローゼル、年齢……19ね。名前は……」
名前については姓のみが記してある。姓はマーロンというらしい。そういえば日常的に生活している中で『名前の姓』というのはあまり聞かない。相方のカイトの姓も、聞いたのか聞いていないのかさえよく覚えていない。そんなに重要な事ではないと思うが、比較的姓は伏せる傾向にあるようだ。
何より、アカネ自身も自らの名前を知らない。記憶を失っている中で、『アカネ』という名前が真の名なのかどうかも不明だ。
「…………ねむ」
「いらっしゃいませー!」
オレンのジュースを飲みながら、アカネはだんだんとウトウトしてくる。朝のカフェは危険である。すぐに気持ちがほどけて眠くなってしまう。
そんな状態だったアカネの耳に、レイチェルの元気な挨拶が響いてきた。よくやるなぁ、と思いつつ、再びジュースを啜りながら、ペリーのメモを何度も読み返す。紙の隅の方にフローゼルの似顔絵らしきものが書いてあるが、はっきり言って下手であった。
「あ!お姉さんなんて名前?」
「レイチェルと言います。お客様、ご案内します」
「今度どっか食事行かない?」
「ありがとうございます。でも、私はお店が忙しいので〜」
後ろの方で、レイチェルがナンパされているのが聞こえた。アカネはレイチェルをナンパしているポケモンに十万ボルトを撃ちたいと思いつつ、メモ用紙を何度も何度も繰り返し読む。オレンジュースはまだ半分ほど残っていた。
レイチェルが誘いを断ったことで、ナンパしたポケモンはあっさりあきらめたように隣のテーブルへと腰かける。アカネは気にせずにアカネはオレンジュースを片手にメモを見つめていた。これらの行動を要約すると、アカネはペリーの描いた絵の解読を試みていた。「
ねぇ、君。相席お願いしていいかい?」
「無理」
アカネの隣のテーブルについてメニューを眺めていた筈のポケモンは、あろうことかアカネに声をかけてきた。どうも同じテーブルを使いたいらしく、意外にしつこい。
無視を決め込もうと思い、アカネはオレンジュースを口に含んだ。あまり一気に飲むことは出来ないので、いずれにしても飲むのには時間がかかりそうだ。使い捨ての器を貰って場所を移動しようか、とも考えていた。
「よし、お邪魔します〜」
「…………うざ」
レイチェルをナンパしていたチャラ男の方を見向きもせずに、一言そうつぶやいた。それでも男はへこたれることなく、アカネにちょっかいをかけてくる。一発電撃入れてやろうかと思い、アカネが顔を上げた瞬間だった。
探していた顔が目に飛び込んでくる。フローゼル。アカネはその種族の名前を、顔を見た瞬間にはっきりと認識した。水タイプを思わせるフォルムに、ブイゼルよりも大きい体。よく考えれば自分大分大きな相手だった。一メートル程ありそうである。よくこの目に入らなかったものだった。
「君さー、今日誰かと一緒に来てるの?」
「別に」
「じゃあさじゃあさ!ちょっとこれから俺と海にでも行かない!?ほら、ここ下ったとこにあるじゃん?」
「行かない。それよりあんた、これから行くとこあんじゃないの?」
「君と海?」
「とぼけないで。あんたパトラスの客でしょ。いつまでたっても来ないから、探してくるように頼まれた」
「……え?じゃあ、もしかしてパトラスのギルドの子?」
アカネをしつこくナンパしてきたフローゼルもといマーロン氏は、驚いた顔でアカネを見つめた。やっと自覚したか、と思うと、アカネはオレンジュースが少しだけ残ったコップを机に置き、メモをマーロン氏に突きつける。フローゼルはその紙にぐっと顔を近づけながら、舐めるようにそれを読んでいた。
「あ、俺だ。ごめんごめん!いや、サボるつもりじゃなかったんだけどさ、時間あるからちょっと観光、なんて!」
「もういいから。さっさとギルド行くよ」
「え、一緒に来てくれるの?うわ、嬉しいなぁ」
「うざ。ギルド行くだけ!」
やたらに距離を詰めてくるマーロン氏から離れようと、アカネは足早にカフェを出ようとした。歩幅があちらの方が大きいため、振り払いようがないのだが、とにかくギルドまで連れていけば彼女はいつも通りの“相棒”と共に依頼へ向かうことが出来るのだ。
カフェを出ようとした時、よく知ったポケモンがこちらに手を振りながら走ってくるのが目に入った。
「アカネ、こんなとこにいた!トレジャータウンの約束だったから吃驚したよ!いなかったし、すごい探したんだよ!?」
「わ、悪かったわね……。それはそうとこれ。パトラスの客、見つけたから。さっさと連れてくよ」
アカネはフローゼルのマーロン氏を指した。カイトはペリーからメモを渡されていないため、そのポケモンの特徴を知らない。カイトはマーロン氏をまじまじと見つめ、目を細めて眉間に皺を寄せた。
どうしたんだ?と、アカネはカイトの方を不思議そうな顔で見つめていたが、そのうちにマーロン氏自身もカイトと同じような顔をしていることに気づく。
「ちょっと、何よ気色悪い」
「……まって。どっかで会ったことありますか?」
「…………あれ!?ちょっとまって、カイト!?」
マーロン氏は驚いた顔で後ろへとのけぞった。カイトは、自分の両親がこちらの大陸に来たときと同じような雰囲気を醸し出し、そのオーラは嫌悪感で溢れている。こんな彼は久しぶりなようなそうでないような。カイトも相手の正体に気づいているようで、唸らんばかりに低い声でマーロン氏に尋ねた。
「……レイだよね?」
「あ、嗚呼……まぁ、そうだけど!!そうだけど、お前この子の……え!?」
マーロン氏はカイトとアカネを交互に見て叫ぶ。アカネは意味が分からなかったが、なんとなくこの二匹だけが分かる世界が展開されていることだけは察した。
『レイ』……思い返してみれば、アカネはその呼び名をどこかで聞いたことがある。ただ、それが何だったのか思い出せない。自分とまったくかかわりのないことには違いなかったので、そこまで鮮明に覚えていなかった。
「あ、え?この子と一緒ってことは、お前ギルド入ってたのかよ!?」
「そうだけど、なんか文句あるかい?というか、さ。近くない?」
驚きのあまり後退した筈のマーロン氏は、いつの間にかアカネにぴったりとくっついて立っていた。カイトはすかさず拳を握り、マーロン氏に対してチラつかせる。アカネは思った。タイプ的な意味ではどう考えてもマーロン氏の方が圧勝である。しかし、マーロン氏はカイトのその様子に慄いた。
「ま、まぁ、落ち着こうぜ!な?いろいろ兼ねてギルドで話そうか、うん」
「アカネ、なんかされてないよね?」
「強いて言えば、カフェの中でナンパしまくってた。かなりしつこい」
「へぇー…………レイセニウス、マーロン……お前はぁ……………
いつからンな女っ誑しになったぁ!!?」
ドスッ、と鈍い音がし、マーロン氏はカイトの拳によって床にひれ伏し、目を回していた。
「……よし、うん、すっきり!大丈夫、アカネ?」
「……ん?えぁ……うん?」
アカネは、何が起こったのか直ぐには理解できなかった。