#44 謎のポケモン
突如草むらから現れたコジョンド。頭は先程から垂れており腕も力なく下がっていた。その様子は正常ではないと端から見ても十分に分かる。
「……まさか野生のポケモンが来たとでもいうの?」
エレナは声を落として呟く。本来なら野生のポケモンはダンジョンに住み続けており、探検隊に心を惹かれて仲間になると申し出ない限り出る事はありえない。それに『トレジャータウン』や『ルイスタウン』のような集落に住んでいるポケモン達は近頃起こっている時が狂いだした影響を受けずに生活をしているのだ。ならば目の前に異様な雰囲気を醸し出している者はダンジョンから出てきたのか――そう思った三人だが突如後退る。何故ならコジョンドが一歩前に出たからだ。少し経つとコジョンドはまた一歩前に出て、フィルド達も合わせるように一歩後退る。
そしてコジョンドがもう一歩踏み出した時、奇妙な光景を目の当たりにする。それはゆっくりと歩を進めていたコジョンドが突然前のめりに倒れたことだった。
「何だったんだ……一体……」
あまりにも突拍子な事にフィルド達は互いに顔を合わせたが――コジョンドから大きな腹の虫が鳴る。どうやらお腹を空かせて倒れたようだが、先程のコジョントの立ち振舞いに気を張っていた三人は「えぇ……」と拍子抜けた声が揃って出たのだった。
――トレジャータウン――
フィルド達がコジョンドと対峙をしていた頃。相変わらず賑やかな町『トレジャータウン』でたくさんのポケモン達がすれ違っている中、『サンライズ』のメンバーであるジュードは町を散策していた。というのも、ギルドで寝ていた彼が起きた時シンラ以外のメンバーが置き手紙を置いて出かけてしまったのだ。読書も悪くないかと思ったがなんとなく気分転換がしたかったため現在の散歩に至る。ちなみに未だに爆睡中のシンラに何も言わず出ていったのはここだけの話である。
「とりあえず何か買おうかな……」
いつの間にかたどり着いていたカクレオン商店の前に立った彼はゆっくりと近より店主であるミドリに話しかけた。
「おや? いらっしゃい、ジュード君!! 何か買うかい?」
「そうですね……それじゃおおきなリンゴを一つください」
「はいよー! 50ポケになりまーす!」
ミドリは注文を聞くと店頭に置いてあったおおきなリンゴを一つ取りカウンターに置く。それを見てジュードは50ポケを差し出すておおきなリンゴをバッグの中に入れた彼は気になった事を話す。
「そういえばムラサキさんが見当たらないですね」
「毎度ありー♪ あぁ、ムラサキなら風邪を引いてしまいまして……何でも熱もすごく高いんですよ。そんな状態でお店に立たされたら大事なお客様や商品に病原菌が移ったりしますから休むように言ったんですよ」
いつもミドリの隣で商いをするムラサキがどうやら体調を崩したらしい。ジュードも探検隊として活動している都合上、カクレオン商店を利用するのだがいつも二人で並んでいる光景をよく目にしていた。そのためか片方がいないだけでも明らかに違和感を感じてしまうのだ。
「そうなんですか……」
「えぇ。ここのところ風邪も流行りだしたようですし……あっ、ところで遠征は残念だったねぇ」
「あ、はい……結局何一つも分からないで終わってしまいました」
話の内容がムラサキから遠征に突如変わり少し目が泳いでしまったがジュードはとりあえず嘘をつく。理由は勿論、ユクシーとの約束を守るためだ。
「あの有名な『プクリンのギルド』が遠征を失敗するなんて創設以来初めての事ですし……あ、そうそう! 確か最近こんな噂が流れているんです!!」
「噂ですか?」
「はい。最近凄腕の探検家が現れたとか……」
またもや話題を変えてしきりに話すミドリにジュードは本当にお話好きなんだなぁ、と思いながらさっきよりも興奮気味に話す彼に耳を傾ける。
「何でもダンジョンを探索する時は仲間を引き連れずたった一人で行動してるようなんですよ!」
「へぇ……それは腕にかなりの自信がある方なんですね」
「はい。しかも、かなりの物知りらしくこの世に知らないことはないって言われるくらいで彗星の賢者≠ニも言われているらしいです!」
