彗星の争い無き襲来‐113
* * *
そもそも……あのモグラ女がはっきりとした情報を流してくれれば、こんな面倒なことにならずには済んだのだ。
とある晴れ日、トレジャータウンの道隅を微かに浮かびながら、ヨノワールと言われる種族のポケモンは内心悪態ついていた。彼は自らの“目的”の為、少しでも立場的に有利になる為にと、影を潜めながら『探検家』と名乗り活動していた。
この世界のポケモンたちの悩みは、どれもこれも、どうしようも無いほどにちっぽけである。本当の痛みを知ることのないポケモンたちばかりだ。甘え切ったその顔を見る都度嫌悪感が心に湧き上がる。何故そんなにも無垢なのだ。
「た、探検家のキースさんですよね!?最近有名な……僕、一度お会いしてみたかったんです!サインいただけませんか!?」
「はじめまして。それはどうも、ありがとう。サインなんてお安い御用。ペンはお持ちですか?」
「は、はい!ありがとうございます!」
近寄ってきた一匹のポケモンは、キースという名のヨノワールのことを尊敬と輝きで満ちた瞳で見つめた。純粋な気持ちで満ちたそのポケモンに曇りのない愛想笑いを向ける。
ポケモンが差し出してきたのは、未だ生命力にあふれた一枚の青い葉である。それにサインしてほしいと言って、ペンも一緒に差し出してきた。
「綺麗な葉ですね。私の字をこの上に書いてしまうのはもったいない気もします」
「いえ!確かにきれいだけど、これより綺麗な葉っぱなんていっぱいありますよ。どんなにきれいでもこれはただの葉っぱ。キースさんのサインを書くことで、サイン入りの葉っぱになるんです!」
得意げにポケモンはキースの言葉に返した。良い事を言っているつもりのだろうが、キースにはひどく滑稽に見える。先の世を知らぬ者たちは、ここまで平和ボケしているのだ。全く、笑いたくても笑えない。そう思いながら無理やり愛想笑いを浮かべ、『それは嬉しいですね〜』と、爽やかに返した。
「ありがとうございました!」
サインを嬉しそうに見つめながら、ポケモンは大喜びで去っていく。それにゆっくりと手を振りつつも、腹の大きな口の方から唾を吐き飛ばしたい衝動に駆られた。激情に流されれば不味いことになる。分かっているがために、押し込む。押し込んで、不満が膨らんでいく。
たった一枚の、その美しい葉でさえも、この先の世では彩を映すことは無い。
私はいずれ、その美しさを奪うこととなるだろう。
それが世界の意思なのだから。
* * *
「おぉぉぉぉぉきぃぃぃろぉぉぉぉぉ!!!朝だぁぁぁあゴルァ!!!」
チームクロッカスの部屋では、ゴルディが目覚まし代わりの叫び声をあげていた。カイトが普段叩き起こされるのは珍しくはないが、遠征が終了し、ギルドに帰省した翌日。アカネも疲れ切っており、さすがに定時ぴったりに起きることは出来なかった。気が付けば朝礼直前、アカネはゴルディの怒号によってそのことを瞬時に思い出し、勢いよく布団から起き上がる。
カイトは煩がっているが、唸りながらそのまま寝っ転がって毛布をかぶっていた。
「は…………」
「アカネが遅れるなんて珍しいな。安心しろ、全員まだ起きちゃいねえから!でも早くいかねぇとビリになるぞ!早くカイト起こせよ〜」
そう言ってゴルディは『二度寝』をしたメンバーを起こしに再び通路へと戻っていった。事の重大さと自分のプライドに挟まれ、眠気が吹っ飛んだアカネは、自らの毛布を蹴り飛ばすとすぐさまカイトの尻尾を踏みつけ、小柄な体で彼の毛布を勢いよく剥がした。
「いってぇ!?」
「起きなさい!遅れるわよ!」
「あれ、アカネ。あれ?さっきゴルディ来なかった?あれ?」
「良いから行くよ!」
