#41 伝説のポケモンとの戦い
グラードンが雄叫びを上げたのと合わせて日差しが急に強くなる。それは天候を操る特性、“日照り”が発動したのを意味しており誰が操ったのかフィルド、エレナ、シンラは知覚を通じて理解する。しかし、三人が知っている当事者が開口した言葉は彼らの裏を返す事となる。
「この特性……わたしが出しているのと違う」
「「えっ……!?」」
「それじゃあ……これは相手側が出したという事ね……!」
今起こした現象を否定したキュベレーにエレナが誰が“日照り”を使ったのか理解する。彼女の言葉が暗示するのはキュベレーの第三の特性≠ノよって発動したものではないとの事。ではその相手側とは誰を指すのか? それはたった一人でフィルド達の前に立ち塞がっているた巨躯の主――即ちグラードンが発動した事を意味していた。
「かつてその咆哮と共に現れたかの者は日差しを強めて大雨によって作られた水を蒸発させて大地を創り上げた……これはグラードンが持つ特性を示唆していたんだ……」
ジュードが思い出したように呟いた言葉が一同をさらに納得させる。もし、彼が言ったのが本当ならグラードンは湖やら海を干からびさせる力が備わっているとも言える。ここまで聞いてしまうと目の前にいる者の凄さにフィルド達は「戦うべきじゃなかっただろうか……」と怖じ気付いてしまいそうになる。だが、相手側の挑発を買ってしまったからにはもう背中を向ける事は叶わないだろう。そうしなくても『霧の湖』という単語が耳に入ってしまったグラードンは自分達を徹底的に叩きのめすだろうが。
「とにかく戦うからには何とかしないと……“手助け”!」
「悪いな、リョウト……さて小手調べと行くか、“波導弾”」
「私も続くわ! “グラスミキサー”!」
“手助け”の力を得たフィルドとエレナは手始めに十八番の技でグラードンを攻撃するがグラードンはそれらを自身の太い腕を交差させて威力を和らげる。
「これで終わりか? ならこちらから行くぞ! “マッドショット”!!」
腕を降ろす間にグラードンは口に泥を溜めて、一気に放つ。フィルドとエレナはそれを素早くかわし、入れ替わるようにキュベレーとリョウトが前に出て技を繰り出す構えに入る。
「お願い! “炎の渦”!」
「“シャドーボール”!」
「甘い! “マッドショット”!」
あらかじめ“瞑想”を使ってさらには“手助け”と日差しの力によって高威力となったキュベレーの“炎の渦”ともうげきの種を食べて特攻を底上げしたリョウトの“シャドーボール”、グラードンが再び放った“マッドショット”が真ん中ぐらいでぶつかった。二人の技とグラードンが単独で出したの技の威力が互角だったのか、やがて中規模の爆発が起きた。その際に発生した煙と砂塵がキュベレー達を襲う。
「二人とも待ってろ! 今晴らす!」
煙に包まれた二人を助けるためにシンラが上空から“霧払い”を使い煙を吹き飛ばす。しかしそれは煙によって隠れていた姿が技によって晴れた事により露になりグラードンに居場所を知らされる事へと繋がってしまう。キュベレーとリョウトの姿を確認したグラードンはそこへ巨大な爪を降り下ろす。
「で、“電光石火”!」
「うわっ!?」
視界が晴れて、巨体な爪がこちらをめがけて降り下ろされるのを目の当たりにしたキュベレーとリョウトは慌てて“電光石火”を使いその場から離れようとするが――
「きゃあぁ!?」
「うわあぁ!!」
降り下ろされた瞬間に生み出された風圧により、フィルド達が立っている場所へ吹き飛ばされてしまった。
「キュベレー、リョウト!」
フィルドがキュベレー達の名を呼ぶ頃には受け身をとれず彼女達は地面に叩きつけられていた。
「大丈夫!?」
「う、うん……なんとか」
「平気だよ……」
ダメージは受けたもののなんとか立ち上がれた二人にフィルドは安堵の溜め息をつき、グラードンを見上げる。グラードンはというと腕を元の高さに戻して大空に向かって咆哮を上げていた。まるで闘志でも燃やしているかの如く――。
