#49 帰還
「っ!? リョウト!」
突然倒れたリョウトにシンラは満面の笑みから一転し驚きながら彼に駆け寄って軽く揺さぶるが反応はない。
「おい……冗談だろ、リョウト……しっかりしろよっ! こんな所で死なないでくれ!!」
最悪な結末が過り、そうさせまいとリョウトを叩いたり先程よりも大きく揺らしたりするが、いずれの方法も効果はあまり見られない。
「せっかく勝ったのに……何でだよっ! 一緒に帰らないと意味ねぇじゃん!!」
「……うっ、シ、ンラ……く、くるしい……っ」
安否確認のための行為は次第に激しさを纏わせていく。本人にしては必死なのだが、意識を取り戻したばかりのリョウトにしては先程の決闘によるダメージより大きい訳で。それでも眠気覚まし代わりになったようだ。
「ぬわっ!? リョ、リョウト! 無事だったんだな!! マジでよかったぁ……」
「う、うん……もう、大、丈夫だから……揺らさないで、くれる……?」
弱々しいが一語一語をはっきりと言ったおかげでシンラに意志が伝わったようだ。彼は「す、すまねぇ……」と軽く項垂れてからリョウトを支える体勢へと変える。
「でもよリョウト、すげー格好良かったぜ!」
「うん……でもシンラの応援があったからこそ、諦めずに闘えたと思うんだ。だから……ありがとう」
ガバイドとの決闘を望んだ青年とただ行く末を見守り続けた少年。正反対の行動を貫き通した同士が交わした言葉は労いと感謝が入り交じっていて、何とも言えない恥ずかしさと擽ったい気持ち、そして嬉しさと安らぎが不思議と沸き立つ。和やかな雰囲気に包まれかけたその時、
「――なかなか、やるな……」
聞き覚えのある声が二人の背中をなぞった。彼らが後ろを振り向くとそこには先ほどダメージを喰らって傷だらけのガバイトがふらつきながらもこちらに向かって歩いていた。
「なっ、何だよ! そんな状態でまだやんのか!?」
「……もう勝負はついている。お前達も自分の目で見ただろう?」
警戒して睨むシンラ、表情を強張らせたリョウトを見てガバイトは軽く息を吐いて話す。その言葉を聞いて二人が解いたのを確認するとさらに近付きながら話を続けた。
「話を戻そう。見た通りお前達は俺に勝った……これは紛れもない事実だ。 ならば約束通り我が部族の鱗を分け与えようではないか。……何枚持っていくのだ?」
「えっと……十枚、頂いても構わないでしょうか……?」
ガバイドの問いにリョウトは逡巡し答える。口に出た数はフィルド達だけでなく病に苦しんでいる沢山の者達を考慮したのだろう。彼の答えを聞きガバイドは頷くと岩場で見守っていた群れをじっくりと見回し始めた。やがて視線がとあるガバイトを捉えてピタリと止まる。
リーダーと目が合ったガバイトは下から二番目に位置している足場にいた普通より一回り大きいガバイトだ。その者は動じることなく岩場から岩場へと軽やかに降りると素早くリーダーのガバイトの所へ駆け寄り跪いた。
「……すまないがやってもらえないか?」
「承知しました。十枚……でよろしいのですね?」
リーダーの頼みに低い声で、しかし何処か躊躇いがちに了承したガバイトは彼の背中に立つと自分の腕を上げる。――その間際でガバイドの口が小さく動いたのを見逃さなかったリョウトは先程の場景を忘れない内に心の中で復唱する。
ーーどうかお許し下さい。
口の動きからして恐らくそう言ったと推測すれば今度は何故謝罪を述べたのかと新たな疑問が浮かぶ。しかし考えようとした時には答えがもう出ていた。
「なっ!?」
「……っ!?」
