#39 先に進む者、制裁を喰らう者
岩石で出来た一本柱で支えられた島――『霧の湖』。その大きさは下から見たもの達を圧巻させた。また、湖から落ちてくる水は下にある滝壺にまるで吸い込まれるかのように決められた場所へと落ちる。その壮大な風景に全員が時を忘れて見惚れる。
「おっと! 見惚れている場合じゃなかったな。オイラは親方様とペラトに伝えて来るから先に行っててくれ!」
「あ、ヘイトスさんっ!?」
とここで声を上げたヘイトスに全員が現実に引き戻された。『サンライズ』がヘイトスを見る時には既に小さくなっており、やがて姿が見えなくなった。
「なぁ、どうするんだ?」
「ここはヘイトスさんの言うとおり、先に進んだ方がいいかもしれないね」
「えぇ。このまま突っ立っていても何も変わらない訳だし……」
ジュードとエレナが促した事により、全員が湖へと足を進める。しかし、フィルドだけがその場から動こうとはしなかった。
「あのさ――息を潜めていても分かるんだよ……」
「「「……??」」」
突然、低い声を出したフィルドに先に進んだキュベレー達が彼に視線を向ける。ちなみにフィルドが見てる――と言うより睨んでいるのは石像の近くにあった茂みだ。
「……いい加減にしないと撃つぞ?」
溜め息を一つ溢して“波導弾”を形成し、フィルドは脅しをかけた。すると茂みから「クククッ」せせら笑いが聞こえ、隠れていた者達が現れる。
「……やっぱりな」
「あ、あなた達は!?」
「あいつら……!」
「ああぁーーーー!!」
「あなた達は確か……」
「『ドクローズ』……!」
上からフィルド、キュベレー、エレナ、シンラ、リョウトそしてジュードが口を開く。誰の口から発せられた言葉は嫌悪感が混ざっていたのは確実だ。勿論、新しく入ったリョウトとジュードもフィルド達から彼らの事を聞かされており、二人も嫌悪を顕にする。
フィルド達をそう思わせるチーム――『ドクローズ』のヘスカ、マタド、クロは意地悪そうな笑みを浮かべながら『サンライズ』を見下す。
「謎解きご苦労だったな……お宝は俺様達が頂いていく!」
「やっぱり……端から協力する気はなかったのね!」
ヘスカの言葉にエレナは睨みを利かせながら手を鳴らす。その様子はもはやご立腹のようだ。
「クククッ、ご名答。謎が解けたならお前達にはもう用はない……ここでくたばってもらう!」
ヘスカがマタドに目配せをすると彼は隣に立つ。
「あれは……シンラ!」
「分かってるって! おんなじ事は通用しねぇ事を教えてやる!」
その動作にいち早く予想をつけたエレナはシンラを呼ぶ。彼は分かってるのか翼を広げて飛び立った後、エレナ達の後方にホバリングをして待機した。フィルドとキュベレーはいつでも技を出せるように力を溜めており、リョウトとジュードも彼らほどではないがいつでも動けるように警戒しながら『ドクローズ』を睨む。
『サンライズ』と『ドクローズ』……二つのチームの間には見えない火花が散っている。そして、二チームはほぼ同時に動き出した。
「喰らえ! “毒ガススペシャルコ――」
「「“リーフネ――」」
「あぁーん! 待ってぇぇぇ!!」
と、ここで緊張で張り詰めた空気とは場違いのような弛んだ声が響き渡る。そして、二チームの中央に真っ赤に熟れたセカイイチが間に入り、直後に見覚えのあるピンク色のポケモンがセカイイチを手に取った。
「やっと捕まえたよ、ボクのセカイイチ♪」
「「「サクヤ親方(様・さん)!?」」」
予想外の事態に全員がサクヤの名を口にするが、当の本人は喜びを表すかのようにその場でくるくると回転しており自分が置かれている状況に気付いていない。そして回転が止まった頃――
「あっ! キミ達、それから友達も一緒だ! わーい♪」
ようやく自分が間にいることに気付き、恥ずかしがるどころか幼子のようにさらにはしゃぐ。暢気な彼に全員が呆れて言葉が出ない中、ヘスカが恐る恐る質問をした。
「お、親方様……なぜここに?」
