#43 リョウトの頼み事
遠征と言う長い行事を無事に終えた『プクリンのギルド』。勿論、遠征は事実上成功したのだが『トレジャータウン』の住人には遠征は失敗した、と伝える。この成果を聞かせて周りから落胆や同情の声を聞く羽目となったがユクシーとの約束を守るためならば不思議と苦に思わない。
そして、ギルドに帰ってきた次の日――
――プクリンのギルド――
ここは『サンライズ』の部屋である。いつもなら朝礼がありロビーに行ってるため誰もいないが今日は全員揃って部屋にいたのだ。 何故か? それは遠征が終わって全員が疲れているため仕事を休んでもいいと言われたからだ。ちなみに遠征から帰ってきた次の日は決まって休みらしい。いつもとは違い未開の地へ赴き気を張っていた分、無事にギルドへ帰れた時に疲れがどっと来るのだろう。
「さて……今日は何をするかな……」
壁に寄りかかっているフィルドは欠伸をしながら天井を見上げた。現在時刻はお昼を過ぎたところである。眠そうに眼を擦るフィルドもまた休みを利用して午前中いっぱい寝ていたのだ。無論、彼だけでなく他のメンバーも寝ていたが。
ちなみに起きているのはフィルドと起きたばかりでぼうっとしているリョウト、グミを頬張っているエレナである。
「なんか仕事がないと暇よねー」
「そうだな……いつもならダンジョンに行って依頼をこなしているところなんだよな」
本来ならダンジョンにいるはずなのだが何もしないで部屋にいるだけではやはり違和感があるようだ。
「あのー、失礼します」
するとドアから丁寧な口調で話す声が聞えゆっくりと開かれる。フィルド達はドアの方へ視線を移した時には開かれており入り口ではフウが立っていた。(ただし、フウ自身は浮いている)
「フウ先輩、どうしたんですか?」
「エレナさんに用があって……」
「私に……ですか?」
どうやらフウはエレナに用があって部屋まで来たようだ。その表情は心なしか弱弱しく見える。
「はい。宅急便の方がお見えになってますよ……ゴホゴホっ」
「あ……! 分かりました! 今行きます!!」
フウの用件を聞いた途端、エレナは弾かれたように席を立ち少量のポケを持って部屋を出ていく。フウはエレナが出ていったのを見届けると「失礼しました」と言い部屋を後にした。
「フウ先輩……風邪引いたのかな……」
「……あ、そうだ!」
しばらくドアを見ていたフィルドだがここで覚醒したらしいリョウトが思い出したように声を上げたことにより彼の方へ顔を向ける。
「フィルド……ちょっとお願いがあるんだけど……」
「お願い? あぁ、別に構わないよ」
「ありがとう! えっとそれじゃ……『海岸』に行きたいんだけど……」
「分かった。あ、ちょっと待って」
リョウトの頼みにフィルドは了承すると近くにあったメモ用紙に何かを書き始める。どうやら置き手紙を書いているようだ。
「……よし。じゃあ、行くか」
二人は頷くとまだ夢の中にいるキュベレー達を起こさないように慎重な足取りで部屋を後にした。
――部屋にいる皆へ。俺とリョウトは『海岸』にいるから何かあったら手間をかけさせるけど来てくれ。
フィルドより――
★
「毎度ありがとうございます! 今後とも『ペリッパーマークの宅急便』をよろしくお願いします!!」
ぼく達がギルドを出ようとするとハキハキした声で喋って飛び立ったペリッパーが目に入った。鍔がついた白い帽子を被っているから……ひょっとして宅急便のポケモンかな?
