未来への誘い
まさか私がこんな奴だったなんてね…
……ここは何処だろう。
意識しなくても体が勝手に動いて、前にいる誰かを追っている。
まるで、この体の中に私以外のもう一つの意識があるような感覚で…

「おい、大丈夫か?」

「!」
突然、目の前の人物が振り返った。
見覚えのある姿。忘れる訳がない、彼はーーー
「…ジュプトル?」
そう。凛々しく気高いその姿は、私のかつてのパートナー、ジュプトルだった。ということは私は今、未来…ややこしいが、過去の記憶の中の未来の世界に来ているんだ。
これが、ディアルガの時を司る力なのか。
「何で疑問系なんだよ。オレがジュプトル以外の何に見える?」
「…そう、だよね。えへへ、ごめん、ボーッとしてたよ」

(……!?)

そう無意識に答えてからハッとする。
何なんだろう、今の受け答えの仕方は。私はそんな、えへへなんて言うような性格じゃない。ハルキに「えっへへっ♪」なんて言ってみろ。恥ずか死ぬ。
…つまりは、これは私が記憶を失う前の人格が受け答えしているということだ。
(…マジですか)
心中呟く。昔の私はこんな茶目っ気溢れた女子っぽいニンゲンだったのか。私豹変してたのか。そういえば、私がパートナーであるニンゲンだったと知った時、ジュプトルが凄く微妙な顔をしていた気がする。
「そうか。確かに、暫くロクに寝てなかったもんな…。この辺りにはヤミラミもいないようだし、少し休憩するか」
「うん、そうだね」
ヤミラミ…。私達は今、ヨノワール達に追われているのか。
辺りを見回すとそこは一度来たことがある場所で、ハルキと通った道だった。水が流れ落ちようとしたまま固まっている滝がある。この時代は星の停止が起こっているのだ。
私はその滝の水に映った自分の姿を見つめた。
そこにあったのは栗色の髪をしたニンゲンの少女で、私がかつてはニンゲンだったということを改めて実感する。
「おい、何自分の顔をまじまじと見てるんだ」
「いやぁ〜、改めて見てみると、私って可愛いなあってね☆」
「どうしたせつな。頭打ったか」
「酷いなあ、冗談だよぅ」
こんな状況だというのに冗談を言いながら笑い合う私とジュプトル。
(…何か、新鮮だ…)
ジュプトルのこんな楽しそうな表情は初めて見た。イーブイとなった私にも、セレビィにさえも見せなかった顔だ。
ジュプトルのこんな顔を引き出せた自分を、少し、誇らしく思う。
それと同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。こんなに私を大切にしてくれたパートナーを残して、未来の世界を去ってしまったことに。
「…それにしても、随分遠くまで来たな…」
「うん…。早く過去の世界に行かないと、本格的に世界はヤバイ感じだよねぇ」
頼む私。ヤバイとか使うのヤメテくれ。語尾を伸ばすのやめてくれ。そんな間抜けた喋り方は黒歴史になるぞ。
「もうすぐセレビィのいる森につくな」
「黒の森、だっけ?で、ここが封印の岩場で…ああ〜、頭がこんがらがってくるよ。地名覚えるのって苦手だなぁ…」
頭を抱える私に、ジュプトルはふっと口元を緩めた。
「セレビィも合流したら、時の回廊に行くまでの間協力してくれるだろう。あいつはどうしてか、オレ達に協力的だからな」
(オレ達、じゃなくてジュプトルにだけだと思うけど)
「オレ達に、じゃなくてジュプトルにだけだよ。…ジュプトルが鈍感でセレビィも大変だねぇ…」
「ん?」
「べっつにぃ〜?」
…初めて過去の私と心が通じた気がした。
少しの沈黙の後、私は口を開いた。
「…ねえ、ジュプトル」
「何だ?」
ジュプトルは近くの岩に腰掛けたまま返答した。

「ジュプトルは、この世界、嫌い?」

ジュプトルはすぐには答えなかった。ジュプトルの息を吸い込む呼吸音の後、答えが帰ってきた。
「………当たり前、だ。暗黒に染まった世界に価値等ない」
「……………へぇ?私は嘘つきなジュプトルは大っ嫌いだよ」
私は唇を尖らせてそう言い放つ。
そんな私にジュプトルは観念して、困ったような笑みを浮かべた。
「…悪い。この世界が嫌いだと言ったら嘘になる」
(………!)
初めて聞いたジュプトルの本心に衝撃を受ける。私が記憶を失ってから出会ったジュプトルは、強い意思を持って、未来を変えようとしていたのに。

「嫌いな訳がない。未練があって当たり前だ。だってここは、星の停止が起こっていようが、オレの故郷なんだ。ここで生まれて、ここで育った。そしてせつなに、セレビィに、仲間に出会ったんだ」

ジュプトルは酷く苦しそうに、「だけど、」と絞り出す。

「このままじゃ駄目だってことは、分かる。だからオレ達は、自分を殺して世界のことを考えなくちゃいけない」

「……そっか」
そんなことを口にできるなんて、ジュプトルは強いな、と純粋に思った。
…だけど、私はどう思ったのだろう?
自分のことだというのに、ニンゲンの私の気持ちが分からない。
ジュプトルの同じ気持ちなのか。
はたまた、本当は消えたくなかったのか。

「でも、今は側にせつながいてくれる。お前が一緒なら、消滅することだって甘んじて受け入れようじゃないか」

そう言って笑うジュプトル。瞬間、胸が鷲掴みにされたような痛みに襲われた。
私は近い未来、ニンゲンではなくなり、ジュプトルのことを忘れてしまう。
(…ごめんなさい…)
「…さて、そろそろ先に進むか」
「うん。私、過去の世界なんて見たことないから楽しみだよ!」
「観光に行くんじゃないからな」
「分かってるってばぁ〜」
そんなことを話しながら、私はジュプトルと黒の森を目指した。

文葉 ( 2013/10/21(月) 17:38 )