Interlude――番人が見た黄色の眼光――
――霧の湖――
儚い茜の光が透き通った湖を反射する宵の頃。いつもならば近くに住むイルミーゼがバルビードを誘って美しい風景を彩っているはずだが、今日に限っては一匹も見当たらない。本来ならば美しい幻想的な世界が自然に創り出せる程穏やかなはずなのに黄昏を背景に包み込む空気は緊張の糸が幾つにも張られているかのよう。
「幻影のグラードンが倒されるとは……!」
湖を背後にしユクシーは真っ直ぐと目の前に立つ者を憚ろうとする。その表情はフィルド達と会った時と比べて峻厳さが増している。ユクシーが見据える相手の、その遥か後ろでは前のめりに倒れていたグラードンが粒子となって辺りを小さく照らした。しかしそれもほんの一瞬ですぐさま暗闇が支配してしまう。
「まさか……こんなに早く来るとは思いませんでした。しかも……今度は本当に時の歯車≠盗みに来るとは!!」
顔を下に向けたユクシーだがすぐに上げて糸目をさらに鋭くしてキッと睨んだが、相手方は臆することなく暗闇によく映える黄色の瞳でユクシーを見返す。再び舞い降りる沈黙。そしてユクシーが口を開いた。
「やはり……彼らを信用すべきではありませんでしたね。あの時に記憶を消しておくべきでした」
まるで後悔するような口振りで語る。この時、ユクシーの脳内では約束を誓ってくれた彼らの表情が……あの日の約束が硝子に皹が入り壊れていくような錯覚を感じていた。一方の相手方はユクシーの口から出た言葉が予想外だったようで少しだけ黄色の眼光を開いたが落ち着きを取り戻すかのように静かに瞳を閉じて冷静に言葉を紡いだ。
「なるほどそういうことか……俺以外に誰が来たのかは知らないが……少なくとも俺は最初からここに時の歯車≠ェあることは知っていたぞ、ユクシー」
「な……なんですって……!?」
目の前の者が言ったことにユクシーは驚愕するが直ぐに平静を装う。
「あなたがどのような経緯でここに時の歯車≠ェあることを突き止めたのかは言及しませんが……私が素直に渡すとでも思っているのですか?」
「いいや、お前のことだろうから無理だろうな……時の歯車≠
盗みにきたと言うのなら、なおさらな」
刹那、その者は横に飛ぶ。何故ならユクシーが攻撃を仕掛けたからだ。その証拠に先程彼がいた場所をワンテンポ遅れて多量の星――“スピードスター”が輝きながら横切った。
「“見切り”を使って避けた……ということですね……」
「あまり手荒な真似はしたくはないが……そちらが仕掛けるならやるしかないな……」
すると彼は何やら小さく呟いたあとユクシーに向かい真っ直ぐと突っ込む。ユクシーは手を前に翳し“念力”を使い動きを止めようとするが――技が発動する直前、相手は突如姿を消した。
「一体どこへ――!?」
姿を消した者を警戒しながら探していたユクシーの背中に強烈な痛みが突如襲ってきた。たった一撃で浮いているのも辛いほどダメージを受け肩で荒く呼吸をしながら再び警戒する。
「く……これほどの俊敏な動きをしてくるなんて……!」
視線は地面の方へと向けられていたが実際は瞬時に自分の背後に回り込み、首に薄緑色の刃をもたげている者に話かけている。
――次はその者が持つ刃が自分の命を刈り取るのだろう――
そう悟った時、ユクシーは抵抗せず来るべき痛みを受け入れるかのように動かなかった。まるで全てを諦めたかのように。だが――
――首に伝う痛みは一向に来なかった。それどころか後ろに感じていた気配さえ感じられなくなっていたのだ。一体何をしているのだろうとユクシーは訝しげたが何かが水に入った音が耳に響いた瞬間、思い詰めた表情を浮かべてすぐに振り向いた。
(まさか――彼の狙いは最初から……!?)
その瞬間、全てを理解する。彼の眼中は夜の帳が降りた空や目の前で立ち塞がるユクシーでもなく。宣言した通り、闇夜に染まった湖の中央で存在を示す柔らかな光に護られた時の歯車≠オかないことに。
ユクシーは今すぐにも相手を追いかけようとしたが傷が思ったよりも深かったためなかなか前へ進むことが出来ない。その間にも自分と相手の距離が離されていき、時の歯車≠ヨと近付いていく。
「もう……間に合いませんね……ですが――」
ユクシーは唇を強く噛み締め泳ぐ者を見つめる。時の歯車≠ェ照らす光は淡くただ、近づく者の姿を見せた。その姿を焼き付けるようにじっと見据えたユクシーは、
「私を倒さなかったこと……後悔しますよ……?」
そう言い残し“テレポート”でその場から姿を消した。
程なくして湖から青緑の光がポツリと消滅する。その瞬間――
――『霧の湖』は『キザキの森』、『巨大岩石郡』と同じように灰色の世界に閉ざされてしまった――。