#42 『霧の湖』のお宝
「や、やったの……?」
グラードンが地面に突っ伏して数秒後、キュベレーの緊張した声が辺りを響かせる。グラードンからは立ち上がる気配すらないのが徐々に実感していき――
「「「……はぁー」」」
先程までの緊張感から一気に解放され、フィルド達は空気が抜けたように地面に座った。
「ふぇ……一時はどーなるかと思ったよ……」
「だな……シンラ。あの時アシストしてくれてありがとう」
「ん、どういたしまして♪ フィルドのジャンプじゃ届かないと思ってな、つい手を出しちまったよ」
シンラが言った事にフィルドは声を詰まられた。その様子を見て他のメンバーはクスクス、と笑う。ただ一人、表情を緩めないエレナを除いて。
「フィルド……ちょっと、というよりかなり気になる事柄があるのだけれど……いいかしら?」
「……あぁ、さっきの戦闘のことか?」
厳しい表情で開口したエレナにフィルドの顔も自然に引き締まる。彼女はおそらく先程のグラードンとの戦いでフィルドが剣を扱っていた事が気になったのであろう。それが指し示すかのように紅い双眸は蒼い剣を捉えていており、彼女が求めている事が分かった。勿論、疑問が生まれたなら答えを知りたいという興味は自ずと周りに伝染していく。戦いが終わった安心感に包まれていたキュベレー達も今はエレナに問われたフィルドの答案が気になるようで視線は彼へと向けられていた。
自然と注目が集まってしまったフィルドもどう説明すべきか、迷ってしまう。しかし、コバルオンの力を使うということは遅かれ早かれキュベレー達に知られる可能性は確実にある。いずれは伝えようとは心に決めていたものの、こんなにも早くしかも相手から切り出してきたのだ。だとすれば言うしかない、と決心して話そうとした時――グラードンが突如光始めた。
「「うわぁっ!?」」
「「きゃあっ!?」」
邪魔者はあまりにも突拍子にそして力強く発光したためやむを得ず話を中断しフィルド達は咄嗟に目を覆う。
「まさか爆発すると――」
「はぁ……!? んなフラグたったら俺達終わりじゃないか!」
「漫才やってる場合じゃないってば!!」
シンラの発言に全力で突っ込むフィルド、それを漫才と勘違いしたジュードの言葉が飛び交う。いずれも予想していなかった状況に混乱しているのか、また目を覆っているためそれぞれの存在を確認出来ないのか、やけに声を張っている。そうしてる間にも光は徐々に弱くなっていき彼らはゆっくりと目を開くが――
「「「……!」」」
全員が目を大きく見開いた。なぜなら先ほどまで倒れていたグラードンが忽然と姿を消していたのだからだ。
「お、おいおい……さっきのはま、まさか幽れ――」
「シ、シンラ君!?」
シンラが放った一言に今度はキュベレーがものすごい勢いで彼に振り返る。幽霊やら怪談が大の苦手な彼女はシンラが言い切っていないのにも関わらず過剰に反応してしまう。
「それはないと思う。さっき斬った時に手応えを感じたし……」
「じゃあ、あれは――」
「――あれは本物のグラードンではありません」
「「「っ!?」」」
誰もが思っていた疑問を答えるかのように落ち着いた声が響いてきた。その声にフィルド達は咄嗟に身構える。
「ほ、本物じゃないだってぇ!? てかそれ以前にお前は誰なんだ!?」
「……私はユクシー。この『霧の湖』を守っている者です」
「「「!!」」」
シンラの質問に答えた声にフィルド達は驚きの表情を隠せなかった。フィルド達の目的は『霧の湖』の探索を含めて私事ではあるがユクシーに会うことも入っていたのだ。意外にも早く、しかも相手側から明かしたためフィルドは逸る気持ちを抑えながら姿が見えないユクシーに話し掛けた。
「ユクシー……俺達はあなたに話が――」
「――今すぐ立ち去りなさい」
しかし、有無を言わさずユクシーが開口する。口調は穏やかでも言葉の一つ一つが荘厳さと冷たさを含んでいるような言い方に彼らは反射的に身震いをしてしまう。
「ちょっと待ってください! 私達は確かめたいことがあって……」
「……確かめたいこと?」
「はい……その前にわたし達はお宝を求めて『霧の湖』まで来ましたけど……それが取ってはいけないものならいらないです! それにわたしは……ここまで辿り着いた事がすごく嬉しいんです!」
