#46 手掛かり
「フィルド、大丈夫かな……」
交差点に行こうとした最中、突然倒れてしまったフィルド。とにかく彼を休ませるために自室へと運び込んでサクヤに報告し、二人は地下二階に待機していた。こうしているのはフィルドがおそらく風邪を引いてしまったとサクヤが推測し、キュベレー達に移さないようにする初歩的な手段を執ったため。二人とて傍にいて看病したいのが本望だがこのギルドの弟子になっている以上、親方の指示に従うしかない。
心配するキュベレーは表情を不安そうに歪める。勿論、一緒にいたリョウトも同じ気持ちだが、今は待っているしかない。今すぐにでも行きたいのに規範が足元を縫い付けてしまい、もどかしさだけがふつふつと沸いてくる。
そんな中、二人を呼ぶ声が聞こえて彼らは階段へ目を向けた。そこにいたのは別行動していたエレナとシンラ、そして何故か交差点で呼び止めて来たトゲチックがいた。どうしてトゲチックがギルドまで来ているのか、そんな疑問が喉まで出てきたがどこか切羽詰まったような二人の表情に呑み込んで別な質問を投げる。
「二人とも、どうしたの?」
「大変な事が起きてね……とにかく親方様は知らない?」
妙に歯切れが悪いエレナにリョウトは弟子部屋の方向を指差すと彼女は目を見開く。サクヤが直々に自分達の部屋に行っているのだから驚くのも無理はないだろう。エレナは「分かったわ……」と険しい顔のまま頷くとシンラとトゲチックを手招きし、リョウトとキュベレーを横切る。
「やっぱり何かあったのかな……!?」
いつもと違う様子に首を傾げたキュベレーはシンラを見て息を呑む。勿論、向かい側にいたリョウトもだ。理由は彼の背中に背負られた者。エレナとシンラが焦っていたのにも納得がいく。ならば今度こそ待っている訳にはいかない。二人の足は自分達の部屋へと勝手に動いていた。彼が――今朝まで元気にいたはずのジュードが弱々しく体を預けられていたのを見ていたら……もう彼女達の我慢の限界だったのだ。
あの後、エレナ達を追い部屋に入ったキュベレーとリョウト。そんな二人に子を許す親の様な、仕方がないと表情を浮かべたサクヤはトゲチックの話に耳を傾ける。ちなみに話を聞きながらキュベレーとリョウトはエレナからこれまでの経緯を訊く。
彼女が言うにはトゲチックは名をフェルイアと言い彼は世界中で名を知らない者はほとんどいないと言わしめる名医だという。そんな彼が探検隊に、しかも『サンライズ』を名指ししたのは依頼を受けて貰おうとしていたのだ。その説明を聞いている矢先、突如ジュードが倒れて今に至ったらしい。
「まぁ、フィルドの方は倒れるかなって何となく予想していたけどね……」
「……朝から少し様子が変かなって思っていたんだけど……」
――どうしてあの時無理矢理にでも休めと言えなかったのだろう。強く言い寄れなかった自分にキュベレーは後悔する。それは他のメンバーとて一緒。それぞれが浮かない表情で横たわるフィルドとジュードを見ているしかない。
「……やはり、彼らも今流行っている風邪にかかっていますね。でも、これはただの風邪じゃないんですよ」
「……と、言うのは新種の?」
一通り問診をしたフェルイアの判断は風邪。彼の言葉に反応したサクヤに頷き返すと再び口を開く。
「ここ最近なんですけど、街や拠点で暮らしているポケモン達を中心に蔓延しているんです。原因はよく分かりませんが、かかったポケモン達は決まって高熱を出すのです。熱を出したら四、五日間は治まらないと予想してます」
フェルイヤの説明にキュベレーは「そうですか……」と代表して返す。数値を聞けばすぐに経つだろうと思いがちだが、病人からして見れば高熱と付き合わなければならないのだから長く感じてしまう。
