#40 決意
――熱水の洞窟――
フィルド達が入った洞窟――『熱水の洞窟』は水が地熱により温めれている。そのため、ダンジョン内の温度は高いが、水が蒸発する際に生まれる水蒸気のせいで湿度もまた高い。そのためまるでサウナのような状態となっていた。その中を歩くのは気分がいいものではない。発汗するために利用するならともかく、探検するために入るなら体に纏まりつく蒸し暑さが返って鬱陶しい。
「あぁーー、暑い暑い熱い厚い篤いあついアツいアツイ――A・TSU・I!!」
「うるさいぞ、シンラ……余計暑くなるから騒ぐな」
その中で苦しめられている探検隊が一チーム。暑いと連呼しているシンラにフィルドはジト目で見る。そんな事は知らず彼は連呼しながら自分の翼で仰ぐが効果はほぼないと言って過言はないだろう。一所懸命に仰ぐその羽毛は汗によりびっしょりと濡れていた。それは他のメンバーも一緒で彼らも汗だくになりながらも進む。
「やっぱり暑いのかなぁ……?」
ただ一人、キュベレーだけを除いて。嫌な顔をして歩を進める五人に彼女は理解出来ずただ首を傾げていた。
「暑いアツい……なぁなぁ、キュベレーは暑くねぇの?」
「ううん。ただちょっと湿気が多いなぁって思うけど」
「きっとタイプの性だよね……羨ましい……」
「いいなぁ……」
うんざりとした声色で問うたシンラにキュベレーはやはり首を傾けて答える。炎タイプ故暑い場所にいて平然としている彼女に彼とやり取りを聞いていたリョウトは羨望の眼差しを向けるのだが、遠くから野生のポケモンの声が聞こえたため視線を外して警戒すると案の定、彼らの進行方向から敵が近付いてきた。敵は暑さを物ともせず『サンライズ』の前へ立ち塞がる。
「暑いのに勘弁してよ……“シャドーボール”!」
「そうよね……“叩きつける”!」
汗だくのリョウトが前方にいたドンメルに蒸し暑さに愚痴りながらも“シャドーボール”を打ち、弱くなったところへエレナが尻尾で追い打ちをかける。もちろんドンメルは目を回して気絶をした。
「暑い――うわっと!?」
こちらは暑さで体力と気力が奪われているシンラ。そんな彼をチャンスだと思ったのかヤンヤンマが“電光石火”で突っ込んできた。シンラは間一髪で気付き慌てて躱す。
「危ねぇ危ねぇ……んじゃ、倍返しっと――“トライクロー”!!」
技を使って隙だらけのヤンヤンマにシンラは爪を三色に輝かせヤンヤンマに向かって繰り出す。――どうやらサザンドラとの戦いで染み込ませた“トライアタック”のエネルギーは彼の爪の一部となっているようだ。そのシンラの攻撃を受けたヤンヤンマは体力を削られフラフラになっていたところを――
「“雷の牙”!」
電気を纏わせた牙でジュードが噛みつき、そのまま宙へ放り投げる。そこへ――
「今だね! “炎の渦”!」
キュベレーが放った“炎の渦”が見事に命中。相性が悪い二種類の技を喰らいヤンヤンマは地面に落ちて気絶した。
「おお、息ピッタリだな♪」
「さすがね」
「まだ僕らって入門してからそんなに経っていないのに……すごいなぁ」
シンラ、エレナ、リョウトは一緒にいてまだそんなに経っていない二人が息の合ったコンビネーションを見せた事に感嘆の声を漏らした。
「キュベレー、いい感じだったよ!」
「えへへ、まさかうまく当たるとは思ってなかったよ」
「お、皆お疲れ! 無事に片付いたみたいだな」
「あ、フィルド! 大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
ここで一人で戦っていたフィルドが合流する。彼を心配するキュベレーにフィルドは指でとある場所を差す。そこにはブビィ、コロトック、そしてカモネギが折り重なって気絶していた。どうやらフィルドはあの三人を一人で倒したようだ。
「さすがはフィルドだな♪ とりあえずオレンの実を食え」
「ありがとう、シンラ……しかしこのままじゃ俺達がのぼせあがりそうだな……」
「確かにここ蒸し暑いし……出来るだけ早く進もう」
オレンの実を受け取ったフィルドとジュードにキュベレー達が頷くと再び歩き出した。
――濃霧の森――
「こっちだぜ!」