ここでキュベレーは前に出ると臆さずに自分の想いを話し始めた。そこにいたのは先程のシンラの言葉や初見でグラードンに怯えていた彼女とは違う。目に見えない者に恐怖を持ちながらもしっかりと立ち、主が消え筒抜けになった道をまるでそこにいる者を見据えるように真っ直ぐ見つめながら語っていた。
ユクシーは彼女の話に終始口を挟まず静かに耳を傾けていた。やがて――
「……分かりました。あなた方を信じましょう」
ユクシーはキュベレーの気持ちが嘘ではないことを感じたようだ。するとフィルド達の前に黄色の光が周りから集まってきて再び発光する。しかし、グラードンが消えた時に発したものよりはかなり弱かったため、フィルド達は目を瞑らずに済んだ。
光が弱まり完全に消えた頃、そこには黄色の頭部に額には紅い宝石、二股の尻尾を持ったポケモンが――ユクシーが姿を現した。背丈はフィルド達よりは小さいが自分達とは違う次元にいそうな雰囲気に思わず畏怖の念を抱いてしまう。そんな事は知らずかユクシーは口を動かした。
「私についてきてください」
そして踵を返すと奥の方へと移動を始める。ユクシーの声に我に返ったフィルド達は先に進んだユクシーを慌てて追いかけた。
――霧の湖――
ユクシーを追いかけた『サンライズ』。その道中は戦闘した時と変わらず岩肌がバリケードのように立っていたがそれも目的地に近付くにつれ小さくなり、開けていく。先程の岩場にいた時は目と鼻の距離ぐらいあったが実際歩いてみるとかなり距離があった事が分かった。
「「「うわぁ……」」」
ユクシーが動きを止めた場所に着いたフィルド達を出迎えたのは大きな湖と夜を告げるため沈んだ夕日が残した山吹色の光の名残だった。と、ここでユクシーが振り返る。
「暗くて見づらいかもしれませんが……ここが『霧の湖』です」
説明をしたユクシーは譲るように道をあける。フィルド達は譲ってくれたユクシーに感謝しつつ畔まで近づいた。
「うわぁ……すごくきれいだね!」
「うん……水も透明で底まで見えるね」
「すげぇ!」
キュベレー、リョウト、シンラが湖の美しさに短めの言葉で率直に表す。他のメンバーは湖の美しさに見惚れてしまって感嘆の息を漏らすばかり。それほどまでこの場景は、湖に映る夕日の反射光は美しく瞼の裏にこびりついた。そんな彼らにユクシーは湖の説明を始めた。
「ここは地下からの水が絶えずに湧き出ているためこのような大きな湖を形成しているのです。それから――」
ここで説明を区切るとゆっくりと指を指した。フィルド達もつられてその方向を見ると、見計らったようにユクシーが再び口を開く。
「中央に見えるあの光をご覧になってください」
ユクシーが指を指した方向は湖の中央である。そこには薄暗くなった景色の中で異彩を放っているような、青緑色の光がぼんやりと光っていた。フィルド達はユクシーに言われるがままその光を目を凝らして見る。
「……なんとなくですが、歯車のようなものが浮いているように見えました」
「わたしも……あと、幾何学的な模様が周りにあるようにも見えたかな」
偶然、前にいたフィルドとキュベレーは光の中に歯車のような物を見つけたようだ。
「マジか!? オレ見えないからさ代わってくれよぉ!」
「分かってるよ……但し、交代制な」
両翼を前に揃えてお願いをするシンラにフィルドとキュベレーは一番前から退く。すると、シンラは前に乗り出して目を凝らし始めた。ちなみに隣にいるのはエレナだ。そして、少し経ってから今度はリョウトとジュードも同じように前へ行き光を見ていたが――どうやら見えたのは皆同じのようだった。その事を聞いたユクシーは頷くと話し始める。
「皆さんが見た光……その中に歯車があるようだとおっしゃいましたね? あれは――いえ、あれが時の歯車≠ナす」
「なっ……」
「嘘……」
「あれが……時の歯車=c…!?」
「マジかよ!?」
「えぇ!?」
「あの歯車みたいな形をしているのが……」
ユクシーの言葉に全員が驚愕の表情をした。
――――時の歯車=Bそれはこの世界の時間を司ると呼ばれているモノ。時が止まった『キザキの森』にも安置されていた、絶対に取ってはいけない神聖なるモノ。
場所は離れていようが不思議な模様に守られ悠然と浮いている歯車に全員二の句が続かない。そんな中、フィルドは歯車を見て妙な感覚を感じていた。
(……なんだろう……あの時の歯車≠見ているとドキドキする………)
