#45 彗星の賢者
――プクリンのギルド――
「「「みっつー! 皆笑顔で明るいギルド!!!」」」
「さぁ、今日も張り切って仕事を頑張るよー!」
「「「おーっ!!!」」」
毎日の恒例である誓いを読み上げ兄弟子達はいつものように自分の持ち場へと散っていく。昨日の休暇の間に休んでいたおかげなのか彼らは朝から気合いが入っていた。
「おっしゃー! オレ達も頑張ろうぜ!」
「シンラも負けないくらい気合いが入ってるなぁ……」
「そーいうフィルドは元気ねぇじゃねぇか?」
シンラも何だか張り切っていた。確かに昨日丸一日寝ていたら元気が有り余るのも頷けるだろう。それに比べてフィルドは少し疲労が残っている。昨日は半日しか休んでいないためかもしれないが、声もいつものように張りがなかった。
「大丈夫?」
「うーん……少しぼうっとするけど平気だと思う」
「風邪でも引いたんじゃないかな。最近『トレジャータウン』でも流行ってるみたいだし」
「そういえばフウさんも高熱を出して今日は休養とってるのよね……」
心配そうに自分を見る仲間にフィルドは答えるがその表情は他者から見ても辛そうにしか映らない。ここのところ風邪が流行しているようで昨日は咳をしていただけのフウも今日は高熱を出してしまい休んでいる。こうして見ると少しずつではあるが、弟子達にも移り始めているようだ。
「取り敢えず俺は平気だから掲示板に行こ――」
「なにィ!! 足型が分からないだとぉ!?」
休まそうとしている仲間達の意見を聞かず地下へ上がろうとしたフィルドの耳に入ったのはゴルダの声、しかもいつも以上に大音量だ。ただでさえうるさいのに、さらに音量を上げた彼に何かあったのか聞くため顔を顰めつつフィルド達は見張り穴に続く穴に立つ彼に近づいた。
「ゴルダさん? どうしたんですか?」
「おぉ……お前達か。いやそれがティラスが足型が分からないって言っておってな……」
「……だってぇ……分からないのは分からないんだもん……それに足がないんだし……」
「そんなもの言い訳に過ぎんぞ!!」
キュベレーの声に振り返ったゴルダはフィルド達の姿を確認し声量を大幅に下げると大声を出してしまった理由を述べる。途中、ティラスが抗議するように割って入るが、困惑した弱々しい声はあっとゴルダの怒りの声により踏みにじられてしまう。
「足がない……? 確かに足がない種族はいるよね?」
「えぇ。ゴーストタイプなんかいい例があるんじゃない? ゴースとかヨマワルとか」
「確かに……あ、ティラス先輩? 種族と名前を聞く事は出来ませんかー?」
ティラスの一言を逃さなかったリョウトは内容に首を傾げているとエレナが例えを出す。確かにポケモン全員の足がある訳でもない。実際浮遊して暮らしているポケモンの中には使う用途がない足は退化しているとも言われているのだ。その会話に耳を向けながらフィルドはティラスに指示を出すと「分かりました!」と返事が返ってきた。それから少し経ち――
「はい……種族はヨノワールで名前は……オルディさん!? しょ、少々お待ちください!!」
ティラスの驚いた声が穴から通じてギルド中に伝わる。すると各々の仕事場についていた弟子達が駆け足で見張り穴に集まってきた。
「おい! それって本当なのか!?」
「あの有名な彗星の賢者≠ェギルドに来るなんて……きゃーーー!!」
「おい! ギルドに来たってことはさ、中に入ってくるって事だよなっ!?」
ペラトを含めた兄弟子達がはしゃぎながら今度は地下一階へと続く梯子に待ち構えるかの如く集まる。フィルド達は首を傾げながらそわそわする人だかりに近付く。
「ヨノワールのオルディさんって誰なんだろう?」
「……あぁ、思い出したよ!」
キュベレーの疑問に反応したのはジュード。彼の反応にさらに眉間に皺を寄せて振り返るフィルド達にジュードは昨日の会話を思い出したながら話し始めた。
「昨日カクレオン商店に行った時にミドリさんから噂で聞いた話なんだけどね。何でも彗星の如く現れて最近有名になった探検家だそうだよ。
探検する時は誰も連れていかないで一人で行くから腕もすごいんだけど……それ以上にすごいのは知識の豊富さ。この世の中で知らない事はないくらい知っているみたいなんだ」
「へぇー! なんだか憧れちゃうよ!!」
「流石はミドリさん。噂はすぐに拾うわね」
彼の話を聞き、キュベレーは目を輝けながら梯子を見上げ、エレナは感心する。……着眼点は全く違うが。
「あ、来たみたいだよ!」