ヘイトスはギルドのメンバーを連れてグラードンの石像の前まで来ていた。ちなみにサクヤに関してはヘイトス曰くペラト達を呼びにいっる途中セカイイチを追っているところを見かけたらしいがその後、彼が『ドクローズ』に制裁を下していた事を誰一人知る由もない。
「確かにこれはグラードンだな」
「「「グラードン???」」」
全員の目の前に傾いているポケモンの石像を見て発言したペラトにヘイトス以外が首を傾げる。
「ジュードが言ってたけど、大地を広げた伝説のポケモンだって」
「あぁ、高温で海を蒸発させてな」
ヘイトスの説明にペラトが補足を付け加える。すると――
「なぁ、ここにグラードンの石像があるってことはよ……『霧の湖』はグラードンが守っているってことだよな?」
「むぅ……可能性としてはあるかもしれないがそこは何とも言えないな」
ゴルダが珍しく推理をする。ペラトは彼の言葉に翼を顎に当てて何度も首を捻りながら呟く。
「んじゃ、グラードンと戦ったらどうな――」
「はぁ!? 馬鹿じゃないのかい! 相手は大地を広げた伝説のポケモンだよっ!! まともに戦ったら死ぬに決まっているじゃないか!!!」
ヘイトスが言ってる途中でペラトは翼を忙しくはためかせながら否定した。彼の顔には伝説のポケモンと戦うなど無謀すぎる、と書いてあるようにも見える。一方、質問したヘイトスは言うと答えを聞いて顔が一気に青ざめていた。
「皆……もしもよ、グラードンが『霧の湖』にいるなら先にいった『サンライズ』は――」
「「「……!?」」」
震える声で紡いだ彼の言葉が言い切れる前に全員が驚愕の表情を浮かべる。誰もが最悪のシナリオに辿り着き言葉を失い立ち尽くしてしまう。
「い、急いで追いかけるよ!」
ペラトが言うと全員が弾かれたように『熱水の洞窟』へと走っていった。『サンライズ』がグラードンと邂逅する前に止めなくてはならない――去来した危機感を抱き
彼らはフィルド達が通った道を駆け行くのだった。
――熱水の洞窟――
一方のフィルド達はギルドのメンバーは大慌てで追っているのを知らずに少し開けた場所で座って休憩をしていた。
「ここって暑い割には虫タイプのポケモンもいたよね」
「えぇ……しかも私のような草タイプにはかなり不利なダンジョンだわ」
リョウトが思い返しているとエレナは苦い顔を浮かべる。ここまで来るのに出会ったポケモンのタイプは炎、虫、そして飛行と草タイプのエレナにとってはかなり厳しい組み合わせ。なので彼女はお得意の蹴りや尻尾による攻撃を主にしていたのだ。そのためか体力的にかなり消耗していたようだ。
「やっぱり技を出すのと攻撃は違うよね」
「全く違うわ……まぁ、運動にはちょうどよかったけどね」
「……エレナ、話は終わった?」
ジュードに微笑みかけるエレナ。そこへフィルドは見計らって手招きをする。彼女は立ち上がりフィルドの元に向かうとそこにはキュベレーもいた。
「何かあったの?」
「いや、そんな深い事じゃないけど……そろそろあいつらにも教えなきゃと思ってな……俺の事を」
キュベレーとエレナを交互に見ながらフィルドは言う。フィルドが言う“あいつら”とは少し離れた所で話しているシンラ、リョウト、ジュードの三人の事だ。突然の発言に彼女達は驚きながら顔を見合せ、フィルドを見る。
「急にどうしたの?」
「実はさ、ベースキャンプに着いた時、俺は懐かしさを感じてな……」
「懐かしさ? それとこれってどういう事なの?」
フィルドはベースキャンプで感じた事を思い出しながら話すがキュベレーとエレナは同時に首を傾げていた。キュベレーの言った通り、“
懐かしさを感じた事”と
秘密をばらす事”には繋がらない。だが、少し経ってエレナが分かったように声を上げた。
「なるほど……つまり、フィルドは人間だった時に『霧の湖』に来て記憶を失ったかもしれないって事ね?」
「まぁ……正しくはユクシーに記憶を消されたかもしれないって事……あくまでだけど」
「そっか……ユクシーにその事を聞くならシンラ君達にも知られちゃうんだよね……フィルドの事……」
仮説を立てた事によって懐かしさを感じた事と秘密をばらす事の関連性も分かりキュベレーも納得する。
「そう。だから後に知られるなら早めに話そうかと思ったんだけど――秘密を破る事になってごめん……」