「私は時の歯車≠守るためにここに来たポケモン達を追い払ってきました」
ユクシーの声にフィルド達は我を取り戻して振り返る。するとユクシーはフィルドを指差して……スッと右側へ動かした。彼らも指を追って斜めを見ると――
誰もいなかった所に消えたはずのグラードンが立っていたのだ。
「――っ!」
「きゃあ!?」
「で、ででででたぁぁあ!!」
「わわっ!?」
突然の事にエレナは険しい顔をしながら身構え、キュベレー、シンラ、リョウトは驚きながらバックステップをして距離をあけたが、一方のフィルドとジュードはその場から逃げずにグラードンを見上げる。そしてジュードがおもむろに口を開いた。
「なるほど……つまりあなたはグラードンの幻影を創って追い払っていた――と言うことですね?」
「その通りです。勿論、ご本人からは許可はとってありますよ」
グラードンが幻である事が分かりエレナ達は戦闘体勢を解いた。しかし、ユクシーの証言からして本物もいるようでもし先程の戦いで本人だったら――そう考えるだけでもフィルド達は身の毛が弥立つのを感じた。
「でも――」
ここで黙ってグラードンを見ていたフィルドも続くように口を開く。ユクシーは「何でしょう?」と体をフィルドの方へ向けた。
「俺達のようにこのグラードンを倒してきた者達も少なからずはいたはず……そうした場合はどうやって追い払ってたのですか?」
「……その場合には私が記憶を消して『霧の湖』の秘密を外部に漏らさないようにしてました」
「「「っ!!」」」
ユクシーの言葉に全員目を開く。そして『高原の麓』での会話が頭を過った。
*
『はい……実は『霧の湖』にはユクシーという珍しいポケモンがいて……湖を守っていると言われます』
『『『ユクシー??』』』
『そう言えば本で見た事があります。確かユクシーは目を合わせた者の記憶を消してしまうんだとか』
*
(……どうやら本当らしいな。つまりユクシーはグラードンの幻影と記憶を消す力でお宝を――時の歯車≠守っていたんだな……)
「……あ! そうだった……まだ確かめたい事が!」
するとキュベレーは思い出したかのように声を上げた。そのためか全員の注目を浴びる事になったが気にせずユクシーに質問をなげる。
「ユクシーさん。その……ここに人間が来たことはありましか?」
「……人間、ですか……なぜそのような事を?」
内容を聞きフィルド達は忘れ掛けていた目的を思い出す。一方のユクシーは質問の趣旨が分からず首を傾げながら聞き返す。そのため、フィルドは前に出てユクシーに素性を明かす事にした。
「俺は今はリオルなんですけど……元は人間だったんです」
「えっ……人間……!?」
「それに……記憶がないんです」
「記憶が……ないの、ですか……」
「はい。それであなたは記憶を消す――と言ってたのでもしかしたら俺は人間の時に『霧の湖』に来て記憶を消されたんじゃないかと思ったんですが……」
フィルドの話を驚きつつもユクシーは話に耳を傾けた。そして記憶の糸を手繰るようにじっと考えこみ、やがて頭を振る。
「……いえ、残念ながらここに人間は一度も来てません。それに記憶を消せると言っても私が消せる範囲は『霧の湖』の事だけなんです……」
「そうですか……」
ユクシーから語られた事に手がかりはなかった。フィルドは少し残念そうな表情を浮かばせながら俯く。
「お役に立てなくて申し訳ありません……」
「あ、いえいえ、そんな事はないですよ!」
頭を下げてきたユクシーにフィルドは慌てて手を振った。そんな事をしている最中――
「なるほどねぇ。お宝が時の歯車≠カゃあ持って帰る事は出来ないよね♪」
フィルド達にとって聞き覚えがある陽気な声が真後ろから聞こえてきたのだ。その場にいる全員が振り返ると――そこにはにこやかに歩いてくるサクヤの姿があった。
「……あの方は?」
「サクヤさんです。僕達のギルドの親方を務めているんですよ」
ユクシーは突然現れたサクヤを警戒して少し身構えたがジュードの説明によりすぐに解く。一方のサクヤはというと――
「わぁあ、キミすごいねぇ! よろしくね、トモダチトモダチー♪」
グラードンの幻影に臆する事なく親しげに話しかけていた。相変わらずのフレンドリーなサクヤにフィルド達は思わず苦笑いをしてしまう。その光景を見ていたユクシーだがゆっくりと湖の方へ体を向けて静かに呟く。
「……そろそろですね」
「「「??」」」