「うーんとね、散歩していたらセカイイチが転がっていって……それで追いかけてきたらここに着いたんだ♪ ……ところで、キミ達?」
にこやかに経緯を話したサクヤだが、急に『サンライズ』に体を向け、少しだけ真面目な顔つきになる。
「こんなところで何サボってるの? 早く『霧の湖』を探して来なよ」
「「はい?」」
「「「え?」」」
「んな?」
急に話を振られたフィルド達は素っ頓狂な声を出す。キュベレー、シンラ、リョウトの三人は互いに顔を見合わせて首を傾げ、エレナはサクヤを――正しくはサクヤ越しに立っている『ドクローズ』を睨んでいた。フィルドとジュードはサクヤの言動が分からずに彼の顔を眉を潜めながらじっと見ている。それもそのはず、彼らはまさに『霧の湖』の真下にいるのだから。これは自分達が見つけた事をサクヤはまだ知らないだけなのか――フィルドはそう推測し見つけた事を報告しようとした時、サクヤのつぶらな瞳がウインクした。瞬間、彼は全てを理解し、表情を変えた。
「わ、分かりました! 探しに行ってきますね!」
「……あっ、分かりました!」
フィルドが代表して返事をすると同じく状況を読み込んだジュードと協力して仲間達の背中を無理矢理押して進んで行った。
「うわっ、フィルド!?」
「ちょっと、急に押さないで!」
「二人とも一体どーしたんだ?」
「うわわ、足がもつれる……っ!」
「いってらっしゃーい♪」
仲間達の声をあえて無視してひたすら押し続けるフィルドとジュードにサクヤは呑気に手を振りながら見送った。
「ふぅ……ここまで来れば大丈夫かな」
洞窟の入り口だと思われる場所まで来てフィルドとジュードは押すのをやめた。ちなみに半分に分けて押してきたが辿り着くまで距離があったらしく二人とも肩を上げ下げしている。
「で……なんで背中を向けたわけ?」
エレナが仏頂面をしながら二人に問いかける。彼女にとって『ドクローズ』はもはや倒すべき敵と認識しているためか、絶好の機会を阻めたフィルド達に納得がいってないようだ。
「確かにエレナの考える通り、俺も出来ればあいつらに『リンゴの森』での仕返しをしたかったよ。だけど……」
フィルドは一旦区切ると先ほど来た道を振り返った。
「サクヤ親方が俺達を行かしてくれたような気がしたんだよな」
「……そうかしら?」
「ま、まぁまぁ。とりあえず僕達の目的は『霧の湖』のお宝を見つける事だよ。『ドクローズ』を叩くのはまた後でもいいんじゃないかな?」
フィルドの理由にまだ納得していないエレナにジュードはフォローを入れる。
「とにかくこの入り口に入って探索しよ?」
「そう、ね……」
キュベレーも続くように言い、エレナは渋々頷いた。そして、『サンライズ』は水蒸気が岩の隙間から時折現れる洞窟の中へと踏み込んでいった。
その一方――――
「早くいい知らせが来ないかなぁ♪」
グラードンの石像の前にはフィルド達を送り出したサクヤ、そして先を越されて『ドクローズ』がいた。『ドクローズ』はフィルド達が去っていった方向を向いているサクヤに目をやりながら小声で何かを話している。
「どうするんですか、アニキィ……」
「チッ……このままではあいつらに先を越されちまう……!」
ヘスカが言うあいつらとはもちろん『サンライズ』の事である。彼らの目的は『霧の湖』のお宝を手に入れる事――そのためには誰よりも早く目的地へと行かなくてはならないのだ。なのでヘスカは探索に行くとサクヤに告げようとする。
「あのぉ、親方様。我々も探索に行き――」
「えっ、ダメだよ! そんな危険な事友達に頼めないよ! 『サンライズ』が謎を解いてくれるまで待っていようよ?」
しかし、言っている途中でサクヤは彼の言動を否定する。サクヤの返答にヘスカは彼に分からないように舌打ちをする。どうやら簡単には行かせてくれないようだ。そして、再び小声で話し合う。
「面倒な事になったな……こうなったらサクヤを倒すしかないな」
「「えぇっ!? サクヤを倒すのですか!?」」