アカネは炎が先の方で燃えていることもいとわず、カイトの尻尾の細くなっている部分を抱え上げると、元人間の本気でカイトを通路まで引っ張っていく。カイトも途中からそれが心地悪くなり、いったんアカネにストップをかけて自分で起き上がる。二匹で大急ぎで朝礼に向かった。
ビリにはならなかったが、時間を過ぎてもあまりポケモンが来ないため、予定時間に遅れる形で朝礼は行われた。それもそのはずで、ピンピンしているのはほぼパトラスとステファニーのみだったため、皆朝がだるそうであった。朝礼もそんなだるそうな形で行われ、恒例の『掛け声』も、弱弱しく「おぉーーー……」であった。
朝礼が終わり、遠征が終了したチームクロッカスのいつもギルド生活が再開されることとなった。
「ん〜……アカネ、今日からまたギルドの修行だ。がんばろっか」
「まぁ、疲れ引き摺りたくないから緩くやる」
「お、お前たち。朝から仕事の話なんて、関心関心♪その調子で今日も一つ……」
「お願い!!お願いします!!まじめに!」
「駄目!ダメダメ!絶対駄目!」
「共有財産じゃないかーーー!」「金銭的自己中ダメ絶対!!」
ペリーがクロッカスに何かを頼もうとした途端に、その隣辺りから嘆願と怒号の声が同時に聞こえてくる。気になってしまい、クロッカス二匹はペリーの言葉を完全無視し、そんな声が聞こえてくる方へと足を運んだ。
声の正体はチームブレイヴである。あの二匹が揉めることや、リオンが声を荒くするなど珍しい、と思いながら、アカネとカイトはその様子を口を出すことなく眺めていた。
「遠征に行ってる間に新刊が五冊も出てるんだよ!?本読むの遠征中は極力我慢したんだよ!?」
「知らん!遠征から帰ってきて死にそうになりながら銀行行ったら残高1500ポケも無いってどういうことだ!」
「待ちに待った『探偵Lシリーズ』と『マッドジュペッタ』シリーズが本日二冊同時刊行!せめてそれだけでも!!」
「いやダメだろ普通に」
「あんぽんたん」
「大体本買いすぎだ。床は凹みかけてアドレーに叱られるし、部屋ほぼ本だろ。お前はよくても俺が寝るとこ無くなるよ。本と俺どっちを取るんだ!?」
「迷わず本」
「そろそろお前のマザーに素行連絡していいかな?」「あ、駄目」
どうやら遠征による読書禁の所為で、ステファニーの買い物衝動が炸裂しているようだった。というか、1500ポケも無いってやばいな……と、余裕で貯金が潤っているクロッカスの二匹は思いつつ、お互いをチラ見しながら、そういうことには苦労はなさそうだと思った。この対決は一般的に考えればリオンの圧勝の筈だが、しっかり者でキュートなステファニーが破綻しまくった理論を炸裂させている。どうやらリオンはステファニーの両親と面識があるようで、親のことを持ち出すとステファニーはすぐに大人しくなった。
彼女はむくれながら、あてつけのようにリオンの足を踏んだ。嘆かわしい。
「アカネも僕の尻尾踏んでたね」
「あんたが起きないからでしょ」
「ごめん」
と、遠征中では見えなかったブレイヴの一面を知った所で、再びペリーの下に行って『頼み事』のようなことを言いかけた続きを聞き出そうとする。ペリーは二匹が再び自分の下に帰ってくると、思い出したかのように話の続きを聞かせようと口を開く。
「嗚呼、えっと、実はな、お前たちに頼みごとが……」
「何!!?足形が分からないって、どういうことだ!?」
「だ、だって……わかんないもんはわかんないよ……」
またもペリーの声を遮る声が響く。次はゴルディとトランの仕事についての会話だった。アカネの時と同じく、どうやらトランが『足形』を識別できないらしい。それにゴルディはご立腹だった。
「こらこら、騒ぐな。どうしたんだ?」
「足形が不明なポケモンがギルドの前にいるらしい。トランは優秀な見張り番だ。足形が分からないなど、滅多にないんだが……」