「今がチャンスだな!」
吠えているグラードンは攻撃出来ないと踏ん切りをつけたのか、シンラは上空からグラードンに向けて急降下していく。そして――
「“燕返し”!」
スピードを借りて勢いのある“燕返し”がグラードンの脳天に直撃する。だが――
「んな……き、効いてねぇのか!?」
「それで終わりか?」
ろくにガードせずにシンラの攻撃を受けたグラードンだが、痛くないのか口の端を小さくつり上げて笑うと巨大な手でシンラを払い除けた。
「ぐわ……っ!?」
「「「シンラ(君)!!」」」
シンラは技を打った後の隙が出来てしまい為す術もなく反撃に遭い、近くの岩に激突してしまう。
「次はまとめて始末する!」
「あれは――いけない!」
シンラへ近付こうとしたフィルド達を見て、グラードンは突如ジャンプをしたのだ。高さはともかく一体何のためにジャンプしたのだろうか。動きを止めたフィルド達はそんな疑問が過ったがエレナは何かを察したのか切羽詰まった声を上げる。だがその間にもグラードンが地面に着地して――刹那、地面が大きく揺れた。
「「「うわあぁぁぁぁ!!」」」
「「きゃあぁぁぁぁ!!」」
フィルド達は必死で耐えていたが一向に収まる気配がない。しかも――揺れが異常に大きいのだ。まるで巨大地震の震源が真下にでもあるように。その大きさに耐えきれず地面には小さな亀裂がいくつも走り、周りの岩は皹が入って次々と落下していく。そうして舞い上がった砂ぼこりにより再び視界は閉ざされた。
そして砂ぼこりが収まった頃――
『サンライズ』はフィルドとエレナ、リョウト以外戦闘不能となっていた。
「キュベレー……ジュード、シンラまで……」
「ほぅ。我が“マグニチュード”を耐えるとはな……」
肩で息をしているフィルド達にグラードンは敵ながらも感心した声を上げる。先程の地震のような攻撃は“マグニチュード”という技である。それは“地震”の廉価版と言ってもいいだろう。だからと言って大丈夫だと安易に考えてはならない技である。“マグニチュード”の怖さは数値によって威力が変わる事だ。もちろん、数値が高いほど威力が増す。
「“マグニチュード”……確かに強い……だけど――」
「何故相性に有利な草タイプの貴様を瀕死の状態に追い詰めた、か」
エレナの言いたい事を汲み取りグラードンは静かに語り出す。
「貴様らはどうやら我が
ただ天高く吠えたと認識していたようだな」
「吠えた……! まさか……あの時に能力を上げて……いたのか……!?」
フィルドが苦し紛れに言うと、いかにも、といい放つ。実はグラードンは“マグニチュード”を放つ前、虚空に向かって吠えている時“ビルドアップ”を使っていたのだ。そのため、相性が合って高威力となった“マグニチュード”へさらに拍車をかけたというわけだ。
「なるほど……なら、シンラの攻撃を……平気で受け止めたのも納得が、いくな……」
「フン……負け惜しみか。まぁよい。貴様らはここで終わるのだからな」
グラードンは動けないフィルド達の元――一番近くにいたエレナとリョウト――に近づくと巨大な爪を空高く上げた。
「うぅ……あ、あれは……!?」
ほぼ同時に先ほど戦闘不能だったキュベレー達が目を覚ます。どうやら復活の種がうまく働いてくれたようだ。だが、目覚めた彼らの眼下に映った光景は――仲間に巨大な爪を降り下ろそうとしているグラードンの姿だった。
「エレナ、リョウト君! 逃げてぇ!」
(あぁ……!)
(こ、ここまでなの……)
キュベレーが声を張り上げたが目の前にいるグラードンが行おうとしている行為にリョウトとエレナは動かずに腕を見上げていた。
あの爪から逃げねばやられる――迫り来る危機を本能的に感じてたが、逃げたくても体が悲鳴を上げて動くすらままならない。それだけではなくグラードンから発する威圧感により二人は金縛りにでもあったかのような感覚に陥ってもいたのだ。避ける術がない二人は目を強く瞑る。
(くそ……このまま諦めて、たまるかぁぁぁぁ!!)