「ばっ、声が大きすぎる!」
ヘスカの発言に二人は思わず声を漏らしてしまう。当然、彼らはヘスカに叩かれてしまった。
「ん? どうしたの友達? そんな怖い顔をして」
マタドとクロを引っぱだいた音があまりにも響いたため、サクヤは音がした方向――即ち『ドクローズ』――に全身を向ける。
――まさかバレたのでは――
ヘスカ達は今のやり取りがサクヤに気付かれてしまったのではないかと感じて無意識に顔を引き攣らせていた。対照的にサクヤは笑みを絶やさずに彼らを見つめる。
「あっ! 分かったぁ!」
妙に張り詰めた空気はサクヤの思いついたように手を叩いた事により沈黙を破る。それが突拍子もなかったため『ドクローズ』は彼が反射的に体を震わす。
「キミ達……ボクとにらめっこしたいんでしょ!」
「「「はぁ!?」」」
「だったらボクも負けないよ♪ べろべろーん、べろぉーん!」
サクヤの発言に口をあんぐりと開けるヘスカ達。そんな彼らをよそにサクヤは勝手に変顔を作り始めた。
「(くっ、もう耐えきれねぇ)おい、サクヤ!」
「どぅわぁにぃ?(なぁに?)」
あまりの奔放さにヘスカは痺れを切らしサクヤにドスを聞かせた声で呼ぶが、変顔を作るのに集中していたサクヤは気付いていないようでいつものように返事をする。但し、変顔のため言葉は変に聞こえるが。
「有名探検家であるお前もここで終わりだ! 喰らえ、俺様とマタドの“毒ガススペシャルコンボ”!!」
ヘスカは技名を叫ぶとマタドと共に悪臭がする“毒ガス”をサクヤに向けて放つ。彼は変顔を作ったまま避ける事なく直撃してしまう。その様子を見てヘスカは鼻で笑った。
「フン、やはり呆気なかったな。さて、俺様達も追いかけ――」
「へぇ、随分と余裕をこいてるねぇ?」
「「「っ!?」」」
先に進もうと翻したヘスカ達の足がピタリと止まる。彼らは振り返って見ても未だにガスは立ち込めていた。そして徐々に晴れていき――ヘスカ達は信じられない光景を目の当たりにする。
「なっ、サクヤがいないだと……!?」
そう、技が当たったはずのサクヤがその場にいなかったのだ。しかも誰もが臭さに悶絶する“毒ガススペシャルコンボ”を喰らったのにも関わらず辺りに響いた声は何ともないと言わんばかりに聞こえて彼らは焦燥に駆られる。
「くそっ、どこにいやがる!?」
「――ここだよ♪」
ヘスカの焦りと困惑が入り混じった声に答えるかのように凛とした声が前方から聞こえてくる。彼は誘われるように声がした方向を見てみるとそこにはサクヤではなくオレンジ色の球体が彼の眼中に映ってた。彼は避ける間もなく球体――“気合い玉”を喰らって滝の影の方へ弾き飛ばされた。そこにはいつの間にかマタドとクロが横たわっていた。
「な……何故、俺様達の技を……喰らっても平気……でいられる……?」
「……ギルドの親方にはキミ達のような悪い探検隊の情報もちゃんと入って来ているよ?」
ヘスカの問いにあえて答えずサクヤは膝を曲げて苦痛に苦しむ彼らをクスリ、と笑う。
「どうやらキミ達は大きな勘違いをしていたようだねぇ……まずは親方であるボクに喧嘩を売った事。どうやらキミ達はボクを見縊ってたみたいだね。もう一つは――」
ここで区切ると膝を伸ばし立ち上がる。そして彼らに背を向け、こう告げた。
「――ボクの弟子を陥れようとした事。『リンゴの森』からセカイイチを持ってくる依頼……本来なら『サンライズ』に頼んだんだよ? なのにキミ達が持ってくるなんて変だって薄々感じていたんだ。それで彼らが悔しそうに頭を下げていたのを見て確信したんだ……キミ達がやったんだって」
サクヤは指を立てながら話す。ヘスカは返事が出来ない代わりにひたすら睨むしかない。
「だからボクはキミ達に相応の罰を与えたんだ。だから……文句はないよねぇ?」
サクヤは振り返り、ニコッと笑いかける。そして、フィルド達が行った方向へと歩いて行った。ヘスカは遠退いていく彼の後ろ姿をただ見つめて意識を手放してしまった。