ゴルディは大層困った様子で冷や汗を垂らしている。どうやら、そのポケモンはこのギルドに一度も訪れたことが無いらしい。ペリーはそれを聞いて『もしや』という顔をする。すぐさまトランの方に目を向けた
「……え?……親方様に合わせてほしいと…………?ふんふん、なるほど……。
種族は……ヨノワール?お名前は……キースさん?少々お待ちください」
トランはアドレーと違って腰が低く、コミュニケーション能力にも長けているらしい。カイトは心底感心した。自分が小さい頃、こんなに礼儀正しかっただろうか……。思い出そうとすると頭が痛くなる。やめよう。
彼がそんなことを考えている間に、なぜかギルドの中はざわめき出した。アカネやカイトはその意味がよく分からず、お互い顔を見合わせる。アカネがカイトに向かって首を傾げた。彼は衝動的に、思わずふんぞり返りそうになる。彼らだけどうも雰囲気から浮いていた。
「え?ヨノワール!?」
「よ、ヨノワールのキース!?あの有名な!?」
どうやら、トランが客の種族や名前を話したことで、全員が戸惑い驚いているようだった。その真相を知らないクロッカスは、遠征時のシャロットの『呼ばれた意味がワケワカラン』の時みたいな顔をしていた。
「……ヨノワール……キース……」
「……どうしたの〜?」
「あ、いや。あれだろ、巷で有名な……」
揉めていたブレイヴも、なにやら動揺したような反応を見せる。特にリオンの反応は少し過剰であったが、ギルドのメンバーたちから見れば、その存在をしっているのなら無理はない、と、大して気にもとまらない。
逆に、ステファニーは動揺するわけでも詮索するわけでもなく、ただただ、不自然なほどににこにこと笑っていた。
一匹のポケモンがゆっくりとギルドの階段を下りてくる。ギルド内のポケモンたちは静寂と緊張に包まれた。体の大きさと言うと、パトラスよりも大きい。ゴーストタイプを連想される霊的なフォルムを持っていたが、雰囲気はいたって穏やかである。
パトラスもその場に現れ、そのポケモン……ヨノワールのキースと会話を始めた。
「訪ねてきてくれてありがとう〜♪」
「いえいえ、滅相も無い!お礼を言うべきなのはこちらの方です。彼の、名高きプクリンのギルドに伺わせて頂いて……誠に光栄です」
非常に礼儀正しく、穏やかな様子でキースはパトラスと挨拶をした。彼は慎ましく辺りを見渡した。ここも、自分を尊敬の目で見る者たちばかりだ。やはり、探検活動をしたことに損は無かったな。知らぬうちにここまで地位が築かれていようとは。考えを悟られないようににっこりと笑った。
「ところで……」
話を切り出そうとする。次の瞬間、そんな彼の目に異様な雰囲気を持つポケモンが飛び込んできた。
否、雰囲気事態は異常なものではない。ただ、問題は……彼が。キースがそのポケモンの放つオーラを、どこかで記憶しているということだ。
キースは暫くの間、一匹のイーブイの隣で佇んでいる……リオルへと視線を集中させ続けた。
そのリオル、リオンは、その視線に悟られないようにと、平然の『演技』を続ける。
「あれ、キースさん、リオンがどうかした〜?」
「……あ、嗚呼!これは失礼。あの方はリオンさんと言うのですか。いやはや、良い肢体をお持ちで!将来有望ですね」
「でしょ〜♪自慢の弟子なんだよね〜」
表面上は褒めつつも、キースは決して表情、口調に動揺を見せないようにパトラスと当たり障りのない会話をする。が、どうも狸と狐の化かし合いのようで気分が悪い。
(リオン……あのリオル雰囲気は、どこかあの者と合致するところが有る……しかし、あの凶暴性は感じられない。それに名前も違う。あいつは確か、本名を堂々と名乗っていた筈だ……。そもそも、種族が異なる。繋がる部分はかなりある……しかし、種族や名前のことを省いても何故探検家をしている?……探検家…………。
まさか、近くにいるのか……!?あの女が!!)