あえてフィルド達に聞こえるように言った言葉は当然彼らの耳に入りユクシーに視線を向かせた。瞬間――
「「「――!!」」」
その場にいた全員が目の前に起きた現象に釘付けになっていた――。
「おい! 奥に誰かいるみたいだぜ!!」
「あれは……『サンライズ』の皆さん……?」
ちょうどその時フィルド達を追っていた兄弟子達が走ってきたのだ。奥で佇んでいる姿がフィルド達と分かるとペラトはものすごいスピードで彼らの元へ向かっていった。
「お、お前達! 無――」
「無事か?」と言いかけたペラトはあるものが視界に入りフリーズしてしまう。そして――
「ぎょ……ギョエエエエエエエエエェ!!!」
何か恐ろしいものでも見つけたような絶叫を上げながら後退った。他の兄弟子達もようやく追いついたがペラトの様子がおかしい事に訝しげてる。しかし、ある者を見た瞬間、彼らも同じくフリーズした。
「あ、あれって……グ、ググググググラグラ――」
「ハッキリ言え! グラードンって!!」
彼らが固まった理由……それは彼らの前――正しくは斜め前――に伝説のポケモン、グラードンが立っていたからだ。但し、これはユクシーが創った幻に過ぎないのだが後から来た彼らが知る由もなく。
「きゃーーーーーーー!?」
「ギィヤァァァァァ!!」
「あ、あっしは食べてもお、おおおいしくないでゲスよぉぉぉぉ!?」
蜃気楼のように儚い偽物を本物だと信じ込んでしまいパニックに陥る。だがその状態もサクヤののほほんとした声で治まった。
「あ、皆も来たんだねぇ」
「ギャァァァ――って親方様ぁ! なんで呑気にいられるのですか!?」
「ちょうどよかった! 今始まったばかりだよ♪」
会話は恐ろしいほど噛み合っていないが、そんな事とは知らずサクヤは湖の中央を指差した。ペラト達はつられるようにその方向を見ると――全員が静かになった。
彼らの目に映ったのは――湖が噴出している光景だった。さらに周りではイルミーゼがバルビードを誘導し、バルビードの"蛍火"が彩りをつけ、そこへ噴水と共に上がった時の歯車≠フ淡い光が内側から照らし見事な光のグラデーションを作り出す。それはいつの間にか真っ暗になった夜空に相まってさらに美しい風景を作り上げていた。
――なんてきれいなんだろう――
自然とポケモンの技が織り成された幻想的な風景を見た誰もがそう思っていた。
「きれいだね……」
「だな♪」
「ここに辿り着くまで苦労したけど……それも忘れてしまいそうだわ」
「そうだね……皆と一緒に見れてすごく幸せだよ」
リョウト、シンラ、エレナ、ジュードが噴水を見ながら呟く。彼らも目の前に広がる風景の美しさに見惚れていたのだろうか、それ以上は口を開く事はなくただ見ていた。
「……ねぇ、フィルド?」
「なんだ?」
「ひょっとしたら『霧の湖』のお宝ってこの風景なのかもしれないね」
「そ、そうだな……」
キュベレーを横目で見たフィルドだが光に照らされた彼女の横顔があまりにもきれいで――儚く見えてしまい、慌てて視線を噴水に戻した。
(……不思議だな。あれを……時の歯車≠見ていると落ち着かないというか……こんなにもドキドキするんだろう……)
中央で映える歯車にフィルドは自分が感じている事について考えたが答えは全く出てこない。そして、これ以上考えても無駄と結論づけた彼は仲間達と共に『霧の湖』のお宝をしっかりと目に焼き付けるのであった。
「今日は本当にありがとう♪ とっても楽しかったよ♪」
噴水と光の演出を堪能したギルドのメンバーはユクシーに向かい合っていた。ちなみにお礼を述べているのは親方であるサクヤだ。
「私はあなた方を信頼しますので記憶を消しません。なので『
霧の湖』の事を誰にも言わないでもらえないでしょうか?」
「もちろんだよ! 最近は時の歯車≠盗む輩もいるみたいだからね……『プクリンのギルド』の名にかけて絶対に誰にも言わないよ!」
サクヤが力強く言うと弟子達も続くように頷いた。その様子を見て安心したのか、ユクシーは「ありがとうございます」と言って頭を下げた。
「ペラト!」
「はい! ……それじゃ皆! ギルドに帰るよーー!!」
「「「おぉーーーーーっ!!!」」」
ペラトの号令によりメンバーは元気な掛け声を出し、『霧の湖』を後にした。ちなみに夜だったためベースキャンプで一拍してからギルドに向けて出発したのはまた別の話――。