#47 秘薬を求めて
――迷宮の洞窟――
秘薬であるガバイドの鱗を手に入れるためシンラとリョウトは『迷宮の洞窟』へと入る。このダンジョンの特徴は複雑に入り組んだ通路、そしてフロア数の多さが探検隊を悩ませている。無論、二人も例外ではなく――
「また、行き止まりなの……」
「嘘だろおい……」
ダンジョンに入って数分も経たない内に迷子状態となっていたのだ。
「はぁ、もう何回目だよぉ……」
「うーん……とりあえず元来た道に戻ってみようか……!」
項垂れるシンラにリョウトが頷き後ろを振り向いた時――野生のゴルバットが迫ってきていた。彼は直ぐ様“シャドーボール”を形成し、隙も与えずゴルバットへと放つ。素早い攻撃に為す術もなくゴルバットは漆黒の球を正面から受けその場に倒れた。
「敵は弱ぇんだけどなぁ……」
シンラが目を回したゴルバットをつつきながら呟く。実は彼が言った通り『迷宮の洞窟』に住んでいる敵は恐ろしく弱いのだ。遠征で実力をつけた二人の攻撃なら大抵は一発当てただけで気絶する。しかし、戦闘は楽なはずなのに二人の疲労は溜まっていくばかり。それはどちかといえば肉体的疲労より、精神的なダメージの蓄積が大きい事を意味している。
それもそのはず。彼らは行き止まりに当たること実に三十回、同じフロアを一時間も回っていたのだ。終点が一向に見える気配がしない過酷な迷路。歩けば野生のポケモンと出会いその度に戦う。そんな途方もない繰り返しを続けながら彷徨うこと約二時間後――
「……おい、リョウト。今の状況を簡単に説明してくれYO」
「シンラ、語尾がおかしいよ……まぁ、でものんびり教えている余裕はない、よね……」
非常にげんなりしたシンラの問いかけにリョウトは突っ込みながらも小さく後退りをした。二人の目の前は広い部屋が広がっており、そこに色とりどりのポケモン達の視線が二人に集中して浴びさせていたのだ。まるで珍客が来たとばかりに全員から見つめられる事となっているが忘れてはいけない、ここはダンジョンなのだ。その場所に住むポケモンが余所者に向ける目など厚情ではなく敵意しかない。つまり、彼らが入ってしまった部屋は――
「……モンスターハウス……!」
「に、逃げろーーー!!!」
「あっ、待って――」
要望通りに状況を一言で表すとシンラは制止を聞かず来た道を猛ダッシュで折り返す。後ろを振り向けば逃げ出したシンラを追おうと走り出す野生のポケモン達。背中を見せた者を易々と見送る程寛大な心を彼らは持っている訳もない。津波のように押し寄せて来れば巻き込まれないように逆方向に逃げるのが本能であり、リョウトもそれに従う。しかし、順守したのは部屋を出て少しの間だけだった。“電光石火”を使いあっという間にシンラに追い付くと突如後ろから飛び掛かる。逃げる事に精一杯だったシンラは突如後ろから乗って来たリョウトの体重を支えきれず転倒、洞窟特有の硬い地面に顔を強打する羽目になった。
「いっでぇ! ……おい、リョウト!? 何しやが――んぐ!?」
正当防衛を阻められたのと激痛を味わうきっかけを作ったリョウトに対し激怒するシンラを余所にバッグから種を取り出すと躊躇いもなく彼の口に突っ込んだ。するとシンラの姿が一瞬にして消えたのだ。それを確認するとリョウトも同じく種を放り込み、噛み砕く。大群の中で一人一人がはっきりと見えてきた頃、視界はぐにゃりと歪み浮遊感が彼を包む。しかし、それも一瞬の内で気付いた頃には先程の群れは見当たらなかった。
「おい、何があったか説明してくれよー」
隣からシンラの声が耳に入り、リョウトはあの大群から無事に振り切れたと理解し息を吐くと、知らない間に場所が変わり晦渋している様子のシンラに開口した。
「聖なる種だよ。ちょっと乱暴に食べさせちゃったけど、あれは階段とかダンジョンの出口付近までワープ出来るんだ」
「ふぇー、知らなかったぁ……」
難を逃れた事に安堵しながら説明を挟むとシンラが感心した声を漏らす。声色から怒っていないのを察し、少し気を抜いたリョウトは座り込もうとするが、何かを発見したシンラの溌剌とした声によりタイミングを逃してしまった。
「おっ、明かりがあるじゃん!」
彼が翼で指し示した方向には光が差しており、ゴール地点を彷彿してるように見えた。
「たぶん……あそこを潜れば目的地、だね。とにかく慎重に行こう」
リョウトの言葉にシンラはコクリと頷くと休む間もなく光の差す方へと進んでいった。
「「うわぁ……」」
出口に出た彼らは感嘆を漏らす。二人の前に広がっていたのは天井がかなり高い位置にあるフロアだった。周りの壁ははまるで円のように固められているので外から見れば円柱のように見えるはずだろう。その壁には穴が等間隔でいくつも開けられており、生活圏を作り出している。その営みの中でガバイト、そして進化前のフカマルが何人かおり普通に話していたり駆け回っていたりと和やかな雰囲気が包んでいた。