ミドリが言う彗星の賢者≠ニはおそらく「彗星の如く……」と「賢者」を合わせた造語だろう。とにかく彼の熱弁っぷりからその者は実力者である事が窺えた。
「ところで……その凄腕の方の名前はご存知なんですか?」
「はいもう噂で流れてますよ! 彼の名前はオルディさんと言う方で種族はヨノワールだそうです!」
「そうなんですか。……ひょっとしたら『
トレジャータウン』にも来そうですね!」
「ホントですよ! 来ちゃったら私どうしましょ!?」
「あ、ジュード! 起きてたのか!?」
二人が世間話に盛り上がっているとフィルドが走りながら会話に割って入ってきた。
「フィルド、どうしたの? 何だか急いでるように見えたけど……」
「はぁ……はぁ……ジュード……食べ物系はある……?」
「さっき買った大きなリンゴならあるけど……お腹空いたの?」
息を切らしながら聞いていたフィルドにジュードは先程買った大きなリンゴを差し出す。どうやら彼はフィルドがお腹が空いているから『カクレオン商店』に来て食べ物を買おうとしたのだ、と思ってたらしい。
「ちょうどいいや……とりあえず来て! 訳は後で話すから」
「え――あ、ちょっと待ってよ! お腹が空いたんじゃなかったの!?」
大きなリンゴを見た瞬間、フィルドは安堵の溜め息をつきすぐさま来た道を戻って行った。残念ながらジュードの厚意は意味がなさなかったようだが、そんな事を気にしている暇などなく彼はフィルドの後ろ姿を慌てて追いかける。
「あ……また当店にお越しくださぁい♪」
その一部始終をポカーンと見ていたミドリは我を取り戻すと去っていったジュード達の背中に宣伝をかけたのだった。
――海岸――
「いやぁー、マジで助かったわぁ! ありがとな!」
『海岸』に着いたフィルドとジュード。空腹で倒れていたコジョンドを見て状況を理解したジュードは大きなリンゴを渡すと、コジョンドは匂いにひきつられ跳び跳ねるように起きたのだ。あっという間に平らげたコジョンドは見事に復活し、お礼を述べる。
「どういたしまして! ……それで何で空腹状態になってたんですか?」
「ん、色々探索していたら食料が尽きちまってな。で、三日前から何にも食ってねぇわけさ」
理由を述べた後コジョンドはてへへ、と笑う。青年の声で笑うその姿は好青年の印象がつきそうだ。
「お、そうだそうだ。命の恩人の君らにお礼をしなきゃな……ちょいと待ってくれよ……」
コジョンドは思い出したように手をポンと叩くと腰につけていたポーチの中をあさりはじめた。忙しなく行動する姿にフィルド達は口を挟む暇などなく呆然と突っ立っていた。
「えーと……あったあった! これな」
コジョンドは立ち上がるとフィルドに赤い斑点がついた黒い石――ブラットストーンを手渡す。
「ありがとうございます」
「いやいや、お礼をした訳だし畏まらなくてもいいって」
相変わらずにこやかに話すコジョンドだが、ふとフィルドをじっと観察する。
「あの、俺の顔に何かついているんですか?」
「ん? いや、ちょっとな……」
対するフィルドはじっと見つめてくる彼に思い当たる節がないのか首を傾げるしかない。コジョンドは慌てて頭を掻いて視線を逸らしたが、決心がづいたのか再びフィルド達と目を合わせた。
「……いや、初対面の君らなら話しても大丈夫かなって悩んでちまって……ま、いいや。取り敢えず今から話すことを信じるどうかは君ら次第ってこと」
コジョンドはあぐらをかいて再び座るとフィルド達を一人一人見る。先程の笑みは既に鳴りを潜めていて神妙は表情に変わっていた。目の前にいる者が話そうとしている内容がどれ程重要なのか、雰囲気でも分かる。
「オレはな……
自分が
何者なのか分からねぇんだ」
「なっ……!」
「……!!」
「「えぇっ!?」」
「ま、そんなに驚くのも無理はねぇな。気がついたら小さな草原で寝そべっていて……何でそこで寝ていたのかも……自分がポケモンだったのかも覚えてねぇんだ。唯一覚えていたのは自分の名前だけ」