だがフィルドだけは諦めていなかった。軋む体に鞭を打ち、エレナ達の所へ歩く。そして――
「行き過ぎた好奇心は己を滅ぼす事を身を持って知るがよい……さらばだっ」
「だめぇぇぇぇぇ!」
「力を貸してくれ――コバルオォォォォォォン!」
爪が降り下ろされるのとキュベレーが悲鳴を上げたのほぼ同時だった――――。
「「っ!?」」
が、耳に入ったのは引き裂く音とは程遠い金属音。また来るべき痛みがいつまで経っても来ない事を不思議に思ったエレナとリョウトは固く閉ざした目をゆっくりと開いた。
「な、なんだとっ!?」
「フィルド……?」
二人の視野にぼやけがなくなった頃、ほぼ同時にグラードンが驚愕し、キュベレーが訝しげた。驚いているグラードンの視線の先にいるのはフィルドである。彼は腕を交差させて爪を防いでいたのだ。しかも不思議な事に爪はフィルドの腕を突き刺していなかったのだ。
「な、なぜリオルが――」
「俺の顔ばかり見てると足元を救われるぞ?」
未だに驚いてるグラードンにフィルドは爪を思い切り弾き返すとバックから爆裂の種を取りだしグラードンの足元に向かって投げつける。地面に叩きつけられた衝動で爆発した種はグラードンを二、三歩ほど後退りさせた。
「二人とも、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ……」
「え、えぇ……でもフィルドこそ大丈夫なの?」
「あぁ、平気だ!」
後ろを振り返り答えたフィルド。その瞳は――いつもの赤色とは違い黄緑へと変わっていた。
「く……リオルが……“鉄壁”を使えるなど、聞いた事がないぞ……」
「「「えぇっ!?」」」
苦しそうに口を動かしたグラードンにフィルド以外は驚きながらフィルドを見た。全員の注目を浴び、フィルドはやや苦笑しながら銀色の腕輪にそっと語りかける。
(ありがとう、コバルオン)
“何、気にすることはない。本当ならば我が力を貸しても間に合わなかったのだぞ?”
(……そうだな。今回は俺の第三の特性≠ノ助けられたな)
そういい、フィルドは心の中でフッ、と笑った。ちなみにフィルドの第三の特性≠ヘ“悪戯心”である。この特性は変化技や状態異常にさせる技を使った際、素早さが上がるのだ。つまりフィルドはコバルオンの力を借りて“鉄壁”を使おうとした時、スカーフによって第三の特性≠ェ発揮し瞬間移動のように既に敵の目に移動してきたことらしい。その結果、爪はエレナとリョウトに当たることなく自身も腕を硬化させたため“切り裂く”を防いだというわけだ。
「みんなは休んでいて。後は俺がやるから」
フィルドはキュベレー達に背を向けるとグラードンを見据る。動揺しているとはいえ相手は伝説。自身もそれなりの力を見せなくては勝てるはずもない。ふぅ、と息を吐いたフィルドは自分の右腕を高く挙げて共に戦う者の名を呼んだ。
「コバルオン! 力を貸してくれ!」
「承知した!」
コバルオンは短めの返事をすると銀色の腕輪が青く輝き出す。その光はとても綺麗で後ろにいたキュベレー達は愚かグラードンまでも見入っていた。その光が収まる頃、フィルドの右手には蒼い刀――“思念聖剣”が握られていた。
「すごい……腕輪が剣になるなんて……」
「あれがコバルオンの力なんだね……」
「フィルドかっけぇなぁー」
蒼色に輝く刀身を目の当たりにしたキュベレー達はその美しさに状況を忘れて見入る。
「――高が武器を取り出しただけで状況が変わると思っているのか?」
不意に聞こえてきたグラードンの声により現実に引き戻されたキュベレー達はグラードンを見上げ、すぐに身構える。グラードンは“マグニチュード”を繰り出すためにその場に飛んでいた。
「皆、俺の周りに!」
着地する直前、フィルドはキュベレー達を呼び周りに集めた。全員が来たのを確認して彼はすかさず空いてる左手で緑色の防御壁“守る”を作る。それから数秒遅れてグラードンが放った“マグニチュード”が彼らを襲った。