「フィルド、謝る必要なんてないよ? だって仕方がなかったし……それにシンラ君達にもいつか話さないといけないって私も思ってたから。なら今しかないよ!」
「キュベレーと同じね。だったらいい機会じゃないかしら?」
理由を述べて俯くフィルドにキュベレーは優しく声をかけ、エレナは彼の背中を押す。二人の言葉に触れフィルドは決意したように頷くと世間話で盛り上がっている真っ最中の三人に向かって話しかけた。
「おーい! シンラにリョウト、それからジュード! 今から話したい事があるんだけど!」
「「話したい事??」」
「何だろう……とりあえず行ってみよっか?」
声をかけられた三人は先程のにこやかな表情から一変して怪訝そうな表情を浮かべフィルド達の所へ歩く。
「急にどうしたんだ?」
「……今から話す事はこの先に進むために必要な事なんだ。信じるかどうかは三人の判断に任せる。だから聞いてくれ」
真剣な面持ちで切り出したフィルドに彼らは口を挟む事が出来ず頷くしかなかった。フィルドは一呼吸を置くと今まで隠していた自分の事について話し始める。キュベレーとの出逢いから何かに触れると眩暈が起きて過去や未来が視える事、ベースキャンプに来てから感じていた懐かしさ、そして――自身が記憶喪失で元人間だという事。彼の口から語られた出来事を初めて聞き、開いた口が塞がらないシンラとリョウト、フィルドの話を頭の中で必死に整理をするジュード、再確認という意味で耳を傾けていたキュベレーとエレナ。誰もがフィルドの話に口を挟まず静かに聞いていた。洞窟には彼の語る声だけが反響する。
「……と、だいたいこんな感じかな。今まで隠していて悪かったな」
「わたし達も謝らないとね……隠していたから……ごめんね」
「ごめんなさい……」
自分の事を一通り話したフィルドは三人に向かって隠していた事に罪悪を感じ謝る。キュベレーとエレナも一緒に隠していたため、頭を下げる。その行動にシンラ達はキョトンとするがジュードが口を開く。
「三人とも顔をあげて?」
いつもと変わらない声につられてフィルド達は恐る恐る顔を上げるとそこには、彼らがよく見るシンラ達の表情があった。
「確かに人間って言われて誰もが真っ向から信じる、ってポケモンはそんなに多くはいないけど……僕らはフィルドが言った事を信じるよ!」
「ジュード……」
「人間だ、って聞いてもちろんびっくりしたし、聞いた事がなかったから最初は信じられないって思ってた。でも、だからってないがしろにしたりは絶対しないし……まだ一緒にいて時間はあんまり経ってないけど三人が言った事は信じられるよ」
「リョウト君……!」
「そうそう♪ オレ、人間とかよく分かんねぇけどさ、三人が嘘ついてるって感じはしないんだ。だからさ……もっと信頼していいんだぜ!」
「シンラ……」
シンラ、リョウト、ジュードは力強く頷く。各々の言葉は多少違くてもフィルド達を信じる思いが込められていた。偽りのない真っ直ぐな思いは三人の心を優しく包み、温かさが染み渡る。フィルド、キュベレー、エレナは互いに顔を合わせて――
「「「ありがとう!!!」」」
先程まで暗かった表情をパッと明るくしてお礼を述べた。
「へへっ、水臭ぇなぁ……仲間を信じるって当たり前じゃねぇか♪」
「うん! それにユクシーに会って真意を確かめなきゃね!」
「そうね。もちろん、お宝を見つけるのも大事だけども」
シンラ達がフィルドを信じてくれた事がかなり嬉しかったのか、キュベレーは気合を入れて奥へと進む。もちろん、ほかの皆も彼女についていくが――進路方向から何かが聞こえ、耳がいいフィルドとリョウトは思わず立ち止まる。よく耳を澄ませないと聞き取れない微かな唸り声は奥に何かがあると感じ取れる。
「何だか……嫌な予感がするね……」
「そうだな……」
苦い表情で二人は見合わせると先に進んでいったキュベレー達の後を追いかけた。
――熱水の洞窟 最上部――
「……グォォォォォ……」
「……近くなっいるな」
「何がだ?」
「えっ……皆聞こえない?」
不意に呟いたフィルドにシンラが食いつく。それを見てリョウトはキュベレー達に聞くが彼らは首を横に振る。やはり聞こえているのはフィルドとリョウトだけのようだ。それから野生のポケモンと戦いながら進むと――