「あら、二人してどこか出かけるの?」
「まぁね。……ところでエレナの脇にある“それ”はなんだ?」
先程ペリッパーに受け答えをしていたらしいエレナが僕らに気づいて話かける。……てことはやっぱりさっきのペリッパーは宅急便の方だね、うん。
するとフィルドが首を傾げながらエレナに質問をする。彼の視線はエレナの脇にある白い棒のようなものに向けられた。彼女より二回りぐらい大きいそれは……白くて縦長く、布製の取っ手が横についていてさらに、上にはチェーンのようなものがついていて――え? ……これってもしや――
「「サ、サンドバッグ!?」」
「そうよ♪ せっかくだから故郷に届いてたものをこっちまで配達してもらったわけなの」
僕とフィルドの声がハモるとエレナは嬉しいそうに話す――なんだかいつも以上に生き生きして見えるのは気のせいにしておこう。
「そ、そうなんだ……」
「そう言うこと。……ところで二人はどこへ行くの?」
「ちょっと『海岸』に」
「へぇ……あ、それなら私もついていっていいかしら?」
どうやらエレナも行きたいみたい……とここでフィルドが僕にどうするんだ、っていう目で見てくる。まぁ……そんな大した事じゃないから一緒に来ても問題はないよね。それに……彼女がついてくる理由は大方目に見えているけど。
「ぼくは大丈夫だよ」
「俺もリョウトがいいなら大丈夫だよ」
「なるほどそういう事ね……とりあえずありがと!」
ふとエレナが笑みを深めた気がする。もしかするとこれは――
「……『海岸』に行くのはリョウトの用事で行くわけね」
やっぱり読まれていたっぽい。流石エレナ……鋭いよ。
★
――海岸――
エレナを加えたフィルド達は『海岸』へとついた。波打ち際まで来る小波の音はきれいだがそれに混じってチェーンが鳴らす音が見事にマッチしてしている。ちなみにチェーンの音はエレナが木に引っかけたサンドバッグを蹴る度に奏でていた。
「で……お願いってなんだ?」
「うん。実は……技を教えてもらいたんだ」
「わ、技ぁ? ちょっと待って……」
フィルドは声を若干上ずらせると腕を組んで考える。
(俺が覚えるのは……“波導弾”に“はっけい”、“真空波導弾”……まぁ、“電光石火”は覚えているから外すとしてどれもリョウトには無理なんじゃ……)
自身が覚えている技を手当たり次第思い浮かべても手や腕を使っているため、四足歩行であるリョウトにははっきりいって無理に近い。
「あ、技名を言ってなかったね。教えてもらいたいのは……“真空斬り”なんだ」
「……へ? あ、あぁ……そうゆうことか……あれなら使えるよな……あ、でも」
リョウトが思い出したように告げた技名に一瞬話が追い付かず目をぱちくりさせたフィルドだが理解したのか納得したような声を上げた。しかし何かに引っかかったのかすぐに首を傾げる。
「“真空斬り”って確か技マシンで覚えられるよな? なのにどうして俺から教わろうとしてるんだ?」
フィルドの言う通り、元々覚えているという例外もあるが“真空斬り”は技マシンから覚えるものである。また、汎用性が高いためどんなポケモンでも扱える事が出来る万能技なのだ。ならば教えるよりは技マシンを使った方が楽で早いはず。それなのにわざわざ教わる必要があるのだろうか……フィルドにはそんな疑問が浮かんでいた。
「うーん……確かに技マシンはダンジョンに落ちているのを拾えばいいけど……毎回落ちてるっていう事はないんだよね。……だったら出るまで通いつめるより、聞いて教えてもらった方が確実だろうな、って思ったんだ」
「確かにあれはランダムだからな……運がないと欲しいのが拾えないんだよな……よし、分かった! 教えるよ」
「本当に!? ありがとう!」
ダンジョンに落ちている道具はどんなものなのか入ってみない限り検討はつきづらい。また分かったとしてもリョウトが言った通り必ずしも落ちている可能性も高くないのだ。以上の二点から納得したフィルドが承諾すると嬉しかったのか、リョウトはパッと笑顔を開かせる。
「さて……まずは見ていて」
フィルドは手本を見せるため海に体を向け真っ直ぐ見つめる。すると彼の周りに白い刃が形作られていき――
「“真空斬り”!!」
技名を叫ぶと刃は前方へ飛んでいき、上昇気流を受けて上向きに運ばれて消えていった。
「すごい……」
「今回は敵がいないから前方へ飛ばしたんだけどな。ちなみにコツはつむじ風をイメージするような感じだな……じゃあやってみなよ?」