まもなくして階段からポケモンが降りてきた。漆黒のような体に黄色の輪っかや模様が浮かび出ており、頭から伸びた黄色いアンテナと紅い一つ目が特徴的なポケモンだ。おそらくあれがヨノワールのオルディだろう。
全員の視線を浴び挨拶代わりに柔らかい表情を返すといつの間にか立っていたサクヤへと近付いていった。
「やぁ! わざわざ来てくれてありがとね♪」
「いえいえ、滅相もありません。私もかの有名な『プクリンのギルド』を訪れる事が出来て誠に光栄です。
ところで先日こちらにお伺いしましたがその際『霧の湖』に挑戦したと聞きまして……どうでした?」
「残念だけど遠征は失敗だったよ。ごめんね、何にも役に立たなくて」
オルディがギルドに来たのはやはり遠征についてだった。名声を受ける彼もわざわざ足を運んでまで成果を訊きに来るほどプクリンのギルドで行われる遠征はかなり名が知れているようだ。今回はギルド総出で推しているのもあっての事だろう。しかし、サクヤはユクシーとの約束を守るためにオルディに嘘をつく。
「そうですか……やはり有名な『プクリンのギルド』でも分からなかったのですか……」
遠征が失敗した事を知りオルディは少し落胆したが、それも一瞬ですぐに穏やかな表情に戻した。
「そうですね。ここに来たのも何かの縁ですし……私はしばらくの間『トレジャータウン』に滞在しようと思います。ですのでその間はここに伺ってもよろしいでしょうか?」
「うん、それなら全然OKだよ♪ 皆もオルディさんが来ると喜ぶからね♪」
サクヤは満面の笑みで答えると兄弟子達は同意するように何度も頷く。――その動きが見事に揃っていてフィルド達は若干引いてしまったが。
「と、いうわけでオルディさんはしばらく『トレジャータウン』に滞在するようだが迷惑はかけないように! 間違ってもサインとかねだるのもダメだからな!」
「……そんな事言ってペラトが一番欲しがっているに違いないよな」
「同感ね」
ペラトの言葉にフィルドが呆れながら小声で突っ込むてエレナも小さく頷く。
「いえいえ。サインぐらいなら御安い御用ですよ」
「な……なんとお優しい方なんですか……!」
「そんな事はありませんよ。では私は『トレジャータウン』を見て参りますね」
サインを許可したオルディにペラトは感動したのかわなわなと震えながら彼を見上げた。……よく見ると目頭に涙を溜めている。
そんな彼にオルディは謙遜するように首を横に降ると梯子を登って行った。
「はぁ……かっこよかったでゲスねぇ」
「後でたくさんお話をしたいですわね!」
「わし……サインでももらおうかな……」
オルディが去った後も弟子達の興奮は冷める事を知らず彼の話で盛り上がっていた。
「おい、お前達」
どうやらこの熱気は収まる事はしばらくないらしい。兄弟子達を引いた目で見つめる中、ふとペラトの声が聞こえてきた。フィルド達は声がする方へ向くと先ほどの感動して涙を溜めていたペラト……ではなくいつもの彼がフィルド達の目の前に立っていた。
「あ、ペラトさん。今日もいつも通りなんですか?」
「あぁ。だがその前に頼み事があるんだ」
「頼み事……ですか?」
エレナの問いに歯切れの悪そうにペラトが頼んできた事に疑問を持ったキュベレーは首を捻りながら呟く。
「そうだ。今からミドリさんが経営しているカクレオン商店に行ってセカイイチの入荷の予定があるかどうか聞いてきてほしんだが……」
頼み事の内容にフィルド達はあまり思い出したくない顔ぶれが自然と浮かぶ。さらにフィルド、キュベレー、エレナ、シンラは同時に嫌な記憶がフラッシュバックされ苦々しい顔つきへと歪ませていった。
「お、おい……一体どうしたんだいっ! 何処か具合が悪いのか!?」
「あ……いや何でもないよ! 確かセカイイチの入荷予定について聞けばいいんだよな? 今から行ってくるよ!」
「あぁ……頼んだぞ♪」
そんな彼らをペラトは心配そうに様子を窺って来たため、フィルド達は苦い記憶を忘れようと首を激しく横に降ったり両手で頬を頻りに叩くと逃げるようにギルドを後にする。
その行動に面食らったペラトだが、ハッとして彼らの背中に期待を込めた言葉をかけたのだった。
――トレジャータウン――
「あの……あなた達は『サンライズ』ですか?」
「え……はい、そうですけど……」
カクレオン商店へ向かうため交差点を通ったフィルド達に誰かが声をかけてきた。そのポケモンは白い体に赤と青の幾何学的な模様が胴体に散りばめていて、背中にかわいらしい羽根をつけたトゲチックと呼ばれる種族だ。
「実は話したい事がありまして……少しだけ時間を下さってもよろしいでしょうか?」
「あ……でも……」