突如たじろいだシンラに弾かれて視線を向ければ覚えず目を大きく見開いていた。同時にガバイドの呻きが洞窟に響く。ーー何故自分の群れのリーダーに鋭い爪を携えた腕を降り下ろさなくてはならないのか? 予想だにしなかった現状への疑念と仲間を傷付ける行為に対する驚きが真っ先に浮かぶ。
ガバイトの行動、そして痛みに耐えて顔を顰めるリーダーに二人は理解出来ずただ見ていた――否、見ているしかなかった。一方のガバイド達も何人かは耐え切れずに目を伏せたり、退屈してか穴から出てきたフカマルの視野を塞いだりしていたがリョウト達のように驚いた様子はない。しかし誰もが決して喜んでいる訳ではなくリョウト達と同じ心情で行く末を見届けるしかなかった。この場にいる者全てが辛い心境で見ているのにも関わらずガバイトのリーダーは立ち上がると地面に落ちた碧い何かを持って近付き――
「持っていくがいい。我が部族の秘薬、ガバイトの鱗だ」
「は、はい……」
なに食わぬ顔をして小さな扇状を象った碧い鱗――ガバイトの鱗を差し出した。リョウトは曖昧な返事をして鱗を受け取ると彼の複雑な心境を汲み取ったのか、ガバイトは静かに話し出す。
「少しは痛むがこれくらい慣れているから平気だ。お前達が心配するほどではない」
「で、でも……」
「それよりお前達には待っている者がいるのだろう? その者のために早く届けるがいい」
話を聞いても心配そうな表情を崩さない彼らにガバイトは催促する。体はボロボロなのにも関わらずガバイトから静かに放たれる威圧のオーラには気圧されリョウトは「わ、分かりました……」と呟き、彼はバッジを高く掲げようとする。
「それと一つ。……ここで我らが営んでいる事は口外にしないでほしい。我らはただ静かに暮らしたいのでな」
帰還しようとした二人に投げ掛けた言葉はガバイド達の本心を表しているのだろう。彼らだって本当は誰にも邪魔されず穏やかに暮らしたいのだ。しかし、万能薬と謳われる鱗に目を眩んだ者達が彼らを脅かしたから、このような洞窟に追いやられるしかなかったのだろう。日の光が当たらないとはいえようやく手に入れた平穏な生活に余韻を浸っている時に外からリョウト達が来たのだ。今回は申し立てがあったから決闘という形を取ったが、本当は赤の他人に鱗を渡すのも嫌なのだろう。
短いながらも重みを含んだ言葉にリョウトとシンラは強く頷き返し了承する。そして、再びバッチを掲げると光が彼らを包み帰るべき場所へと連れていったのだった。
――プクリンのギルド――
『迷宮の洞窟』から戻ってきたリョウトとシンラは駆け足でキュベレー達が待つ自室へと向かって行く。事情を知ったらしい兄弟子達とすれ違う事に鱗は手に入ったのかと尋ねられるが返事をする余裕はない。後で謝らないとな、と思っている内に目的地に着いた。
「おーい! 取ってきたぞ!!」
「シンラ、ノックしないと駄目じゃ……」
制止しようとするリョウトを聞かずに勢い良く扉を開けて報告をするシンラに向けられたのは突然の来訪に驚くキュベレーと文句ありたげな視線を送るエレナ。そして、
「一時的とはいえここは病床なのでマナーは守って頂きたいのですが……患者や心臓に悪いので」
二人の心情を汲み取ったフェルイヤだった。戻って来た早々注意を頂いたシンラはガックリと項垂れるしかない。そもそも突発的な行動が起これば無意識に反応するのだから、下手をすれば病の症状を悪化させる可能性も否定出来ない。
大方予想付いた展開を目の当たりにしリョウトは半ば呆れた顔でシンラを見るが目的を直ぐに思い出しフェルイヤの前に躍り出る。
「フェルイヤさん、ガバイドの鱗を譲ってもらいました」
バッグから艶やかな碧色を携えた鱗を取り出してフェルイヤに手渡すと言葉を繋いだ。
「とりあえず十枚頂いたのでこれなら他のポケモン達にも薬が届くかと思います」