リョウトは頷くと前に出てフィルドと同じように海を真っ直ぐ見る。
(つむじ風をイメージ……するんだよね)
フィルドからのアドバイスを頭の中で反芻しながらさらに集中すると白くて小さな刃がリョウトの周りを舞い始めた。
「お、いい感じじゃないか? そのまま前に飛ばすように――」
と言いかけフィルドは眉をひそめる。何故ならリョウトの周りを回っていた刃が彼の尻尾に集まってリングを形成していたからだ。
「フィルド? どうしたの?」
しかし技を覚えようとしている本人は自分の身に何が起こっているのか分かっていないようだ。況してやフィルドが眉をひそめている理由も思い当たるはずもなく首を何度も傾げた。
「ん? あ……あぁ、ちょっと考え事をしていたんだ。あともう一回刃を出してくれないか?」
慌ててごまかしたフィルドにリョウトは特に深入りすることなく「分かった」と頷くと再び刃を形成するのに取りかかる……が、結果は一回目と同じで作ってから数秒も経たずに彼の尻尾へと集まってしまう。
「リョウト……力んでないか?」
「え? そんなには力を入れてないけど……」
リョウトの答えを聞きフィルドは難しい表情を浮かべながら状況を整理しようとする。フィルドが予想した形になっていない事にどうすれば良いのか、どうしても悩んでしまう。
(さっきのからしてみるとリョウトは体に力を入れてないらしいな……いやあるいは無意識に入れていたか……どっちにしろあの状態だと技を撃てないよな……! そうか!! ならいっそうのこと尻尾に集まった“真空斬り”の刃を――)
「……フィルド? ひょっとしてぼくには……向いていないの?」
何かを閃いたように顔を上げたフィルドだが目の前に映ったリョウトはやや諦めたような顔つきを浮かべている。彼からしてみれば考えを纏めるため自分の世界に入っていたフィルドが教えることは無理だと悟り黙っていたと見えていたのだ。
「あ……いや……そうじゃなくて……ちょっとアレンジをしてみようかと思って」
「ア、アレンジ?」
「あぁ。実はリョウトの“真空斬り”は俺みたいに周りに刃が出来るんじゃなくて……複数出来る前にエネルギーが尻尾に集まっちゃうんだ」
「え? そうなの?」
フィルドの説明に自分の尻尾を見て確認しようとしたリョウト。だが、技のエネルギーはもう尻尾に纏まりついていなかった。
「まぁ……とりあえずさっきみたいに作ってくれないか?」
「うん……」
リョウトは軽く頷き再び海を真っ直ぐ見て集中をしてみた。すると先ほどのように白い刃が作られたが、やはり白い刃は彼の尻尾へと流れていきリング状へと変わっていった。その様子にリョウトは完全に釘づけ状態となっていた。フィルドはそんな彼を気にせずに次の指示を出す。
「よし。そのまま飛ばしてみて」
「えっ……わ、分かった」
フィルドの声を聞きリョウトは我を取り戻したように前を向いて少し考え込む。どうやら飛ばし方を考えているようだがそれもすぐに決まったらしく真剣な顔つきへと変わる。そしてその場で横回転をして刃を飛ばした。尻尾から離れた“真空斬り”は――否、エネルギーを束ねた大きめの刃は海に小さな軌跡を残し真っ直ぐと迷うことなく飛んでいった。
「うん、これはこれでいいな」
「今の……すごいわね!」
海を滑るように飛んでいった技を見てフィルドは感嘆を漏らしているとサンドバックを持ったエレナが彼と同じように感嘆の声を上げながら近づいてきた。
「あ……エレナ。サンドバックはもういいの?」
「えぇ。ところで……さっきの技は新しく生み出したの?」
「あぁ。“真空斬り”の派生……みたいなやつかな。それとリョウト。技名は君が考えるんだよ」
「うん。分かった――」
と言いかけリョウトは突如身構える。彼が見ている方向はエレナが先程までサンドバッグを蹴っていた場所にある草むらである。
「……フィルド」
「言わなくても分かっているよ……」
フィルドも何かを感じたらしくいつでも動けるように構えながら草むらを睨む。一方のエレナは身構えた二人と草むらを交互に見たが――
「――!!」
乾いた音を奏でながら草むらが揺れたことにより持っていたサンドバッグを降ろして二人と同じく身構える。草むらの音と揺れは徐々に大きくなり――ついに正体を現す。それは薄紫色の体に体長がフィルド達よりも大きい。左足には橙色のアンクレットがついており腕の体毛は手先の覆いかぶさるように長く二対の髭が特徴のポケモン――コジョンドが頭を下げながらふらついて出てきたのだった。