と、ここで一人のガバイトがリョウト達の存在に気付き……唸り声を上げる。すると、穴の外にいたガバイトもただならぬ気配を感じ彼らを睨み始める。先程まで元気に駆け回っていたフカマル達は見知らぬ種族を見つけて慌てて穴の中に逃げ込み、入れ違うようにガバイトが睨みを利かしながら出でくる。
「……どうやら歓迎されてないようだね」
「マジかよ……」
鋭い眼光でこちらを見下すガバイトの大群に二人は気圧される。ガバイトは部屋の作りに合わせるように囲んでいたのだ。その表情は「ここから出でいけ」と言ってるようにも感じさせ、ほぼ全員が彼らに敵意を剥き出している。
「貴様ら、何の用だ?」
すると前方からやや低い声が聞こえてきたのだ。リョウトとシンラが前へ向き直すとそこには少し高台になっており――ガバイトがいつの間にか仁王立ちしていた。
しかも、このガバイトは周りを囲んでいるガバイト達とは違い体の色が通常よりやや濃い碧色をしており、腹は赤ではなくオレンジ色を帯びていた色違いである。この場に置いて他所者扱いの二人へ声をかけてくる辺り、おそらく彼はこの群れのリーダーである事が窺える。
「……もう一度問う。貴様らは何の用でここに来た?」
何も言わずガバイトを見上げていた二人に彼は先ほどより強めの口調で言い直した。その言葉により現実に引き戻された二人は彼に目的を話す。
「……あ、はい、ぼく達はガバイトの鱗をもらいに来たんです。……分けてもらえないでしょうか?」
「なるほど……それが貴様らの目的か……いいだろう」
理由を聞いて案外あっさりと了承したガバイトに戦わなくて良かったと思った矢先、「但し」とガバイトが鋭い声で彼らの期待を制する。
「我が部族の秘薬である鱗を譲り受けてもらいたいのなら……この俺に実力を見せよ」
「うわっ……そうきたかぁ」
ガバイトの要求にシンラは結局それかよ、とやや呆れた表情を浮かばせる。やはり一筋縄ではいかないようだ。ガバイトはこちらを実力を見せろ――つまり戦う事を要求しているのだ。更に「それと……」と彼は一旦言葉を区切り、また話始めた。
「俺と戦えるのは一人だけだ。複数のポケモンが戦う事を禁じる」
ガバイトから告げられた内容に二人は愕然とする。今までは仲間と共に戦闘をこなしてきた彼らにとって一対一は未経験、あるいは指で数えられる程度しかない。悠然と見下ろすガバイドは培ってきた経験からして恐らくお尋ね者であるサザンドラと同レベルくらいではないかと安易に予想出来る。そんな相手にたった一人で差しの戦いに勝てるのか……頭を過るのは不安や恐怖ばかりだ。しかし、ギルドで苦しんでいるフィルドとジュードを思い出すと畏縮しているばかりではいられない。どうすればと思案しているとふとシンラがリョウトを見ていた。意を決したような瞳を携えた彼は深呼吸をして開口する。
「よ、よぉし……ここはオレが――」
「いや、この闘いはぼくがやるよ」
「へ……? リョウトが?」
シンラが口の端を言い切るよりも先に言葉が勝手に出ていた。相手の決意を踏み躙ってしまったかもしれないと感じたがそれでもリョウトは言わなければならないと駆り立てられた。自分より一つ下の少年が平静を装いながらも震恐する声を必死で押さえて述べる姿にいつまでも後ろで支援ばかりをしてはならないと強く思い突き動かされた結果、心情が口を裂いて溢れたのだ。
一方のシンラはリョウトの言葉に思わず耳を疑う。二人の中でこの手の闘いはおそらく自分が合っているとシンラは分かっている。ならば彼より賢いはずのリョウトなら言わずとも理解はしているはず。自分よりシンラの方が適任だと。しかし、シンラの予想とは反対にリョウトは自分が闘うと言い切ったのだ。
「でもよ……」
――大丈夫なのか? そう言いかけてシンラは口を瞑る。自分を真っ直ぐと見つめ返す年上の少年はいつもの柔和な表情とは違い、強い決意を秘めた堅い面持ちを携えている。今まで見た事がなかった真剣な顔つきに気圧されたシンラはこれ以上水を差しても無駄かもしれないと思い始める。
「……分かった。オレ、応援してるからな! とりあえずこれ食えよ」
「シンラ……ごめん、ありがとう……!」
ならば自分は大人しく引き下がるしかない。揺るぎない意思を表情で示された彼はリョウトにエールを送りオレンの実を渡した。彼は応援してくれるシンラにお礼を言って受け取ったオレンの実を食べると静かにガバイトの前に出た。
「貴様が代表か……」
リョウトを見ながらガバイトは高台から飛び降り戦闘態勢に入る。勿論、リョウトも同じような態勢に入った。周りのガバイト達はリーダーの意図が読めているようで敵意を収めて静かに見守っており、シンラも同じように見倣う。
「あなた達の秘薬のガバイトの鱗……絶対に譲ってもらいます!」
「いい目をしている。我が秘薬を分け与えるのにふさわしいか……見せてもらうぞ!」
リョウトが真剣な眼差しでガバイトを見据え、彼も応えるように眼光を鋭くしていつでも動けるように腰を低くする。いつ始めてもおかしくない緊張感が静かに張り巡らされていくのだった。