申し訳なさそうに頼むトゲチックにフィルドは口ごもる。現在彼らはペラトに仕事を頼まれており『カクレオン商店』に向かっている最中なのだ。だが目の前で困っているポケモンを放置することも探検隊としてどうなのだろう。そんな板挟みにフィルドが困った顔をしながら悩んでいると――
「分かったわ。話は私が聞くからフィルド達は先に行って」
「待って! 僕も聞くよ!」
「はいはーい! んじゃオレもオレも!」
エレナが残ると言い出したのだ。続くようにジュードとシンラも遠回しに残ると言い出す。エレナは「分かったわ」と了承した。
「さ、三人とも……いいの?」
「いいのって……困っているポケモンを放って置けないよ」
「それに私達に大人数じゃない? だったら分担するのが合っていると思うの。だから……フィルド達はペラトさんの仕事をよろしくね」
困惑した表情を浮かべたリョウトに二人は互いに顔を合わせるとジュードは正論を、エレナは意見を述べた。
「三人ともありがとう。それじゃ、よろしく頼むよ」
フィルドはエレナ達にお礼を言うとキュベレーとリョウトと一緒にカクレオン商店へと向かった。
「……ん? あれって確か……」
カクレオン商店に着いたフィルド、キュベレー、リョウトは店主であるミドリと楽しく喋っているオルディを見かける。お店には彼一人しか見当たらない様子からムラサキはまだ風邪が治っていないようだ。三人の視線を感じたのかオルディは会話を中断しフィルド達に体を向け微笑みながら話し掛ける。
「おや? あなた方は確かギルドでいらっしゃった……」
「あ……はい! 探検隊『サンライズ』です! わたしはメンバーのキュベレーと言います!」
「ぼくはリョウトって言います」
「俺はフィルドです。よろしくお願いします」
「え……!」
オルディに自己紹介をしたキュベレー達だがフィルドの名前を聞いた途端、微笑は鳴りを潜め代わりに驚愕した表情をオルディは浮かべる。心境を顕すかのように紅い瞳は細やかに動いてはいるがしっかりとフィルドを凝視した。
「オルディさん? ……俺の顔に何かついてるのですか?」
「あ……い、いえ。何でもありませんよ」
フィルドの訝しげな声にオルディは我を取り戻すと再び柔和な表情へと戻した。
(な、なんだったんだろう……それに後退りしてた……?)
一方オルディに見つめられたフィルドは彼に疑問を持つと同時に先ほどの自身が一、二歩程無意識に下がっていたことに眉をひそめていた。それと同時に彼は何事もなかったように平静を装ったオルディに少しだけ恐怖を抱く。どうして初対面のポケモンにしかも優しいオルディにこんな感情を無意識に感じたのか、今朝から頭が冴えない彼に答えの検討はつかない。
「あ、ところでオルディさんはどうしてここに?」
「あぁ! それは私が呼び止めたからですよ。なんていったて彼は有名ですからねぇ。そしたらオルディさん何でも知っていて! しかも私達が知らない事までご丁寧に教えて下さって……さすがは彗星の賢者≠ニ呼ばれるだけありますよ♪」
「いえいえ、そんな事はありませんよ」
キュベレーの問いにミドリが答えながらオルディを褒め称えるとギルドにいた時と同様に彼は謙遜をした。すると――
「リィナー! 早く早くー!」
「待ってよ、お兄ちゃーん!!」
フィルドとキュベレーにとって聞き覚えのある幼くて元気がある声が聞こえてきた。その場にいた全員が声がした方へ顔を向けるとマリルのノルクとルリリのリィナが走ってきたのだ。
「ノルク君、リィナちゃん!」
「あ、キュベレーさん! それにフィルドさん、ミドリさん、こんにちは!」
「こんにちわぁー!」
店を通り過ぎようとした時、キュベレーに声をかけられ走るのを止めると元気に挨拶を返した。
「なんだか急いでいるように見えたんだけど、何かあった?」
「はい。実は前に僕達が落とし物を探していると言いましたよね?」
「あ、言ってたね」
ノルクの説明にフィルドとキュベレーはかつてリーパーに騙されてリィナが誘拐された事を思い出し納得した表情を浮かべた。
「それでその落とし物……水のフロートが『海岸』で見かけたと聞いて……」
「だから早く見に行こうとしてたの!」
ノルクとリィナは嬉しそうに話す。やはり今の今まで見つからなかった大切な物が見つかったのに喜ばずにはいられないだろう。
「そうだったんだね。急いでいるのに引き止めちゃってごめんね?」
「いえ、大丈夫ですよ! ではこの辺で」
「ばいばーい!」
急いでいた兄妹を引き止めた事に少し罪悪感を感じ謝るキュベレーにノルクは首を横に振って許すと頭を丁寧に下げリィナを連れて店を後にした。