「グオォォォォ……!」
「ねぇ……今声が……」
「私にも聞こえたわ」
今度は全員が聞き取れたようだ。重味があるその声は既に聞こえていたフィルドとリョウトにとってまるで警告をしているように感じていた。さらに声がする方へ進んでいくと――――
「皆! 明かりが見えてきた――」
「グオオォォォ!!」
「「「っ!!!」」」
キュベレーが前方の光を指差すとそこから声がしてきた。声は先程より大きくフィルド達を怯ませるのに充分な威力を発揮する。
「声の主はあの奥にいそうだね……」
「あぁ……皆、気を引き締めていくぞ」
フィルドの言葉にキュベレー達は頷くと洞窟の外へと向かって行った。
――熱水の洞窟 頂上――
「……うわっ、眩しいっ!?」
洞窟の外に出たフィルド達を迎えたのは周りを囲んでいる岩と空から差し込む日差しである。先程まで若干薄暗い洞窟にいたため光に慣れるまで少し時間がかかった。
「何もないわね……」
「うん……でも誰かの気配がする……」
「おい! 奥に何かありそーだぞ!」
「シンラ、勝手に行くな――」
何もないからと言って気を緩める訳にはいかない。辺りを慎重に警戒するが奥に何かを見つけ走り出そうとしているシンラ。そのフィルドが制止しようとした時――――
「グオオオオオオオッ!!」
「きゃあ!」
「のわっ!?」
「皆……気を付けてっ!」
辺りを震撼させる唸り声が岩場を包んでいた静寂を壊す。そして入れ替わるように不気味な足音が響き、地面が音に呼応するかのように揺れ始めた。
「今度は、地震かよ!?」
「い、いや……こんな地震はない、と思うよ?」
シンラに突っ込むリョウトの声は地面が揺れる度に切れる。それほどこの揺れは大きい事が聞いて取れた。足音と揺れの感覚は徐々に短くなり、比例するように音と揺れが大きくなっていく。そして声の主がついにフィルド達の目の前に姿を現した。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
「じょ、冗談じゃ……ないよな……」
「あれって……」
もう一度雄叫びを上げた主の正体にキュベレー、シンラが呆然と呟き、リョウトとジュードは毛が逆立つ感じに襲われる。フィルドとエレナは目を大きく見開いたまま立ち尽くした。
「あれは……グラードン……」
自分達より遥かに大きい巨大なポケモンを目の前にしてジュードはそのポケモンの名を紡ぐ。今、フィルド達の前に聳え立つポケモン――それは大陸を広げたと謳われている伝説のポケモン、グラードンなのだ。赤い体躯を持ち左右対称に尾まで突起が出ている巨大なそのポケモンをフィルド達も見上げるしかなく、座った黄色の瞳は初見した者を射竦める。
「貴様らっ! ここへ何をしに来た!?」
「わ、わたし達は『霧の湖』を探しに――」
「何だとっ!? なら今すぐ立ち去るかいい!」
ただでさえ威圧感があるグラードンにキュベレーは身震いしながら言ったもののグラードンは“霧の湖”という単語を聞いただけで怒りを顕にする。その眼光に睨まれてキュベレーは身を竦めてしまう。
「……どうしても行きたい、と言うなら?」
「ならば返り討ちにするまでだっ!」
フィルドの言葉にグラードンは戦闘態勢に入る。もはや戦う事は避けられないようだ。
「仕方がないか……皆、準備はいいか?」
「えぇ、大丈夫よ」
「強そーだけどやるしかないもんな!」
「そうだね……」
「相手は伝説のポケモン……できれば穏便に済ましたかったけどなぁ……」
フィルドが構えるとエレナ達も身構えた。だが、キュベレーだけは先程の恐怖が残っているのか体が震えていた。
「キュベレー、大丈夫だよ。俺達がついてるし、君には勇気があるだろ?」
「……うん、そう、だよね! 皆がついてるから!」
「キュベレー、その意気よ」
フィルドとエレナの励ましを受けて自分を奮い立たせたキュベレーはグラードンを見据える。
「侵入者は生きては返さん! グオオオオオオオオ!!」
グラードンが雄叫びを上げたと同時にフィルド達は走り出す。……今、フィルド達『サンライズ』と伝説のポケモン、グラードンとの戦いの火蓋がここで切って落とされた――。