適当に会話をし、キースはそんな考えに辿り着いた。知られてはならない自分の本当の身分。そして、それを知るかもしれないポケモンがすぐ傍にいる。
しかしながら、ここは自分を見ている目が多すぎる。妙な行動をすれば、信用を損ねかねない。ひとまず、キースはパトラスの情報を引き出すのに専念することにした。
「おいリオン。お前、褒められてんじゃん。良かったなぁ〜」
恨めしそうな顔をしながら、小声でゴルディはリオンに話しかけた。……実際、リオン。彼自身の気持ちはそれどころではなかったが、どうにかこうにか一般的なポケモンらしく振舞うため「おい、やめろよ〜」なんて言ってみたりする。ステファニーは相変わらず天使のような笑みを浮かべていた。ギルド内のポケモンがその笑顔にデレデレしている。やめろ。リオンは別の場所でそう思った。
キースはリオンが喋ったことを確認すると、頭を悩ませた。『声も違う』。やはり、ポケモン違いだろうか?私の勘違いなのか……。とりあえず、意識がそれてしまったのを修正すると、パトラスと会談を続けた。
「あのさ、ゴルディ」
「なんだい?」
「あのポケモンは……どちら様?」
カイトの純粋な疑問に対し、周りにいたフラー、グーテ、ゴルディは吹っ飛ばんばかりに驚いた反応を見せた。
当たり前であるが、アカネもキースのことを知らない。「何。なんか悪い?」と、ガンつけるようにさらに問い詰める。
「お前ら……探検家キースを知らんのか……?」
アカネがガンつけたにも関わらず、驚きが大きいのか、ゴルディは『ありえない』と言ったような表情を固めるまま思わず聞き返した。フラーやグーテも何か言いたげである。そんな彼らの反応に、アカネは思わず目を細めて腕を組んだ。
「あー……いや、そう言われてもね……」
「ま、まぁ。無理ないですわよ。認知度が高まったのは、つい最近の話ですわ。突如、彗星の如く現れて、一躍有名になった方ですから。
でも、それほどまでに探検家としての能力は称賛するに値する。そういわれていますわ。現に、大きな会社が扱う雑誌の特集とか出ていますし」
「……まぁ、そこね。どこがどんな風にすごいわけ?」
多少機嫌が悪いアカネは、再び喧嘩を売る様にフラー達に聞き返す。それはカイトも知りたい事だったため、無暗にアカネの態度を諫めようとしなかった。フラーはそんな二匹を『可愛いですわ〜』と思いつつ、情報提供役をゴルディにパスした。
「ん?嗚呼、これは聞いた話なんだが……。まず、特徴的な部分としては、チームを持たず、単独行動をすることだ」
「一匹で?……嗚呼」
なんとなく納得する。認知度は全くと言っていいほど無いが、身の回りで言うなればシャロットがその例である。彼女はチームを持たず、自分で探検に行ってみたり度々クロッカスに割って入ったりする探検家だ。ちなみに、遠征終了後ギルドに帰省した後は、ペリーがギルドの寝床を貸すと言っているにも関わらず、律儀に自分の家に帰っていった。
「まぁ、腕に相当な自信があるんだろう。
そして、もっと凄い所がある。その知識の多様さだ。世の中の事で知らないものは無いというくらい、多種多様な物事を熟知しているらしい」
「へぇ……そうなの」
「へ、へぇ〜……物知り、ねぇ……。熟知……ね……」
カイトは、生まれ故郷に似たようなポケモンが居ることを思い出し、思わず半笑いになった。昔の記憶は随分苦い思い出というか、何といえばいいか。危うい所である。
「あ、そうですわ。例えるならば、救助隊ガーベラとキュウコン伝説の物語に出てくる、チームFLBのリーダー、フーディンをイメージすればわかりやすいかもしれませんわね」