「おぉ、ありがとうございます。確かにこれくらいあればこの大陸で流行り病にかかっているポケモン達全員分の薬が作れます。本当にあなた達には感謝しか言い切れません。では薬を作るために少々お時間と場所を取らせて頂きます」
満足気に頷いたフェルイヤはリョウトにお礼を述べると颯爽と部屋を後にする。てきぱきと動く彼にすげぇとシンラが感嘆を漏らす中、いつの間にやら扉の前に移動していたエレナが手招きする。後はプロに任せるんだと判断したリョウトは彼女に従い部屋を出る。一言も話す事なく背中を追って着いたのはロビーだった。ここでようやくエレナは振り向いて優しく微笑む。
「二人とも、依頼お疲れ様。無事に帰ってきて何よりよ」
「リョウト君、シンラ君、本当にありがとう!」
後から追い付いたキュベレーも加わり彼女達から労いを掛けられる。いつもとは違い少ない人数でダンジョンに行って来たのだから心細かっただろうし、不安や重圧に押し潰されそうだったのではと彼女達は終始心配していた。だからこそ、無事に任務を果たし帰って来た彼らに嬉しさと安堵が込み上がり自然と言の葉が零れる。
彼女達から掛けられた言葉にシンラとリョウトは顔を見合わせ頷く。労いに返す語彙はもう決まっていた。
「「どういたしまして!」」
ありきたりな一語。それでもキュベレーとエレナに感謝の念を込めたこの言葉を二人は口を揃えて滑らかに放つ。日常生活では何度も耳にしているそれを感知し彼女達も少しはにかむ。そうした穏やかな雰囲気も慌ただしくやって来たフェルイヤにより鳴りを潜めた。
「お待たせして申し訳ありません。先程薬が完成したのでフィルドさん達に飲ませました」
彼の報告に全員の緊張が走る。果たして噂通り効き目が出たのか……誰もが続きを待つ。そんな彼らを察したのかフェルイヤは頬を少し緩め話を切り出す。
「そんなに強張らなくても大丈夫ですよ。効き目は直ぐに表れてくれましたから」
「ほ、本当ですか……!?」
穏やかに告げれば四人の表情から緊張が抜けていく。震える声で再確認するキュベレーに優しく頷き返せば彼らは次第に笑顔になっていった。
「やったぁー!」
「これで皆と探検出来るね!」
「本当に良かったぁ……」
「これで一安心ね」
無事である喜びを爛漫にするシンラとキュベレー。その傍らでは安心感のあまりに腰が抜けたリョウトにエレナが肩を貸していた。
「一晩安静にして頂ければ明日には完治します。『サンライズ』の皆さんには……特に体を張って頂いたリョウトさんとシンラさんには本当に感謝しています。本当にありがとうございました」
「どういたしまして! それとフェルイヤさん、他に病気で苦しんでいるポケモン達にも早く薬を渡した方がいいと思うんですが」
深謝するフェルイヤにキュベレーは促す。こうしてる間にも病と闘っているポケモン達はいつ届くか分からない薬を待っているだから早々に彼を向かわせなくてはならない。談話をして彼の仕事を邪魔する訳にはいかないのだ。気遣ってくれたキュベレーに彼は礼を述べて報酬を手渡して去っていく。そして階段の前へ振り返ると一礼して登っていった。
(良かった……また明日からフィルド達と探検出来るんだ……!)
ようやく全員が揃う。それが分かり胸から重みがなくなっていき、比例して安心感が満たされていくのが自分でも分かる。声に出さなくてもこの場にいた全員がキュベレーと全く同じ事を思っていたようで互いの視線が絡む度に自然と頬が持ち上がる。
夕食が出来たとフウの代わりに食事の用意をしたサンシャが忙しく伝える。早く明日になってほしい、と早まる気持ちを胸にしまい食堂へ向かうキュベレー達の足取りはいつもより軽やかだった。