せめて熱に効く薬があれば少しでも楽になれるはずなのだが、ここは修行が厳しく脱走した者もいると噂されている『プクリンのギルド』。残念ながら置いてはいない。前に風邪を引いた時、薬はないかとペラトに訊いた事があったが、それぐらい自力で治すものだと返された事をキュベレーはふと思い出した。しかし、それでも淡い期待を寄せずにはいられない。どこかにないものか……そう訊くため開口した矢先、フェルイヤが先に開く。
「皆様はガバイドの鱗をご存知ないでしょうか?」
聞き覚えのない言葉にキュベレー達は首を傾げるがエレナとサクヤは知ってるようで何度か頷くと小難しい顔を浮かべる三人に分かりやすいようにエレナは噛み砕きながら説明する。
「ガバイドから取れる鱗よ。確か手術ではないと治らない重い病気ではない限りは煎じて飲ませたり、傷口に塗れば治せる万能薬とも呼ばれているものよ。だけど全員から取れるわけじゃなくて、おおよそ二百人に数人しか取れない希少なものだけどね」
「そうなんだ……あっ、もしかしてフェルイヤさんがぼくらに話があったのは……」
「はい。最近『プクリンのギルド』で期待のルーキーと謳われているあなた方の腕を買って依頼を承って頂こうとした次第であります。ただ……」
理解したリョウトにフェルイヤは頷くが、続けようとした言葉を少しだけ濁す。次の話を訊くために向けられた全員の視線を受けて彼は続けた。
「残念ながらガバイドの鱗はどこにあるかまでは分からないのです」
「……あ、だったらガバイドが住んでいるダンジョンを片っ端から行けばいいんじゃね?」
「……残念だけどシンラ。それは無理に等しいんだ」
フェルイヤから告げられた話に全員が言葉をなくす中、シンラが最もな質問を挙げる。確かにガバイドから取れるのなら彼らが住んでいるダンジョンへ潜り込んで採取するのが明確である。ダンジョンに潜り込むため危険はあるものの、どこで売っているかも分からないのであるならば直に会ってもらった方が簡単だろう。しかし、それもサクヤは苦々しく否定する。
「鱗の欲しさから欲に目が眩んじゃったポケモン達に乱獲されてね、ガバイド達の数は激減しちゃったんだ。近年は『トレジャータウン』周辺のダンジョンにはもういないって言われていて、今じゃ幻の万能薬だって言われているんだよね」
「ま、マジかよ……」
「……せめてどこに生息しているのか分かればいいのですが……」
思い返すように話すサクヤにキュベレー達の表情はさらに沈む。フェルイヤの希望的観測も今の彼らを奮い立たせるには至らない。完全に手詰まりかもしれない――誰しもが思い始めた時、誰かがポツリと呟いた。
「……『迷宮の洞窟』……」
「「「え……?」」」
今にも消えそうな声が耳に入り全員の双眸が自然と声の主へ向けられる。彼らの視線の先にいるのはベッドで横たわるジュード。荒い呼吸を繰り返しながらも薄目でキュベレー達の顔をしっかりと見つめていた。
「……『迷宮の洞窟』……にガバイドの群れが住んでいる、って聞いた事があります……もしかしら、彼らから鱗が取れるかも、しれない、です……」
途切れ途切れながらもジュードが教えた情報は崖っぷちに立たされた全員に希望の一筋を与える。ダンジョン名が耳に入ればギルドの親方を勤めるサクヤや探検隊のはしくれであるキュベレー達は無意識に地図を取り出して場所を特定しようと睨む。程無くして「あったよ!」とサクヤの声が漏れた。彼の声に全員が反応し、サクヤの元へと集まる。
「ここみたいだね」
「……あら? 『忘れ去られた抜け道』のさらに上にあったのね」
桃色の手が示した場所は『リンゴの森』の北東にある山脈。さらには『ルイスタウン』へ向かう道中にあった『忘れ去られた抜け道』の北にある箇所だ。どうやらここが『迷宮の洞窟』らしい。
「些細な情報でも行ってみる価値はあるよな!」
「うん、じゃあこのダンジョンに――」
「ちょっと待って!」
キュベレーが音頭を掛けようとした矢先、サクヤが水を差す。意外なポケモンの横槍にキュベレー達は意図が掴めずただただ彼を見ているしかない。
「サクヤ親方様? 何で止めたんすか?」