彼が語る話にフィルド達は驚愕しながらある事に気付く。それは――コジョンドがフィルドと同じ記憶を失った者だということだ。さらにフィルドに至ってはある可能性を考えていた。それはコジョンドが記憶喪失になる前は人間だった可能性がある……と。真実を知りたいと思う逸る気持ちを抑えて彼の話が一旦区切れたタイミングを狙ってフィルドは質問をした。
「それじゃ……あなたは元人間だったりとか――」
「おいおいおい。話聞いてなかったのか? オレは元からポケモンだったのかも知らねぇって……だったら可能性は低いんじゃねぇか?」
「そ、そうですよね……」
フィルドが期待を込めて聞いたがあっさりと切られてしまう。確かに彼の話では人間という言葉は一つも出ていない。結局フィルドの考えは思い違いで潰えた。コジョンドは話すことが尽きたようなのか「さてと」と言って立ち上がった。
「少なくとも他の奴らには言うんじゃねぇぞ? オレ達の秘密だからな」
「あ、はい……」
コジョンドはフィルド達を笑顔で見下しながら口元に人差し指を当てる。フィルド達もポカンとしながらも頷いた。
「んじゃ、オレはこれで。本当にありがとな」
「あ、ちょっと待って下さい! せめて名前だけでも――!!」
去ろうとしたコジョンドの名前を聞こうと腕を伸ばしたフィルドは動きをピタリと止め、辛そうに彼の背中から目を逸らしながら腕を降ろす。一緒に見ていたエレナは口元を押さえ、ジュードは目を開きながら言葉を詰まらせ、リョウトは今にも泣きそうな、悲痛の表情に歪ませた。
彼らが辛そうにコジョンドを見る訳――それは彼の背中に痣があったからだ。背中いっぱいに広がった円型の赤い烙印は痛々しさを物語っている。誰が見ても目を逸らしたくなるくらいだ。一方の彼はフィルドの声に反応して動きを止め、顔だけを振り向かせた。
「オレの名前は……ユーヤ、聞いたからには覚えといてくれよ」
辛そうにしている彼らに理由をあえて聞かず笑顔で名前を答えたコジョンド――ユーヤは顔を戻すと交差点へと向かって再び歩き出した。
(なんだろう……どこかで聞き覚えがある声だったような……)
あの痣が強く印象に残ってしまったのか誰も口を開く事なく、笑顔で去ったユーヤをただ見ていたがフィルドだけは違う面持ちで小さくなっていく彼を見ていた。
そして彼の姿が完全に見えなくなって数秒後、すれ違うように見覚えのある姿が現れた。
「あ、フィルド、皆!」
「あ、キュベレー!」
その正体――キュベレーはフィルド達に気付いたらしく声を上げて走ってくる。そんな彼女を真っ先に見たのはフィルドで彼はもらった石を隠すように握っている右手を後ろに回す。エレナ達も彼女に気が付いたようで痣の事を記憶の片隅に追い立てる。
「こんな所でどうしたの?」
「まぁ……色々とね。キュベレーは今起きたの?」
「ううん。かなり経ってから起きたよ。ところでシンラ君は?」
「僕が起きた時にはまだ寝ていたけど……」
「まぁ、シンラの事だから今も寝ていそうだよ。誰かに起こされるまでな……」
キュベレーの質問にジュードがやや呆れ気味に答えるとフィルドは溜め息混じりに呟く。その言葉にこの場にいた全員が全会一致したように頷いた。
「あら。もう夕方になったみたいね」
空を見上げたエレナが気付いたように呟くとフィルド達もつられて見上げる。先ほどまで青かった空はいつの間にやら夕闇が支配していており、鮮やかなオレンジが彩られていた。
「本当だね。じゃあそろそろギルドに戻らないとね」
ジュードが促すと全員がギルドへと歩みを進めるが、フィルドは立ち止まる。
「……あのコジョンド……懐かしさを感じたけど……気のせいなのか……それにどうしてあんな重要な事を……」
誰もいなくなりつつある砂浜で一人呟きながらもらったブラットストーンを空に掲げると漆黒の石は夕日の光を浴びキラリ、と輝く。何故、彼は自身の秘密を初対面の自分達に教えたのだろうか、そしてあの喋り方に終始懐かしいと感じていたのはどうしてだろう……その光を見ながら考えたフィルドだが答えが見つからない事と遠くから自分の名を呼ぶ声が耳に入り、思考を中断すると先で待っている仲間達の所へ駆け寄りギルドへ戻ったのだ。