あ、やっぱりそういう認識なんだ。と、カイトはあからさまに苦笑いをした。アカネもその様子を見て、そのチームFLBとカイトが『面識がある』ということを察し、トントンと慰めるように彼の腕を叩く。
すると、カイトがいきなりうなだれていたような顔を血色のよさそうな顔に変える。アカネは驚いた。周りも驚いた。
「ま、まぁ。あくまで噂ですけれども……。でも、その知識で探検を次々と成功させていったわけですし、今ではキースを尊敬するポケモンもかなり多いとききますから……あながち嘘ではないかと思いますわ」
「そうなのね。……あの、先輩に一つ聞くけど、彼は今までここに来たことあるのか?見る限り、トランが判別できてなかったようだけど」
「いや。初めてだ。それに、一度訪れたことがあるのにトランが分からないなんてことはありえん。
親方様も会うのは初めてじゃないかと思う」
「え?なんかすごい親しそうだけど」
「親方様は元々ああいう方だ。カイトは、自分の父ちゃん母ちゃんがギルドに来たときに混乱しまくってて気づかなかったけど、あん時もあんな感じだったし。初めて会おうが何だろうが関係ないからな」
「ふーん。どう思う?」
「え、そうなんだ……としか……」
カイトは、再びがっくりと肩を落とした。
一方、パトラスとキースの会話は進んでいく。キースは会話の内容を操ろうとしたが、なかなか一筋縄では行かない。なんせ、パトラスは生粋の天然(?)である。話そうとしても、すぐに脱線させるのだ。大変な苦労をしたが、どうにか聞きたいことは聞き出せた。しかし…………。
(……どういうことだ?)
キースは平然を装いながらも、内心動揺する。その会話の内容は、遠征のテーマである『霧の湖の探索』についてだった。
「…………なるほど。それは残念でしたね」
「うん。今回は大失敗♪何にもわかんなかったよ♪」
「プクリンのギルドが霧の湖に挑戦するとお聞きしましたので、その成果を伺おうとここへ来たのですが……」
キースはわざとらしく話を引っ張ってみる。何か新しい情報を聞き出せないか、と思うものの、パトラスは一向に何かを明かすようなしぐさを見せない。嘘をついているのだとしても、身体には何の変化も無い。そもそも最初から変に体を揺らしているので、変化に気づきにくかった。嘘をついているときの目の動向をうかがうが、それも変化ない。
「ごめんね〜♪何もわからなくて〜♪」
(何もわからなかった……?まさか、霧の湖に行く為の問が解けなかったのか?それとも、ユクシーによって記憶を消されたか……。
それにしては遠征期間が短すぎる。大陸でおそらく一、二を争う程認知度の高いギルドだ。名声やプライドの為……何も見つからなかったのならば、せめて何か見つけるまで帰ってこない筈だ。しかしこの短期間で帰省する……何かがあった。遠征の結末を『大失敗』と称するのならば、何か大きな収穫をしたか、本来の目的を達成したことでギルドへ戻ってきたに違いない。
……霧の湖……あの場所には、間違いなく『時の歯車』が存在する。遠征へ行ったギルドの全員がおそらくそれを目にしているはずだ。ユクシーに口止めされているとしても、ここにいる誰も話し出そうとはしない。『時の歯車』へ対する警戒心が強い証拠だ。
こいつらが歯車を見ているとすれば、それは本当につい最近。まだ『霧の湖』の歯車はその場所にある可能性が高い……。
……ルーファス。お前の手はまだ及んでいないということだ)
「いえいえ、いいんです。それよりも、これは何かの縁。私はしばらくトレジャータウンに滞在する予定ですので、その間、たまにここへお伺いしても構わないでしょうか?