「フウが同じ病に倒れているから人手不足なんだ。……悪いけど女の子達には看病してもらいたんだよね……」
フウはギルドの家事全般を担っているのだが、彼女もまた熱で休んでいるため家事を任せたり看病する者がいない。彼女がいなくてはギルドの生計も成り立たないのだ。申し訳ないと言わんばかりの表情を浮かべて訳を話したサクヤにキュベレーとエレナは了承する。
「じゃあ……鱗はぼく達が取りに行くしかないんだね……」
「マジかぁ……」
女性陣が一時的とはいえ抜けてしまうのだから、『サンライズ』のメンバーは四人。しかし、リーダーのフィルドとジュードは絶対安静のため実質的に動けるのはシンラとリョウトの二人だけとなる。思った以上の重大な任務にリョウトは滅入ってしまったのか、顔を俯かせてしまい、シンラもいつもの溌剌さがないようにも見えた。
「本当はダンジョンに行くにはリーダーがいないといけないんだけど、今回は特例。今は二人だけが頼りだから頑張って、ね?」
通常ダンジョンへ向かう際はリーダーがいなくては入る事は許されないのだが、メンバーの誰かがリーダーの代役になれば許可は降りる。しかしギルドの管轄内でチームを結成した者達は一人前と認められるまで……つまりは卒業するまでリーダーを変える事はありえない。生半可な知識と覚悟ではチームを引っ張っていく事が出来ないと判断しているためで、下手をすれば全員の命に危険が及ばす可能性があるからだ。
本来ならリーダーであるフィルドが動けない時点で『サンライズ』の活動は出来ないと断じて他の弟子達に任せるのが一般的な判断なのだが、今回も各々の仕事に就いているため頼むのは厳しいそうだ。ここに来て弟子の数の少なさが仇となってしまったようだが、今更嘆いても仕方がない。
少しだけ真剣な表情を浮かせてサクヤは二人をそっと後押しする。少々押し付けがましかったかもしれないと彼は思ったが、それでもシンラとリョウトの不安を払拭するには充分な言葉だ。現に先程まで活気がなかったリョウトの顔が僅かながら戻っており、シンラに至っては感動しているのか震えていたのだから。
「お……うぉぉぉおー! サクヤ親方様から直々のエールをもらったから元気湧いたぞー!!」
「良かったね、シンラ君! ……二人ともどうかお願い。わたし達の代わりに鱗を取ってきて」
「分かってるって♪」
歓喜の雄叫びを上げて復活したシンラにキュベレーは苦笑をすると、二人に依頼を頼む。シンラは力強く頷いて了解し、リョウトは控えめながらも頷く。但し、まだ憂慮しているのか表情は曇りがちである。そんな彼にエレナは近付くと手を頭に乗せて優しく撫でた。
「そんなに心配しなくても大丈夫じゃない。失敗を恐れてないで」
「……うん。ありがとう」
「それよりもシンラが勝手な行動を取らないかが心配だから彼からあんまり目を離さないでね?」
「え……あ、うん」
「なっ、今のどういう意味だよ!? てか、リョウトは真に受けるなよ!!」
「意味? そんなの言葉通りじゃないかしら?」
まるで母のように優しく語りかけるエレナにリョウトの不安は一気に消え去り瞳に強い決意が灯る。いつもの彼に戻った事がエレナにも伝わり、ゆっくりと手を離して頼み事を言う。それがシンラに取っては聞き捨てならなかったようで喰って掛かってきたがエレナは軽くあしらった。恐らく彼女なりに空気を緩めてくれたのだろう。ネタに扱われた本人は多少なり迷惑そうに文句を垂れ流すが、それが返って緊張した雰囲気をさらに緩和させた。
「……さぁ、長話はここまでだよ。今からは自分達のすべき事を成し遂げてね!」
「「「はい!」」」
サクヤの一声により、弛みすぎた空気はまた締まる。しかし、それは先程のような重苦しいものではなくいつもの朝礼と変わらない仕事への誠意に必ず成功させると決意が込められていて。風邪に辛苦する二人やポケモン達を助けるためにと揃った返事はとても力強かった。