「幼いのになんて礼儀正しいんだろう……」
「えぇ……とても素晴らしいですね」
二人を初めて見たリョウトとオルディは礼儀正しい二人を見て感心していた。
「本当に見つかって良かったですねぇ。……しかし水のフロートですかぁ」
小さくなっていく兄妹の背中を嬉しいそうに見届けたミドリだが会話にもあった水のフロートを初めて聞いたのか首を傾げながら呟く。そんな彼を見かねてオルディは話を切り出した。
「水のフロートというのはルリリ専用の道具で何回もお宝をトレードしないと手に入らない貴重なものなんです。但し私も実物を見たことはないためどんな形をしているのかは分からないのですが……」
「へぇー! オルディさん詳しいんですね!」
オルディの説明を聞いてキュベレーは尊敬の眼差しを彼に向ける。
「そうなんですかぁ。私も名前を聞いたのは生まれて初めてですよ。そんな珍しい道具が私のお店に入荷するなんて一生無理なんでしょうね……トホホ……」
「入荷……? そういえば何か忘れているような……」
残念そうに項垂れるミドリ。その際に発した“入荷”という単語にリョウトが考え込むと突然「あぁっ!」と声を上げたのだ。これにはミドリ達どころか一緒に生活をしてきたフィルドとキュベレーも反射的に体を震わせ声を出した本人――リョウトに体を向けた。
「きゅ、急に大きな声を上げてどうしたんだ?」
「あ、ごめん……今忘れていた目的を思い出したからつい声をだしちゃって……」
「目的? ……ってあぁ!? そういえば!!」
リョウトの話を聞きフィルドとキュベレーは雑談をしていたため記憶から忘れ去っていた本来の目的を思い出した。
「ミドリさん! セカイイチの入荷予定はありますか!?」
「え、は、はい! 誠に申し訳ありませんが私の店では入荷する予定は入っておりません!」
キュベレーが身を乗り出すようにミドリに問い詰めるとミドリは首を横に振りながら答えた。
「そ、そうですか……」
「仕方がないか……とりあえず報告をしに行こうか……」
結果は残念ながらなかったようでキュベレーは力が抜けて倒れそうな感じがしたが何とか耐え忍ぶ。フィルド達はカクレオン商店を後にするとギルドに戻るため来た道を通って帰ったのだった。
――プクリンのギルド――
「ええぇぇぇぇぇえ!? セカイイチの入荷予定がないんだってぇぇぇぇぇぇぇ!?」
ギルドに戻った三人に浴びさせられたのはショックを帯びたペラトの驚嘆。彼は右左と忙しなく飛んでもはやパニック状態となっていった。
「あの……良かったら私達が採りに行き――」
「じょ、冗談じゃないよ!? お前達は一回失敗してるじゃないか!! また“あれ”を喰らうのは二度とごめんだよ!!」
キュベレーの提案もものすごい勢いで拒否された。やはり前回のセカイイチ収穫の失敗はペラトの心の傷を抉るのに十分威力を発揮したようだ。但しもこの失敗は濡れ衣を着させられただけに過ぎないのだがペラトがその真実を知る由はない。しばらくすると彼は後悔した表情を浮かべて気まずそう顔を俯かせた。
「いや……今のは言い過ぎたな。確かにお前達の活躍は私も認めていない訳ではないが……仕方がないか……セカイイチは私が採りに行くからお前達はいつも通り掲示板の依頼をこなしてくれ……」
「あ、はい……」
ペラトは項垂れると重そうな足取りで梯子を登って行った。おそらく今からセカイイチを採りに行くのであろうその背中は悲愴感が漂っているように見え、フィルド達も言葉をかけられずただ見送るしかなかった。
「と、とりあえずエレナ達と合流するか……」
やや重そうに口を開いたフィルドにキュベレーとリョウトは軽めに頷くとトゲチックの話を聞いているエレナ達と合流するために交差点へと向かおうとする。
「あ……」
フィルドが一歩、足を地に付けた瞬間――己の膝がガクッと折れ曲がった。そのまま為す術もなく彼は地面へと倒れる。
「「フィルド!?」」
異変に気付いたキュベレーとリョウトに「だ……大丈夫だ」と精一杯に答えるフィルド。しかし言葉とは対照に乗せた声色は掠れていて弱々しい。
(何で……さっきまで変わらなかったのに……どうして、今になっ、て……くそ、このままじゃ……皆に迷惑が……か、かる…………)
体全体が火照り意識が朦朧とする。必死に思考を回しても朝以上の気だるさが水を差し、返ってぼうっとしてしまう。二人が近くにいるのにどうしてか自分の名を遠くから呼んでいるような気がして……程無くしてフィルドの意識は闇に沈んでいった。