ここは、新しい情報が入りやすいので、私の探検にもとても役立ちそうなのです」
「それなら!全然オッケー!ここには、フリーの探検家たちも普通に出入りしてるから、もう大歓迎!
というわけでみんな、キースさんがしばらくトレジャータウンにいると思うから!よろしくね♪
キースさんは有名だし物知りだから、皆もいろいろ相談したいことはあると思うけど、そこはあまり迷惑をかけない程度にお願いね」
いつもと比べ、パトラスは態度を改め自重しているようだが、一番やらかしそうなのが彼である。
「なんか紳士的だね……FLBのフーディンは物知りだけど高圧的なとこあったから、やっぱ違うかも」
「…………紳士的。そう?なんか含み感じるんだけど」
カイトはキースのことをなにやら尊敬しかけているようだが、どうもアカネは彼のことが気に入らなかった。彼の姿を見た瞬間、ふと『いやだな』と感じたのである。彼がゴーストタイプだからかもしれない、と思ったが、アカネの中に種族差別のようなものは特になかった。
「皆!間違っても、無理にサインとかねだらないようにな!」
「いや、サイン位お安い御用ですよ。
私の知識など拙いものですが、それでも皆さんのお役に立てれば幸いです。何か相談があれば遠慮なく聞いてくださいね」
キースは、そう言って柔らかく笑った。まるでライブ会場のように、ギルド内のポケモンたちは皆キースのことを憧れ、尊敬の目で見ている。嗚呼、どうしてこんなにも甘っちょろいのか。キースは微笑みつつも、『時代の差』を嘆いていた。しかし、『筋書き』は、彼の有利な方へと進み続けていた。
気がかりなことがあるとすれば、先ほどのリオルの少年の事である。彼の雰囲気のみで該当するポケモンとは、明らかに年齢の差や様々な矛盾が見られる。しかし、種族には多少共通しているところが有った。
(……まさか、『先祖』か?)
無暗に考えすぎている。とばかりに、キースは一時頭の中を落ち着かせる。とにかく、ギルド内のポケモンの心はつかんだ。この先、彼をどうしようもなく妄信するポケモンも出てくるだろう。
彼は、腹の中で静かに笑った
* * *
「リオン、褒められてたね!」
「……あ、嗚呼……」
リオンは無意識に、体を抱えるように腕を組む。そんな彼には気づかず、ステファニーは天使のように美しく笑った。彼女は仕事に行く準備をしてくるというと、ブレイヴの為に用意された部屋へと向かって歩いて行った。
一匹で残されたリオンは、キースの目が無いことを確認すると、急いでステファニーの後を追い、部屋へ入ると自分用に仕切られたスペースに飛び込んだ。
先についていたステファニーは少々驚いた顔をしたが、何か用があるのだろうと思い、そのままバッグの整理を続ける。
(……ついに来やがった!!まさか、こんな的確にギルドへやってくるとは……!俺に気づいていたのか!?それにしては多少反応が薄かった気もする……。いや、それ以前に、あいつがもしあの方に、彼女に気づいてしまったら!?多くは無い名前だ。少し話せばすぐに気づいてしまう……!クソッ!本名を使うとこういう時に裏目に出る!奴は奴で怯えさせるように本名使ってきやがって……!いっそのこと、一度ギルドを離脱して動向を監視……いや、そんなことをしたら『下っ端』に直ぐに消される!
どうするべきだ……!?
いざとなれば『囮』に……誓った筈だ!とにかく……あいつが……
“ルーファス”が、歯車をすべて手に入れるまで……絶対に彼女を守り抜き、キースの気を逸らさなければ―――――)
リオンは藁のベッドに強く拳を叩きつける。藁なので、鈍い音がすることも拳が傷つくことも無い。
彼は痛み無き痛みに、声の無い叫び声を上げた。