「くっ……」
はじめに喰らったよりも強い揺れが地面を揺らし、その度にバリアが小刻みに震える。フィルドは肩で息をしながらも“マグニチュード”からキュベレー達を守っていたが――そこへグラードンが近付き“切り裂く”を放つ。
「た、頼む……もってくれ……っ!」
だがフィルドの願いは虚しく緑色のバリアに皹が入り崩れ落ちる。しかし、グラードンの白き爪は止まる事を知らずフィルド達を真っ直ぐと捉えていた。
「「うわぁ!?」」
「き、きたぁぁぁ!!」
「「――っ!?」」
“守る”を貫いた巨大な爪が迫り、リョウト、ジュード、シンラが叫び、フィルドとエレナが声にならない悲鳴を漏らし思わず目を瞑るが――
身を引き裂かれるような痛みは全く襲って来なかった。恐る恐る目を開けてみるとグラードンの爪が彼らの目と鼻の先で止まっていたのだ。
「ぐっ……何故だ……っ!?」
自分の身に何があったのか分からなかったのか、グラードンは苦虫をかんだような表情を浮かべる。
「グ、グラードンの動きが……」
「止まっている……?」
一方のフィルド達もグラードンが全く動かない事に首を傾げていたがキュベレーだけは違う面持ちでグラードンを見上げていた。
「よかったぁ……間に合ってくれて……」
「……どういう事なんだ?」
伸ばしていたらしい前足を降ろしながら安堵の溜め息をつき呟いたキュベレーにシンラは怪訝そうに見る。もちろん、フィルド達も似た表情をしてキュベレーに視線を送った。そんな彼らに戸惑いながらもキュベレーは説明をはじめる。
「うーんと……さっきグラードンの“切り裂く”がフィルドに当たろうとした時、“封印”を使ったんだよ」
「「“封印”??」」
「あ、そうか! だからグラードンの動きが止まったんだな!」
彼女の説明を聞きフィルドは納得し、復唱したシンラとリョウトもフィルドの結論を聞いて理解する。ちなみにエレナとジュードはというと“封印”と聞いただけですぐに状況が把握出来たため、何度も頷いていた。
「フィルド……この技はそんな長くは持たないから早く決めて」
「分かった。皆は下がっていてくれ」
すると先ほどまで口を挟まなかったエレナがフィルドを促す。彼は了承するとキュベレー達に指示を出す。彼女達は指示に従って下がった。
「コバルオン……いけるか?」
「我はいつでも準備はできているぞ」
フィルドの言葉にコバルオンはテレパシーではなく刀から直接答えた。フィルドは軽く頷くと刀を握り直して少し下がる。息をしっかり整え相手を見据えると――彼はグラードンに向かって走り出した。
ちなみにグラードンはまだ“封印”の効果が切れていないため動けない状態である。フィルドは踏み切りをつけ飛び上がるが――相手は身長三メートルもある大物。無論、助走をつけたフィルドのジャンプでは頭部に届くことすら叶わないに等しい。だが――
「ここはオレに任せろ! “吹き飛ばし”!!」
シンラがフィルドの真下に移動し、そこから技を使ってフィルドを煽いだ。
「シンラ……ありがとう!」
シンラが作った風を味方につけフィルドはさらに上へと飛び……ついにグラードンの身長を越えた。
「こいつで止めだ! “思念聖剣”!」
フィルドは右手で持っていた刀を両手で握り直しグラードンに向かって降下する。そして腕を挙げて――一気に降り下ろした。蒼い刃はグラードンの頭部から入り白い筋を刻みながら一刀両断にする。
「グオオオオオオォォ……ッ!!」
“思念聖剣”によって神経にダメージを喰らったグラードンは苦痛の叫びを上げてゆっくりと前のめりに――地面に着地をしたフィルドを押し潰そうとするように倒れていく。
「やばい……!」
フィルドは倒れてくるグラードンに圧倒されつつも“電光石火”を使い素早く離れる。遅れて数秒――ドスン、という重い音を立ててグラードンは倒れたのだった。